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87 得た者、失った者

 

 少女達は、絶望していた。

 さっきまで、楽しく談笑していた空気が消え、悲しみに満たされてしまった。それぞれの瞳からは光を失い、正気を保っていられるのもやっと。


「……どうして」


 その中の誰かが呟いた。


 皆、皆、楽しみにしていたのに。これ以上に無いような思い出が作られると思っていたのに。何故こうも現実は残酷なのか。しかし、本当に酷いのは、その事を修学旅行の数日前まで隠していた事である。


 元凶が発した。


「どうしたもこうしたもない。身内も居ない。そこが行きつけってわけでもない。そんな場所に数日間も安心して寝泊まり出来ない」


 いや、もうほんと仰る通りです。


 臨海学校は、まだ日帰りだからこそ許された。いや、あれもあれで許されるべきだったのは定かではないが、何事も無かったからよしとするべきだろう。何かあったといえば、悠人がうっかり沈んだ程度。


 修学旅行は数日間、規定の場所に泊まる。悠人の自宅を超える防犯対策をしているとしても、それが信用に値するかは別。


「悪いけど、今回ばかりは譲れない」


 元々、学校に行くということ自体が大きな我儘。追加で、何かしようとは思ってはいない。臨海学校は事前に真夏の許可があり、純粋に海に行きたいと思ったから。

 しかし、今回、話題に出した途端に真夏は渋い顔を浮かべた。その顔を見た瞬間悠人の答えは決まった。


「だから、俺抜きで皆楽しんで来い。先生、今日は、早退させていただきます。後、数日休みます」

「えっ、あっ、うん」

「では。さらば」


 悠人は、逃げ出した。

 このまま居たとしても修学旅行についての話題ばかり出され、自分の意思を変えようと動く。しかも、その意思は涙なんか見せられたら、揺らいでしまう。

 悪いとは思っているが、こればっかりは譲りたくない。


 取り残された少女達は、数時間後、今までが恵まれていたから仕方ないと周りと慰め合い、納得しながら、修学旅行に向けて最終準備に取り掛かった。

 しかし、修学旅行前日、ある一定の少女達は、「一言かけて少し寂しい思いをさせてやろう」という小さな意地悪を行なったという。


 悠人は、自室でしばらく膝を抱えた。






「ご機嫌よう、悠人様!」

「ご機嫌よう、花香」


 修学旅行当日、朝早くから、自宅へ訪れた花香。

 しかし、そこに真夏や優菜はいない。いつも通り真夏は仕事で、優菜は学校に行っている。つまり、完全な2人きりの状態。彼女らと違って毎日会う機会に恵まれてはいない花香がこの機を逃すわけがなかった。


 会えば、背中に張り付こうとする事は、人前で行うことはしなくなった。しかし、人の目から離れた場所や自宅になると、必ず一言入れてくっつこうとする。

 だが、その場にいつもいるマリア達がそれを許すはずもなく、直ぐに剥がされる。そんな花香がいつにも増してご機嫌なのも、邪魔する彼女達がいないからだろう。


 悠人は、自分からは剥がしようがないので諦めている。せめてもの抵抗でデコピンを額にする程度だが、それすらも嬉しそうに自分から当たってくる始末。完全に、スキンシップの一環と思われている。


 また、本日の彼女の荷物は、旅行用の荷物であり、木下家に泊まることを前提としている。事前に、真夏と優菜に許可を得ていたので、悠人から特別言うことはない。


 午前中に来ることは予想外であったが。


 しかし、「会いたかったです」と嬉しそうな表情を浮かべた彼女を前に、悠人は自然と笑顔で出迎えていた。単純な男である。


「悠人様! 写真を1枚撮ってもよろしいですか?」 

「良いぞ」

「では、失礼して!」


 悠人の背中に抱きつき、顔を近づけての1枚。

 この時点で、周りへ宣戦布告となるのだが、花香は違う。その写真をあろうことかいつもの腹いせに【愛の囲い(小学生)】という悠人が見たら苦笑いしそうな名前のLIN○グループに送った。


「♪」


 当然、修学旅行の彼女達にとって堪え難いこと。しかし、これが原因で後日キャットファイトするまでに至らないのは、その相手が悠人だからだろう。だが、現在は、全員既読しており、花香は凄い文句を言われている。


「何したの?」

「いつものお返しですわ」

「あらぁ、性格のお悪いこと」


 他人事のように言うが、現在悠人のLI○Eは、ストーカーからのスタ爆を投下されている。気づいてないので、更に投下されている。


「いつまでくっついているつもり?」

「それは、私が満足するまでですわ!」


 肩に顎を乗せ、変わらずの満面の笑み。

 そして、自身の話を始める花香。どうやらゲームや映画よりも対話をお望みの様子。悠人は、耳を傾ける。


(……別にいいか)






「ずるい」


 悠人の膝の上には、不機嫌な少女がいた。

 頬を膨らませて、いかにも怒っていますと悠人の顔を見上げている。とても可愛い行動に、罪悪感を抱くはずが、ほっこりしていた。


「まぁ、そう怒らないでくれ」

「むぅ」

「そうですわ、夜々様。午前中は、ピアノのレッスンを受けていたでしょう?」

「また、予定が噛み合えば、早く来ても構わないから」

「ん、分かった」


 納得はしてくれたが、まだ不満が残っているようで、悠人の右手を頭に乗せた。撫でて欲しいサインである。それに便乗するかのように花香は、悠人の左肩に顎を乗せて、左手を持ち頭に乗せる。


「そいや、浅漬け作ったんだが食べるか?」

「ん」

「用意するからちょっと待ってな」

「だめ」

「え」


 夜々が立ち上がり、冷蔵庫の方へ。

 もう何度も来ているおかげで、冷蔵庫の中身の置き位置は大体把握している。開ける前に、「失礼します」と冷蔵庫の前に一言入れるのは、とても礼儀正しく可愛らしい行動である。


 目当てのきゅうりを見つけ、お皿を用意する。そして、3人分を取り出し戻ってくる。しかし、何故か悠人と花香の口に無理矢理突っ込み、最後に残ったきゅうりに齧り付きながら、悠人の膝の上へと戻った。


「美味しい」

「美味しいですわ!」

「……」


 悠人は、きゅうりに突き刺していた割り箸の持ち手を掴もうとした。しかし、その右手はまた夜々が自身の頭の上へと乗せた。それならば左手と使おうとするも、食べる為に横に座り直した花香が遮って自身の頭の上に置く。


 口だけで食うのかと思った矢先、夜々が持ち手を持っていた。どうやら支えてくれるらしい。


 3人は、きゅうりを食べ終えるまで終始無言で齧りついた。





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