86 天下無敵のチャンネルへ
現在、メディアにおいて最も大成功を収めている少年、東堂悟。だが、今回その地位が更に確固たるものになってしまう現象が起きてしまった。
『ん、アグリウス=フィリア=ブレジン。よろしく』
『固い、固いよ、アグリウス』
『ごめん、初めてだから』
隣国の王子であるアグリウス=フィリア=ブレジンの生配信の参加。
彼も一国の王子として何度かメディアに出演する事があり、まるで海を宿しているような瞳と髪の毛から【蒼海の精霊】と称して、親しまれている。また、悟とアグリウスが親友同士なのは、周知の事実。2人仲良く遊んでいる姿は、当然ファンには堪らない。
そんな【蒼海の精霊】であるアグリウス。
暇な時間には、悟の動画や生配信を覗いていた。特に、悠人と悟2人一緒の生配信は、特にお気に入りのものとなっている。ある日、その中に自分も混ぜてもらおうと悟に聞けば、逆に誘いたかったと言うではないか。
じゃあ、もう一緒にするしかないねというわけで、生配信に参加する事になった。
とはいえ、初めての事に緊張して、元々無表情に近い顔が更に固くなるアグリウス。
悟も解すように言うが、難しい。ならば、ここはギャグ兼リアクション担当になったグラウザーを呼ぶしかないと行動に出る。スマホを弄り、使いの者を出す。
そして、待つ事数十分。いつもなら、投げ込まれるように部屋に入れられる奴が、珍しく扉を開けて普通に入ってきた。
『あっ、ゆ……グラウザー』
『来たぞ』
『あれ、拉致ったはずなんだけど?』
『今日は任意同行。アグリウスがいるんなら来るしかねぇだろ』
『ありがと』
『気にするな』
『えっ、僕は!?』
『はいはい、昨日も会ったろ』
『雑!!』
『ふふふ』
拉致を決行する悟に対して、扱いが雑なのは当然。しかし、この会話にて奴とアグリウスがここで互いに面識があり、友人関係であることが明らかになる。
もう向かう所敵なしである。
『てか、俺ご飯食べてないんだ』
『じゃあ、ゆ……グラウザー。お好み焼き作ろ』
『やはり好きだな、アグリウス。前より上手く作れるか?」
『うん、お母様と練習した』
『僕、もんじゃが食べたい!』
『よし、どちらも作るとしよう』
しかし、意外にも3人が集まって初めてすることは、食事会である。普通なら、ゲームの実況やファンを含めた雑談というのに。
『おお、前よりひっくり返すのが上手くなっている』
『ふふふ』
『グラウザー、まずキムチもんじゃが食べたい』
『今作る。ちと、作り方が荒いから離れてろ』
『うん』
『分かった』
食材を鉄板の上で細かく刻んでいく。その動きは、素早く荒々しい。だが、刻み食材を掻き混ぜる度に、キムチの香りが食欲を唆る。そして、十分に刻みドーナツ状にする。
『悟、汁を入れてくれ』
『分かった!』
真ん中の部分に汁を適量入れて、混ぜる。また、ドーナツ状にしてと何度か繰り返して完成。
『美味しい!』
『悟、僕のお好み焼きもあげる』
『ありがとー、アグリウス』
『今切ってやるからな』
『『はーい』』
やはり、今の奴の姿は子持ちの父親にしか見えない。しかし、残念な事に奴はまだもんじゃとお好み焼きを口に入れていない。
『ゆ……グラウザー、ちゃんと食べてる?』
『ん、先に食え。俺は後でいい』
『ダメ』
『むぐぅ!? あっつ! うめぇけどあっつ!』
自分のことを後回しにする奴。それはいけないとアグリウスは、熱々のもんじゃを口に突っ込む。それは優しさかもしれないが、やられた本人はその熱さに口に手を当て、悶えている。やはり、リアクション担当。
『大丈夫?』
『いきなりもんじゃを突っ込むな』
『ごめんなさい』
『俺だから良いものを……』
そうして、食事を終え、少し近況報告後、
『そういえば、あの話本当なの?』
『ん?』
『りっちゃんの家に居たって』
『事実だ。普通に遊びに行ってた』
『ふーん』
『おしまい』
今1番騒がれている話題を出す。それはりっちゃんの自宅に遊びに来ていたこと。
しかし、奴は否定はせず、一言でその話題を終える。だが、それで話題を終えさせてくれる程、恋愛に興味津々な少年2人と視聴者は優しくない。
当然、根掘り葉掘り聞こうとするが、奴の口の硬さをどうにか出来る話術を持ち合わせておらず、結局深くは語られなかった。
『逆に、お前らはどうなんだ?』
『へ?』
『ん?』
『婚約者の1人や2人出来てもおかしくはないんじゃないか?』
『いーまーせーん。お母様が怒りながら断っている電話何度か見かけたよ〜。「歳の差をお考えなさって」ってね』
『僕も同じく』
『お前らは逆に話題が出ないからつまらんな』
『それ、ゆ……グラウザーがおかしい』
『グラウザーの引き出しが無駄に多いだけ』
『本当に気になるあの子とかいないのか?』
『いない』
『いないね』
『冷めてんなぁ』
引き出しが多いが、出さない奴とそもそもの引き出しが存在しない少年2人。せっかく盛り上がるはずの恋話は、想像以上につまらないものだった。
『そういえば、グラウザーってお母様と仲良いよね』
『そうだな』
『もしかして、ゆ……グラウザーは狙っている』
『アホか、誰が狙うか』
『お母様の何に文句があるの!?』
『そういう訳ではないんだ。決して、春妃さんに問題があるのではない。春妃さんは、とても素敵な女性だ。それは、俺も自信を持って言える』
『凄い自信。なら、その根拠を話すべき』
『そこまで言ったなら、日頃の感謝の意を示してね。お母様は、最近元気がないんだ。グラウザーも褒めてくれたら元気出るだろうなぁ、なぁ〜』
『いや、無……恥ずかしいから手紙で良いでしょうか?』
奴は、折れた。
何故なら、断ろうとしたその時、少し扉が開いている事に気づいた。そして、そこに居たのは今話題に上がった春妃さんその人。彼女は、悲しみの眼差しを奴に向けていた。褒めたのにそれを即座に否定するような言動にショックを受けたのだろう。
奴の最後の台詞。
それは、春妃に向けた言葉であったことに気づく者はいたのだろうか。
そして、少年2人がゲームで盛り上がっている間、隣で奴は、便箋にありのままの気持ちを綴らせていた。
その様子は、とても奇妙な光景であった。
因みに、どんな内容だったかは、春妃と奴しか知らない。一つ言えることがあるとするなら、春妃はそれを読み終えた後、顔を真っ赤にしていたということだけ。




