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85 やはり謝罪から始まる関係

 


「誠に申し訳ありません」


 木村凛。

 年下男子に土下座していた。


 理由は単純、好き勝手やり過ぎていると思ったから。

 配信中での、グラウザー弄り。奴の生配信の音声を抜き取って、動画に編集。


 因みに、許可無し。そりゃ、本人が目の前に居たなら謝るのは当然と言えよう。


 しかし、待ったをかけたのは他でもない奴。


 今の現代社会は、情報社会。何気ない呟き、写真1枚、数10秒の動画が、多くの目を集めることがあり得るのだ。ならば、俺の様な狂人、まして馬鹿みたいに、生配信に参加しといて、語録や迷言が1つ2つ程度だと逆に泣けてくるのです、と。


「面白い動画ばかりで、配信も見れるものは見ています。これからも頑張ってください」


 そして何より、奴はりっちゃんのファンだった。


 しかし、凛は頭を下げ続けた。

 それは、偶然配信やってたとはいえ、奴の声が視聴者にも聞かれている。本当に中の人なのかとその真相も含めて降りてきたことを懇切丁寧に説明した。


「いえ、それは自分の自業自得ですので、お気になさらずに。逆に、凛さんが死の宣告等、何かご迷惑をかけていないか心配です」


 凛は、思った。



 あっ、この子は絶対に逃さない。



 引き篭もり、ニートと自称している彼女。やはり男性に興味がないと言えば嘘になる。聞けば、里奈と同い年。小学生特有の幼さを踏まえても、その整った顔面から、将来有望なのは確かだと一眼見ただけで分かった。

 そして、会話から分かるこの社交性の高さ。


 ここで欲に任せて、ガツガツ攻めるという馬鹿な考えは起きなかった。ここぞというときの理性の高さは、人数倍の持ち主であった。


 謝罪から始まった初対面。

 優しく接してくれたからといって、調子に乗ることなど人としてどうなのか。


「ありがとう、悠人君。……グラウザーの方が良い?」

「どちらでも。凛さんが呼びたい方で構いません」

「!」

「どうかしましたか?」

「ううん、何でもない。大丈夫」

「そうですか」


 いきなりの名前呼び。

 里奈、玲奈は少し反応し、凛は身体が震えた。何故なら、悠人が初対面の女性を下の名前で呼ぶのは、大変珍しいこと。


 里奈と玲奈は、単に木村さんと呼んだ場合に、誰を呼んでいるか分からないための配慮だろうと。事実、そうである。


 しかし、凛は違う。男を見ることは多くあれど、会話のキャッチボールは初めて。衝撃が強過ぎて、最初は幻聴かと思っていた。そして、早かった心臓の鼓動が更に加速し、負荷に耐えきれず右手で胸を押さえている。



「どうですか、一緒にゲームでもしませんか?」



 その甘い誘いに彼女は、まず深呼吸をして心を落ち着かせ、笑顔で受け応えた。

 それを拒む者がいるとするなら、余程の捻くれ者か、同性愛者くらいだろう。


(あっ、絶対辞めたいと思ってる〜)

(うん。さっきも30連敗くらいで逃げ出してたしね)


 真の意図に気付いた2人。



(というか、男の子ってこんな良い香りするんだ......)



 凛はというと、悠人からコントローラーを受け取り、隣に座る。その距離僅か数センチ。いきなり距離感を間違える。そして、追い討ちをかけるようにほのかに香るお日様の匂いが凛の緊張を増幅させる。常に猫背の姿勢が途端に背筋が真っ直ぐになった。


 次々とはちゃめちゃが押し寄せてくるので、急いでゲームに集中した。


 そんな乙女になった引き篭もりの様子を、終始生暖かい目で見ていた身内がいる。




「……」




 そして、数十分後。

 男から笑みは消えていた。何も言わず、彼女達から背を向けて、手元のコントローラーに視線を落としていた。


 人気の配信者である凛は他の投稿者とコラボする機会はあった。よって、パーティーゲームや対戦ゲームは当然する。というか、常に一人勝ちしてしまうので、最近では他の投稿者に誘われることはあまりなく、逆にプロゲーマーに対戦を挑まれることが多い。それが、バッドコンディションであっても腕は鈍ることはなかった。


 悠人、うっかり忘れる。


(ま、負けた方が良かったのかなぁ)


 凛、勝負事に手加減はしない主義。

 しかし、やり過ぎたかもと悠人の顔色を伺う。


「……よし、やりやしょう」

「えっ、あ、うん」

「癖は掴んだ。次こそ、勝てる」

「うん、負けないよー」


(それで、悠人君が私に勝った試しがないんだよね)


 口では大きな事を言ってはいるが、今の今まで里奈に黒星つけたことはないのだ。


 つまりは、


「悠人君、弱いねー」

「うぐぅ!」


 定められた敗北の道。

 そして、遠慮も配慮も無い最大級の煽りで、悠人の精神に絶大なダメージを与える。


「でも、頑張ってたよー」

「頑張ってるだけじゃ駄目なんですよ〜?」


 そんな気休めな言葉をかけたところで、敗北者である悠人は拗ねるだけ。

 満面の笑みを浮かべて、凛を向いてはいるが、それと同時に圧力が感じられている。


「じゃあもっと頑張れ」

「うわ、ひっでぇ。これでも結構やっているというのに」

「狂人はこんなことで躓かない」

「やはり俺の周りは、遠慮がない」

「それは悠人君が普通じゃないから」

「里奈、シャラップ!」


 まだ、自分の事を普通と言いたがる悠人であった。






「で、里奈、母さん。いつから知り合いだったの?」

「小1」

「小3から〜」

「ウッソだろ、あんたら〜!」


 悠人の帰宅後、改めて2人に疑問をぶつけた凛。しかし、返ってきたのは、夜型生活の彼女からすれば恐ろしい現実。今まで自分が寝ていた昼間の時間帯では、彼と過ごしていた。自分だけは除け者にされていたというのは、気分が悪い。しかし、そんな生活をしていた自分も悪い。


 だが、少しくらい紹介してくれてもよかったはずだろう?


「私、昼型の生活に直すよ」

「そうだね」

「また、会えるかな?」

「よく会えるよ〜。というか、逆に会いにいくからね〜」

「そうそう」

「私が行っても、迷惑じゃないかな?」

「笑顔で出迎えてくれる未来しかない」

「あっ、でも偶に悟君に拉致られて居ないことがあるからそれが気をつけることかな〜」

「でも、あれだけ良い子だと悠人君のお母さん過保護そう」

「「過保護? ないない」」


 2人は思う。

 あの真夏が過保護であったなら、そもそも自分達と出会う機会は無かったはず。


 もし、悠人が我が子であったなら、誰が獣の巣窟にぶち込むだろうか。いや、誰もいない。真夏の立場であったら、ひたすら周りや社会から隠し、その優しさを家族間で独り占めするのが当然。誰が周りにその男の良さを共感してもらおうと思うだろうか。

 現実の恐ろしさを教え、真っ当な理由を並べて、強く反対すれば悠人は直ぐに諦めたろうに。


 だが、真夏はそれをしなかった。

 それがどれだけ普通ではないことか容易に想像がつく。


 そうでなければ、里奈は、小学校生活をただひたすらゲームの腕を上げる毎日だったろう。玲奈は、都合の良い2次元の男の底無し沼に永遠に抜け出す気もなくハマっていたろう。


 悠人は、異常らしい。

 けれど、その母親である真夏もある意味異常だろう。

 悠人君の隣で平気で乙女ゲーするし。


「それよりも、お姉ちゃんは悠人君を知るべきだよ」

「うえっ、何これ?」


 さて、そんな考えよりも里奈は、いつの間にか用意していた百科事典並みの分厚い本を凛の前に差し出す。


 いきなり目の前に置かれ、大きく分厚い。読む気なんて起こる訳がない。しかし、悠人と名前が出るからにはそれなりに価値があるのだろうと思い、開く。


「新聞?」

「悠人君の新聞をまとめた物だよ。そこにはね、悠人君が一年生から今までの学校で過ごしてきた行動の記録、その都度の思考パターン。心情までも予想して書いてあるの。それを読めば、少しは悠人君のことが理解できるはず」

「えっ、こんなのあるの!?」

「私も偶にバッドコンディションの時は見直してる。幼い悠人君は、可愛いから凄い癒されるよ。今は、その分カッコいいけど」

「とりあえず、3周するね」

「因みに、10冊以上あるから読もうと思って読む物ではないとは思う」

「ううん、読む。あんな子の小さい頃とか、マジで可愛いに決まってんじゃん」

「よし、読め! 因みに、ネットでも見れるからそっちでも良いかもね。写真もフルカラーだし」

「そうなの? うーん、折角だから、本で見てみるよ」

「話折っちゃうけど〜。凛、配信どうするの〜?」

「……あっ」


 真実とは、常に隠蔽されるものである。



『グラウザーの中の人、予想通りウチに来てた。こんな時間になったのは、一緒にゲームしてました。結論、やっぱりアイツ優しい』



 そうでもない。

 けれど、グラウザーがちょっと炎上した。



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