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84 3人目

 


 生配信者を覗けば、投げ銭システム、広告収入等で稼いでいることだろう。それらを動画配信の機材に当てる者もいれば、豪遊する者もいる。

 だが、それを可能とするのは、ほんの一部のみであり、その下には数えられない程の名前すらも出ることなく終わる者。モチベを失い自ら消えている者もいる。


 この世界において、そうなってしまう女性の配信者はさらに多い。昨日、初めて生配信した男性のチャンネル登録者数が自身を超えることは当たり前。それが何もしていない動画であれば、不満を抱くのは無理はない。

 だが、その中でどうでもいいと思い、100万を超えるチャンネル登録者を得ている女性実況者がいる。


「なので、無理しても序盤に取得しておく必要があるんだよね〜」


【りっちゃん】


 ゲーム実況者兼自称引きこもりニート。

 新作ゲームの初見実況が多い中、過去の名作ゲームをプレイする時代に遅れていくスタイル。また、数々のRTAのワールドレコードを取得しており、生配信を除けば、RTAの再走やチャートの作成をしている。

 また、編集能力は個性が強く、アニメの音声、都知事の迷言等を入れ、動画にも【ネタが多すぎて分からない】のタグが付くほど。更に、その手のものが苦手な一般人用に、地声の解説版を作るという無駄に気が利いてることもあり、オタク、一般人にも人気。


「いや〜、昼間は寝てるつもりだったんだけどねぇ〜。寝れないからやるしかないじゃん?」


 親しまれている彼女は、生配信にてRTAの試走をしている。


「今日は、もうすぐサービス終了しちゃうクマさんのホームランダービーでもやろうかね。あんまり時間かからないし、調子よければ、更新できるかもしれないしね〜」


 気怠い感じをさせてはいるが、その手から行われる洗練されたプレイは、見るものを圧倒させる。


「グラウザーとコラってもファンから死の宣告されるだけやーし。うちら女性配信者とかにとっては自爆スイッチだと思うんよー。お、更新できたねー。後で送っとこ〜」


 コメント欄を覗きながらのRTA。更には、返信をしているにもかかわらず、自己ベスト更新且つニューワールドレコードを出す彼女もある意味化け物である。


「でも、うちの母さんがグラウザーと知り合いなのは意外だったよね〜。仲も良さそうだし、下手すりゃ付き合ってんじゃないの? まぁ、私は会うことないだろうし。ほんとよ、ほんと!」


 長年やっているだけあって、過去に、幼い妹がゲームカセットを借りに乱入するということもあったり、母親が手料理を持って自室に入ってくるということもあった。

 そして、その母親の顔もバッチリ映っていたせいで、かつてグラウザーの同伴していた者と同一人物ではないかと噂が出てしまった。


 りっちゃんも確認すると、「あ、母さんじゃん。へぇー、働いている会社リブシスだったのかー」と興味なさげに答えた。


「うちだって、女子だからね。恋知らずとも、恋話は聞きたくなるわ。だって、ハイタッチするくらい仲良いんでしょ? ワンチャンあるよ。しかし、爆乳モンスターを好いてるとは、さては奴は巨乳好きだな!?」


 グラウザー。奴の根も葉もない事を言ったとしても配信者達のコメント欄は荒れない。逆に、同調する者が多く、「次弄る時はこれだな」っと奴の次のメディア出演を心待ちにする始末。


「まぁ、グラウザー弄りはさておき、次はぁ……」

「やはり扱い雑だろぉっ!?」

「……はい?」

「はいはい〜、そうだね〜♪」

「男を米俵持ちしたの、玲奈さんが初めてだと思います、はい」

「え〜、エ、ナあ、はして……そぅ……どぅ」


 りっちゃんの家は、ごく普通の自宅と変わらない。つまりは、声が大きい場合には部屋のドアを閉めていても聞こえる。最後は、その場から離れて行ったせいで、途切れてしまったが。


 視聴者は、聞き覚えがありすぎて、コメント欄で動揺している。りっちゃんはというと、男が知らずのうちに自宅におり、母親が仲良くしているという状況に夢かと思考を停止させた。


「えーと、これは確かめたら良い感じ? それとも、幻聴聞いたことにした方が良い感じ?」


 誰もが反応に困る出来事。

 下手をすれば、奴がドアの向こう側にいたことになる。有名で、狂人で、弄りがいのある人気者。


 コメント欄を覗けば、【はよ行け】多数。りっちゃんは、一言視聴者に言葉を残して、配信を停止。急いでドアを開け、通路を通り階段を降りる。


 耳を澄ませると、一階のリビングからゲーム音と楽しそうに談笑している声がする。


(あれ、あたしってちょっとだらしないんじゃ?)


 普段も寝癖も直すことはなく、パジャマを数日間着続けたまま配信、動画編集をこなす。なのに関わらず、男と会うかもしれないと意識するや否や、すぐ様お手洗いに向かい鏡を確認。


 目の下の隈は珍しく見当たらない。しかし、頭が爆発したかのような寝癖が酷い。時間をかけるのも癪なので、風呂から桶を持ってきて水を溜め、そのまま頭を突っ込んだ。髪全体を濡らし、タオルで軽くふき、ドライヤーで乾かす。


 ロングストレート。飾らない彼女にとって、これ以上のオシャレはない。


 そして、リビングへ直行。



「あっ、おはよ〜。あり? お客さん?」



 さりげない挨拶。そして、今起きましたと言わんばかりに目を細めて、目を擦る動作を行う。


 我ながら、良い感じの演技だと内心褒め、お客の見た目を確認。


 後ろ姿ではあったが、ロングストレートの金髪。しかし、時間が経っているのであろう。少し地毛であろう黒色が混じっている。それは、見たことがある髪型と色。SNSでも、金髪に染めるのが一時期流行ったではないか。


 そして、自分でも聞き覚えのありすぎる男の声。だってそうだろう。元の動画から音声抜き取って、それを動画に編集してるのだから。


「初めまして。俺、木下悠人と言います。玲奈さんと里奈には、いつもお世話になってます。凛さん、ですよね?」



 この日、木村凛(きむらりん)は、狂人と遭遇する。




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