8 橘さんのママさん
入場してすぐに南さんが話しかけてくれたが、
「あっ、待ってましたよ。木下さ……しっ、失礼いたしました!!」
「待って南さん!俺です木下です!!」
俺は手を掴んで引き止める。
「うぇっ!?」
あっぶねぇ!このままどっか行かれたら俺迷子になるところだった。多分ベールの所為で顔がよく見えなかったらしいな。俺はベールを外して顔を見せる。
「ほら!木下ですよ!」
「はっ、はい、すみません」
「とりあえず橘さんの所まで案内してもらえますか?」
「分かりました、それにしても悠人様とてもお似合いですよ」
「ありがとうございます」
とりあえずこのまま手を掴んでいるわけにもいかないので離す。
「あ」
残念そうな顔してもダメ。俺だって女性と手を握るの慣れてないんだから。
「じゃあ案内お願いします」
「はい、こちらです」
そんなしょんぼりしないでよ。俺が悪いみたいじゃん。
南さんの隣を歩いていると、
「えっ、今日って誰かの結婚式なの!?」
「……誰? あの新郎の子!」
「凄い綺麗……今日無理してきてよかった!!」
「あのメイドあんなに近く歩いてるなんて羨ましいわ」
まぁ周りから浮くのは当たり前だよな。社交パーティーでウエディングドレス着てくるバカ普通いるわけないじゃん。見事なブーメランだけどさ。
はぁ「悠君?」……はぁ!?
聞き覚えのありすぎる声のする方に振り向くとそこには、
「真夏」
「悠君、結婚するの? どうなの!? 答えなさい!!」
グワングワンと肩を揺さぶられる。そりゃあ知り合いのパーティー行くって言いながらウエディングドレス着ていれば結婚すると勘違いするに決まってる。
「悠人様!!」
「待って話を聞いて! 脳が頭がヤバイ!!」
そう言うと肩を揺さぶられることはなくなったが無言の圧力がヤバイ。
「貴方は誰ですか?この方は橘マリアお嬢様のパートナーですよ?」
「私はこの子の母親ですが?」
「うう、南さんその人は俺の母親です」
「……え?」
「で? 悠君その格好は?」
「ドレスの代わりに着てるだけ。似合うか?」
「うん凄く似合ってる♪ なんだぁ〜、私の勘違いか〜、よかった!」
「悠人様のお母様でしたか…」
「南さんごめんな」
「いえ、私こそすみません」
「私もごめんなさい」
収まってくれてよかった。修羅場は苦手なんだよ。
「まさか真夏がいるなんてな」
「悠君は知らなかったと思うけど橘家は世界の企業を纏めている大貴族よ。私の会社も契約しているから私が代表で挨拶に来てたの。さっき挨拶が終わって帰る所だったけどまさか悠君がウエディングドレス着ながら歩いてるなんて思わなかった」
「じゃあもう帰るのか?」
「まさか、折角の悠君の綺麗なドレスが見れるのに帰るわけにはいかないわ」
うん知ってる。
「では御一緒にこちらへ」
そうして俺と真夏は南さんの後ろをついて行く。
「あっ、悠人様お待ちしておりました......わ?」
やっぱりその反応ですよね分かります。逆だったら俺も絶対そうなるからな。
「はい…悠人ですよ橘さん」
「はっ! ……不束者ですがよろしくお願いします!!」
「結婚式あげるんやないで」
ハッとなって言うことじゃないよな?まぁ仕方ないね。
「うぇ!? あっ、ごめんなさい。とっ、とてもお似合いですよ」
「ありがとな。橘さんも似合ってるよ」
この世界の女性はパーティーなどではスーツを着るんだな。しかしそれはそれでいい。
「ありがとうございます。 ところでそちらの女性は?」
「俺の母親の「木下真夏です。以後お見知りおきを」」
「……ええ、よろしくお願いしますお母様?」
あれ〜おかしいぞ?2人の目線から火花を飛ばしているように見える。真夏はお前にお母様と言われとうないとか思ってそう。
ハハハ……風邪だな! と思いながら俺は目をそらす。
「それでこの後どうすればいいんだ?」
「私個人の挨拶はもう済ませてあるので悠人様を私の母に紹介しようと思ってます」
「ほーん、まぁ見ての通り非常識だから嫌われそうだな」
「大丈夫ですよ」
「あらマリア此処にいたの?」
「あっ、お母様!」
振り向くとそこには橘さんと同じ金髪の縦ロールの綺麗な女性がいた。若っ!見た目でもまだ20前半にしか見えん。
「全く挨拶が終わったらすぐに何処かへ行ってしまうなんて」
「ごめんなさいお母様」
「そして、……こちらの方は?」
「木下悠人です。娘さんにはいつもお世話になっております」
「あらご丁寧に私は橘エリナです。いつもマリアから話をよく聞いています。なんとも常識外れな殿方だと」
「……ドーユーコトデスカ?タチバナサン?」
「えっ!? ああ……その」
「お話しようね?」
顔赤らめてもダメだぜ。そしてすごい目泳いでるんだけどマジで言われてたんだな。俺は橘さんを追っかける。
「ふふっ、勿論良い意味ですから。あら聞いてない。おや真夏さん?貴方の息子さんでしたのね」
「ええ、まさか息子がエリナ様のお嬢様とお知り合いとは思いませんでした」
「世間とは狭いものですねぇ」
真夏と橘さんのママさんが話をしている間俺はまだ橘さんを追っかけていた。ウエディングドレス着た男がスーツ姿の女を追っかける。何ともコメントし難い光景だな。
「おっす逃げないで橘さんお話しよう。男に追っかけられるなんて女の夢でしょう?」
「きゃ〜お母様〜助けて〜♪」
俺がふざけてるのが分かってるのか楽しんでいる橘さん。パーティー会場でそんな事するな?常識外れだから分かりやせんなぁ。
「まぁまぁ、悠人さん落ち着いて。ここは私の顔に免じて」
「いやはや橘さんのママさんに言われてしまったら落ち着くしかありませんな」
「悠君がいつものテンションでいるのが凄いと思うの」
「真夏、俺はもうダメかもしれない。ご無礼働いたから後で暗殺される」
「いきなりネガティブ思考になられても困るんだけど」
「ふふっ、いいんですか暗殺しても?」
「何でも致しますので勘弁してもらえませんか?」
「あら、何でも?」
「えっ、冗談ですよ」
「悠人様、男に二言は無いんですよね?」
「橘さん足元を見ないで頂けます?」
「では全員で写真を撮りましょう」
「真夏、このご婦人はとても良い人です」
「うん知ってる」
「ところで、……さっきから気になっていたんですけどその刀は模擬刀ですよね?」
そう、橘さんのママさんのドレスの腰に刀が提げてある。こんなご無礼を働いた俺でもとても優しく接してくれる人なのだ。模擬刀であることを願いたい。
「本物ですよ?」
神は死んだ。転生した身分でありながらこんなこと言うのも変だが。
「何で提げてるんですか?」
「勿論無礼者を斬るためです」
「真夏……俺は暗殺じゃなくて斬殺されるらしい」
「うん知って……る場合じゃない!」
「はーいそこに直りなさい〜♪」
と言ってマリアのママさんは刀を抜く。
「お母様!?」
「エリナ様!?」
「ふふっ、冗談です♪」
刀持ちながら言っても説得力ねぇ。
「ところでマリア? 私は結婚するなんて聞いてませんけど」
やっぱり勘違いされてた。ドレスについて最初に触れられてなかったからスルーしてたけど。
「あっ、誤解させてすみません。ドレスの代わりに着ているだけなので今日結婚するとかじゃないです」
「あら結婚しないの? 私としてはいいと思いますが?」
「いやマm「エリナ」……エリナさんまだそんな歳でもないじゃないですか。橘さんに考える時間がもっとあった方がいいですよ」
俺はともかく橘さんもまだ子供。これから出会いが多くなるのだ。新しく好きな人が出来るかもしれない。まして小学生で恋人作るのは早すぎる。結婚なんて以てのほかだ。
「では悠人さん私としますか?」
「「「え?」」」
「ふふっ、私は悠人さんが気に入りました。どうですか?」
俺の右腕を組んでくるエリナさん。ちょっと待って急展開すぎる。俺のログにはそんな気に入られる行動した覚えないぞ。
「あの……えーと俺以外にもいい男性が見つかると思いますのでお断りさせていただきます」
「ふふふ、私気に入ったものは何でも手に入れたい主義なので」
この人引くことを知らねぇ。流石貴族、独裁主義思想は健在か。
「エリナ様? 悠君に色目を使うのはやめてください!」
とは言いつつ俺の左腕を組んでくる辺り止める気全く無いな。仕方ないここは、
「橘さん助けて下さい」
頼みの綱は貴方しかいません!
「えっと、えっと……私はどこを掴めば...」
あれ聞こえてない?ちょっと助けてよ。
「お嬢様、正面が空いてます」
「はい! 橘マリア……いきます!!」
こっち来んな! あっー、抱きつかれた! 終わったー!
そして南さんはこの状態の写真を笑いながら撮っていた。
いや助けろし。
そうして数分後解放されたが俺はゲッソリ、他のみんなツヤツヤの状態。こういうのには慣れた方がいいのだろうか。いや、慣れたら慣れたで枯れてる男と思われたら嫌だな。
「ええー、ところでペアで参加と言いながら男は俺以外いないのですが」
「それは午後からです。でも午後は荒れるので今ゆっくり話せる午前中にお母様に紹介したかったのです」
「ペアで来る方は少ないのでその他の女性はペアの殿方にアプローチするんです。だから荒れます」
「えっ……俺やばくないですか?」
ウエディングドレスだし。
「悠君大丈夫よ。橘様のペアである貴方にアプローチする命知らずな女性はいるはずないわ。それにほら今も来てないでしょ?」
確かにさっきからずっと周りの女性は俺を見るだけで近づいて話しかけては来ない。なるほど橘さんのペアだから手を出そうにも出せないというわけか。
「じゃあ安心だな」
「ええ、してたら私が斬りますから」
「全然安心出来ません」
「ところでお母様のペアはいるんですか?」
「いませんよ。無駄にお金搾り取る穀潰しに私の財産を使いたくありません。それに殿方を連れて来たって面倒なだけです」
ひっでぇ言い様だな。俺もその中に含まれてんのかな。
「悠君は家事やってくれてるから穀潰しじゃないよ」
真夏がフォローしてくれる。ああ…優しさが心に染みるぜ。
『皆様そろそろ午後の時間になります。移動をお願いします』
アナウンスの声掛けで周りは移動を始める。
「さぁ悠人様私達も行きましょう!」
ちゃっかり腕を組んでくる橘さん。まあ別にいいか。
「ああ、分かった」
「悠君行ってらしゃい」
「えっ、真夏は帰るのか?」
「午後は貴族のみ参加だからね」
「そっか行ってくるよ」
「うん、気をつけてね」
「真夏さん安心して私がいるから」
「私としてはエリナ様が1番危ないんですけど」
「あらどういうことでしょうね?」
ともかく午後の部ペアで参加か…やはり確実に浮くよなぁ。まぁ橘さんとエリナさんいるから平気かな。
「ところで悠人様?」
「何だ橘さん」
「その……私の事、マリアと呼んでいただけますか?」
「いいのか?」
「ぜひお願いします!」
「じゃあ……マリア。……行こうか」
「……! はいっ!」
まるで太陽のような明るい笑顔を見せて返事をする彼女に俺は笑顔で返す。
「あらあら、私がいることも忘れないで下さい」
「もちろんですよ」
「もちろんです!」
さて、どうなるんだろうな。




