1-6(名のない少女6)
明日、ハクの街に行きたいということを、ナーナは地図と絵でアキラに伝えた。
まず昨夜の地図を再び取り出し、「ハク」と言ってナーナは昨夜も示した城を指さした。次にアキラが頷くのを待って、玄関の扉を開け、その場で足踏みをして見せた。
「えーと、ハクに行くってことかな」
待って、とナーナがアキラを手で制する。そして彼女は、2枚の絵を紙に描いた。1枚は、1本の横線の上に、丸と、丸を囲む放射状の線。もう1枚は、1本の横線の上に五芒星のような幾つかの星。
昼と夜、と推測がついた。
ナーナがそれぞれの絵を指さし、1という意味だろう、指を一本立てる。
「1日ってことだよな。多分。ハク、行く、1日か」
少し考えて、アキラはまずナーナと同じように地図を指さした。
「ハクに」と言ってやはり彼女と同じように玄関の扉を開ける。「行くと」その場で足踏みをしながら言う。「ただし」戻ってナーナから2枚の絵を受け取る。
「今日じゃなくて」
と、まず昼の絵をナーナの前に示し、そちらを後ろに回して次に夜の絵を示す。そしてさらに夜の絵を後ろに隠して、改めて昼の絵をナーナに示して指さした。
「明日」
ナーナが頷き、まず自分を、次にアキラを交互に指さした。
「ああ、一緒に、ってことだね。QX、ナーナ」
ナーナが欠伸を噛み殺す。
無理もない。昨夜は結局二人で徹夜したのだから。
「ごめんね、もうひとつだけ」
そう言ってアキラがナーナに訊ねたのは、カレンダーのことだった。カレンダーがあればそれを見たかったのである。
しかしこれも、意図を伝えるのは簡単ではなかった。
アキラはまず、アラビア数字で1から12までの数字を書き、指を折ってそれが数字であることを示した。次に12個の枠を書き、[日本語]でそれぞれの枠の上に1月から12月までの文字を書いた。さらにそれぞれの枠の中を区切って、1から31までの数字を書いていった。
2月を書いている途中で、アキラの期待通り、ナーナがカレンダーのことだと気がついてくれた。
ナーナの持ち出して来たカレンダーは12ヶ月に分かれ、数えると日数は365日あった。それは半ばアキラの予想通りだったが、意外だったのは、ナーナが2月の2日目を指さしたことである。
今日はこの日、という意味と思われた。
しかし、体感的に、とても今が冬とは思えなかった。それどころか真夏じゃないのかと思われるような暑さである。熱帯にいるという可能性もあったが、それにしては森の植生に違和感があった。
しばらく考えてアキラが思いついたのは、そもそも1年の開始日が違うんじゃないか、ということだった。
そこでナーナの描いた絵を元に、1枚の紙に太陽と星を描いた絵を4枚用意し、1枚は昼を長く、1枚は夜を長く、残り2枚は同じぐらいに昼と夜を区切った。それをカレンダーと一緒にナーナの前に並べて示し、アキラはカレンダーの最初の日、1月の1日目を指さしてナーナを見た。
アキラの予想通り、ナーナは昼を長く描いた絵を指さした。つまりこのカレンダーは、夏至から始まっているということだ。
『ということは、日本に当て嵌めると今は7月の下旬……といったところか』
『でもこうなると、』
『ここは地球だったのか……!と判っても、もうがっくりと膝をついて驚くことはできないな。閏年もあるんじゃないか、この調子だと』
『もし、地球じゃないとしても、よく似た並行世界ってとこか』
待て待てと、結論を急ぐ自分にブレーキをかける。
『……まだ、1日の長さが24時間とは限らないか……』
ふと、別の疑問が浮かんだ。
昼と夜を示すのに、ナーナが星を描いたことである。
1年が365日とされているのは、このカレンダーが太陽暦に基づいているからと思われた。そして1年が12ヶ月に区切られているのはおそらく、太陰暦の影響が残っているからだろう。
しかし、ナーナは月を描かなかった。
そこでアキラは、星を描いて夜を示していると思われる絵に、三日月を描き足してナーナに示した。
ナーナはその絵をしばらく見ていたが、やがて首を振った。そしてアキラの描いた三日月を指さし、不思議そうに「<これは何?>」と問うたのである。