10-2(黒い剣の世界2)
「彼らの呼び名、そのものが答えだったんです。この世のすべて、それが彼らです。誰が名付けたかは知りませんが、”あらゆるもの”とは良く言ったものです。まさしく彼らは、あらゆるものなんです。黒い剣の向こうから来て、黒い剣になり、黒い剣を生み出すために、世界そのものになった。
神々や精霊だけじゃない。
オレも、ヴラドさんも、ナーナやフランさん、この家や土地のすべてが、”あらゆるもの”の一部なんです。だからこそ、”あらゆるもの”との契約で魔術が使えるんだと思うんです。
なぜならこの世界そのものが、彼らなんですから」
ブルッとナーナが体を震わせた。
「わたしたちすべてが……」
「うん。ただし、魔術についてナーナの話を聞く限り、物質化してしまった彼らを物理法則を大きく超えて自由に使えるという訳ではないようだけど」
「それで」
いつもとまったく変わらぬ口調でヴラドは訊いた。
「答えを得て、その”あらゆるもの”はどうなるんだ?」
「元に戻ります。多分、無に」
「無?」
「ええ。もっとも、無というのはオレの直感で、そう思う根拠はないんです。もしかすると別の何かに戻るのかも知れません。
ただ、元に戻る。それが彼らの望みなのは確かだと思います。こちらに呼び出される時にオレが聞いた、ワレヲカイホウセヨという言葉は、黒い剣に、世界そのものになってしまった”あらゆるもの”の望みだと思います。
新しい神がオレのことを解放者と呼んだのも、同じことでしょう。
神々は、おそらく人を愛しています。新しい神が彼の信者を愛していたように。
でも、同時に神々は元にも戻りたがっている。物質であることから解放されて、元の何かに。だから、ナーナを祝福することも、呪うこともできなかったんです。自分たちを解放する存在であるオレを呼び出すナーナを、解放されることを望みながら人を愛しているが故に。
彼らが解放されるということは、人がいなくなる、ということでもありますから」
「なるほどな」
「そして、オレは答えに辿り着いてしまった。ということは、彼らも知ったということです。それがどんなモノになるかはオレには判りません。ですが、フランさんの言ったのとは違う意味で、いずれこの世界は終わると思います」
ヴラドが頷く。アキラの言わんとすることに気づいたのである。
「その時は、フランも、だな」
「はい。そもそも、フランさんとオレの記憶が、今、この時間の流れの中に引き継がれていること自体が不思議でした。世界が滅びるのに、どうやって次の時間の流れの中に記憶を引き継いでいるんだろうかって。でも、まず、オレ自身が記憶を少しだけ取り戻したのがラクドで黒い剣が現れた時。そして、ほとんど取り戻したのがカズナで門の中に落とされた時。それに気づいたときに判りました。フランさんの記憶は、他でもない、黒い剣の中に蓄えられているんです。
知恵の神も言っていました。黒い剣の中にある知識をこね上げてオレをヒトのカタチに作り上げたって。
だから、この黒い剣の世界が終わる時に、フランさんの苦しみも終わると思います」
「それは、いつのことだ?」
「判りません。それがいつになるかは。明日のことか、それとも、オレらが生きている間には起こらないのか」
低く、ヴラドは笑った。
「だとしたら結局、今までと同じで、何も変わらねぇってことだな。明日死ぬか、それとも明後日死ぬか、いずれにしても判らねえって意味では」
「はい」
「判ったよ。オメエの言いたいことは」
そう言って、ヴラドはグラスの日本酒を飲み干した。彼がカナルを後にしたのは、その翌日のことである。
「楽しかったぜ、アキラ。嬢ちゃん。フランも、そう言ってたがな」
ナーナの家の玄関の前に立って、ヴラドは言った。
「ヴラドさんはこれからどうするの?」
「西の戦乱を覗きに行こうと思ってる。どうせ死ぬなら、オレらしく死にてえからな。畳の上で死ぬなんて、オレには相応しくないだろう?」
「そんなことはありませんよ」
いつもの起伏が少ない声でアキラが言う。
ヴラドは鼻で笑った。しかし、不快な笑いではなかった。
「じゃあな、アキラ。嬢ちゃん」
そう言うとヴラドは、二人に背を向けて歩き始めた。
「ヴラドさん。もしフランさんに会ったら、よろしく言っといて」
ヴラドが片手を上げて応える。そして、狼男の巨躯は森の木々の向こうに消えていった。
アキラは隣に立ったナーナを見下ろした。
彼女の視線は、ヴラドが姿を消した小道に向けられたままだった。
「どうかした、ナーナ?」
何か考えている様子の彼女に、アキラは声をかけた。ううんと首を振り、ナーナはアキラを見上げた。そうしてしばらくアキラを見つめた後、明るく笑って「なんでもないよ。アキラ」と、ナーナは応えた。
アキラに促されてナーナが家の中へと戻り、アキラは扉を閉じた。まるですべての不幸から彼女を守ろうとでもするかのように、そっと静かに。




