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8-3(マスタイニスカの娘たち3)

「ここで臭いが途切れてる」

 ヴラドは洗面台を、顎をしゃくって示した。

「嬢ちゃん以外に臭いがねぇな。他のところに行った様子もねえ。ここで、嬢ちゃんは消えたんだ」

「魔術みたいねえ。おおかみくんに悟られないよう、臭いも消して、多分、空間転移したってとこかしら」

「じゃあ、これは本物ってことですね」

 アキラは、今朝、玄関の隙間から差し込まれていた手紙をかざした。

「ああ、そういうことだな」

 手紙には、ナーナを預かったこと、アキラに、アレクシの対岸にあるショナ側の街、カズナまで来ること、と書かれていた。ご丁寧にも、魔術師協会のユン魔術師と、ショナの軍団長の署名入りだった。軍団長の名は、ムゥロ・ギャレとなっていた。

「ま、ギャレの野郎なら譲ちゃんを手酷く扱うことはねぇだろうよ。ヤツはとにかく女には優しいからな。だからアキラ、もうちょっと普通にしゃべれ。声が平板すぎて、ちょっと怖いぜ」

「この軍団長、ヴラドさん、ご存じなんですか?」

「ああ。初めて戦場に出た頃からの知り合いだ。なかなか食えねえヤツだよ。オレより女にモテやがるのが一番気に入らねえヤツだが、こんな姑息なことをするようなヤツじゃないんだがな。

 ヤツがなぜこんな回りくどいマネをしているのか、狙いが判らねえ」

「ちょうどいいではないか!黒い剣の力を試す絶好の機会だ。たった1軍団など、怖るるに足らぬわ。魔術師協会など、木っ端みたいなものよ!」

「闇の司祭様は、少し黙っててください」

 底冷えのする声でアキラが言う。

「お姫ちゃんを一人にしてたのが裏目に出ちゃったわねぇ。でも、おおかみくんにも気づかれずにお姫ちゃんを連れて行っちゃうなんて、大したものねえ」

「で、どうする?アキラ」

「もちろん行きます。ナーナを泣かせたままなんで、謝らないと」

「ま、そうなるよな」

「そうねえ」

 フランは少し考えて、どこか諦めたように小さくため息を落とした。

「具体的にどうするか考える前に、少し話しておきたいことがあるの」

「どうした、フラン。改まって」

「あたしのもうひとつの名前について、もう、話した方がいいみたいだから」

 そう言ったフランの口元には、どこか寂しげな、薄い笑みが浮かんでいた。


「シャッカタカー?」

 居間のテーブルを囲む椅子に座って、ヴラドは言った。なんだそれはと言いたげな口調である。

「オレも聞いたことはありますけど、なんでしたったけ」

 落ち着きを取り戻したアキラも、いつもの口調でフランに訊ねた。

 二人と向かい合って座ったフランはため息をついて、肩を落とした。

「せっかくスゥイプシャーの塔から飛び降りるぐらいの覚悟を決めて話したのに。お姫ちゃんがいればちゃんと驚いてくれたのに」

「ははははは。お前もあまり知られていないな、シャッカタカー」

 嘲笑したのはウィストナッシュである。

「お黙り。へっぽこ」

 フランがウイストナッシュに鋭く言う。

「ちょうどいいわ。あんたが説明なさい」

「なんでワシが」

 ウィストナッシュが鼻で笑う。

 フランはきっとウィストナッシュを睨んだ。

「あんたが10歳になってもまだ寝小便垂れてたこととか、全部バラすわよ。それでもいいの?」

「な」と、闇の司祭は絶句した。そして忌々し気に舌を鳴らす。

「畜生。いいだろう、教えてやる。そいつはデアの4大魔導士の一人、千の妖魔の女王、既に死せる者、シャッカタカーだ。ワシとも古い馴染みだ。もっとも、姿はワシが知っているのとは随分違うがな」

「ああ」

 アキラは声を上げた。

「思い出しました。ナーナに聞いたことがあります」

「オレは知らねえなぁ」

「おおかみくんはあまりこういうことに興味がないものねえ。まあいいわ。自分で聞くとちょっと恥ずかしい呼び名だし、そういうことだから」

「で、それがどうした?」

「それでね、あたし、こいつが言った通りこいつとも古い馴染みでね。ただ、こいつと違ってあたしは死ぬの。寿命でも、殺されても。見習君みたいにどんなことがあっても死なないなんてことなくて。ただ、死んだらすぐに転生して、転生した後でも前の人生の記憶をきちんと憶えているの。だから、こいつが知ってるのとは、今は姿が違うの。

 ここまではいいかしら」

「おう、いいぜ」

「でね、あたし、こいつも知らないことなんだけど、マスタイニスカの娘たちの一人でもあるの」

「マスタイニスカの娘たち?なんだ、それは」

 ウィストナッシュが不信感を露にして問う。

「もちろん本当の娘じゃないんだけど、お母さま、マスタイニスカの血を濃く受け継いだ娘たちの集まり。ずっとお母さまを守って来た姉妹たちよ。あたしはね、さっき言ったようにある意味では不死なので、娘たちの長姉になるの。娘たちの中にもそれを知らない子もいるけど。

 それで、さっきの手紙に署名していたユン魔術師も、あたしの妹」

「じゃあ、嬢ちゃんを攫ったのはオメエの妹だってことか?」

「ええ。もっともあたしは家を出た不良娘なんだけど。ユンはお母さま想いでまじめな子だったから、こんなことをしたんだと思うわ」

「……ということは、マスタイニスカは女なのか!!」

 ウィストナッシュが叫び声を上げた。

「そうよ」

 さも当然と言うようにフランが答える。

「それで、なぜ、そのユンさんがナーナを攫ったんですか?」

 アキラは、ナーナがラクドで言っていた娘たちってこういうことか、と思いながらフランに訊いた。

「多分、見習君を殺すためでしょうねえ」

「オレ、何か恨まれるようなことしましたっけ」

「ユンはね、未来を見ることができるの。あたしはできないけど、たまにそういう力の強い子が生まれるのよ。でね、ユンは、見習君の姿を見たの」

「どこかで聞いた話ですね」

「ええ。ただ、キスリス神官王ほど確かな未来を見た訳じゃないみたい。ユンから話を聞いたのは、もう20年以上前よ。その時、深い闇に立つ見習君を見たそうなの。それで、お母さまが倒れられて」

「なに?あの野郎倒れたのか!」

 喜びの声を上げたウィストナッシュに、フランがゆっくりと顔を向け、睨め付けた。

「お黙り、へっぼこ。もし、それ以上言ったら--」

 フランの低い恫喝の声に、男たちは3人とも震え上がった。

 フランが咳払いをする。

「話を戻すとね、お母さまが倒れられて、妹たちはみんな不安になってるの。神託が一切行われなくなったり、神々に祝福も呪いもされなかったお姫ちゃんが生まれたり、これまでにないことが起こってるから。大災厄の後に、お母さまがこのへっぽこに見習君を殺すように言ってたこともあって、見習君が何かお母さまに良くない影響を与えているんじゃないかって考えている子も多くて。

 あたしはそんなことはないと言ってるんだけどね、見習君を殺せばお母さまの具合が良くなるんじゃないかって。多分それで、見習君を殺そうとしているんだと思う」

「ギャレの野郎は?あいつはなぜこの話に乗ってるんだ?あいつは世界が滅びるとかそんなことを信じるヤツじゃないぜ」

「多分、治癒の術をネタにしたんじゃないかと思うわ。治癒の術の呪いを解く手伝いをするからってユンの方から話を持って行ったんじゃないかしら」

「ああ。それなら納得だ。西の戦乱をネタにすれば、ヤツなら飛びついただろうな。

 でもよ、どうやってアキラを殺すって言うんだ?コイツ、今では首切っても死にそうにないぜ」

「あー。それは、なんか想像がつきます」

 どこか諦めたように、アキラは言った。

「多分、そのためにわざわざナーナを攫って行ったんでしょうね。もしそうだったら、ちょっとオレから提案があるんですが」


 アキラが話し終えると、ヴラドは頷いた。

「暴れられねぇってのはちっと残念だが、いいぜ、オレは。だがよ、アキラ。オメエは大丈夫なのか、本当に」

「ええ。多分ですが、大丈夫だと思います」

「いいわ。見習君が大丈夫って言うんだったら、あたしも賛成」

「ワシは……!」

「闇の司祭様の意見は聞いていませんから」

 口を開こうとしたウィストナッシュを冷たくアキラが突き放す。それでも何か言おうとした闇の司祭を、フランが一瞥しただけで黙らせた。

「それじゃあ、手紙の返事を出さないとね。ご招待をお受けしますって」

「そうだな。だがフラン、返事を出すのはいいが、どうやって、どこの誰に届けるつもりだ?なるべく早く返事を出さねえとヤバくないか?」

「そうねぇ。見習君、カズナまで飛ぶことはできる?」

「事前に知っている場所じゃないと難しいですね。カズナには結局、立ち寄っていませんから。あ、でも彼らに頼めば届けられるかも知れないですね」

「そうか。じゃあ、待ち合わせ場所も事前に下見する必要があるわね。まぁそれはカズナに到着してから考えるとして、念のために確認するけど、彼らって、見習君の影の中にいる御方たちのことよね?」

「ええ」

「判ったわ。それでいきましょう。手紙はあたしが書くから、後でユンに届けてもらえるかしら」

「じゃあオレは、カズナまでの船を探しに行くとするか」

 ヴラドが立ち上がる。

「一緒に行きましょう、ヴラドさん。船が手配できればすぐにこの借家も返さないといけなくなりますので、どうせならそのまま片付けましょう」

「ああ、そうだな」

「その間に、あたしは別のことを片付けておくわ」

「別のことって何だ、フラン」

「お姫ちゃんが攫われた状況とタイミングから考えると、ほぼ間違いなくこの家を見張っている人たちがいるはずよね。軍か魔術師協会か、その両方か。今まで気づかなかったのも悔しいし、このまま見張られているのも癪だから、ちょっとね」

 フランが赤い髪をかき上げ、笑みを浮かべて言う。

「いいぜ。任せる」

「じゃあ、オレらは出かけましょうか」

 フランが何をする気なのか、詳しいことは聞かない方が身のためと、アキラとヴラドはそそくさと借家を後にした。

「それにしても、オメエよくキレなかったな」

 アレクシの街を歩きながら、ヴラドは言った。

「なんのことです?」

 ヴラドの横を歩きながらアキラが応える。

「砂漠でオメエ、一人だけになっちまったんだろう?譲ちゃんをひょっとしたら自分が殺しちまったかもって思ったんだろう?その時によくキレなかったな」

「……ナーナには、言わないでいただけますか?」

「うん?何だ?」

「正直、パニックになりました。かなりヤバかったです。自制心が飛んでしまいそうで。でも、その時にあいつが、ウィストナッシュが言ったんです。『そうだ、そのまま地球を壊してしまえ』って。それで我に返って」

「ホント、判ってねぇヤツだな。あいつは」

 心底呆れたようにヴラドが言う。

 アキラは頷いた。

「でも、おかげで助かりました。よく考えれば、ナーナが死ぬような未来を神官王様が選択するはずがないって思ったんです。そんなことをすれば、シェルミ様が巻き込まれる可能性が高いですから。神官王様はわざわざオレにシェルミ様を宜しく頼むと言っていましたし。

 そう信じて砂漠で待ってたら」

「譲ちゃんたちが現れたって訳だな」

「ええ」

「それにしてもよ、ラクドの王宮の外じゃあ、紙兵だったか、そいつが盗賊どもを血祭りに上げてたんだよな」

「神官王様はそう言ってましたね。それがどうかしましたか?」

「黒い城壁の内側、王宮の外では殺戮が行われて死霊が溢れて、王宮の中では闇の司祭の手引きで闇の王が生まれるなんてオメエ、出来過ぎだって思わねえか?まるでなんかの儀式みたいだぜ」

「ホントですね。気がつきませんでした。それだけ聞くと魔王誕生って感じですね。実際にオレが中でやってたのは家事だったんですけど」

 ヴラドが鼻で嗤う。

「オレは魔王の誕生に加担していたって訳だ」

「じゃあ今日から魔狼将軍とでも名乗りますか?ヴラドさん」

「悪くはねぇが、もうちょっとセンスのいい……」

 二人はたわいもない会話を交わしながら、まだどこか騒然とするアレクシの街を、カズナに渡るための船を求めて歩き続けた。


 アレクシの借家を引き払い、荷物をまとめてアキラたちがカズナ行きの船に乗ったのは翌日のことである。船は、ヴラドがようやく探し出した元海賊の知り合いが手配してくれたものだった。

「見習君、手紙はユンに届けてくれた?」

 シェルミの手を引いて船に乗り込もうとしていたフランが、前を歩くアキラに訊いた。

「ええ。ユンさんの机の上に置いて来てくれたそうです。問題なしです。手紙を読んだユンさんがわざわざ判りましたって言ってたそうですので」

「そう。ごくろうさま」

「それにしても、いったいいつの間にあんなに買い込んでいたのやら」

 呆れたようにアキラが言ったのは、ナーナの買った魔術書のことである。ナーナの部屋を片付け始めると出るわ出るわ、10冊を越える魔術書が部屋のあちらこちらから出て来たのである。

 見つけた魔術書はもちろん、昨日のうちに全てイーダ宛に送付済みである。

「助け出したらちょっと叱らないと」

「昔のオンナの名前を呼んじゃうような彼氏に叱られてもねぇ」

 フランがからかう様にアキラに言う。

「昔のオンナじゃないですから」

「余計に問題があるセリフねえ、そう言うと」

「それにしても、闇の王に、闇の司祭。千の妖魔の女王か。どう考えても、こっちが悪役だな」

 荷物を船に軽々と積み込んでいたヴラドが言った。

「それにつけ加えるなら、英雄殺しと、神々に祝福も呪いもされなかった魔術師、失われた闇の都の姫巫女もいるわよ」

 自分のことを言われたと理解したのか、フランと手を繋いだシェルミがフランを見上げる。その彼女にフランは優しく微笑みかけた。

「でも、正義の味方の方が人質を取っているというのが、少々納得いきませんけどね。まあ、悪役は悪役らしく、役を果たしに行くとしましょうか」

「おう。ちゃちゃっと片付けちまおうぜ」と、ヴラドが応えた。

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