歴史の層の下の下2
カナルの山?それはどこにあるの?
そんな名前の山も地名も、わたしは知らないわ。
ねぇ。
ユニコーン。
あなたは、何をそんなに悲しんでいるの?
いくら泣いても、彼女の涙が枯れることはなかった。
彼女が膝をつき、頭をこすりつけている固い地面に、すでに血の痕はない。
しかし、戦神に三度祝福された王はここで、この地で、信じていた部下に背後から刺されて、死んだのである。王、いや、簒奪者であるひとりの女の死は、人々に歓声をもって迎えられた。
彼女にはそれが悔しく、辛かった。
なぜなら、女の死の原因は、涙を落とし続ける彼女にあったのだから。
「姉さま、姉さま、姉さま……!」
悲嘆の声を洩らしながら地に額づき、彼女はいつまでも泣き続けていた。
簒奪者を殺めた男は、ふと人の気配を感じて窓を振り返った。
そこに、誰もいないはずの窓際に、ひとりの少女が立っていた。
彼がよく知っている姿そのままに。
「ああ」
男は声を上げ、膝をついて頭を垂れた。歓喜のあまり笑みを浮かべ、涙を滂沱と流しながら。
男は少女に許しを請い、感謝の言葉を述べた。呪うべき自分に、敬愛する主を弑した自分に、死を賜ってくれるはずの少女に向かって。
しかし少女は、男の言葉を聞いてはいなかった。
少女は表情を一切動かすことなく男に近づき、今や鋼を引き裂くことさえ可能なその手を、ただ男の頭に振り下ろした。
それが少女の初めて殺人で、彼女がなにか大事なものを失くした、ある月のない夜の出来事だった。
「ここにね」
まだ焼け爛れ、焦げた臭いに満ちた廃墟の中を、彼女は歩いていた。彼女の後ろを、まだ10代の前半と思われる一人の少女が、若干早足になりながら歩いていた。実際には、見た目とは逆に少女の方が彼女よりも遥かに歳上だったが、少女は何故か彼女を姉さまと呼び、彼女の方も、その呼び方を抵抗なく受け入れていた。
「月見の塔という塔があったの。塔の街と呼ばれたバスティア王国の都でもひと際高い塔でね、水平線に沈む月がとても綺麗に見えたの。あなたにも一度見せてあげたかったわ、フラン」
「もう家に帰りましょうよぉ、姫姉さまぁ」
フランと呼ばれた少女が不機嫌そうに言う。辺りには死臭が漂い、フランはいい加減うんざりしていた。一緒に歩いているのが彼女が姫姉さまと呼ぶ人でなければ、フランはとっくに彼女を置いて帰っているはずだった。
「ゴメンね。もう少しだけ」
そう言われれば、彼女をほったらかしにする訳にもいかず、フランはまだ幼い体に舌打ちをしながら駆け足で前を行く彼女に追いついた。
そうしてフランが見上げた彼女の頬には、止め処なく涙が流れ落ちていた。
それでいて、深い緑色の瞳を廃墟に向ける彼女の口元には、とても嬉しそうな笑みが浮かんでいるのだった。
「姫姉さまってば」
胸を刺すような不安に苛まれながら、努めて平静な声でフランは彼女に声をかけた。
「もう帰りましょうよぉ」
彼女が「そうね」と応えるまで、フランは廃墟の中を、根気強く彼女に付き従って行った。足が棒のようになってもまだ、いつまでも、いつまでも。
ユニコーン
教えて
カナルの山って、どこにあるの?
教えて
今、すぐに。
わたしが、この世界から消えてしまう前に
アキラさまと、永遠にお別れする前に
……お願い。
……ユニコーン……
……私の
……私だけの、ユニコーン……




