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7-6(黒い剣6)

「魔術師様」

 と、侍女がナーナを呼びに来たのは朝食が終わった後である。

「お連れの方がいらっしゃいましたので、ホールまで来ていただきたいと、神官王様からのご伝言です」

 途中で一回迷って、息を切らせて薄暗いホールに走り込むと、玉座に座った神官王と向かい合うように、ホールの中ほどにアキラが立っていた。「アキラッ!」と叫ぶと、彼は笑顔を浮かべて手を上げた。

 普段と変わらないその様子に、駆け寄る間にムカついて来た。そして気がつくと、アキラの頬が鳴っていた。

「馬鹿っ!」と、叫ぶ。

「ごめんね」と、訳が判らないままアキラは謝り、ナーナを抱き締めた。

「心配した?」と訊かれて、ナーナは頷いた。

「酷いことされていない?」

 その問いにも、ナーナは声もなく頷いた。

「よかった」

「言った通りであろう?」

 玉座で神官王が言う。その玉座の一部が、斜めに切り落とされていた。

「ええ。それでは、お師匠様を返してもらっていいですか?」

「私としては、この城にしばらく滞在していただきたいのだがな」

「何故でしょう。滞在しなければならない理由はなさそうですが」

「姫がご存じだ」

「姫?」

「わたしのこと。後で説明する」

 アキラはナーナを見て、頷いた。

「本当に?」

「うん。理由は判ると思う。でも」

「闇の司祭に会いに来たのだろう?それに、ここには黒い剣がある」

「ここに」

「うん。そうみたい」

「判りました。それでは、お言葉に甘えてしばらくお世話になります」

「部屋は姫と同じでよかろう。姫」と、神官王がナーナに声をかける。

「その男の心は私にも読めぬ。不思議だな」

 そう言って、神官王は手を振った。下がれということだろうと、ナーナはアキラを連れてホールを出た。

 一人残った神官王は、疲れたように玉座に凭れ掛かった。

「姉上」と、小さく呟く。

「まだ、そこに居られるか?私たちの娘は、どうやら助けられそうだ……」

 誰かに語りかけるように呟いたその声に、応える者は城のどこにも、神官王の薄い瞳にも見えなかった。


 部屋に戻ると、ナーナは何も言わずアキラの首に抱きついて、彼の肩に顔を埋めた。アキラも彼女を強く抱き締めたが、あまりにも長く彼女が動かないので少し抱擁を緩め、「ナーナ?」と問いかけた。

「本当に生きてるんだね」

 アキラの肩に顔を埋めたままナーナが囁く。

「うん、足はあるよ」

 ナーナが笑う。

「間違いなくアキラだ」

 しばらくそうしていたが、「あれから何があったの?」と、抱擁を解いて、アキラの腕の中で彼を見上げてナーナは訊ねた。

 二人でベッドに並んで座って、アキラは語った。隊商がラクドの騎士によって全滅させられたこと、ガストンさんも殺されたこと。そして、オレはどうやら人じゃないらしい、ということを。

「驚いた?」という問いに、ナーナはしばらく考えて、頷いた。

「でも、それほどでもないかな」

 と、彼女は言った。

「初めてアキラが倒れていたのを見たときから、そうじゃないかとどこかで思ってた。だから、ああやっぱりって感じ。それにさ」

 アキラを見上げてナーナが言葉を継ぐ。

「新しい神が言ってたじゃない。アキラを呼び出したのはわたしだって。だからきちんと責任は取るよ」

「それは男の言うセリフだと思うなあ」

「そう?イーダ姉さんも、ダダ兄さんに同じことを言ったって聞いたけど」

 そう言えばこっちは基本、母系社会だったっけとアキラは思い出していた。

「ナーナ」

「なに?」

 ナーナの濃い栗色の瞳を見つめて、アキラは開きかけていた口を閉じた。

 自分が人ではないと知った時に感じた穴は、彼の心の中にまだあった。しかし、すでに言うべきことは何もないことに、彼は不意に気づいたのである。

「ううん。なんでもないよ」

「うん」と短く頷いて、「わたしの方はね」と、ナーナは、ラクドの騎士に連れ去られてからのことを話した。ただし、彼女が話せたのはキスリス神官王とホールで向かい合っていたところからだったが。

「神官王がここにしばらく滞在して欲しいって言う理由は、もしかして領民を逃がすためかな」

 ナーナの話を聞き終えたアキラは、彼女にそう訊いた。

 ナーナが頷く。

「わたしもそう思ってる。どんな未来を選択しようとしているのか神官王は教えてくれないけど、神官王の言う通り、この城壁がすべて封印だとしたら、解いた時に何が起こるか判らないもの」

「隊商を全滅させたのも、ここに人を寄せ付けないためか」

「いい悪いは別にして、そうなんじゃないかな。城内にもほとんど人がいないし、ここ、もう政府としての機能をほとんど果たしていないみたい。でも、神官王の権威は絶対だし、なにより水を握っているから誰も逆らえないという状況を作り出しているような気がするの」

「じゃあ、近いうちに領民に退去命令を出すとか」

「多分。もしかすると、アキラもその舞台の役者として使われているのかも。名を口にするのも憚られる御方の一人が現れたとか言って」

「ああ」

 アキラは、彼が城内に入ったときの騒ぎを思い出した。

 滅多刺しにして殺したはずの人間が現れたのだ。騎士たちの驚きは相当なものだった。しかも、襲われた時には頭巾を被っていたが、城内に入った時にはわざわざ髪を晒したのである。

「神官王の予定通りに動かされているみたいで、いい気はしないなあ」

「そうだね。でも」と、ナーナ。

「神官王も自分の見る未来から逃れられないんじゃないかな。そういう意味では、あの人が一番自由から遠い人なのかもと思うよ」

「でもさ、退去命令を出して、それでみんな言うことを聞くのかな」

「そんなにすんなりとは行かないとわたしも思う。神官王も、すべての人を助けられるとは思っていないんじゃないかな」

「……いずれにしても、神官王の計画待ちか」

「うん。その間に、シェルミ様を紹介するよ」

「シェルミ様って、誰?」

「キスリス様の妹君で……」

 そう言いかけたナーナの声が、ふと途切れた。彼女の小さな頭が、コトンとアキラの胸に凭れかかる。

 そのまま黙り込んだナーナに、アキラは「ゴメンね」と声をかけた。

 ナーナが首を振る。

「いいの」

「うん」

「もう、いいの」

 静かな声で、ナーナはそう繰り返した。


 二人は知る由もなかったが、実はその時には、領民はすでにラクドを離れ始めていたのである。

 神官王が出したのは、彼らの予想した退去命令ではなかった。

 予言である。

 アキラとナーナが訪れる半年も前から、神官王は、ラクドが滅びるという予言をラクドの街に流布させていたのだ。ナーナが言った通り、アキラが現れることも織り込み済みだった。

 ラクドの空に黒い柱が立ち、名を口にするのも憚られる御方の一人が現れた時、永遠の泉は枯れ果てるであろう。そして、ラクドは地の底へ飲み込まれて消える定めにあると、神官王は半年前に予言したのである。

 ラクドの城壁内にある永遠の泉は、神官王の意のままに操ることができた。

 水がなくなれば、砂漠では生きていくことはできない。

 その泉を、この日にあわせて水量を減らし、また元に戻しと、領民を不安にさせるために様々な手を打っていたのである。

 名を口にするのも憚られる御方の一人が本当に現れたという噂は、たちまちのうちに広まった。

 予言が成就しようとしていると、多くの人が信じた。

 そして、神官王が騎士たちにラクドを去るように命じたのが、決定打となった。

 飛び去る跳馬の群れに導かれるように人々がラクドを後にしたのは、アキラがラクドに辿り着いた3日後のことであった。

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