4-8(宦官の帝国8)
ラカン帝国で政変があったらしいと、最初に知らせたのはフランである。
すでにこの街での用事は全て終わっていたが、宦官の襲撃事件の事情聴取などで20日近く出発が遅れていた、その間のことである。
どうやらと、フランは言った。宦官の長が死んだらしいと。
数日後には、酒場と市場での噂がそれに続き、最後に軍の関係者からヴラドが正式に聞き出した。
西の戦乱で、ラカン帝国の前線にも動揺が見られるとのことだった。
「戦乱が終わりそうなんですか?」
「いや、どうかな。むしろ悪化するかも知れねえ。どうも最終的には皇帝が実権を握ったようだが、こいつがあまりお利口じゃあなさそうだ」
「もっと宦官を前線に投入するって噂もあるようよ。そうなったら、ショナも何か対抗策を考えないといけなくなるでしょうねぇ」
「ラカンの宦官って何人ぐらいいるのかな?」
「正確な人数は判らないわ。でも、数万人はいるって聞いたことがあるわね」
「あんなのが数万人も前線に投入されたとしたら、ちょっとぞっとしねぇな」
心底嫌そうに、ヴラドは言った。
しかしそれも、当面はアキラたちには関係のない話だった。事情聴取も終わり、彼らはようやく街を離れてもいいと軍に告げられたのである。
宦官がショナに侵入したルートも次第に明らかとなり、逮捕者も出ているということだった。
「安心するのは早いかも知れねぇが、ま、もう一度襲ってくる可能性は低くなったと考えていいだろう。軍も警戒を強めるだろうしな」
今度の目的地は、神追う祭りが行われるゴアの街だ。
馬車で3日もあれば着くところだったが、小さな町なので定期的な乗合馬車の便が悪く、貸付金の回収業務が順調だったこともあり、彼らは奮発して貸切馬車を雇うことにしていた。
この街でナーナが新しく買った魔術書は5冊。
貸切馬車で行くということで、ナーナはその魔術書をすべて持って行くと強く主張した。荷物になるからと反対したのはアキラである。結局多数決で決めようということになり、結果は反対1票、賛成2票、棄権が1票となった。
「じゃあ、文句ないよね。アキラ」
「フランさん。フランさんはなんでそんなにナーナに甘いんですか?」
ため息交じりにアキラがフランに文句を言う。
「いいじゃない。魔術書が5冊ぐらい。そんな渋チンなことばかり言ってると、お姫ちゃんに嫌われちゃうゾ」
「そうだゾ」
フランの傍らに立って軽い口調でナーナが言う。魔術書を持って行けるということが、相当に嬉しそうだった。
ナーナの笑顔につられるように、アキラも苦笑を浮かべた。
「判りました。もう文句は言いません」
「じゃあ、行くか」
馬車の屋根に大剣を担ぎ上げていたヴラドが言った。
「はい」と頷いてアキラが乗り込むと、いつもはアキラの隣に座るナーナが、フランの隣に座っていた。
「フランさん、わたしの家族のこと、教えてくれる?」
フランの顔に笑みが浮かぶ。
「ええ。喜んで」
その声を聞きながら、アキラは馬車の最前列に座った。最近は家の中で頭巾を被らないことに慣れていたため、黒い髪を晒したままでいることに、アキラも、他の誰も注意を払っていなかった。
「全員乗ったかい?」と、確認に来た御者が、アキラを見て固まった。
「どうしました?」とアキラが問うたが、彼らの出発がさらに数時間延びたのは、太陽が東から昇るが如く当然の成り行きであった。




