隠食日記「和風パフェ」
家族・友達・恋人・同僚・世間…いろんなものから「隠れて」食べる―隠食―をテーマにした不定期単発です。隠れて食べる幸せ。(ギャグ)
福岡市東区。電車で隣の看護師二人組が「東区はヤバイ」と言っていた、その東区が私の今の住所だ。今日は飼い猫の爪とぎ防止用シートを買いに博多まで出る。通販だと一枚700円近いシートが、100円で買えるなんて、今の時代は素晴らしい。
会社を辞めて初めての月曜日。昼近くに出ると、通勤時には知らなかった秋の強い日差しが私を焼いた。羽織っていたコーディガンを腕にかける。
「まだこんなに暑いなんて、知らなかった」
先週までなら会社にいた時間だ。朝と夕方の肌寒さだけで季節の移り変わりを知った気になっていた。朝ごはんを食べずに出てきたからか、少しお腹が寂しい。マンションのエントランスを出て、最寄駅に向かおうとすると、馴染みの店の看板が目に入った。
びっくりドンキー。私の愛しのドンキーだ。
私の故郷は田舎で、近くにこの愛しい店がなかった。今のマンションに決めたのだって、最寄駅の近さと、びっくりドンキーがある、その二点だけだった。
しかし私だけ外食するのは気が引けた。家には留守番中の恋人がいる。彼には昨晩の残りの白米しかないのに、私だけおいしいものを食べるなんて。いいのだろうか。
でも、その時メニュー表がフラッシュバックした。和風小町。小さな抹茶ベースの和風パフェ。彼とシェアできないからと諦めたあれを、食べたい。私の靴は、まっすぐ自動ドアに向かって歩いていく。
まだランチには少し早い時間。店内は閑散としていて、客は私だけのよう。
「まずはご飯かな」
コーンスープの小、イカゲソの唐揚げ、ミス・サラダ。ミス・サラダは、ゆずベースドレッシングのサラダのよう。イカゲソの唐揚げは、ピザが食べたかったけどないみたいなので、こっちに。
まずはコーンスープ。このトウモロコシの甘いスープが、私はどんなスープの中でも一番好き。外れなく美味しくて、あったかくて染み渡る。混ぜて冷ましながら、少しずつ食べる。幸せ。
次はサラダ。絹の豆腐にシソのソースがかかっている。シソ!私はシソが大好き。大好きなゆずと、大好きなシソ。なんていいサラダ。それに、どこを食べてもドレッシングがしっかりかかっている。私が食べるといつもドレッシングがかかっている上を先に食べ尽くしてしまい、味のない草を咀嚼する時間の方が長かったりするのに。なんて素敵。ありがとう。私は心の中で調理スタッフの垂れた首に笑顔で金メダルをかけた。
豆腐に海苔、レタスに大根、何種類も入っているサラダなんて豪華。昨日の夕食はキュウリに醤油かけただけだったのに。これからの再就職までを考えると、きっとこんなものを食べる機会はなくなるのだろう。そう思うと、私にはどれも宝石のように見えた。
イカゲソ。美味しくないわけない。イカ、あなたにはずっと支えられてきたのよ、私。出会いは父のつまみ。おいしかった。甘くもなり、しょっぱくもなる。さっぱりにもなり、こってりにもなる。そんなあなたが、私はずっと好きね。結構量があって残ってしまうと心配したけど、そんなこともなく私はぺろっとイカゲソを平らげた。
私は悩んだ。空腹は満たされた。ではここで買い物に行くべきでは?しかし、それではなぜここまで来たか分からないじゃない?なんで来たかって?それは、
和風小町を食べるためよ!!!
店員さんが空になった食器を下げてくれて、テーブルはまっさら。私はコップのかいた汗だまりをティッシュで軽く拭いた。ドキドキした。和風小町が、ここにくる…!
思ったより早くそれは、やってきた。和風小町。ずっと会いたかった。私は一度、ギトギトになっていた口内を水でリセットした。
まずはクリーム。黒糖の風味がする。そうか、これ黒蜜か。抹茶の寒天と黒蜜がけのクリームを合わせて。うん、今はクリームが多かったかな?ミルク感が強い。あ、あれ、この部分クリームかと思ったら、あ、アイスだ…!クリームと地続きにバニラアイスが敷いてある…!気づかなかった…完全に術中にハマってんじゃん私…おいしい…。アイスの層を少し掘ると緑の層が現れる。抹茶ムース?アイスにしては温度が低くて、なめらか。上が冷たかったから、休憩にちょうどいい。トッピングの小豆と生クリーム、バニラアイスと抹茶ムース層を混ぜてまとめていただく。小豆の食感と、混ざり合った各層が、ああ、私和風パフェ食べてるんだ…!という気持ちにさせる。おもち、あなたはまだ待ってて。最後の最後に食べるから。
というか、抹茶、これ、ムースじゃなくて、クリームじゃない…?抹茶クリームじゃない…?
抹茶、小豆、おもち。彼が食べられないもの。そして私が大好きなもの。私が我慢していたものの全てがここにあった。和風小町。ありがとう。
そして私は、溶けたアイスにまみれたおもちをパクリ。圧巻のフィナーレ。
お水でリセットすれば、何もなかったみたいないつもの私。愛する人よ、許してね。今度、串焼き屋に連れて行くから。