酔い
あれからラドクリフはハンナに釘を刺されまくった後、貴族の役割を果たす為に孤児院を視察する仕事をこなしてきた。
"みんなの憧れ大魔法士ラドクリフ様"のイメージを壊さぬよう顔に笑顔を張り付けながら孤児院を廻ったので、人間嫌いで子供嫌いなラドクリフにとっては疲労の溜まるものだった。
子供相手なら、愛しいローズとの子供ならばきっと可愛いだろうなと妄想しながら相手にするので、端から見ればイケメンと子供が戯れる眼福な図なのだが、四十過ぎの当のオジサンは妄想真っ最中なのである。
早く家に戻って自分が作った食事を美味しそうに頬張るローズを見て癒されたいと思いながら、ラドクリフは足早に家路についた。
「ただいま~ローズ~。師匠のお帰りだ、よ……」
いつも通り家の玄関を開けてローズが出迎えてくれるだろうと思っていると足元には見慣れない男物の靴があった。
「ラドクリフ様」
低い声に声を掛けられて顔を上げれば、そこには何故かラドクリフの講義の受講生の一人、最優秀生のゴードン・レイニーの姿があった。
「お邪魔してます」
にこっと笑い礼儀正しく頭を下げるゴードンは嫌味な程、爽やかだ。
「何故、君が、ここに居るんだ?」
教壇に立つ麗しの大魔法使いからは人を射殺さんばかりの睨みがゴードンに向けられた。
ラドクリフからしてみれば誰にも入り込まれたくないローズとの聖域と言っても過言ではない場所に、自分がいない間に赤の他人が、しかも男が上がり込むという場に出くわすとは思いもしなかったのである。
それを見たゴードンは驚きつつも若干、引いていた。
それでも爽やかな笑顔は崩さない。
「ローズとたまたま会ったら具合悪そうにしていたので、無理を言って家に送りました」
「ローズが?」
「はい。とても苦しそうでしたので。今は部屋で寝てると思います」
「そうか……」
「ラドクリフ様とローズは、そういう関係かと思ってましたが、案外、清らかな関係なんですね」
爽やかを体現したような男から不躾な言葉が飛び出てくるとは思わずラドクリフは、ついゴードンを凝視した。
「何が言いたい?」
「腕輪という、ややこしい事をしていたので、ラドクリフ様の魔術をなぞるのは大変でした。あれって魔力酔いていうやつでしょうか?」
「まさかローズが魔力酔いを?」
「外出先で起こしていました。危ないですよね。魔力酔いを起こす女性は男性から狙われやすくなりますから……」
途端に爽やかな笑顔がゴードンから消えた。
「見つけたのが僕で良かったですよね」
ゴードンがラドクリフを見る目にはラドクリフを咎める感情が表れていた。
魔力酔いを起こしやすい人間には腕輪のような魔法具でコントロールするのは正しい方法だが、良く知られている方法は、魔力の相性がいい者の身体の一部を魔力酔いを起こす人間に取り込ませるのが一般的である。
だが勘違いした人間は人助けという名目で、魔力酔いを起こしている人間に同意のない性行為を致そうとする問題があった。
ゴードンからしてみればローズが魔力酔いを起こすまで放って置いたラドクリフへの責任能力の無さに怒りがある。
少なくともローズを大切に想っているならば怒りを抱くのは当然。
「ちょうど帰ろうと思っていたので、いちおう僕は、これで失礼します」
ラドクリフに怒りを向けても、ゴードンは最後まで礼儀正しく爽やかだった。
ゴードンの言う通り、魔力酔いを起こしたローズを見つけたのが彼で良かったとラドクリフは思った。
魔力酔いを起こす人間は一握りの者ばかりで、膨大な魔力を秘めている者が多い。ローズも例外ではない。
魔力酔いを起こせば色目を持つ者を引き寄せるだけではなく、その魔力を利用したい人間に狙われる危険性もあった。
だからこそローズを大事に守らなければいけない。
ローズが魔力酔いを起こさぬようラドクリフは注意を払ってきた。
それなのにローズの異変に気づくことができず危険に晒してしまった自分自身に、ラドクリフは不甲斐なさを感じた。
コンコン
「ローズ、入るよ」
「……はい」
ラドクリフが伺うようにローズの部屋に入れば、ベッドの上で具合悪そうに布団に包まるローズの姿があった。
起き上がろうとするローズを、そのままでいいと制してラドクリフはベッドの側に腰掛ける。
ラドクリフを見上げるローズの顔色は青白かった。
「君が魔力酔いを起こした事を聞いたよ」
「すみません……」
ローズの腕をとりながら、ラドクリフは腕輪にそっと手を馳せる。
「応急処置を、してもらったようだね。腕輪の術が変化している。君を見つけた人間が優秀で良かった」
カラン
ローズの腕にあった腕輪が真っ二つに別れて床に落ちた。
ラドクリフが腕輪を外したのは明らかだ。
「し、しょう……?」
「今回は魔力酔いが酷い。外すと余計に苦しいだろう?」
ローズは身体に巡る魔力が逆流するような感覚を覚えた。
その感覚は気持ち悪いもので、身体中の手足を動かすのも儘ならない。
「苦しい、です」
息が荒くなり苦しさからローズは汗が滲み出ると、頬に張り付いた髪をラドクリフは、そっと払いのると、そのままローズの頬を包み込んだ。
ラドクリフの絹のような美しい手が、己の体温より冷たくてローズには心地好いと思った。
するとラドクリフの美しい長い髪が、さらりとローズの頬を掠め、ラドクリフは顔を近づけながら、ぽつりと呟いた。
「……すまない」
少し様子のおかしいラドクリフにローズは気付いていたが、一体何を考えているかまでは分からない。
「んーっ!!」
いきなり唇に柔らかいものが押し付けられ、それがラドクリフの唇だと気付いたときには口内に舌が差し込まれていた。
何事かとローズが考える前に不思議と魔力酔いの苦しさが凪ぎいて身体が楽になる。
身体の苦しさが無くなっていくと同時に舌を絡ませ合う行為にローズは心地好さが広がった。
身体の状態が落ち着いたの感じ取ったラドクリフは唇を離し、少し気だるげなため息を吐いた。
「具合は、どうだ?」
「大、丈夫、です」
ぼうっと茹であがった意識では、ローズはそう言うのが精一杯だ。
ぼんやりとラドクリフを見上げながら、サラサラで蒼白いラドクリフの長い髪が目の前を掠めていると、触ってみたかったような事を、ずっと昔に思ったのをローズは思い出した。
降りられなくなった木から救いだしてくれたとき、ラドクリフの胸のなかに包まれて、とても良い匂いがした事を幼いながらも覚えている。
もう一度、あの温もりに包まれたい。
離れようとするラドクリフを引き止めるようにローズは抱きついた。
「……ローズ?」
あの頃のように、やっぱり良い匂いがするとローズは思った。
その心地好さにラドクリフの首に腕をまわすと、ローズはまたラドクリフに唇を押し付けられた。
溺れそうになる口付けに、今度は痺れるような甘さが広がった。




