天気の恋模様
公園にある時計台の短針はもう少しで待ち合わせの時間である午後一時を指そうととしていた。
視線を時計台の短針から、その向こうにある空に移した。
少し目を細める。
「曇ってるな」
このデートを不安にさせるかのような雲行き。理想の天気ではなかったのだが、雨と晴れの境界線。
もしこれが、本当に俺の心情を表していたとするならば、今後のデートで左右されることになるだろう。
「おっ」
遠くから待ち望んだ相手がやってくる。
俺から手を振ると、控えめに手を振り替えしてくれた。ワンピースの水色は彼女のお気に入りの色だった。
歩いて近付く度に、その顔がはっきりと見えてくる。いつもと変らぬ無表情。だが、少し強張っているように見えた。
「待った?」
若干顔を上げて上目遣いで、冷たく、無機質な声でそう言った。
「俺が楽しみにし過ぎて、早く来すぎただけさ」
そう、と彼女は言うと俺がもたれていた時計台の違う側面に同じようにもたれかかる。
右手にはビニール傘。
透明で純粋で――でもどこか掴み所のない彼女らしいといえば、そんな気がする。
だが、今日はその傘を使わせるわけにはいかない。
「行こうか」
俺が歩き出すと、まるで影のように俺の後ろへ付いてくる。俺が隣に並ぼうと歩く速さを緩めると同じように彼女もそれに習った。
「あーもー!」
「あっ……」
まどろっこしくなったので、手を繋いでみた。雨の多い季節、ジメジメして蒸し暑い中で彼女の手はひんやりとしいて気持ちいい。
前のデートの時も手は繋いだのだが、彼女の反応は前回と変わらず初々しい。
「あ……ぅ……」
何か言いたげだったのか小さな声が口から何度か漏れたが、やがて諦めたように黙って握り替えしてくる。
チラリと空を見上げる。曇り空は相変わらずだった。
隣を歩く彼女は何やら機嫌が良さそうだ。
「どこか行きたい場所とかある?」
「ううん。こうやって歩いてるだけで良い」
二人手を繋いで人が行き交う道を歩く。
「宿題終わった?」とか「テストどうだった?」とか。そんなたわいも無い話をしながら道を行く。
彼女が笑顔を見せようとした一瞬前。
「だー、もう。鬱陶しいなぁ。全くついてねーぜ」
正面から若い青年達がそんな事を言いながらすれ違った。
何か、と思ったが直ぐにその理由が分かる。
頬に浸る雫。
「うわっ。雨かッ!」「今日は1日曇りじゃなかったの」「天気予報もあてになんねーな」
周りを歩くサラリーマン、買い物袋を下げた主婦が口々に不満不平の呟きが聞こえた。
彼女の握る手が強くなる。
――ザーッ
あっという間に雨足は強くなり服を濡らしていく。
俺は彼女の手を引いて近くの屋根がある裏路地に引っ張り込む。
「あー、もう。ホラ、ハンカチで顔を拭いて!」
手渡したハンカチを受け取った彼女は無表情で無言だった。まるで雨が、彼女の笑顔を隠してしまったかのように。
「ねぇ……」
体を拭かずにハンカチを握り締める彼女。
雨に濡れてワンピースが透けて青い、可愛いブラが目に入る。が、そんなことは一切気にならなかった。
まるで苦虫を噛み潰したような、苦悶の表情。
「私といて、楽しい?」
「そりゃあね」
「……嘘よ。私は貴方に迷惑をかけてしまう。今も、きっとこれからも」
だって私は――、と続く言葉を遮るように俺は言う。
「天気予報……外れたな」
「――ッ!!」
彼女が目を潤ませ、涙を落とす。言いたくない事を言うような。
「そ、それば私が――」
「俺は!」
ビクッと、俺の大声に彼女が体を震わす。
「俺は、雨が好きだよ。勿論、君も」
彼女の頬が朱色に染まる。涙は止まることなく落ちていく。
「そろそろ体を拭いてくれないか。風邪を引くし、服が透けて、下着が見えてるよ」
「わわっ、本当だ……」
受け取ったハンカチで体についた雫と涙を拭き取りながら照れくさそうに笑う彼女を見ながら俺は思う。
――帰りに傘を買ってやろう。
――彼女が好きな水色の傘を。
梅雨の雨は止むことなく降り続く。彼女の幸せが続く限り。いつまでも、いつまでも……。