世界滅亡スイッチ
間接照明の灯る中で子供が一人、椅子に座っている。
近くには執事風の初老の男性が立っている(実は博士)。
「博士、外に遊びに行っちゃダメ?」
「申し訳ございません、ハジメ様。これまでに何度もご説明させていただいておりますように、それだけはダメです。」
「・・・退屈なんだよね。」
「それは充分に理解しております。そのためこの部屋には世界中のありとあらゆる玩具類を集めておりますが。」
「ネットで対戦してもあんまり面白くないんだよ。やっぱりライバルと同じ空間を共有したいんだよ、最大限のバイブスを感じたいんだ!」
「・・・いつの間にそんな荒っぽい言葉を覚えたんですか?」
「ネット仲間に教わって・・・。」
「それはよくない傾向です。今後はネットのゲームについても内容を監視させていただきます。」
「やだよ。そこくらいは自由にやらせてよ。物凄い人権侵害だよ~。」
「ハジメ様、いいですか? あなた様は自分一人の体ではないということを良く理解しなければなりません。」
「わかってるよ。僕が無駄に死んだら、この世界が滅ぶってやつでしょ?」
「その通りです。ハジメ様の体には、この世界を滅ぼすためのスイッチが内臓されておりますので。」
「厄介だな~。何で僕の体にそんなものが入っているの?」
「そんなもの呼ばわりとは・・・。」
「絶句しないでよ。」
「いいですか! ハジメ様。その『スイッチ』は現行人類の中で最も清らかな心を持った人間を選んで、設置されるのです。ハジメ様は神に選ばれたと言っても過言ではないんですよ。」
「ちなみにどうやって選んだの?」
「8年前、世界最新鋭のスーパーコンピューターが計算したんです。」
「その当時のコンピューターに、人間の心が理解できたのかな?」
「・・・そう言われますとちょっとわかりませんが。」
「最近のコンピューターの進歩ってすごいんでしょ?」
「そうですね・・・。今でいえば、ちょっと高機能なケイタイ電話クラスでしょうか?」
「能力、低くない?」
「まあ、スーパーなコンピューターですから、きっと間違いはないですよ。」
「うわっ! そんな理由で説得しようとしているよ。現代っ子をなめんなよ。」
「ハジメ様、どこでそんな言い方を?」
「友人に教えてもらった。」
「・・・ずっと一人ぼっちのハジメ様なのに!」
「失敬だな! だからネットの友人。というかネット上の友人しかいないんだけど・・・。ずっとこの家に閉じ込められてるから。」
「申し訳ございません。『スイッチ』を狙うテロリストが世の中にはたくさんいるものでして。」
「本当にいるの?」
「本当に、と言いますと?」
「そのテロリストとやらが。みんな、妄想なんじゃない?」
「いえ。おります。日々、ハジメ様を付け狙っておりますよ。」
「でもこの家はそういった人たちに襲われたことが、今まで一度もなかったじゃない?」
「それはハジメ様の存在、そしてこの基地の存在を世間からひた隠しにしてきたからです。」
「ここって基地なの?」
「・・・はい。基地って私、言っちゃいました?」
「うん。はっきり言った。」
「バレてしまいましたね。」
「意外とあっさりね。」
「では仕方ない・・・。真実をお伝えすると、」
「教えてくれるの! 切り替えが早すぎない?」
「ここは北極の地下500mに作られた軍事基地の中にあります。」
「北極? 地下500m?」
「はい。」
「だとすると外に出ても、友達になれるような人間がいないよね?」
「全くいませんね。体長10mのホッキョクグマはいますが。」
「友達にはなれるか!」
「そうですね。」
「じゃあ、・・・友達はいらないから、外に出してよ。」
「現在、気温は-50℃の吹雪、真っ最中です。半袖Tシャツのハジメ様、それでもいいですか?」
「やだよ! 人類が生息できない環境でしょ、それは。」
「おとなしくゲームでもやりましょうよ。私がお相手させていただきます。」
「おっ。それはいいアイデア。何のゲームをやろうか?」
「私が選んでも?」
「いいよ。」
「では、ピンボールを。」
「それってファミコンで出た初期のソフトでしょ?」
「はい。私はこのソフトであれば世界中の誰にも負けない自信がございます。」
「嫌な自信だね。じゃあ却下。」
「・・・いきなり却下の理由は?」
「そんなに博士が自信のあるソフトで戦って、もし僕が勝ったらそれは博士に接待してもらったってことになるでしょ?」
「ハジメ様が物凄い才能の持ち主なのかも・・・。」
「絶対に嘘だよ。最近のソフトだと何かない?」
「テトリスは?」
「どこが最近なの! でもいいよ・・・、テトリスで。」
「ありがとうございます。私、実はテトリスにも自信がございます。」
「だからそういうことは言わないでよ・・・。」
「先に言っておいたほうが、後で受けるダメージが少ないかと。」
「僕も結構、テトリスには自信があるんだけどな。」
「いえ。絶対にハジメ様よりも上手いです、私は。」
「言うね。その自身の根拠は?」
「私はテトリスの上手さで、この組織に入ることが出来たのです。」
「どういう組織なの! 研究成果とかは?」
「博士がちょいちょい言う、『組織』って何?」
「世界平和を守るための互助会みたいなものでしょうか?」
「組織に入ってから、ずっと子守担当のままなの?」
「まあ、そんなものです。」
「博士なのにね。この仕事にやり甲斐は?」
「ないですね。」
「ないんだ! あんまりないんだ!」
「いえ。全くありません。まあ私自身として仕事は仕事、プライベートはプライベートと分けて考えておりますので。」
「割り切ってるね~。ちなみに僕の前には、何人担当したの?」
「ハジメ様で2人目ですね。」
「意外と少ないね。もっと担当者はパタパタ死んでるのかと思ってた。」
「そんな不吉なことを言わないでください。大丈夫です。歴代の担当者は人に殺されたことはほぼありません。」
「ほぼってことはちょっとあったの? 無駄に死んだら世界が滅ぶんじゃ?」
「その方たちは無駄死にではなかったので。」
「どこに違いがあるの! そもそも無駄な死って何?」
「100%、防げてはおりませんが、まあまあゼロに低い確率です!」
「無視って。まあ・・・いいか。ちょっとひっかかるけど。」
「ちなみに死因の一位は」
「わかった! 老衰でしょ!」
「いえ。・・・自殺です。」
「・・・自殺!」
「ハジメ様はまだ8歳ですので、誘惑が少なくていいのですが、人間というのは成長にあたり色々としたいことが出てくるのですが。」
「誘惑って言うと何?」
「生身の女性と触れ合ってみたいとか、若い男性と触れ合ってみたいとかそういったことですね。」
「それって楽しいの?」
「本気で行なう性行為というのは、他のことを全て忘れてしまうくらい、気持ちのよいものですが。」
「お前は8歳児相手に何を語ってるんだ!」