1-5. 欠けていたもの
突然の恵那の叫び声。予想外のことに僕とヴィレは固まってしまった。
「だまって聞いてれば。なんなんだ?もう!なんか怪獣出てきて街壊されて。どう考えても人死んでるだろ。お父さんやお母さん、みんなだってどうなったのかもわからない。だいたい何で突然こんなことになったのかもよくわかんない。なのになんか怖くて。分けわかんないまま泣いていじけて。あたしは怖くて見ないように逃げてんだぜ」
恵那は腕を振ってヴィレと僕を指差しながら、
「二人は勝手に戦って負けて戻ってきて、そしたら今度はごちゃごちゃ言い合うし」
感情のままに言葉を発していた。言葉遣い男勝りになったが、あれが彼女の素なのかもしれない。やがて言葉を発する内に落ち着いてきたのか徐々にイントネーションが下がってくる。
「一度でも戦った二人にあたしが言うのもおかしい・・・のかもしれない、けどっ」
頭をかきながら再度叫んだ。
「二人ともむかつくっ!」
説明できないけどむかついた。怖いでいっぱいだったのに僕らを見てたら、なんか怒りがわいてきてむかついた。要約するとそう聞こえた。
はたから見たら駄々をこねてわめき散らす子供のようで。言葉が感情そのもの。あまりにも感情的な言葉と様に気圧されてしまった。
「あ~叫んだおかげでなんかスッキリした」
彼女は腕を広げて体全体で背伸びをして、街の方を仰ぎ見て僕のほうへと振り返り、
「あたしのこと気にしてくれてありがとうございました」
頭を下げてお礼を言った。そこにさっきまでおびえて泣いていた姿はもうない。
「・・・でも。ヴィレ。代わりを探しにいくなら、あたしもここに置いてけ」
「しかし」
「しかしじゃない。あたしたちだって唯で死ぬつもりはないぜ。街から離れたここにいるおかげでまだ生きて逃げられるだろうしな。黒衣の騎士ガーネル様も『人は生きている限り戦いからは逃げられない。行き続けることは戦いだ』って言ってたしね」
さっきのように感情のままに叫んだわけでもない言葉も感情的だった。不思議だ。彼女が無関係な人間だと知って、僕の中ではもはや彼女はただの一般人でしかなかったのに。生きて逃げられる。自分と違ってそんな希望的観測まで力強く口にする彼女は色づいて見えた。
しかし黒衣の騎士って誰だろう?歴史の人物?いや、きっと彼女の好きなアニメか漫画のキャラかもしれない。逃げて生き延びた先で聞いてみたいもんだ。
「二人の言いたいことは分かった。それでも先を言わせてほしい」
思えばヴィレにだって言い分はある。頭ごなしに二人の意志を押付けてもヴィレが動くとは限らない。聞くことも必要だ。恵那と僕の無言を肯定と受け取ってヴィレが口を開く。
「二人とも勘違いしている。貫志を見捨てて逃げた時点で私は代わりを探す間に死ぬだろう。すでに私と貫志は一蓮托生。無論いまの恵那の言葉に打たれてしまった時点で、恵那を見捨てても死ぬ」
「はっ、なんだよそれ。何をしたってヴィレが死ぬんだったらもう手詰まりじゃないか」
口にしてはいけないのに。僕は思わず諦めを口にしてしまう。だけど彼女は違った。
「じゃあ、考える必要なんてない。戦うだけだぜ」
思い悩む僕に彼女は言う。
「『戦争とは勝てば官軍、負ければ賊軍。それだけの単純な話。結果は正直だ。うだうだ考えず戦え』戦う以外の方法があるなら言えっ!」
またなにかの作品の引用だろうか?中二病の彼女にとって物語の中にある言葉はこの現代の現実の世界にも有効らしい。こんな状況でも彼女が心を保っていられることを考えるとずいぶんと効果絶大だ。
「ヴィレはどうなんだ?」
「さっきの敗戦を見ただろう。私は撤退を進言――」
「だからそれじゃダメだって言ってんだ。戦って死ぬのか。戦わずに死ぬのかってきいているんだ。考えたってどうにもならないんだってもう分かっただろっ!」
恵那の目から涙が落ちた。物語で心を保っていた?さっきまでのおびえていた彼女を思い出す。普通ならあれが当たり前なんだ。あれこれ考えて不安におびえて。
でも彼女は違った。さっき急に叫んだときも、いま戦えと叫んでいるときも。彼女はわかっていて。分かっているからそれじゃだめだと考えることを放棄した。
「あれこれ考えて二の足の踏めないやつにあたしはなりたくないんだっ!」
思えば彼女はそれが分かっていて考えることをやめて感情だけで二の足を踏んだんだ。
――考え続けて二の足踏めないやつは進めない。俺はそれがいやなんだ。
大樹?幻聴だろうか?大樹の声が聞こえた。いつのまにか左手が右わき腹に触れている。ああそうか。幻聴じゃない。いまのは大樹のように意志一つで人助けができないことに泣いていた僕に、大樹が言った言葉だ。恵那のおかげでを思い出したよ。そうだね、大樹。僕は二の足が踏めないやつだ。僕はいまもこうやって進めなくなってしまった。ヴィレもどちらかというと感情的にあまり動くやつじゃない。感情の起伏が小さそうだし。
彼女は僕らにないヒーローの素質をもっている。まるで僕とヴィレにだけで足りない部分を補うためにこの場所にいたようだ。
そして、僕はあの後に大樹が僕を慰めるために言ってくれた言葉も思い出した。
――でも失敗も多いから、お前がそれをできないんだったら、ちょうどいい。俺の変わりにあれこれ考えてくれ。きっとお前との出会いは偶然じゃない。偶然のような必然はある。なぜなら俺の足りない部分を補える親友がここにいるんだから。
普通そう簡単に見つかるはずの無い適合する臓器提供者との出会い。必ず成功するとは限らない生体腎移植の成功。なんていうのは建前で、大樹との出会いは必然だった。
きっとこの三人の出会いも偶然じゃない。
三という数字は悪くない。三人寄れば文殊の知恵。三人そろえば三本の矢。きっと知恵と力と勇気がそろって進める。ヴィレが力をくれて、恵那が勇気をくれるなら、僕は知恵でも搾り出そうか?こんなときなのに自分が知恵だんなて、と自分の考えに笑ってしまう。宇宙の賢者であるヴィレのほうが適任だ。
「貫志は笑っているのか?」
「大丈夫?追い詰められすぎておかしくなったとか?」
ヴィレの困惑した声。恵那の僕を心配する声が心地いい。
「大丈夫。それよりもヴィレ。適合できる人間に制限があるっていていたけど。大樹以外の不純物の混ざった僕とも合体はできた。つまり相性が悪くても僕以外の人間とも合体できるということだよね」
「確かに相性が悪いとすぐに分離してしまうが、誰とでも合体はできる」
それを聞いて僕の意志は決まった。
「彼女も含めて三人合体しよう」
「しかしそれでは」
「マイネン光線を出していたとき、出力が弱っていった。僕の意志の弱まりと供に。意志の弱まりで出力が下がったというなら、逆に強い意志があれば出力を上げられるってことだろ?」
「三人の意志の混在か。確かに三人の意志の向きが常にそろっているなら理論上は倍の力を生むかもしれないが・・・複数の意志が介在すると動きにも影響がでる。もちろん共鳴率も低くなり、維持できなくなってあっさりと合体が解けてしまう場合もある。貫志とは大樹というつながりがあったおかげであそこまで戦えた。しかし恵那は羽衣一族ではなかった。偶然この場に居合わせただけの娘だ」
「なら大丈夫。この三人の出会いは必然だ」
「なにをいっているんだ?」
「あたしも選ばれた者ってこと?」
困惑するヴィレをよそにそう聞いてくる恵那は興奮ぎみだった。中二病の彼女としてはこのシュチュエーションはつぼだったらしい。士気をあげるためにもいってやる。
「そうだ。恵那は選ばれた。世界を救うヒーローの一人として」
「あたしやる!」
即答だった。ヴィレもそんな恵那の様子に諦めたのか、
「やれやれだ。おかしいな。この状況を悪くないと思う私がいる」
そんなことを口走る。
「ヴィレ。時間が無い」
「わかった。二人とも手をつないで空に掲げてくれ」
恵那が自分の隣に立つ。さっきまで見知らぬはずだった少女。その手を握ることが気恥ずかしくて少し抵抗感があった。握った手のひらは汗だらけで振るいえていた。中二病の狂った少女なんて思ったけど。こうしてみれば彼女は正常なんだ。
あっ、と恵那が声を上げる。
「思い出した。ヴィレって確か同じ発音の単語がドイツ語にあるんだ」
「ふむ。ドイツ語。この星の日本で使われている言語は日本語。ということは、日本以外の国の言語かな」
思いのほかヴィレがそれに食いつく。精神生命体は賢者に近いといっていた。知識欲が強い種族なのかもしれない。
「そう。地球を四分の一周ぐらいするとヨーロッパってところに辿り着くんだけど。そこにドイツって言う国があってね。そこの言葉」
「それは興味深いな。戦いが終わったらこの星を周り、知識を得たいものだ。それで私の名前は何を意味するのかな?」
「ヴィレにぴったりの言葉。『意志』」
「『意志』か。ヴィレにぴったりだな」
「私も気に入った。知れてよかった。ありがとう恵那」
「どういたしまして」
恵那のおかげで緊張がほぐれた気がした。
「さて。じゃあいこうか。俺たちの『意志』を示しに」
つないだ手を掲げて二人で口にした。
『ヴィレ!』
緑色の光が輝いた。
目が覚めたとき、僕は再び碧光の巨人になっていた。