1-2. 約束と出会い
――三年後の八月二十四日。
僕は約束どおり裏山に来ていた。
あまりにも印象が強すぎて忘れることのできなかった親友との約束は意槌貫志という僕の中でトラウマのように残っている。まあ、おかげで忘れずに来れたんだけど。
ライトでもつけていないと人工的な光の届かないこの場所は真っ暗闇だ。唯一の光源は僕の張ったテント周りを照らす光。そして、空から降り注ぐ星の光だけ。
親友の形見の時計を見ると時刻は午後十八時五十四分。
六分前か。
あのときの頼みの意味が今日ついにわかる。期待に胸を膨らませながら、訪れるなにかを探して空を見上げたときだった。
巨大な碧光の塊が真上に現れた。
「少し約束の時間には早かったかな?」
周囲を見るが近くには誰もいない。さらにその先一寸先は闇で見えない。声の聞こえた距離から考えてもこの光から発せられたとしか思えない。呆然と碧の光を見上げていた。
「どうかしたかね。大樹。私だ。ヴィレだ。もしかして私のことを忘れてしまったのかい?確かに以前から数ええると君たちの時間の数え方で五年が経過している。私にとってはごくわずかな時間でしかないが、この星の住人にとっては短いと呼べる時間ではないはずだからね」
自分を大樹と呼ぶ声に呼び寄せられるように惹かれて声が出た。
「大樹を知ってるのか?あなたは何者なんだ?」
「君は・・・大樹ではない・・・のか?」
ヴィレと名乗る光が明らかに動揺しているのが分かった。
「そんなはずは・・・君からは大樹と同じ意志の波長を感じる。私は君たちを顔などの肉体で見分けることはできないが、君たちの言葉で言うところの魂で見分けることができる。君は一体何者なんだ?」
何者か、か――むしろこっちが聞きたい。でも大樹を知る存在に先に答えたかった。
「僕は意槌貫志。後藤大樹の親友だ―――大樹は三年前に死んだ。僕は大樹に頼まれて代わりとしてここにきた」
「大樹が・・・死んだ・・・」
淡く光り輝くだけの光に表情は無い。それでも驚きと戸惑いが声からは感じられた。
「しかし、君からは大樹の意志を感じる。なぜだ?」
自分の中に大樹が。気がつけば無意識に手が右わき腹あった。
「そう。君の手を当てているその位置に大樹を強く感じる」
「昔大樹から腎臓を貰った。僕の中には大樹がいる」
「なるほど。大樹の肉体の一部が君の中にあるのか。これでわかったよ。大樹がなぜ君を私の元に使わしたのか。大樹が君に未来をかけたのなら、私もそれにかけてみよう」
「未来をかけた?それはどういう――」
がさがさっと雑木林を掻き分ける音。ヴィレの光が届かない先からだ。急いで懐中電灯を手にとって光を向けた。
女の子?見た目は若い。年は同じくらいだろうか?半そでジーンズと特に目立つ服装でもない。でも遭難者でもない限りここに人が現れるとは思えない。一体彼女は?
近寄ってくる彼女は僕には目もくれず、ヴィレだけを見ていた。視線だけで目的がヴィレであることがわかった。
「あなたを待っていました」
「まさか、君は・・・」
どうやら心当たりがあるらしい。
「知り合いか?」
「羽衣一族。昔この星に私の同属が訪れた際、供に戦った人の一族だ。そして、大樹と出会うきっかけとなった存在でもある」
「大樹と?」
「そうだ。五年前、この星へ迫る危機を察知した私は先のことを考え、彼らの末裔を捜すためにこの星を訪れた。しかし精神生命体で肉体も持たない私はこの星では異色の存在。捜すには誰かの助力が必要だった。そんなときに出会ったのが大樹だ」
思わずうれしくて口元が笑ってしまった。大樹は底なしのお人よしだったけど、まさか宇宙人にまで助けていたなんて夢にも思わなかった。
「ただ、結局彼らには会うことができなかったがね。それでも、大樹とであったことで星を救う算段がついた私は彼と五年後に約束をしてここを後にした」
「あなたを呼んだのは私です」
「呼んだ?では五年前我々にメッセージを送ってきたのは羽衣一族だったのか」
また彼女が口を開き、僕は置いてけぼりにされてしまった。ヴィレと大樹との関係はわかったけど。まだまだ、分からなくて聞きたいことも多い。そもそもこの星の危機ってなんだ?
「大樹が死んだと聞いたときはどうなることかと思ったが、大樹の意志を引き継ぐ君に羽衣一族の少女がこのタイミングで現れた。やはりこれは運命なのかもしれないな」
また、何を言っているのやら。このままではよくない。あまりにも急な出会いと出来事に流されてしまっている。一度状況整理がしたい。
「僕を置いてけぼりにしないでくれるか?こっちはまだ会ったばかりで事情も知らないんだ。一寸落ち着いて話を――」
ズーンとした波を感じた。途端に周りの木々のざわめいて、ドスンッという音と供に地面が大きく揺れた。
突然のことに慌てふためきながら言葉を失っていると。
「私たちの敵が現れたようだ」
ヴィレがそう告げた。
本能で悟った震源地。山下の街へと目を向けると闇夜に立つ大きな影が目に入った。送電用の鉄塔よりも大きいということは四十五メートル以上身長があるということになる。
「アニール星人が星の侵略に使う怪獣の一体だろう」
影が近くにある鉄塔に抱きついたかと思うと青白い光が周りを照らし、怪獣の全容をあらわにした。青白く光ったのは昔恐竜図鑑で見たプテゴサウルスの背にあるような角張った板だった。首筋から尻尾まで何枚も並んでいて、離れた場所にいる僕にも怪獣の全身像が把握できた。二足歩行の姿はまるでティラノサウルスのようで日本の特撮怪獣映画に出る怪獣を彷彿とさせた。きっとその怪獣のように分厚い皮膚を持ち、ミサイルや砲弾を受け付けない防御力を有しているのかもしれない。
「私の知識が正しければ、あの怪獣は放電怪獣クプラ。大変だ。背中のコンデンサ板が光るのはプラズマを吐く兆候だ」
クプラが足元に向かって青白い光のプラズマを吐き出した。
かなりの広範囲に撒き散らされたプラズマ。今が夜でなかったらきっと街が一瞬で跡形も無く溶けるさまを目の当たりにしたかもしれない。
クプラのプラズマが止まった。闇に埋もれた瓦礫の中に赤い火の色がちらほら。まだ燃えるものが残っているらしい。
生き残りがいるとは思えない。どれだけの人が死んだのだろうか?
ほんの数分の間に起こった惨劇を目の当たりにしてそんなことしか考えられない。状況を受け入れることができなくて呆然としていた。もっと考えることがあっただろうに。
「このままでは街の人間が皆殺しに、いや、この星の生物が根絶やしにされてしまう。君が大樹の変わりできたというのなら一緒に戦ってくれないか?」
「戦う?僕が?」
大樹の言葉を思い出す。
――その先の選択はお前に任せる。お前の好きな道を選べ。
その前の言葉は。
――お前意外に頼めないんだ。他のやつじゃダメなんだ。
はっと薄ら笑いを浮かべて思う。バカだなあ、僕は。
「あいつを倒すには僕はどうすればいい?」
「変身ポーズをとって私に手をかざすんだ。そして私の名前を呼んでくれ」
「わかった」
僕はポーズをとろうとして、
「変身ポーズって?」
思わず昔見た戦隊ヒーローを思い出して腕をクロスさせたがよくよく考えてみたらそんなものは知らないしわからない。
「すまない。緊張をほぐすための冗談だ。大樹に教わった」
「いいねぇ。ほぐれたよ」
不思議と少しだけ心に余裕が生まれた気がした。
「さあ、戦おう新しい友たちよ。遅い自己紹介となってしまったが、私のことははヴィレと呼んでくれ。大宇宙内で宇宙の賢者と呼ばれる精神生命体という種族で、君たちの言葉で言うところの宇宙人だ」
「僕は意槌貫志。貫志でいい。君は?」
「・・・私は桐須恵那」
ぎこちないのは羽衣一族から見て部外者の僕を警戒しているからのだろうか?
「貫志。私に手をかざして、私の名前を呼んでくれ」
僕は手のひらをヴィレに向けて呼んだ。
「ヴィレっ!」
体が粒子に変わって肉体が無くなった。