2-9.三ではなくて一
ドスンと受け止めたガイストの巨体が地に落ちる音が響く。続けてズーンと襲ってくる余波が今回も耐え切ったと僕らに一時の安堵を与える。
今ので三回目。
あと何回耐えられる?
私にもわからない。
体の維持に集中しているヴィレにもわからないらしい。
人は時に感情によって限界を超えるというからな。貫志なら後二十回は耐えられるのではないか?とはいっても計算上ではあと一回が限界だ。
ヴィレなりのジョークが笑えない。
そうか。笑えないか・・・
ヴィレのしょんぼりが伝わってくる。僕もしょんぼりしてしまった。今の僕は恵那でありヴィレでもある。碧巨人ヴィレは一人。三人とも重なっていて意思は一つしかない。ただシンクロ率が低いこともあって、僕らは重なってはいるけど少しずれているから三人いるように錯覚しているらしい。もしこれが大樹だったなら百パーセントで完全に意識が一つになる。
だから自分の肉体のことだ。実際ヴィレに聞くまでもなくこの巨体が崩れて消えてしまいそうな弱りを感じていた。
絶望的な状況なのになぜだろうか?恵那がいればその限界を超えられる気がした。
同意だ。もう少しで恵那が目覚める。そしたら私たちは勝てる。
クプラのときもそうだった。精神生命体のヴィレも僕も感情の起伏が小さいせいか。シンクロ率七十パーセントを維持できて安定はしていてもそれを越えることはできなかった。でもそこに恵那が加わったとき、そのシンクロ率は七十パーセント以下でしかなかったのに一瞬だけ百パーセントを越えた。
僕らは三人でやっと敵に勝てる一人のヒーローになれる。
ガイストが跳躍して空高く飛び上がった。
短い休憩が終わる。少なくともこの一回は耐えてみせる。
そうして構えをとったときだった。恵那が目覚めた。
おうおう。二人ともあたしがいなくて寂しかったのか?眠り姫のお目覚めがうれしいってずいぶんと伝わってくるぜ。まったく照れちまうぜ。
ヴィレも僕も恵那の目覚めに心がざわめく。恵那のもっともな本心だけに指摘が恥ずかしい。
おおっと。そう恥ずかしがるなって。あたしもうれし恥ずかしいんだぜ?
ほんのわずかな間でしかなかったのに。このやり取りがずいぶんと懐かしい。
そうか。三回も・・・・・だいぶ待たせちまったな。
僕たちと重なって恵那は瞬時に今の状況を理解する。
でも許してくれよな。仕方がないじゃん。ヒーローは遅れてやってくるものなんだぜ?ましてやあたしはピンチになったヒーローを助けるヒーローだからな。残念なことに遅れてやってくるのがセオリーなんだぜ。
おかしな減らず口だった。
だからさ。次はあたしに任せな。
やけに自信満々な言動。三人の重なった一つの意思が恵那の復活で大きく引き上がる。不思議と体に力がみなぎってくるのを感じた。限界を超えたのかもしれない。
僕は自我を薄くして恵那に優先権を譲る。重なって恵那の考えていることがわかった。重なり合い 優先される意思が一つの意思となって体が動く。一つの意思は僕の意思でヴィレの意思で恵那の意思でその動きを阻害するものはない。
空から落ちてくるガイストに急に背を向けて走り出す。そして途中で急旋回。今度は空から向かってくるガイストに向かって走り出す。恵那の思い描く動きには精密さが足りない。途中で思い至った僕はそれがうまくいくように自身の経験から脊髄反射のごとく動きを補う。大樹と一緒に組み手をしてきた僕には格闘技の経験があるから最適な動きができる。ガイストがちょうどヴィレの上半身くらいの高さにくるタイミングでくるりとまた背を向けた。
重力加速を追加しての全体重を乗せた体当たりにすべての力を載せた体当たりをかます。
はいいいいいいいいいいいいいいい!
ドンッ!
ガイストが体当たりの力をすべて相殺された上に跳ね返された。ゴロゴロと背後で地面を転がる音がした。
漫画のみよう見まねのぶっつけ本番だったけど成功だぜ。
八極拳奥義・震脚!
恵那から伝わる技名。何の漫画だろうか?こうやってできたのなら人の僕でもできるかもしれない。今度挑戦してみようか。
振り返りころがるガイストに向かって構えをとる。両手のひらは開いて両肩ぐらいの高さで左手を前に。脚は半開きで左足が前。
先ほどまで受けるので精一杯だった空からの体当たりをこうもあっさり跳ね返せるようになるなんて。それだけ体が意思通りに動いたということになる。ふと。ギリシャ神話でケルベロスやキメラと複数の頭を持つ幻獣で創作の物語に複数頭があるせいで支持がかぶって動きが鈍るような描写があった。碧巨人ヴィレにはそれはない。
僕らは三ではなくて一なのだから。それも大きな一だ。
短い手足をバタつかせるガイスト。ひっくり返った亀の様。右へ左へ揺り籠に揺れるとごろりと体を半回転して体を起こした。よたよたと足取りがおぼつかない。思った以上に震脚が効いていた。
ガイストの体の先頭がこちらを向く。視線が噛み合った。
もう中途半端な攻撃じゃ通じない。あんたもわかるだろ?
恵那の意思を載せた物言う視線がガイストに向けられる。
お互い次で終わりにしようぜ。
ゆっくりとガイストの体が傾き空を見上げた。晴れた空の先。宇宙にある何かを見つめているようだった。
「ぐああああああああああああああ」
ガイストが雄たけびを上げた。恵那の思いを受け取ったようだ。
ズンッと地を踏みしめる余波とともに一回分の地震を起こしてガイストが飛び上がった。
今度の上昇は前と違った。足の裏から短いながらも炎の噴射が起きてはるか空のかなた――成層圏を越えて宇宙まで昇っていく。
次の一撃は強烈そうだ。
ガイストは隕石と同じで地球にない鉱物に覆われた怪獣だ。その防御を貫くにはクプラのとき以上の力が必要になる。そして防御は最大の攻撃。この一撃に耐える必要もある。
あの攻撃を跳ね返せるようになっても決定打にかけるままじゃ平行線だった。最悪持久力のない僕らが負けていた。
気失ってるときにさ。昔の記憶の夢をみた。
昔の記憶と何気ない恵那の言葉が引っかかる。
大樹のこと思い出したんだ。んで。貫志みたいにあたしも約束あったの思い出した。どんな約束かは乙女の秘密だけどな。で、だ。つまりさ。この胸の奥に切り札(約束)がある。実は今のあたしたちが負ける理由なんてないんだぜ。
なんともおかしな言い分。何も根拠はなく、自信だけがそこにあるのは恵那らしい。でも今回は僕にもそれがあるのがわかった。
僕は胸の奥に焦がれるような熱量を感じた。
次回ついに決着!( `・ω・´)キリッ