2-8.砂糖菓子な記憶
思ったよりも長くなりました (´・ω・`)
受けきった隕石。疲労と緊張の糸が切れた反動でそれを落とした。
た・・・耐え切ってやったぜ・・・・・
足元から来る振動と音かみ締めるとっ充実感とともに言葉が自然と出た。
でも次に襲ってきたのは違和感だった。
おかしい。自分という存在が希薄になる感覚がした。まるで貧血によるめまいのようで。意識がゆっくりと遠のいていった。
気づいたとき真っ白な空間にいた。
ここは?はっ!?まさか異世界転生ものでよく見られる神様との会合空間!あたしは死んで前世の功績から異世界転生をすることに・・・・・て、んなわけないよな。
戦いは終わっちゃいない。あたしは世界を救っちゃいないんだぜ?志半ばで死んだあたしに異世界転生をする資格はない。死んでる暇さえないんだ。あたしにはわかる。貫志とヴィレはまだ戦っている。早く二人の元に戻るしかないぜ。
とりあえず走ってみる。白い空間はどこまでも続いていた。終わりがない。むしろ同じ場所をループしているようにさえ感じてくる。
「なんでここは真っ白なんだよ!」
叫んで悪態をつく。どうせ誰もいやしない。
「それはあたしが塗りつぶしたからでしょ?」
「へ?who are you?」
突然現れた美少女に私は驚いて思わず英語で聞いてしまった。
「自分の顔も忘れたの?あたしは小学一年生の桐須恵那。つまりyou」
「really?」
「ああ、もう何で英語なんだ?成長したあたしめんどくせぇ」
「ごめんよ。でもあたしに悪気はないんだぜ?小さいころのあたし」
「いい性格してるぜ」
ぷっ。あはははは。
何を言おうとも結局は自分同士。くだらない会話の寸劇に笑い合う。
「それでここがどこなのか教えてくれる?」
「どこも何もあたし自身の中さ。ただ真っ白に塗りつぶしちゃってるがね」
あたしはその言葉の意味を理解する。
「ああ。なくした記憶ってことか」
「見る?その勇気があるならね」
少女のあたしは肩をすくめて言う。
「勇気がいるものなのか?」
「後悔も痛みも甘い砂糖菓子のような幸せも。いろんなものが帰ってくる」
そうか。人は対価無しに何かを得ることはできない。錬金術の等価交換の法則と同じだ。
「連れて行ってくれるか?」
左ひざを床に付け右ひざを立てて跪く。そして左胸に手の平をあてて頭を垂れた。その姿勢はまさか!と既視感を覚える。主にアニメの記憶で。
「イエス・ユアハイネス」
「過去のあたしはあたしでおかしい!」
耐え切れなくてツッコミを入れる。
「あんたはあたしであたしはあんた。人は誰だって自分自身が一番めんどくさい。そうだろあたし」
「だな。自分自身が一番理想通りにならないわずらわしいものだからな」
「理想とは遠い幻想と同じだ」
「あ、それシール国の英雄伝記の台詞」
伸ばした人差し指と親指をあご下にそえてしたり顔で言う小さいあたし。口にしたのは好きなラノベ作品の台詞。いいなあ。あたしも言いたい。わかる人間同士でしか通じ合わないからこそ。シチュエーションが出揃って通じる人間の前で言えるのってうらやましい!
「はいはい。早くつれてけ」
くやしいから流すことにした。自分自身に嫉妬とか癪に障るけどな。心中のわかるあたしは空気を読んでOK!と応じる。さすがあたし。
「じゃあ、行ってくるから見てて」
トットコトと少し歩いた先で。歩みを止めた小さなあたしは呟いた。
「神様、仏様、天使、妖怪、宇宙人、超能力者」
白い世界が一変。足元には草の生えた地面が広がり、周囲には木々と風景が広がる。どこだっけ?思い出せはしないけど。彩られた景色はどこか見え覚えある場所に感じた。そりゃそうか。あたしの記憶の中なんだから。遠めに木々の間に家が見えるから町外れのような気がする。
「神様、仏様・・・・」
うつろな目をしたあたしは池を眺めてお決まりの言葉を呟いていた。自分の記憶なのに第三者視点で見えるってすごいぜ!さすがあたし!自分のすごさを褒め称えてケラケラ笑って・・・・・気持ち偽れなくてバカ正直に口を閉じた。
苦しい。抑えれないこれは。あのときの。今目の前にいるあのあたしの心だ。痛々しい姿にあのときの気持ちがあたしを侵食してぶっ壊れそうだ。覆せない過去をあたしは我慢することしかできない。
「・・・・・河童。河童いない」
よりによって河童かよ。
「河童・・・河童ラッパかっぱらって河童ラッパ吹いた♪河童ラッパかっぱらって河童ラッパ吹いた♪」
今度はなぞの歌を歌いだす。自分のことだけに聞くだけでわかる。語呂の似た言葉を思いつきでただつなげただけで歌詞に意味はない。この気持ちをこらえるだけで手一杯だっていうのになんか笑えた。
ぴたりとう歌が止まる。苦しさは抜けない。
「おかあさん・・・・・」
急にぶり返すように押し上げてきたお母さんへの思い。お母さんお母さんとお母さんを求めて。心中をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。意識が希薄になる中であたしが動くのが目に入る。おい。行くんじゃない。
過去のあたしは池に向かって進んでいた。
捕まえようと手を伸ばす。手は小さいあたしをするりと抜けて空を切る。
「だめだ!」
代わりにその手をつかんだのは赤いジャンバーを羽織った男の子だった。
キリリと整った顔立ち。自信に満ち溢れた力強い目が印象的な男の子。年は小学生高学年といったところだろうか。あたしは彼が誰なのかすぐにわかった。
――後藤大樹。つまりあたし的にいえば赤ジャンだ。
あたしの腕を引く赤ジャン。小さいあたしを引き戻すその腕は力強い。
「そこに河童はいない!」
言うことそれかよ!力が抜けて前のめりにずっこけた。
小さいあたしはなすがままに引き戻されてうつろな目でぼぅと赤ジャンを見る。赤ジャンに対して興味なんてなくて、ただ目の前にいるからそれを眺めていた。
生気のないあたしに困り顔の赤ジャンはとにかくここからあたしを遠ざけようと手を引いて歩き出す。あたしも引かれてついて行く。
自動販売機と隣にベンチが置かれた散歩道にできた小休止場所を見つけるとあたしをベンチに座らせた。なすがままに従い動くあたしの肩を赤ジャンが掴む。なに?と引かれるようにあたしの視線が持ち上がるとその視線に目を合わせた。
「なんでもいい。なんでもいいから言葉に出すんだ。頭になんとなく浮かんだことでもいい。口に出すんだ」
あたしを見据える真剣なまなざしに息を呑む。年齢にそぐわない大人びた視線。あたしだけを見つめて見通そうとする目に胸の中をわしづかみにされた。
「出せ!吐き出せ!」
赤ジャンが突然叫んだ。びくりとあたしの肩が跳ね上がった。ようやくうつろな目に意思の光がともる。
「なんでもいい。なんでもいいから言葉に出すんだ。頭になんとなく浮かんだことでもいい。口に出すんだ」
再び言い聞かせるように同じことを口にする。
「お、お母さんが・・・お母さんが死んだ・・・・・・」
小さなあたしが口を開く。
「あ・・・あたし、間に合わなかった・・・・・お母さん助けられなかった」
あふれ出た涙が頬をつたった。留まることのない嗚咽交じりの言葉であたしはただ出したい言葉を口にした。お母さんが病気になったこと。助けたくて大人でもわからないものに助けを求めて探したこと。でも間に合わなくてお母さんが死んでしまったこと。そして思い出した。あたしはお母さんを生き返らせようとしたわけでもなく、これ以上何もなくさないように。また同じことが起きても間に合うように。お母さんが死んでも探し続けていたんだ。神様、仏様、天使、妖怪、宇宙人、超能力者を。でも心を支えてくれるものは何もなくて・・・・・心に積み重なる痛み辛みの苦しさにおかしくなっていったんだ。
すべてを吐き出し終えたあたしは心なしか顔色がよくなっていたけれど。少しすっきりしただけでしかない。お母さんの死があたしを蝕んでまた元に戻るだろう。
「お母さんのことを覚えているだけで辛いなんて」
いっそ忘れてしまったほうが楽になれる。でも忘れたくない。うなだれ思い悩む小さいあたしの中でもそれを見つめるいまのあたしの中でも答えは出ない。
答えの出ない袋小路に気持ちが沈む。
「ねえ。お菓子は好き?」
美少女が苦しんでいるというのにこの赤ジャンは何を言っているのだろうか?
突然何を言うんだ?うつむいていた小さいあたしも思わず面を上げて目を点にしている。
「砂糖甘いよね」
確かに砂糖は甘い。だからどうした。赤ジャンの意図が読めない。
「実は砂糖ってすごいんだよ。消費期限がないんだ。そりゃ水に入れたら溶けちゃうし、色が変わったりとか。ちゃんとした保管をしないとだめにはなるんだけど。ちゃんと保管できればず~と持つんだ」
砂糖のすばらしさを説いてくる。
「まあ、虫歯とか痛い思いをすることもあるけどね」
いいところばかりでもないんだよと逆のことも言って空笑いする。結局何が言いたいのかがわからない。赤ジャンってこんな残念なやつだったのか。ちょっとしょんぼりとしてしまったときだった。
「俺はさ。幸せな思い出って砂糖菓子なんだと思う」
その言葉でやっと赤ジャンが何かを伝えようとしてくれていたことに気づいた。先に脈絡もなく佐藤の話を始めるとか不器用すぎるだろ。けなしつつ。聞き逃すまいと耳をそばだてる。
「思い出だからいろんな形を持っていて。消費期限がないから保管さえちゃんとしておけばいつまでもそこに残せるんだ。でもそれって実は難しいんだよね。いつまでも残そうと思ってもいつか溶けてなくなっちゃう。そして幸せが虫歯を作って痛みを与えてもくけど。治療してしまえばまた食べられる」
見上げる小さなあたしの視線と赤ジャンの視線が重なる。
「だから俺が虫歯を治療しようと思うんだ」
どうやって?惚けるあたしに赤ジャンは小指を差し出してくる。何がしたいのかすぐにわかった。指きりげんまんだ。
急に視界が揺らいだかと思うと目の前に赤ジャンの顔が現れて驚いた。視界から小さなあたしの見ている光景を見ていることに気づく。
「俺はヒーローになりたいんだ」
小さいあたしの思考が流れ込んでくる。ヒーロー。男の子たちなら戦隊やバイクに乗ったのだ。あたしにとってなら魔法少女あかりちゃんがそれで。つまりヒーローっていうのは簡単にはなれないし、会うこともできない。あたしが探しているような大人でもうまく説明できない存在なんだ。目の前の赤いジャンバーのお兄さんはそれになろうとしているらしい。
「俺はなるよ。君が信じて探しているんだから」
根拠もないのに自信満々なのがおかしくて。あたしが見つけると信じるその言葉がうれしかった。
「だから勝負しよう。僕がヒーローになるのが先か。それとも君が見つけるのが先か」
すっと手を前に差し出してくる。
「これはその約束だ」
「わかった」
『指きりげんまんうそついたらハリセンボンの~ます』
小さいあたしはアホで針千本とハリセンボンを間違える。
「さてとこうしちゃいられないな。すこしでも早くヒーローにならないといけなくなったからね。俺はもう行くよ。ああ。でももう河童探すために池に入るとか危ないまねはしないでね」
「わかってるよ」
「うん。じゃあね・・・・て、そういえばお互いに名乗ってなかったね」
いまさらになってお互いに名乗っていなかったことを思い出す。それだけあたしのために必死だったのかもしれない。
「俺は――「まった」」
あたしは赤ジャンの名乗りを止めた。ふと思ったんだ。赤ジャンはきっとヒーローになるだろうって。でも赤ジャン一人がヒーローになっても、きっと赤ジャンを助けられる人は大人の中にいない。だから、赤ジャンがピンチになったとき。二人目の魔法少女のような仲間が。助けられる存在が必要だ。そのときにはあたしの探しだした存在を引き連れて助けに行ってやろうと思うんだ。神様、仏様、天使、妖怪、魔法使い、宇宙人、超能力者なら、赤ジャン(ヒーロー)を助けられるから。
ならばかっこよく名乗りを上げて現れたい。颯爽と助けに現れて。君はあのときの、とかいう赤ジャン。そこであたしが言うんだ。ヒーローはお前だけじゃないんだぜ。とか。待たせたな。とか。約束果たしにきたぜ。とか。都合のいい妄想で頭がいっぱいになっていたあたしはもう元気になっていた。
「名乗り合うのはお互いに約束を果たしたときにしようぜ!」
元気に言うあたしに一瞬唖然としてすぐにふっとうれしそうに笑った。
「わかった。でも呼び名がないと困らない?」
じゃあ、とちらり特徴的な赤ジャンをみる。
「あたしは『赤ジャン』って呼ぶから、赤ジャンは『あかり』って呼べ」
自分の呼び名はとっさの思いつきで魔法少女明あかりちゃんから取ることにした。
「わかったよあかり」
微笑んだ赤ジャンに呼ばれてトクンと心臓が高鳴った。そして何か釈然としないわだかまりが胸の中にあった。なんでだろう?と首をかしげる。それが何か小さなあたしにはわからない。
「じゃあ、また」
赤ジャンは去って行った。
その後姿が消えたときを皮切りに忘れていた記憶が怒涛のようにあたしの中に流れ込んできた。五年間何度かお互い街中で会うこともあったけど一度も名乗ることはなかった。それでも記憶の中のあたしたちは互いに心境を話し合ったりと楽しく過ごしていた。あたしが小学校六年生の時に赤ジャンが死ぬまでは・・・・
あの時赤ジャンがしてくれたように今度は支えとなるもの(赤ジャンとの約束)がなかったあたしは耐えられなくて赤ジャンの記憶を真っ白に塗りつぶした。
それが真相。赤ジャン――後藤大樹との思い出。そして、あたしが神様、仏様、天使、妖怪、魔法使い、宇宙人、超能力者を探し続けた理由。
思い出してわかった。
なんだ。
約束まだ残ってるじゃん。
さあ。戻ろうか。
約束を果たしに。そして友を助けに。
カッパ!ヽ( ̄ー ̄ヽ=ノ ̄ー ̄)ノカッパ!