2-6.都合のいいものなんてない
どんな心境の変化だときかれたらあたし自身答えられない。本当は聞くつもりなんて無かったのだから。
ただ午前中あたしの中からおかしな声が聞こえたのを発端として、あたしの超常的な存在を求める根源に後藤大樹が関わっていた事実に気づいたのが原因だと思う。あれからずっと後藤大樹という名前が何度も頭の中を過ぎるようになっていた。しかもよく知りもしないから名前くらいしか出てこないだけなのに。何度も何度も間隔を空けて。
おかしな話だ。記憶を失った小六のころ。一度赤ジャンの正体を突き止めたときにはここまで後藤大樹を気にしたことなんてなかったのに。
これはまるで、とふとクラスの女子の恋話を思い出す。自分の目に見えているだけの情報で、だれだれ君はかっこいい、ちょっと気になるんだよね、なんて言ってきゃあきゃあ騒ぐ。そんなあいつらの薄っぺらい恋話みたいだ。ただ気になるからなんて。そんな理由でよく知りもしない男子のことばかり考えるとかおかしいだろ。まったく。何度そんなのと似てると思ったんだろ?恋愛なんてあたしからは程遠いものだろうに。
でもそのせいで急に言葉が無意識に口を衝いて出た。
「なあ。後藤大樹ってどんなやつだった?」
普通ならどうってことない問いかけ。ただこの五日間あたしの側にいた貫志のことだ。利緒氏からいろいろと聞いているに違いない。『赤ジャン』のこととか。はたまた。他の人間からあたしのよくない噂話とか。だからあたしが後藤大樹についてなんて聞いてくるとは思わなかっただろう。案の定貫志はアワアワと慌てふためき始めた。あまりにも予想通り過ぎて笑える。貫志は突発的なことに弱いよな。やれやれ。こうなった原因はあたしにあるし、このままだと話が進まない。
「今は昔。なんて昔話風に言ったけど。一昔十年っていうからそんな昔でもないか。それでも七年前なら十分か?まあいいやそんなこと」
自分語りなんてものができるほどの年数を生きたつもりもない。
「あたしも後藤大樹に会ったことがあるんだわ。・・・といっても覚えがないんじゃなくて本当に記憶がないんだけどさ」
唖然とする貫志のアホ面を見ているとニヤニヤするのがとまらない。
「顔見りゃわかるぜ。どうせ利緒から聞いたんだろ?『赤ジャン』とか。あたしの記憶が欠落してることとかさ。ほら図星だ。表情にまた出てるぜ」
手遅れだと分かっていながらも貫志が口元を手で覆って隠す。
「本当は話す気なかったんだぜ?乙女の秘密だからな。でもなんでなんて言葉も言わせないぜ。なにせ乙女心は複雑なんだ。気にしちゃモテないぜ、貫志」
でな、と一区切りを入れてあたしは言いなれた言葉を口にする。
「神様、仏様、天使、妖怪、魔法使い、宇宙人、超能力者」
何度呟いたことかわからない言葉を口にする。ついでにそこにいないかって空を仰ぐ。
「そいつらを探す私の悪い噂も聞いてるはずだ」
バツの悪い顔をする貫志。やっぱり今でもあまり言い噂が流れていないか。
「実はその理由に後藤大樹がかかわっているみたいなんだ」
「なるほど。恵那が私たちのような存在を探していたのには大樹が関係していたということか。それで大樹についてわれわれに聞いた」
「そういうこと」
「私は噂で聞いた通り、母親が関係しているのかと思っていた」
ヴィレは遠慮なくずけずけ聞いてくる。貫志も含めて他の人なら気を遣って口を閉じてしまうだけに話が進みやすくて助かる。
「探し始めた最初の理由はそうだった。でもお母さんが死んでいまだに探し続けていたのはおかしいだろ?」
「確かに他人から異常だと称されるほどの行動をしているのにもかかわらず、そこに理由がないというのも奇妙な話だ」
「まあ、小さいころから続けてて探すのがライフワークになっていたところもある。誰も知らない不思議発見とか楽しいだろ?」
「しかしなぜそれに大樹がかかわってくる?」
「ん~。覚えてないからあくまでもただの推測でしかないんだが。小学校一年のころお母さんが死んでからもショックのあまりおかしくなって探すのを続けていたみたいなんだ。そのときにおかしくなったあたしを今のあたしに引き戻してくれたのが後藤大樹だったらしい」
『大樹ならありえる』
貫志とヴィレの声がかぶった。
「僕も大樹に救われた人間だからわかるよ。恵那もそうだったんだね」
興奮して手を握り締めてくる貫志。心なしか貫志のあたしを見る目が変わった気がする。同士を見るような目だ。貫志にはわるいけど気持ち悪い。普段と違って手をあっさりと握り締めてくるところとか自分でも引いているのがわかる。でも途中で気がついて手を離すところは初心でかわいかった。純情男子萌えるといった利緒の気持ちがわかる。
「大樹なら傷心の少女を見過ごすはずがない。手を出すのは必然だ」
おいヴィレ。手を出すとか見境のない変態っぽく聞こえるぞ。その表現でいいのか宇宙の賢者。
「事情はわかった。貫志。恵那のためにも大樹について語ろう」
「大樹についてか。そういえば大樹って甘党なんだよね」
甘党とかどうでもいい。何でそれが一番最初に出てくるかな。他に言うべきエピソードがあるんじゃないのか?貫志は人としてどこかズレてるよな。人助けしているとき以外のお前って本当にだめ人間だし。
貫志とヴィレは和気藹々と話し続ける。
あたしは目を閉じてそのBGMを聞き取る。
平穏ってこんな感じなのかな。そんなこと思いながら。
でもそういうときにこそ。平穏を壊すように災いはやってくるんだ。
「貫志、恵那。敵襲だ」
ヴィレの鬼気迫る声があたしの体を強張らせる。
「やってきたか」
「やれやれ。思ったより早かったぜ」
「でもヴィレ。見渡す限り怪獣なんて見当たらないけど」
「今大気圏に突入した。速度から見て後五分以内に地上へ到達する」
「落下場所は?」
「隣市。前回の戦いの場だ」
「五分て時間なさすぎだろ」
「二人とも早く合体するんだ。このままでは怪獣の巨体が地上に落下して日本が砕けることになる。そうなったらプレート運動に耐えられない。砕かれた日本の陸プレートは海のプレートのマントル対流に巻き込まれて削られ、日本は海底に沈むことになるだろう」
「うわ。それってかなりやばいじゃん」
ムー大陸の沈没説とか読んでるあたしにはその重大さがよくわかった。
「要するに合体して落ちてくる怪獣を受け止める必要があるってことだな」
「そういうことだ」
「貫志。準備はいい?」
「問題ない」
あたしと貫志は空に姿を現した光源のヴィレに向かって手を掲げる。
そして自分たちの意思を指し示すようにその言葉を口にした。
『ヴィレっ!』