2-5.会合
話をするために僕とヴィレ、そして恵那の三人は学校の屋上に来ていた。周りの人に姿の見えないヴィレのこともある。人気の無い場所を探した結果が普段施錠されていて来られない屋上だった。鍵はヴィレに開けてもらった。
「はっはっは~。初めて屋上に来たぜ!」
興奮冷めやらぬ様子で叫ぶ恵那。昼休みに校庭で遊ぶ生徒が見える。下にいる人間に見つかると厄介なのでできれば大声は控えて欲しい。
「できれば人に気づかれると困るから叫ぶのは控えて欲しいんだけど」
「あたしの心が叫びたがっているんだ!」
「本当にやめてくれる」
僕の真顔に恵那の頬が引きつる。
「おっと。マジのやつだな。ごめん」
僕を怒らせたかもしれないとバツが悪そうな顔をして謝罪を口にした。
屋上ということもあって強い風が吹いていた。恵那のスカートがばたつく。膝下の長さだからそう簡単に下着は見えない。ただわかってはいても僕としては気が気じゃない。
「この街にはいい風が吹くぜ」
仁王立ちで風に立ち向かう恵那。もはやスカート以外にも髪やスカーフ、襟といろんなものがたなびいてと中々すごいことになっている。
「なんで恵那はそんな堂々としているんだ?」
「なんかこう。ヒーローのマフラーがたなびくみたいでカッコよくね」
ヒーロー的な意味でというなら僕にもその気持ちは分かる。赤いマフラーをたなびかせながらバイクで走る特撮ヒーローは確かにかっこいい。ヒーローを目指す大樹もよく赤いジャンバーの前を開きっぱなしにして風にたなびかせていたっけ。
「なるほど。風に流れるさまには優美さと力強さがある」
「だろ?ヴィレはいい美的感覚持ってるぜ」
いい笑顔で笑う恵那。なぜか僕の視線に気づいてスカートの端を持ち上げる。
「見たいか?」
思わず目を背けてしまった。ごめんめんとあやまる桐須さん。なぜバンバンと背中を叩くかな。何気に力強くて痛い。
「どうせ布一枚で水着とかわんねえのにな」
にしししと奇妙な笑い方で笑う。相変わらずマイペースだった。
「ちなみに今日の下は薄い黄色だ」
僕の反応を楽しんで要らない情報を口にする。しかし今日の下はということは上は色が違うのだろうかと考えた時点で僕も馬鹿だと思う。
「さて昼休みは有限だ。話を進めよう」
よく考えたらヴィレもマイペースだった。ただおかげで気持ちが切り替えられて助かった。そもそも僕も人に合わせるのが苦手だ。結局僕等は似たもの同士なのかもしれない。
「次の敵がそろそろって話だろ」
屋上に設けられた安全柵。ススで汚れたそれを気にもせず掴み。かがみこんだ恵那は後ろに仰け反りながら僕に言った。そのまま手が滑って後ろに転がり倒れないだろうか少し心配な体勢だった。授業の途中で戻ってきたヴィレの話だと恵那もそろそろ次の敵がくると感じていたらしい。感覚でとか野生動物みたいだ。でも恵那が言うと妙に説得力があるように思えるのは僕だけだろうか?
「そうだ。もう五日経過した。五日あればアニール星人は次の怪獣を連れて地球に来られる。現状いつ攻めてきてもおかしくない」
「だから緊急時に即座にみんなで集まれるようにする必要がある・・・だろ?」
今度は床タイルの隙間に生えた苔を眺めて言う恵那。滅多に来れない屋上を後の話の種にしようと観察しているようだった。先ほどから少しはしゃいでいるように見える。
しかしさすが恵那だ。理解が早い。恵那は成績も優秀で頭がいい。僕は真面目一辺倒で順位的には同程度の成績。でも恵那ほど柔軟性が無いから応用問題が苦手だ。あと国語も。物語から人の気持ちを察するなんて難しいにも程がある。それができないから僕は闇雲に突っ込んでお節介をやくことになる。時には迷惑がられるほどに。
「う~ん。いっそのこと。あたしん家に二人とも住むか?」
「そ、それは・・・・・」
いきなり中学生の娘が家に同年代の男を連れ込んで一緒にこれから暮らしますって。僕が父親だったら泣く案件だ。ヴィレのことを。事情を明かせばもしかしたら・・・。なんてことは無いな。嫌なことには変わりない。ただ最善の手であることは確かだ。
「利緒から聞いてんだろ。うち。片親で親父とあたしだけだから住む部屋はあるぜ」
今の恵那を形作った切っ掛けに起因する片親の言葉に気が引けてしまう。恵那が宇宙人とか超常的な存在を探していたのは母親の死が関係していると聞いている。本人は気にしていないようだけれど。当人の気持ちなんて誰も分からないのだからどうしても気を使ってしまう。
「いまならこんなかわいい美少女とのハプニングがついてくるかもしれないぜ」
空気を換えようとしてくれているんだろう。無邪気な笑顔で言う冗談に頬の筋肉が引きつった。僕にとってそれは起きたら冗談にならないんだけどね。
困ったな。いい案が思いつかない。アニール星人との戦いに決着がつくまでは敵がいつ現れても合体できるように三人ともすぐ側にいられる必要がある。ましてや一人でも欠けることになったら勝てるかも分からない。一巻の終わりだ。この星は。人類は滅亡することになる。それとも奴隷的な何かにされるか?
「学校みたいに共通の目的(勉学)で世間体を気にせず長く一緒にいられる場所があれば」
「ならいっそのこと怪我でもするか?」
また恵那が頓珍漢なことを言う。恵那のことだからきっと意味はあるのだろうがまるでナゾナゾみたいだ。難点なのは僕が解けないだけ。謎解きは宇宙の賢者と呼ばれる精神生命体に任せたい。
「なるほど。病院なら怪我の治療が完了するまで入院という形で同じ建物に一緒にいることができる」
「正解」
ほら。ヴィレのほうが謎を解いた。
「貫志。どこを怪我したい?腕の一本でも折ろうか?」
「ヴィレ。冗談だよな」
「もちろん冗談だ」
冗談に聞こえなかった。最近のヴィレは出会った当初よりも感情豊かになった気がする。でもそれは精神生命体としての死期を早めることにもなりかねないだけに複雑だ。
「ヴィレのは冗談に聞こえないぜ」
「あと腕の一本骨折しただけじゃ入院は難しいかな」
「む。そうか」
ヴィレの声が心なしか気落ちしていた。以外にショックだったらしい。
「でも貫志。問題が貫志の気持ち一つなら世界を取るのがヒーローってもんだぜ」
恵那の言うとおりだ。男女関係を気にしたせいでこの星が侵略されましたなんて笑えない。そして恵那が漢前すぎて辛い。自分が女々しく思える。
「あと。そんなに意識されているかと思うとこっちもテレるぜ」
テレからなのかそっと視線を逸らされる。予想外のしぐさにドキッとした。
「ご、ごめん」
気の利いた言葉の一つもいえない僕は謝る以外の言葉が出ない。
「ま、貫志らしいけどさ」
「大樹が言っていた。『ヒーローの仕事の八割は決断だ』と」
「なんかヴィレに責められているみたいだ」
「でも放課後までには考えといてくれよ。じゃないと意味が無いだろ?」
ヴィレの後押しに力の無い空笑いを返す。そしてさりげなく放課後まで猶予をくれた恵那に感謝した。
とりあえず当初の目的の話は終わった。まだ昼休みは二十分近くある。残り時間をどう過ごそうかと思ったときだった。
「なあ。後藤大樹ってどんなやつだった?」
恵那が呟いた。
思わぬ爆弾投下に僕は大慌てになる。今朝葉山さんから実は恵那が昔大樹に出会っていて。恵那が大樹を『赤ジャン』と呼んでいたこと。大樹についての記憶がないことを聞いていたからだ。
僕の慌てた様子にふふっと意味深げに恵那が笑った。