2‐3.見える傷跡
「そう怖い顔をするな」
瓦礫の山を見上げていた自分はそんな怖い顔をしていただろうか?
「すまない。しかしいまの貫志の顔は人に見せられたものではないことは確かだ」
自分こと意槌貫志の不満を含んだ視線が肉体のない相棒の宇宙人ヴィレを探して空を切るとヴィレが謝罪を口にした。
「こっちこそごめん」
この五日間ここに来ても誰かを救えるわけでもなく、何かができるわけでもない。分かっていながら、闇雲に何かを求めて日課の早朝ランニングを口実に毎日ここまで来た。その気持ちが表情に出てしまっていたらしい。
五日前アニール星人が地球侵略に来てクプラという怪獣を放っていった。クプラはヴィレと恵那の三人で碧の巨人となった自分たちが倒した。おかげで国や世界の規模でみれば被害は最小限で抑えられたものの。クプラのプラズマで街の大部分が跡形も無く焼き尽くされ、暴れた怪獣と碧の巨人の戦いで建築物も崩壊。自分の住んでいた市は無事では済まず壊滅した。しかも夜に現れたせいで当時多くの人間が家にいた。曲がりなりにも中部の市ともなれば人も多い。その被害は甚大で少なくとも死者と行方不明者合わせて数千人近くはいくそうだ。生死の確認の困難さから、そのほとんどが行方不明者扱いになっている。これから時間の経過と供にそれも死者としてのカウントがされていくことになるだろう。その中にはこの瓦礫の中で助けを待ちながらこの五日間で亡くなった人もいるに違いない。次の日ならまだしも五日も経ったいまじゃ生存は皆無だろうに。
「ヴィレ。せめて遺体だけでも掘り起こせないだろうかと考える僕は異常だろうか?」
「精神生命体のわたしには非効率的なことにしか思えない」
ヴィレの発言をひどいと思いつつも非難の言葉を飲み込む。
「ただ大樹ならきっとしたと思ってしまう自分がいることは確かだ」
共通の友人の名前を使ったそれは感情の希薄なヴィレの本心に聞こえた。そしてヒーローとしては正しいということを暗に伝えてくれる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
時計を見れば午前七時を示している。
「そろそろ移動しないと学校に遅れる。家に戻ろう」
「了解だ」
五日前のとき幸いにも両親は隣市にある死んだ親友の大樹の家に遊びに行っていたため無事だった。いまは両親ともどもそのまま大樹の家で暮らしている。ちなみに運よく街に居合わせず助かったわずかな人々はホテルに住んでいる。
ヴィレは飛んでいけばすぐだが、自分は歩くか走るしかない。さすがに隣市までとなると一時間掛かる距離。道の不安定なここの瓦礫内からの移動も考慮すればもっとかかる。
走る中で呼吸の必要もないヴィレが口を開く。
「貫志。毎日ここまで来ている君の気持ちは私も察しているつもりだ。私も救えなかった命が多いことを残念に思っている。しかし五日前の戦いはあれが最善だった」
「わかってる」
「だから今は次の戦いに備えて私たちができることをしていこう」
「具体的には?」
「Let’s communicationだ。以前話したとおり、三人で合体して戦う私たちは互いをよく知りシンクロ率を上げることで能力の底上げが可能だ。恵那と親睦を深めよう。大樹と私が宇宙の未来について語り合ったように」
英語!というか宇宙規模なの?そもそも宇宙規模で語れる大樹が凄過ぎるだろ。いや大樹ならやりかねないかもしれない。僕もまだまだだな。
「言っておくが宇宙規模は冗談だ」
感心したのもつかの間、意表を突かれた。まだ五日間の付き合いでしかないがまじめなヴィレは冗談を言うのはよっぽどのことだ。それだけ心配をかけていたのかもしれない。
「だが能力の底上げは事実だ」
「どういたしまして」
「それと。さっきの英語。間違ってる」
「なんだって!」
「Let’sの後は動詞。communicationは名詞だからLet’s communicateが正しい」
中学生でも分かるレベルの間違いだ。日本には誤った和製英語が溢れてるからヴィレもそれで間違ったのかな?
「そんな。バカな。『大宇宙の賢者こと精神生命体』たるこの私が間違えるなんて・・・・・」
そんな戸惑いの声が聞こえる。思いのほかヴィレは動揺しているらしい。そっとしておいてあげよう。
コミュニケーションか。困ったな。困っている誰かを助けるためならば異性でも平気で声をかけられる。けれども世間話とかは苦手だ。そもそも小さいころは大樹について回ってばかり。亡くなった後も大樹の跡を継ぐのだと人助けと大樹の真似事ばかり。それ以外の暇なときはいざというときのために体を鍛え続けた。つまり同年代と遊ぶことも無かった。話題も勉学の話ばかり。一部ヒーローへの憧れから同じ特撮好きのオタク友達と話はするけど。特撮なんて女の子と話す話題にできるはずが無い。絶望的過ぎてここ数日恵那との距離感に悩んでいる。
待てよ。以前ライトノベルがどうとか言ってたな。オタクっぽい恵那なら通じるのか?
誰か相談できる人間は?と中学校の面々を思い出して苦しくなる。
みんな死んでしまった。
たくさんの顔見知りが死んだ。
振り返ると遠くにまだ瓦礫と境目に張られたKEEP OUTのテープが見えた。
本当にたくさんの人が亡くなった。