2‐2.見えずらい傷跡
第二章は恵那メインの話です。
布団の地平線とその上に積み重なる本。読みかけの月間UMAやライトノベル。
朝。目が覚めたのだと理解してあたしこと桐須恵那は起き上がる。
「ン~トテモダルイデース」
だめだ。まだけだるい。少しでも頭をスッキリさせようと声を出してもみたけど効果が薄い。
トントントン。
急に聞こえたノック音にびくりと体が跳ねてこわばった。トクトクと鼓動が跳ね上がって大きく感じる。
「恵那。声が聞こえたけど。どうかしたか?」
「なんでもない。寝ぼけてただけだぜ」
・・・・・・油断した。人がいないことをいいことに無意味になんとなく片言で言ったのが聞こえていたとは。壁に耳あり障子にメアリー気をつけるに越したことはない。おっと目ありだったか?メアリーって誰だろう?最近読んだラノベにそんなキャラいたかな。
「お父さんもう会社に行くけど。もし何かあったら携帯に電話するんだぞ」
時計を見る。午前六時。前までなら七時半に家を出ていた。こんな早くから会社か。吐息が一つ漏れる。同時に自然と五日前のことが思い出された。
五日前。突如夜に怪獣があらわれた。暴れた怪獣により隣市は壊滅。もちろん国もただ指をくわえて見ていたわけではない。すぐに自衛隊の戦闘機が来たらしい(・・・)。ただ瞬く間に三機大破したらしい(・・・)。自衛隊の戦闘機も歯が立たなかったとニュースを後で見た。あたしはそのとき近くの山中にいてとある事情で直には見ていなかった。ともかく、突如現れた脅威になすすべも無かったわけで、たぶん効かないと思うけどそれこそ核ミサイルなんて市街地に撃てないし、人類は未曾有の 危機に立たされた。はずだった。
まるで映画のようにこれまた同じく突如として碧の巨人が現れて怪獣を倒したのだ。おかげでいまもあたしは五体満足でこうしていきている。ただ怪獣が倒されて一件落着というわけにはいかないのが世の常。怪獣が倒されようともその破壊の爪あと消えない。残った爪跡は酷く、いまもいろいろなところに影響を与えている。
この親父の朝早い出社のように。
破壊を受けたのは隣町だけ。被害を受けていないほかの町や地域、世界は通常通りに回り続けている。残念ながら一部の従業員が死んだ以外に影響の無かった会社は営業しなければならない。復興にも関わってくる。親父はいま死んでしまった人の分も朝早くに出社し、夜遅くまで働かなければいけなかった。
家も親父も無事だったわけだし、あたしは親に養われる身。事情が分からないくらいに幼いわけでもない。
せめて親父にしてあげられることを。見送りの言葉を口にする。
「分かった。いってらっしゃい」
「いってきます」
ドア越しの声の後に足音が続いて玄関が閉まる音がした。
布団から起き上がる。今日は平日。あんなことがあった後なのに会社と同じで学校も一日休みになっただけ。登校しなければ行けない。
部屋を出る前にふと思い至って窓のカーテンを開ける。
以前遠くに見えた団地棟やビルと記憶の中に残る建築物がなくなったままだった。ここ五日間こんな風に思い出しては窓の外を確かめていた。
怪獣の吐く高温のプラズマで焼かれて焦土とかした町一つの平野、怪獣が暴れて破壊され瓦礫の残る街跡が無事な地域と対極的で痛々しい。上にはお釈迦様の天国。下には地獄。中央に下へと落ちていく罪人。何度見てもその境目は子供のころお寺で見た掛け軸の絵を髣髴とさせる。でもあれは絵であるからこそ、非現実味があった。これはお母さんと同じ現実。
あたしは口元をきゅっと引き締める。
あたしは知っている。
五日前の出来事は戦いの始まりでしかないのだと。
なぜならあの日怪獣を倒した碧の巨人こそがあたしだからだ。正確には三人でなのだけれど。
五日前宇宙人が来ないかと山にいたあたしは偶然ヴィレと貫志の会合に出くわした。ヴィレは精神生命体という種族の宇宙人。貫志は崩壊した隣市に住む同い年の中学二年生。二人は共通の友人との約束でこの星を救うためにあの場所にいた。その場に偶々出くわしたあたしは怪獣を倒すために二人に協力し、三人で碧の巨人に成ることで怪獣を撃退することに成功したわけだ。でもヴィレの話によれば敵のアニール星人の攻撃はこれから本格化するらしい。今はヴィレという不確定要素で狂った計画の再調整と次の準備の段階にあるとのこと。
ともかく、あたしには地球の命運が託されている。正確には三人なんだけど。
一階に下りてテレビをつけるとニュースでは相変わらず五日前のことを流していた。
神様、仏様、天使、妖怪、宇宙人、超能力者。
出会えたのは宇宙人。
まさか出会えただけでなく、あたし自身がそれになるとはな・・・・・
最期に巨人が怪獣を倒すときに叫んだ声から、世間ではあたしたちを『碧巨人ヴィレ』と呼んでいる。ネット上でも使われて世間じゃもうそれが定着したようだ。正体が謎のままのヴィレのことを専門化が憶測を口にしてさまざまな意見が飛び交う。中には掲示板などで日本の特撮ヒーロー光の巨人と似ていたことから、それと同じ存在で救世主なのではと正解に近いものもあった。
朝食を作って食べて制服に着替える。
ああ。そうか。
どうも起きてから気持ちがもやもやしてたんだ。
どうも懐かしい夢を見たと思っていた。念願の宇宙人に会ったせいかなって思いもした。あたしがヴィレのような架空と思われていて実はいるという摩訶不思議な存在を探し始めたあの夢の後。一ヶ月後にお母さんは息を引き取った。ヴィレは間に合わなかった。まあ、当時ヴィレに会えたとしてもどうにかできたかは謎だけどさ。
さすがにあたしの中では区切りがついている。
じゃあなんで?夢に見たのか?
死んだ親類が出てくる夢を見るときは何かが起きるときだという。仏が何かを伝えに夢に現れるのだと。お母さんはきっと何かを伝えにきたんだ。
怪獣がまた来る。そんな予感がした。
やれやれだぜ。口の端が吊り上がる。
「貫志に。ヴィレに伝えなきゃだぜ」
あたしは登校するために扉を開けて家から出た。
おっと。いけないいけない。忘れ物だ。ベッドの上に積み重なった本から、読みかけのライトノベルを鞄に入れる。
あれ?そういえばなんであたしはお母さんが死んだ後も探し続けたんだっけ?
いまは好きだからだけど。昔は・・・・・まあいいか。