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天槍のユニカ  作者: 暁子
第2章 籠の中の争い
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9.審問・青金冠(2)

 初日は審問内容の確認に終わり、議場は騒然としたまま王が強引に閉会を命じた。


 王は一番に立ち去ったが、ディルクはしばらく自分の席で臣下が退出していくのを待っていた。そのディルクに更に詰め寄りたそうな貴族がいたものの、近衛騎士が数名現れ、議場を出て行かない者は強制排除の構えを見せたので彼らもやがて諦めた。


 最後に議場を出て行ったのはずっと青ざめて座っていたエリュゼと、その彼女に付きそうように隣を歩く……役者のように驚く演技をしてみせたエルツェ公爵だった。


 ディルクはその後を追いかける。


「プラネルト女伯爵、エルツェ公爵」


 二人は一緒に振り返った。エリュゼは今にも魂が抜け出ていきそうなほど呆然としている。


「よく来たな」


「はい……」


「座っているだけだったのに何をそんなに緊張しているんだ。まさか隣のバルリング伯爵に脚でも触られたのかね? 彼、若い娘が大好きだから」


「公」


 かっと赤くなるエリュゼの代わりに、ディルクがエルツェ公爵を嗜める。すると彼はおもむろにディルクの耳許に口を寄せてきた。


「エリュゼは緊張して少しも気づいていませんでしたが、あの禿げ親父がエリュゼをじろじろと舐め回すように見ていたのは本当です。女当主への批判の眼差しじゃあなかったな。出来れば次回から席替えを」


 ディルクは溜め息交じりに頷いた。重要な政事について王が臣下に意見を求める小議会で女に狼藉を働くような者がいれば、その場で斬り棄ててもいいだろう。が、その前に席を替えておく方が穏便に済みそうだ。


「今日はもうさがりなさい。騎士に送らせる。公には、少しお話が」

「立ち話程度にしておいていただけますか」


 近衛騎士の一人にエリュゼを任せると、ディルクはエルツェ公爵とともに別の方向へと足を向けた。


「先ほどは助かりました。公は最後まで黙っていてもよいという約束だったのですが」


「まったく。すぐに返反論出来ないほかの当主達を情けなく思います。しかし、私が驚くのもおかしな話だ。王妃がすることを私が知らなかったはずはないのだから。多分あれで王家と私がグルだとばれたでしょうな。まあいいけど」


 公爵の話し方はいちいち仰々しく抑揚があった。四十路をひとつ越えている彼は背も高く美丈夫なので、まるで役者が台詞を読んでいるようだ。どれが本音でどれが建前なのか分からない。


 そんなエルツェ公爵は、今は亡き王妃クレスツェンツの兄だった。爵位のみで呼ばれているのは宮仕えをしていないからで、それでも王城に出入りしているのは王と個人的に親しい――いわば寵臣であるためだ。


 プラネルト伯爵家にとってエルツェ家は宗家にあたり、そのため公爵は若くして爵位を継いだエリュゼを気にかけていたそうだ。気にかけているだけで今日まで特別な力添えもなかったので、そもそも本当に気にかけていたのかは、ちょっと怪しい。


「それで、お話というのは? ああ、どうしようかな。やっぱり寒いや。殿下のお部屋へ行けば、温めた葡萄酒など出てきたりするのでしょうか?」


「公がお望みなら。私としてはあちらでゆっくりお話ししたいところですが」


「いや、話は歩きながらで。お部屋へお邪魔したら、私は隅の方でお仕事に差し障りがないよう静かにお酒をいただいております」


 ディルクは笑いながら内心では舌打ちしていた。エルツェ公爵はのらりくらりとしながら図々しい。機嫌を損ねてしまえば彼は遠慮なく帰ってしまうだろう。


 まだ下手に出なければいけないのは〝新参者〟であるディルクの方。大貴族の態度はそういうものだった。


 妹を王妃として嫁がせながらも喪い、その息子であり未来の王であったクヴェン王子を喪っても、大公家に次ぐ王家との血縁をもつ公爵家の力は侮れない。


「今日の審問会、前座のようなものでしたが、しかしこれでユニカが罪に問われることはないとはっきりしました」


「ほう? なぜす?」


「あちらの用意した証拠が偽物であり、不当な手段によって入手されたものであるということを私が証明できるからです。ついては公に、その後のことをお願いしたいのです」


「ううん、気乗りしませんがね……」


「なぜです?」


「あの子だって私のことが嫌いだから」


 公爵は、王妃クレスツェンツに連れられたユニカに何度か会ったことがあるそうだ。ただ、ユニカの反応はディルクにも想像出来るとおり、鬱陶しそうに、面倒臭そうに、早く帰れと言わんばかりに眉を顰めていただけで、ほとんど話さなかったらしい。


「愛想のない女の子ほどつまらないものはない。エリュゼもその辺は得意じゃないけど、あの子は一生懸命だから構ってやりたくなるのです。だけどユニカはね……」


「ユニカは少し人見知りなだけですよ。それに、なにも彼女の身柄まで引き受けてくれと言っているのではありません。この際、お二人の仲が悪かろうと関係がないのです」


「うーん、それでも気乗りしないな。彼女を引き取って我が公爵家に何のいいことがありますか? 包み隠さず申し上げさせていただきますが、厄介者を押しつけようというのです、どんなご褒美をくださるのか相談してくださらないと」


 妹の可愛がっていた薄幸な娘を引き取るという善意は、エルツェ公爵にはないようだ。厄介者というのも間違いではない。ユニカに対する貴族の不信と警戒心は根強い。誰も彼女を庇うなどという仕事は引き受けたくはあるまい。


 そして、ユニカに与えられた身分が彼女を守れるのはほんのわずかな間だけ。その後の表向きの保護をエルツェ公爵に任せようと、ディルクと王は審問会の召集と同時に打診していた。


「〝ご褒美〟ですか……」


 ディルクは口の端だけを持ち上げて笑い、隣を歩く公爵の表情を覗った。彼も朗らかに微笑み返してくるが、目は剣呑に光っている。


「二代続けて、エルツェ家から王妃を輩出する名誉というのはどうでしょうか。ぜひ、公の姫君を私の妃に」


 すれ違った侍官に聞かれぬよう、ディルクは声を低めていった。しかしエルツェ公爵の耳にははっきりと届いたようだ。彼は目を丸くして、そのままディルクから視線を反らした。


「……それは困ったな。私には息子が二人いるのですが、娘はいなくてね。養女をもらうしかないなぁ」


「ちょうど、近々王家を出なければならない娘がいます。彼女を引き取ってはいかがですか?」


「ユニカという名前の?」


「そうです」


「そうか……じゃあ、そうしようかな。……せっかっく妹が王妃になり王子まで産んでくれたのに、我が家名はさして浮かばれることがないいまま順番を次に譲らねばならないのは、面白くないなと思っていたのですよ。王家が機会をくださるというのなら喜んでお受けしましょう。ところで、それは陛下もご承知のことなのですか?」


 少し黙ったあと、ディルクは正直に首を横に振った。それを見たエルツェ公爵は眉を顰めて立ち止まる。


「公、私と公の約束ということではいけませんか?」


 やはり断る、と言われる前にディルクは先を制した。しかし公爵は不満なようで、けれど酒は飲んで行くつもりのようで、すぐにディルクを追い越して歩き始める。


「むしろ、妃の件は公にご協力いただきたいのです。私には、陛下がユニカの存在をどう考えているのかよく分からないので……その点、公は王妃様を通してユニカのこともご存じだし、陛下のこともご存じです」


「さて、お二人とも口数が少ないですからね。ユニカのことなど愛想が悪いということくらいしか知りません。けれど陛下は、八年前の疫病に対する施策が遅れたことをよほど後ろめたく思っていらっしゃるのか……いや、娘に情が移っているようにも見えるかな」


「それは興味深いですね。どのあたりに〝情が移っている〟とお感じになるのですか」


「ふふ、ご執心ですな。殿下はどうしてもあのお二人の心を掴みたいと見える」


 執務室へ到着すると、エルツェ公爵は先に部屋へと入ってしまった。出迎えたティアナが少し驚いた様子だったが、すぐに温かい葡萄酒を出すように命じられると部屋を出て行った。


 二人きりになると、公爵ははばかることなく勝手に長椅子に腰掛ける。


「タールベルク領邦の葡萄酒をいただけるのかな?」


「ええ、たくさん贈られてきますから。よろしければいくらかお持ち帰りになる分をご用意しましょうか」


「いや、結構。私のところへもブリュック侯爵家の新当主から贈られてきておりましてね。土産はいいので、陛下とユニカの話をする前に、私のお願いも聞いていただけますか?」


 公爵の向かいに腰を下ろすディルクの視線が、途端に冷ややかになった。


「そうあからさまに意地悪な顔をなさらないでください。いえ、新当主のベルノルトとは庶民の間でいう……そう、幼馴染みというやつでね。子どもの頃はよく遊んだものです。前侯爵への処分は、ウゼロの公子様を巻き込んだという点から考えて妥当でしょう。しかし新当主の登城禁止、それも半年とは、いささか厳しいと考えます。殿下があの家を遠ざけたいと思われるのは当然でしょうが」


「分かっておいでなら、二度とこの件に口を出さないでいただきたい。それ以上お話しになると、公はうっかり口が滑って言ってはいけないことを言ってしまうかも知れません」


「いいえ、ベルノルトを許すことは殿下にも利のあることとして申し上げます。考えてもみてください。彼は私より四つも年上。にもかかわらず、母君があのような女傑だったばかりにいつまでも当主の座に座ることが出来ず口惜しい思いをしていたのです。いわば目の上の瘤を殿下が取り除いてくださった。ベルノルトはそう思い感謝しております。ですから、彼の登城禁止を解き取り立ててくだされば、必ず殿下に忠誠を尽くすでしょう。どうかその機会を与えてやって欲しいのです。ユニカの件に関してなど……支持する家は多い方がよいでしょう?」


 そこに絡めてくるか、と思いながらディルクは目を細めた。


 確かに、ユニカの存在を認めてくれる貴族の名前は欲しい。特にこの国にはディルクの権力基盤がない。あるのは王太子、近衛長官という地位だけだ。


 二十数年前の過ちがなければブリュック侯爵家がディルクを支える基盤となるはずだったが、現状では先の女当主が罪を犯したのでその可能性はない。エルツェ公爵はおおむね協力的と見てよいが、それも利益があるうちだけ。


 絶対的に、それも無条件に味方になってくれる貴族がいないというのは、ユニカの件だけでなくこの先のディルクの政事に何らかの影響を及ぼしてくる恐れも、ないとはいえない。


 そういう意味でもエルツェ公爵の提案には魅力があった。


「忠実な犬を飼うのだと思って、いかがです? もうあとがないとはいえブリュックは太守の家柄です。ここらで息を吹き返させてやりませんか。二十年も政界で爪弾きにされながらよくしがみついていました。根性はありますぞ。まあ、根性があるのは先代の話かも知れないけれど」


「旧友に対して犬とは、ずいぶんな物言いですね」


「きゅんきゅん鳴かれるとつい恩を売っておきたくなる、可愛い犬です。殿下が私のお願いを聞き入れ哀れなベルノルトを救ってくださると言うのなら、私も、殿下個人と約束を結んでもよいと思います」


 エルツェ公爵はこの取りなしによってブリュック侯爵家とディルク、両方に恩を売ることが出来る。


 侯爵家には政界での力こそほとんどないが、広大な領地と太守権によって保たれる生産力と財力があった。それがほかならぬ〝ディルクに赦された〟となればじきに影響力を回復していくだろう。結果、ディルクは騎士の駒を得ることになる。王族としては不可欠な力だ。


 そしてエルツェ公爵は、力を取り戻したブリュック侯爵を派閥に取り込めるばかりか、侯爵家に支持されディルクに望まれるユニカを、娘として王家に差し出せる。


 ブリュック侯爵家を赦すならユニカを引き受けるというエルツェ公爵の言葉は、実に巧い。


 ただ。


 それでもディルクは、決断を少し躊躇った。


「――分かりました。条件をつけます。ベルノルト・ブリュック侯爵の登城を許すのは年が明けてからです。新年の参賀を初めにしましょう。ただし、〝死者〟の話は生涯口にしないこと。前侯爵アメリジア・ブリュックをアマリア郊外の別邸へ移住させ、王都の城壁の内側へ入れないこと。私が選んだ監視をつけること。以後、彼女に外界との接触の自由は認めません。この条件を呑めるのなら、登城禁止期間の短縮を陛下にご相談申し上げる」


「ああ……! 友に代わって感謝いたします、王太子殿下。私も殿下のお望みを叶えて差し上げたいと思います」


 エルツェ公爵は両手を広げて立ち上がり、ディルクのそばへやって来た。そして大仰な動作で跪くと、ディルクの上着の裾を取り上げて口づける。


 下を向く公爵の表情は見えないが、臆病者よと嘲笑っているに違いない。もう十年も生きてはいないであろう老女を閉じ込めておいたところで、ディルクの本質を隠せるはずもないのに、と。


「それで、公。先ほどの陛下のお話の続きを聞かせていただけませんか」


「ええ、他言無用とは言われておりますが、陛下の共同統治者にして未来の王たる殿下になら、お教えしてもよいでしょう」


 公爵はにこにこと満足げな笑みを浮かべて席へ戻っていく。ちょうどティアナも帰ってきた。蜂蜜と香辛料を混ぜた葡萄酒を主と公爵の前に置き、侍女は二人の雰囲気を察するとまたすぐに控えの間へと姿を消す。


「王国と我らの未来に」


 公爵が杯を手に取り差し出してきたので、ディルクもそれに応え自分の杯を掲げる。


 しかし互いに口をつけない。公爵はじっと杯の中身を覗き込んでから、上目遣いに意味深な笑みを浮かべた。


「陛下は、癒やしの血の力を求めてあの娘を王城においているというのがもっぱらの噂です」


「そうですね、医女が彼女の血を採りに来るところを、私も見ました」


「ですがその血、陛下はお飲みになっていない」


「……は?」


「窓の外へ棄てておられました。人の血なんか不味くて飲めたものじゃないと。味をご存じということは、お飲みになったことはあるようですがね」


「棄てている? ユニカの身体に針を刺して血を採っておきながら、ですか? それなら陛下は、一体なんのために彼女を……」


 一瞬、エイルリヒが言っていた『愛人』という単語が思い浮かぶ。

 いや、あり得ない。去年までユニカは王妃に大切に守られ、そのあとはエリュゼが引き継ぎユニカを見守っていた。


 ではこれから妾妃にするつもり――ということもないと考えてよいだろう。王がそのつもりなら、ディルクがユニカを自分の住まいで保護することを許すわけがないのだから。


 ディルクの驚く顔がよほど面白いらしく、エルツェ公爵は得意げに背もたれに身体を沈ませた。


「妹が陛下に食い下がってお願いしたのもあったのでしょうが……。『なんのために』と考えるとかえってわかり辛くなります。陛下がユニカを王城におくことに、狙いがあると思わない方がしっくりきませんか」


「つまり、可哀想な娘に情が移った?」


「もしくは、八年前の疫病への対応が遅れたことを後ろめたく思っていらっしゃる。だからその生き残りであり、一番近くにいるユニカを保護せずにはいられないのです。結局は情が移ったということでしょうか」


 そうなのだろうか。


 ユニカは、王を殺したいと言っているのに。


 けれど、もしエルツェ公爵の推察が当たっているとしたら、王がわざわざユニカの身体を傷つけてまで血を差し出させている理由は、一つだけ思い当たる。


 ユニカは血を差し出すことで王と対等な約束をしているつもりだ。そして、裏を返せば彼女には差し出せるものがほかにない。


 王は彼女に対等な立場を与えるため、『いずれ首をやる代わりに、今は血をもらう』という形勢を整えてやっているのではないか。


「陛下が患っていらっしゃるわけじゃないなら、それでもいいか……」


「ん、何かおっしゃいましたか?」


「いいえ。私は午後の仕事に取りかかりますので、どうぞゆっくり温まっていってください」


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