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天槍のユニカ  作者: 暁子
第2章 籠の中の争い
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5.王城の表裏(1)

 東の宮から温室へ向かう道順がよく分からなかった。けれど王太子付きの侍女の一人が親切にも案内を申し出てくれたので、昼食を終えたユニカは生地の厚いストールを肩に巻き付け、こっそりと廊下の様子を覗った。


 こっそりするのは、宮の中にある召し使いや、警備の近衛兵の視線を気にしてのことである。


 廊下に誰もいないタイミングを見計らって外へ出る。彼女の後ろにはディルクの侍女クリスタ、フラレイ、そしてルウェルと続く。一番後ろの彼はユニカの外出が不満なようだ。


「なぁ、ほんとに外出るのかよ。外出禁止って、ディルクが手紙に書いてただろ」


「禁止とは書いてなかったわ。『しないように』とあっただけよ」


「じゃあなんで出るんだよ」


「用事があるんです。ついて来てくださらなくてもいいわ」


「そーもいかねぇの」


 それぞれに殴られた、脅かされた被害者である二人は、お互いに図書館でのことを根に持っており、これ以上仲よくなれそうになかった。


 出来ればルウェルを無視したいユニカだったが、彼はよく喋る。三回に一回はそれに応える形で、自然とユニカの口数も増えていた。


「嫌な目に遭ったってのに、昨日の今日でよく出歩けるな」


「……」


「あんた、『天槍の娘』なんだって? 敵が多いのは自覚してんだろ? 大人しくしてろよ。宮の中は安全らしいし、外は寒いしさ」


 ぽつりと本音をもらしたルウェルの台詞は鮮やかに無視される。間で聞いていたフラレイとクリスタの方が気まずくなるけれど、ユニカは少しも構わない。


「なぁって。無視すんなよ」


 ますます面白くないルウェルは、肩に担いでいた剣で通り過ぎる大理石の柱をガンガン叩きながらついてくる。驚くべき行儀の悪さ。さすがにこの騒音にはユニカも黙っていられなかった。


「静かにして! 寒いのなら部屋にいればいいでしょう!」


「今日一日あんたにくっついてろって、ご主人様からの命令なの」


「だったら黙ってついてきて」


「ヤだね。はんたーい、出かけるの反対!」


 立ち止まって静かになったかと思えば、ルウェルはまた剣の鞘で壁を叩きだす。子供が駄々をこねているようだ。


 ユニカが寝ている内に彼と仲よくお喋りしていたフラレイの情報によると、ルウェルは王太子より七つも年上らしい。きっと嘘だ。あり得ない。この男が、養父が亡くなった頃と同じくらいの年齢であるなんて。


 ユニカはしばらく唖然としていたが、帯剣した近衛兵が近づいてくるのに気づいて顔を伏せ、早足で先へと進む。


「あっ、こら!」


「どこから出ればいいの?」


「突き当たりを左の扉からお出になってください。そこから繋がる柱廊(コロネード)を行けば、城壁沿いで一番目立たないかと思います」


 クリスタの指示通り、ユニカは見つけた扉を開けた。


 ひゅっと冷たい空気が顔を撫でる。細かな雪がちらついているものの風はないし、薄曇りで空には太陽の気配があった。それでも、この天気では温室も寒いだろうなとユニカは思う。


 だが、仕方がない。先方には先程、いつも通り温室で待つと書いた手紙を届けさせてしまったのだから。


 よっぽど寒ければ西の宮へでも移動しよう。まだ戻るなと言われているが、きっと部屋を片付けているエリュゼがいるはずだ。大丈夫だろう。


「聞けよ。宮は安全なんだってさ。ここは近衛も独自で動けない場所なんだと、だからさ、」


「何を言っても無駄です。温室で人と会う約束をしているの。だから行きます」


「人ぉ? 男じゃないだろうな」


 相手が男で何が悪い、とは思ったものの、ユニカは何も言わずに外へと足を踏み出した。


「世継ぎの王子様に靡く必要もないようないい相手なのかよ?」


「ただの父の知人です」


 ぶっきらぼうに返事をしながら、ユニカはすたすたと柱廊を進む。


 彼に会うのはクレスツェンツの葬儀以来だから、一年と少しぶりだ。その間にも手紙の遣り取りはあったが、彼は方々を飛び回る忙しい身で、ユニカの手紙に返信があるのはいつも三、四ヶ月あとだ。


 先月出した手紙もあったが、返事よりも先に彼自身がアマリアへやって来るとは。


 私を驚かせようと思ったのかしら。だったらその効果は充分だ。


 最近面白くないことが続いていたので、ありがたい時期に来てくれたなと思った。たくさん話したいことがある。


 小雪の中、ユニカの足取りは軽い。フラレイとクリスタはそれを少し珍しそうに眺めながらついていき、ルウェルは諒承出来ないながらも、彼女らから離れるわけにはいかずにあとを追っていた。


 最初に気づいたのは、そのルウェルだ。彼は肩に担いでいた剣を左手に持ち直した。いつでもそれを抜き放てるように。


 がしゃがしゃと軽甲を揺らしてついてくる足音に、ユニカやフラレイたちもほどなく気がついた。足音の一団は彼女らの後方からやって来る。


 立ち止まり一団を振り返るユニカたちに追いつくと、先頭の騎士がおもむろに進み出た。


 深紅のマントがゆっくりと揺れる。ルウェルが肩から提げているのと同じそのマントは近衛騎士であることを示すものだ。彼の後ろに率いられる近衛の小隊を見て昨日のことを思い出し、ユニカはわずかに後退った。


「よぉヴィクセルさん、仕事?」


「ギムガルテ、そちらこそ仕事か? 王太子殿下はいらっしゃらないようだが」


「今日はこのお姫様の護衛が仕事でさ」


 ヴィクセルと呼ばれた壮年の近衛騎士は、口元だけを歪めて意地悪く笑った。彼の視線はそのままユニカの方へ滑る。


「貴殿も王太子殿下も、まだこの娘の正体を知らぬようだな。この娘は陛下に取り憑く魔女だ。そしてとうとう、王家に仇をなした」


 ヴィクセルが剣の柄に手を掛ける。すると彼の部下たちも、同じように抜剣の構えを見せた。


「おいおい、いきなり抜くのかよ」


「その者が大人しく身柄を預けぬと言うならな」


「身柄預けるって、捕まれってことか?」


 左手で己の剣の鍔を弾こうとしていたルウェルは、きょとんと目を瞬かせる。彼の反応などまるで無視して、ヴィクセルは部下たちを散開させた。


「神妙にせよ、『天槍の娘』」


 四人を取り囲んだ近衛兵たちは、小隊長の合図で一斉に剣を抜き放った。


 

     * * *


 

 ローデリヒは何気なく窓の外へ視線を移した。少し薄暗くなったと思ったら、ちらつく程度だった雪が本降りになっている。しかし今日は風がないらしい。花びらのように平たく大きな雪が、重たそうにまっすぐ落ちてきていた。


 正午の鐘が鳴ってからだいぶ経った。きりのよいところで仕事を終えたら、ローデリヒは午後から城を降りることにしていた。


 家路に雪が降っていなければいいなと思いながら凝り固まった肩を動かし、彼は近衛隊長の印章を取り上げ、サインの上にそれを押しつける。


「ヘンリック殿はお元気にしているか?」


 近衛隊の紋章がくっきりと表れていることを確かめ、次の紙を手にしていた彼は再び顔を上げた。今度は、斜め向かいに座る上官に目を向ける。


「義父ですか? 妻の手紙によれば、相変わらず退役したお仲間を集めてゲーム三昧だとか……お元気なようですよ」


「まだお若いからな。また兵士たちの指導をお任せしてもよさそうだ。お暇な時にぜひと、伝えておいて貰えるか」


「冗談はおよしください。隊長のお声がかかったとあれば、義父は即日調練場まで飛んできます。一応は傷痍除隊した身です。とてもその伝言は承れません」


「いいや、口うるさくしてくださる先達の指導はよく効く。近衛を鍛え直せと殿下に言われたものでな。兵たちの訓練を見てくれる指導者が足りんのだ。ヘンリック殿にも参加していただきたい」


 ローデリヒは苦笑するだけで、ラヒアックの依頼には答えなかった。上官が署名した書類に黙々と判を押す作業に戻る。


 ラヒアックはその青年の横顔をしばらく眺めた。途中ラヒアック自身が席を外すことがあったとはいえ、半日仕事を手伝わせ観察した限りでは、ローデリヒに変わった様子はない。


 彼は面倒見がよく穏やかだが、特別に明るい性格でもなく、どちらかといえば寡黙な青年である。黙って任務、もとい作業に向き合う姿には、なんの違和感もなかった。


 ライナからは、本当に命令書を受け取っていないのか。


 今日は何度、そう尋ねそうになったか分からない。しかしディルクに止められていたので、ラヒアックがそれを口にすることはなかった。


 先ほど会ったライナには改めて訊いてみた。命令書をローデリヒに渡したのは確かなのかと。


 友人の甥である若い騎士は必死になって間違いないと訴えてきた。それに比べて、「命令書は受け取っていない」と明言したローデリヒの冷静さが徐々に疑わしくなってくる。だが、この青年に限ってという思考の枷もどうしても外れない。


 ローデリヒは、ラヒアックが近衛騎士に任じられた当時に近衛隊長を務めていたヘンリック・ブレンナイス将軍の女婿だ。もともと地方文官の息子だったが、騎士になることを目指してアマリアへ上ってきた。近衛でその任に着けたことを誰よりも誇りに思っているはずである。


 ライナの話を信じるならば、彼が人目につくと都合の悪い命令書を処分したということになってしまう。しかも、「騎士を辞め、事務方へ下がりたい」という理由を用意して、ラヒアックの執務室へ入り込んで、だ。


 王太子はその真偽を確かめようと言った。まさか、という言葉しか出てこないラヒアックは、近衛隊のためにも大人しくディルクの提案を受けるしかない。


 命令書の紛失があったことは、ライナが兵舎に戻ってからちょっとした騒ぎを起こしたらしいので昨晩の内に多くの近衛兵たちの知るところとなっている。


 その命令書がどういう内容であったのか、近衛長官である王太子がどのように対応するのかは知らされていないので、ラヒアックとしては部下たちを罠にかけるような気分だった。


 誰もラヒアックを裏切るような真似はしていない。それが証明されることを彼は待っていた。


 しかし。


「失礼いたします」


 一人の近衛兵が扉を開けた前で敬礼する。そして後ろに続いていた女性のために場所を空けた。


 断りもせずに執務室へ入ってきたのは二十歳ほどの若い娘だ。彼女に見覚えはなかったが、その出で立ちから誰であるかを察した。


 彼女は国王の直臣、つまり爵位を持つ貴族の当主であることを示す濃緑に金の縁取りをしたサッシュを着けていた。そこに刺繍される紋章にも家名を思い出せるほどはっきりとした記憶はなかったが、この若さ、そして女当主という条件で当てはまるのは、プラネルト伯爵だけだ。ブリュック侯爵が息子に当主の座を譲った今、世襲貴族当主では唯一の女性だった。


 昨年亡くなった前伯爵の父親から爵位と当主権を継ぎながら、彼女は一度も貴族院の議場に姿を現していないこともあり、ちょっとした有名人である。


 国王に認められた爵位と当主権の継承とはいえ、この若さでは誰にも相手にされないのは無理もないだろうと、ラヒアックは彼女を目の当たりにして思った。


 近衛隊長が一瞬でも自分を侮った気配に気づき、エリュゼはただでさえ瞋恚に燃やしていた瞳をさらにぎらつかせる。


「近衛隊長ラヒアック・ゼーリガー将軍、お尋ねしたいことがございます」


「なんでしょう、プラネルト女伯爵」


 ラヒアックが立ち上がって迎えるまでもなく、エリュゼはつかつかと彼の机へ歩み寄る。そして席に着いたままの彼を睨み、インク壺が跳ね上がるのではと思うほど力を込めて机を叩き付けた。


 書類のないところを狙う辺りにまだ理性は残っているようだが、本来頭を垂れねばならない上の爵位のラヒアックにこの態度では、十分我を忘れているといえる。


「近衛の指揮系統は一体どうなっているのです! なぜ、再びユニカ様がこのような目に……! 近衛隊長のご命令ですか、そして王太子殿下はご存じのことなのですか!? これでは殿下にユニカ様をお預かりいたいた意味がありませんわ!! すぐにユニカ様を解放なさってください!」


「伯爵、落ち着かれよ。そうがなり立てられても事情が掴めませぬ。そちらの椅子に、」


「座ってなどいられません! ユニカ様のお世話を命じて東の宮に置いてきた侍女が、先ほど泣きながらわたくしのもとへ参りました。近衛のヴィクセル小隊が、抜剣してユニカ様を取り囲み、連行していったと!」


 エリュゼは今日、西の宮の召し使いを総動員して朝からユニカの部屋の引っ越し作業を進めていた。ユニカには家具を入れ替えると言ってあったが、これを機に彼女はユニカの部屋を移してしまうことにした。


 南端の格が幾分落ちる部屋ではなく、かつてディルクの母である王女ハイデマリーが過ごした最も上等な部屋へである。


 ユニカのそばにいられないのは多少不安だったが、王太子がユニカの保護を引き受けてくれたからには大丈夫だろう。そう信じていたのに、そこへフラレイが駆け込んできたのだった。


 ラヒアックはごくりと唾を呑みながら立ち上がる。毛を逆立てて怒るエリュゼは見下ろされる立場になってもまったく怯まなかった。むしろ狼狽えているのはラヒアックの方だ。


「ヴィクセル小隊……なぜ、ヴィクセル小隊であるとお分かりになるのか」


「近衛騎士のルウェル・ギムガルテがその場にいたそうです。彼が小隊長の名を口にしていたと侍女が。近衛隊長、ヴィクセル殿に命令を出したお心当たりが?」


「まずは、王太子殿下にご報告を……」


「またお心当たりがないのですか? ユニカ様はどこです?」


 眉を顰めるエリュゼには応えず、ラヒアックは彼女に外へ出るよう促した。


 部屋を出る直前、彼は二人を見送るローデリヒに視線を向けた。成り行きを見守っていた青年は、視線に気づいたがにこりと微笑んだだけだ。


「午後には、城を降りるのだったな」


「はい。ここにある分だけ、判を捺しておきます」


「いや、それはもうよい」


 きょとんとして目を瞠る彼から顔を背け、ラヒアックは出て行った。


 扉が閉められてしばらく、ローデリヒは彼らが戻ってくることがないかじっと待っていた。それもないと判断し、握っていた近衛隊の印章を机に置いた。


 自分が捺したばかりの判を見つめ、ローデリヒはわずかに目を細める。


 そして、上着、まだ王家に返上していない剣を手に取ると、残った書類もそのままに席を立った。彼もまた執務室を出て、部屋の扉を守っていた近衛兵に声をかける。


「お屋敷に戻られるんでしたね」


「ああ、明日には戻るが。隊長によろしく」


「お疲れ様です」


 敬礼する彼に同じく敬礼を返すと、ローデリヒは上着を羽織りながら歩き始めた。ベルトに剣を吊し、左手で柄の感触を確かめる。


 彼の後ろ姿が廊下の角に消えると、近衛兵は持っていた槍の石突きで床を叩いた。


 するとそれを合図に、ローデリヒが消えたのとは反対の角からそろりとライナが出てきた。


「あの、ローディさん、何かしたんですか?」


「知らん」


 いらだたしげに吐き捨てると、ライナは騎士のマントを外して近衛兵に押しつける。


「持ってろ、邪魔だ」


「はぁ……」


 身軽になったライナは、足音を殺しながらローデリヒの後を追い始めた。


 ローデリヒを絶対に城外へ出すな。


 王太子からの命令だった。


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