表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナイン・ストーリーズ  作者: 鍋田 徹
2/3

夏の思い出

小学校に通うある男の子。彼は夏休みにある不思議な人物と出会い、初めての経験をする。

 本日深夜、西町5丁目にて不審な人物の目撃情報がありました。腰の位置まで髪を伸ばした女性が3メートルほどの縄を引きずりながら走り去っていったとのこと。ここ1週間ほど西町全域で不振人物の目撃情報が多数発生しているため、夜あまり出歩かないようにし、近隣住民で警戒するようにしてください。繰り返します。本日深夜……


 学校で不審者に気をつけましょうという手紙を貰った放課後、落ち込んでいた僕の気持ちが引き寄せてしまったのか早速不審者と出くわしてしまった。目の前に明らかにおかしい人がいる。お岩様の上に男の人がいるのだけど、その人の姿がおかしい。パンツ一枚しかはいていない。それ以外裸。おまけになんだかお祈りしているようなんだ。社会の教科書に出てくる人にどことなく似ているような……。もしかして寝てるのかな。だけど明らかにおかしいよ。たぶんこれが変態って言う人なんだろう。始めてみたよ、変態。

「変態ではない。眠っているのでもない。これはな、瞑想というんだ。とっても難しいことなんだぞ。」

 なんて急に離しかけてくるもんだからびっくりした。だって僕この変体を見つけてからまだ一言もしゃべってないんだ。僕はすぐに理解した。この人は心の中を読める人なんだって。そして気持ち悪いとも思った。

「気持ち悪いなんて人に向かって思ってはいけないぞ。君は人から気持ち悪いと思われたらどう思うかね。嫌な気持ちになるだろう。怒りたくなるだろう。自分がされて嫌な気持ちになることは他人にしてはいけないんだ。これ社会の常識、覚えておきな」怒られてしまった。変態に。人に説教する前に服を着ろよと思う。いや思っちゃいけない。また読まれてしまったかも。怒るかな、と身構えていたけれど変態は全く違う話を始めた。

「時に少年。この町の地図を持ってはいないかな?私はこの街にははじめてくるからよく道がわからないんだ」

「いや持ってません。けど、市役所に行けば貰えるんじゃないかな」

「そうか。では少年。貰ってきてくれないか?私はその市役所の場所もわからない者でね」

「そこの道をまっすぐ行けばいいだけなんですけど」

「無理だな。私は小学生のころから毎日地図を見ながら通学していたほど極度の方向音痴でな。ある日地図を忘れて登校してしまったことがあったが、その時は隣町の小学校についてしまったことがある。その学校の先生に電話をしてもらい担任に迎えに来てもらったが、あの時の先生の顔といったら……まるで化け物でも見るような顔だったな。傷ついたよ」

 そりゃそうだろう。と思ったが同時に絶対嘘だとも思った。あ、また思ってしまった。

「だからたぶん君の言う一本道さえ迷ってしまうだろう。ゆえに君に持ってきて貰いたいと言っているんだ。ああ、もちろんただでとは言わん。超能力を披露してあげよう。私は超能力者なんだ」

 胡散くさっ、と思ったが現にこの変態はさっき僕の心を読んだわけで、超能力者というのもあながち嘘ではないのかもしれない。興味ない、こともない。……。

「わかりました、取ってきますよ。だけど一回ランドセルを家に置いてきてからでいいですか?じゃないと親も心配するだろうし」

「よかろう。しかし君は幼いように見えるがかなり礼儀正しいな。うちの後輩にも見習ってほしいぐらいだ。名は何という?」

 僕は変態に名前を教えるのは怖かったのでとりあえず小学3年生とだけ教えた。ぼくも変態に名前を聞くと、

「そうだな。ガンジーとでも呼んでくれ」

 と満面の笑みで変態は答えた。



 家にランドセルを置き、市役所で地図をもらって再び河川敷に向かう。僕が着いた時にはもう4時をすこし過ぎていて西日が眩しかった。そんな中、ガンジーは変わらずお岩様の上でメイソウを続けていた。河川敷でペットの散歩をしている人やジョギングをしている人たちから奇異の目で見られてはいるがどうやらまだ通報はされていないようだ。奇跡だろ。

「はい。持ってきましたよ」僕は地図をガンジーに手渡す。

「うむ。御苦労。ついでにお菓子を持ってきてくれたらなおよかったが」

「ずうずうしい奴」

「あれ?そういうこと直で言えるような子だったの、君。見た感じそんなタイプじゃないと思ってたけど」

「いや、どうせ心を読まれてるならもう思っちゃったことは言ったほうが得かなとおもいまして」

「なるほど、適応早いね。けどね、私は読もうと意識しなければ人の心は読めないんだ。そして今は君の心を読もうとは思っていなかった。イコール、今の言葉で私は深く傷つきました」

「そんなことより約束の超能力を見せてください」

「そんなことって。あっれー?君ってかわいい顔して意外と冷めてる子なのね。驚いたわ。そしてショックだわ。いままで作ってたキャラが壊れちゃうほどショックだわ」

 さめてるってどういう意味だろう?ガンジーの言っていることがよくわからなかった。

「まあいいだろう約束通り超能力を見せてやろう。びっくりしすぎて腰を抜かし転んで怪我でもしたら大変だ。座って見なさい」自信満々だな、この人。

 地面に腰を下ろしガンジーを見上げる。

 ガンジーはおもむろに両手を前に出し、右手の人差指と中指で左手の親指を握る。そのまま親指を引っ張っていく。すると親指の関節から上が取れてしまった。僕は近くに転がっていた小石を手に取りガンジーの満足げな顔めがけ全力投球した。

「うわっ、あぶねっ。怪我したらどうするの!」

「馬鹿にすんな!そんなもの超能力でも何でもないじゃないか!」

 こんな子供だましを見るために市役所まで行かされたと思うとすごく腹が立った。もう帰ろう。こいつはインチキだ。僕は土手を登はじめた。

「おーい、地図ありがとうな。また明日もここにいるから気が向いたらまた来なさい」

 とガンジーが後ろで言っていたけれど、二度と来るか。



 翌日のプールで遊んだ同じ夕方帰り道。うっかり河川敷を通るルートを選んでしまった僕はガンジーを見つけた。ガンジーは変わらずお岩様の上に半身裸のパンツ一枚で座り、幼稚園か小学1年くらいの男の子5人になぜか神様と呼ばれていた。なして?

「神様、さっきのやつもう一回見せてください」

「しかたない。あと一回だけだぞ。超能力とは大変体力を消耗するからな」

 ガンジーは昨日僕に見せた親指が取れる手品というか、手遊びというかそんなものを披露する。男の子たちは、すごい、本当に超能力だ神様だ、という。なるほど理解した。僕の中の正義が燃え上がる。

 僕は男の子達に近づきガンジーと同じことを披露する。男の子たちが驚いていたためネタばらしをしてあげる。すると彼らはすぐに手のひらを返し、インチキ、超能力じゃないじゃん、お菓子かえせ、不審者!とガンジーに罵声を浴びせる。

「お菓子はもう食べてしまったから返せません。騙されるほうが悪いんです」

 と開き直るガンジー。男の子達はお母さんに言いつけてやると怒って行ってしまった。これで裁判沙汰なってしまったらさすがに可哀相だとは思ったけれどガンジー自信がそんなことはまったく危惧している様子ではなかったため忘れることにした。

「布教の邪魔をするなんて天罰を下すぞ、少年」

「いつからあんたは神様にランクアップしたんだよ。無垢なる子供が悪い大人に騙されそうになってたとこを助けたんだ。幸運こそあれ、天罰なんか下らないよ」

 そう言って僕はお岩様に寄りかかる。ガンジーは少し不愉快そうにしていたがすぐに機嫌を取り戻したらしく、話しかけてきた。

「そういえば少年。先ほど耳にしたんだが最近この町ではよく不審者が出るそうだな。何か知っているか?」

「そうだな、一昨日学校で不審者に気負つけましょうとは言われた。でも本当は不審者ではないって噂だよ。なんでも妖怪が出るとか。公式な発表で妖怪が出ますとは言えないから仕方なく不審者手ことにしているらしいってさ。もしかしてガンジーの仕業なの?」

「何を言うか、そこまで人間離れしてないわ。けれども妖怪ってどんなのがでるの?ろくろ首とかそういうの?」

「詳しくは知っているのは一つだけかな。ムカデ男の話」

「どんな話だ?」

「男の人が夜、一人で歩いていると街灯の下に髪の長い女の人が立っていたんだ。男の人は不思議に思いながらも無視して通り過ぎようとしたんだけど、女の人に呼び止められた。『この子達可愛いと思いませんか?』って。そこで男の人は違和感を感じたけれどとりあえず質問に答えようと思った。けれどその場には彼ら二人しかいなかったんだ。だから『誰のことです?』と尋ねると彼女は自分の頭を指差した。意味を理解しようとしていると彼は気づいた。彼女の髪がすべてムカデでできていることに。驚きと気味の悪さと恐怖のため彼は逃げでした。けれど彼女は『ねえ可愛いでしょ、ねえ』と言いながら追いかけてくる、それもものすごい速さで。そこで彼は彼女の足にすね毛が生えていることに気付いた。走っていたので髪に隠れていた顔が露わになっていたけれどその顔はごついオッサンの顔だった。そこで彼の記憶は途切れていて目が覚めたらお岩様の上で寝ていたというお話」

 実はこの男の人というのは隣のアパートに住む仲のいいお兄さんなのである。お兄さんがここまで詳しく話たのは僕一人ということなので得意げに話してしまった。僕にとっては特ダネというやつである。

「うん、うん。訳が分からない。ゆえにかなり恐ろしい、いやかなり気味が悪い妖怪だな。ほかにもいろんな種類がいるのか妖怪は」

「熱唱男、枝豆男。あと裸男っての知ってる」

「なんだ男ばかりだしへんてこりんな名前ばっかりだな。いや待て、最後のはただの変態じゃないか」

 実際裸男はガンジーのことだと思うけれど言わないであげた。人にやさしく、僕のモットー。それからもガンジーは妖怪騒動についていろいろ聞いてきた。ガンジーは特に町内会で組織され、僕の父さんも所属している見回り隊のことやパトロール経路に興味を持っていた。不思議に思ったので聞いてみるとどうやらガンジーは自分も見回り隊に参加して妖怪を捕まえる気らしい。なんというか。ミイラ取りがミイラになるという諺があるけれどこれはミイラがミイラを取りに行くようなものだな。



 それから僕はガンジーとおしゃべりをするようになった。ガンジーはいつも変わらず夕方になると姿を現す。河川敷、お岩様、パンツ一枚、瞑想中。最初は二度と来ないと思ったけれど気づくとガンジーに会いに行っていた。ほとんど日課と化している。

 日課といえばこの夏休み、僕は毎日病院に通うようになった。僕の体が悪いわけではなく、夏休みに入る直前、ハルが入院してしまったのだ。ハルとは家が隣どうしで幼稚園のころからよく遊んでいた、いわゆる幼馴染というやつである。すぐに退院すると思っていたがなかなか退院日が決まらない。そして8月の20日になってしまった。お祭りの2日前である。



 その日も僕はガンジーに会いに河川敷へ来ていた。パンツ一枚のガンジーが二人組の警察官と話していた。いや、これは世間話とかではなくジジョウチョウシュというやつだろう。だってねえ……。僕のことを見つけたガンジーは手を振りながら大声で呼びかけてきた。きっと助けてほしいのだろう。仕方ない、見た目は変態でも悪い人ではないということを証明してあげよう。そう思いながらガンジーの隣まで来ると警察官はガンジーに別れの挨拶をいい、にこやかに去って行った。

「あれ、捕まりそうになっていたんじゃないの?」

「失敬な。なぜ私が捕まらねばならん。少し世間話をしていただけだよ」

「フーン」

 それはそれで警察よ仕事をしろ、とも思う。僕の食いつきが悪かったため少し怪訝な顔をガンジーはしたがすぐにいつもの瞑想を始めた。その間に僕は頭を整理する。今日僕はガンジーにあるお願いをしに来ていた。しかしどう切り出せばよいか迷っている。そしてこのお願いをすることによって僕がガンジーを認めることになってしまうのが少し癪だった。そうして僕が沈黙を保っていると、今までお岩様の上から動いたことのなかったガンジーが僕の隣に降りてきて腰を下ろした。

「どうした、何かあったのか? 少年」

「うん。ガンジー、あんたさ本当に超能力使えるの?」

「そうだと言っているだろう。なんならもう一回見るかい?」親指を突き出すガンジー。

「いやそれはもういい。それ以外はできないの?」

「もちろんこれ以外もできるぞ」

「それってさ、具体的にはどんなことができる?」

「うーん具体的ね。具体的と言われても割と大体のことはできるからな」

 だったら。だったら……

「だったら人の病気を治すこともできる?」

「それは無理」

 ガンジーは即答した。考えることもせず答えた。回答の速さと希望が潰えたショックに僕はしばし言葉を失う。

「……何か考えがあってのことだと思うから私の超能力について少し教えておく。私が超能力でできることは物理的なことだけだ。病気を治すというのはウイルスを殺すことと考えれば物理的と言えなくもないが、できない。目に見えないからな。つまりここでいう物理的とは私が目で見ることができるということだ。目で見ることができればたいていのことはできる。物を浮かせたり、物の形を変えたりね」

 僕はショックを受けていたこともありガンジーの言葉があまり理解できなかった。ただ病気が治せない事は理解できた。

「誰か病気にかかった人でもいるのかい?」

 ガンジーが聞いてきた。普段なら知り合ったばかりの人に自分のことをしゃべったりはしない。けれどその時は何となくしゃべりたい気持ちになっていた。

 僕はガンジーにハルとの関係を話し始めた。ハルとは家族ぐるみで仲が良かったこと。毎年僕の家の庭でお祭りで買ったものを食べながら花火を見るのが恒例だったこと。しかし来年の春休みにハルは引っ越すことが決まっていて、今年がハルとみる最後の花火となること。僕たちは最後の花火は二人っきりで見ようと前々から約束していたこと。しかしハルはいまだ退院できず、病院から見ようにも病院の設計上花火が上がる河川敷方面には窓が一つもなく花火を見ることはできないこと。そして花火を見ながらハルに大事なことを伝えようと決めていたこと……。

「なるほどな、それはなんというか……残念だな。お祭りは明後日か、絶望的だな」

「うん、病気だもん、しょうがないよね。ガンジーでも無理ならあきらめるしかないか」

 本当にガンジーを超能力者と思っているわけではない。しかし僕は藁にもすがる思いだったのだ。その藁もハルを助けることができなかった。ゲームオーバー、お手上げだ。

「病気を治すことはできない。しかし花火を見せてやることはできるぞ」

 落ち込んでいた僕の耳のガンジーの言葉が飛び込んでくる。なんだって?

「それってどういう……」

「そのまま言葉通りだ。花火を君と君の大切な人に見せてあげよう。ただし明後日のお祭りの花火は見せられない。お祭りの花火ではない花火だがそれでもいいか?」

 お祭りの花火ではない? それってつまり自費で買ってくる花火、よく海岸などでやるような小規模な手持ちの花火のことか?

「まあそれも含まれるな。しかし約束しよう。必ず君を満足させて見せる。どうだ?」

 最初僕はお祭りの花火でなければ意味はないと思った。しかしそれがかなわない今わがままを言ってはいられないだろう。満足させてくれると言っているし、それにもう頼れるのはガンジーだけなのだ。

「僕はお祭りぐらいの規模の花火じゃないと満足しないよ」

「わかってる。だから大丈夫、必ず満足するよ」

「なら、それでいい。いやそれでお願いします。僕には花火が必要なんだ」

「よし、では交渉タイムと行こうか」

 交渉タイム?なんだそれは。

「おいおい少年。こんなことをタダでしてもらおうなんて、そんな図々しいことを考えてはいないだろうね」

「え、だってガンジーそんなこと一言も言ってなかったから」

「なら君は一つ覚えておくべきだろう。人に何かをしてもらうためには対価が必須だということをね」

「対価ってお金のこと?」

 どうしよう、僕のおこずかいは月600円だし貯金箱の中身もあまりない。ガンジーは大人だから少ないお金じゃ満足しないだろう。だけど計画は実行してもらいたい。悩んでいるとガンジーは満面の笑みを浮かべながら答えるのだった。

「ははっ、そうだな一般的に対価とはお金のことだ。でも少年、君はまだ小学生だろう?私が望むような金額を持っているようには見えない。そんな相手にむちゃな要求したり無駄な行為はしないよ。対価とは価値あるものならおかねでなくとも何でもいいんだ」

「でも僕は高価なものなんて持っていないよ」

「私は価値あるものといったわけで高価なものとは言っていない。私にとって価値のあるものならいいんだ。そして君はすでにそれを持っているよ」

 僕は自分の持ち物を思い出してみた。ガンジーが欲しがりそうなものなんて一つも思いつかない。ガンジーはいったい僕に何を要求しているのだろう。

「私が欲しいのはね、君が常に持ち歩いているその文庫本だよ。それを私に譲ってくれるというなら君の願いをかなえてあげよう」

 ガンジーと初めて出会った日の二日前。道を歩ていると空から一冊の本が落ちてきて僕の頭に当たった。なぜ空から本が、という驚きと痛みによる怒りから燃やしてしまおうと思い拾ったきりずっとカバンの中に放置している文庫本が一冊ある。僕はカバンからそれを出し、ガンジーに見せる。

「文庫本ってこれのこと?」

「そうだ。私はその本が喉から手が出るほど欲しい。」

 ガンジーはこの本をあげれば花火を見せてくれるという。この本は拾いものだ。何をためらう理由があるか。

「わかった。ガンジーにこれをあげる。だから僕たちに花火を見せてくれ」

「よし。交渉成立、契約成立だ。楽しみにしていろ、どでかい花火を見せてやろう」

 今になって不思議に思う。なぜガンジーは僕が文庫本を持っていることを知っていたのだろう。一度だってカバンから出したことはなかったし、ガンジーの前ではカバンは常に肌身離さず持っていたため覗くことも不可能だ。でもたぶんその答えを僕は知っている。認めたくないだけなのだ。



 8月22日。お祭り当日。やはりハルは退院できなかった。ついさっきお見舞いに行ったときハルは泣きながら謝ってきた。泣きながら、ひたすらごめんと謝ってきた。別に謝らなくていいんだよ。病気のせいであってハルのせいじゃないんだから。と言って慰めたが、少し腹も立った。僕たちはそんなことでいちいち謝る関係だったのか、僕がそんなことでハルを嫌いになる人間だとでも思ったのかと。しかし、そんなことよりも今は伝えたいことがある。

「今日は無理だけど明日、一緒に花火を見よう」

 そう。決行は明日の夜9時に決まったのである。



 その日の朝。僕は特に何も考えず一人ふらふら散歩していて、いつもの習慣からか自然と河川敷に到着していた。すると普段は夕方しか姿を現さないガンジーが朝の9時だというのにお岩様の上で普段道理に瞑想をしていた。驚いた。ガンジーは僕を見つけるとおもむろに立ち上がり住宅地なら騒音で怒られるほどの大声で宣言をした。

「すべての準備は整った。決行は明日、夜9時。君たちは時刻までに病院屋上にて待機をしているように」

 かなり迫力のある声だが、恰好がパンツ一枚のため締まらない。早朝なのだから服を着てください。子供に悪影響です。まあ僕がその子供なのだが。

「ちょっと待って、夜9時だって? 面会時間過ぎているからそんな時間には病院に入れてもらえないよ」

 僕は苦言を呈した。西町病院の面会時間は午後5時までとなっている。

「そんなことはわかっている。馬鹿にするな。でも夜9時が一番花火の綺麗に輝く時間なのだ」

「ならハルが退院してからほかの場所にしようよ」

「少年、それはいけない。聞くが君が一緒に見ると約束したのは夏祭りの花火だろう? でもお祭りの花火は見られないから私の打ち上げる花火に変更した、そうだな。本来約束とは破ってはいけないものだ、内容も。これ以上内容を変更してはいけない。してしまったらそれはどんどん君がした約束とは全然違うものになってしまうからね」

 ガンジーの言っていることはあまり理解できなかったけれど不思議と説得力があり僕はうなずいてしまう。

「なら僕はどうすればいいの? 病院は閉まっていて中に入れないよ?」

「大丈夫だ。その日は何となく病院の正面玄関は戸締りがされておらず中に入れるような気がするんだ。」

 いやいや、気がするんだってあなた。全然大丈夫じゃないじゃん。

「大丈夫だって、私を誰だと思っている? 超能力者だぞ、未来予知ぐらいおちゃのこさいさいさ」

 いやあんたこの前自分で自分の能力は物理的なものだけと言っていたではないか、と指摘しようとしたけれど、あまり文句を言ってガンジーが機嫌を損ねてしまうのが怖いのでやめておく。

「わかった。じゃあ9時に病院の屋上にハルを連れていくよ」

 僕が反論しなかったため、超能力者と信じてもらえたと勘違いしたのかガンジーは上機嫌にうなずいた。ガンジーをだましている気分になり、そのせめてもの罪滅ぼしに、形式的に、社交辞令的に、多分ないだろうと予想しつつ、僕にもできることはないかな、と聞いた。

「そうだな、じゃあ買い出し頼もうかな」

 そういってメモを渡された。失敗した。


 ハルのお見舞いからの帰り道、夕方となりすでに出店が開いていた。お祭りの開始である。僕はガンジーから渡されたメモを見ながらお祭りを回っている。メモには、リンゴ飴、焼きそば、たこ焼き、焼き鳥(タレ2・塩2)、そして最後に狐のお面と書いてあった。買い出しというから計画に必要なものかと思っていたけれど、ただ単にガンジーにパシられたようだ。私的なものばかりである。メモしか渡されなかった為、お金返してもらえるかなと心配になる。

 着々と購入し、最後のお面を残すのみとなったところで問題が起こった。お面屋に狐のお面が売っていない。キャラクターのお面しかない。どうしたものかとお面屋の前で途方に暮れていると、後ろからすごい力で頭を鷲掴みにされた。驚いて振り向くと近所に住んでいる中田さんが立っていた。中田さんは近所の鉄工所で働いているためかなりガタイがよろしい。大男である。

「どうした坊主、一人で回っているのか? 寂しいやつだな! まあお前はハルちゃん以外友達いないからしょうがないのか!」

 僕はこの人が苦手だ。一つは今の発言からわかるようにこの人はデリカシーというものを持ち合わせていない。非常に不愉快である。僕も友達少ないこと気にしているんですよ。もう一つの理由は。

「それにしてもお面とはお前も少しは子供っぽいところがあったんだな。普段の言動からじゃに合わねぇぞ。どれお前は何が欲しいんだ? えー、今見てたところからいうと。んん? あれは……はっ。なるほど……お前ってやつはよぉ。そうだよな、ハルもお祭り楽しみにしてたもんな。そっかそっか。似合わないと思ってたけれどハルへのお土産だったか。うんうん。おじさん感動しちゃったよ。よしわかった! このお面はおじさんが買ってやる! 気にすんな、俺が金を出したいんだ。ハルには自分の金で買ったことにしていいからよ。おっさん、これ一つくれや」

 そう、中田さんは人の話を全く聞こうとしない、というか人に話す隙を与えない。マシンガントークだ。おまけに自分の都合のいいように物事を解釈するから迷惑千万である。中田さんと会ってから僕はまだ一言も言葉を発していない。中田さん一人で会話は進んでいく。それは果たして会話と言えるのだろうか。

 ともあれ僕は無料でお面を入手することができた。もちろんこれは狐のお面ではないが。まあお面はお面だし、売っていなかったのだからしょうがない。僕の荷物の量を見たお面屋のおじさんから大きな紙袋を貰ったのでその中に頼まれたものをすべて入れる。さて、それではガンジーに届けようか。



 ガンジーは変わらずお岩様の上にいた。頼まれものを紙袋ごと手渡す。

「悪いね、ご苦労様。本当は狐のお面だけでよかったんだけどなんだかお祭りのものが食べたくなってしまってね。いやありがとう。狐のお面は本当に助かった」

 開口一番、ガンジーはそんなことを言った。えっ、そんなにお面って重要だったの。どこ探しても売っていないからジョークで書いたのかと思っていたんだけれど。

「これからこれが必要だったんだよ。ああ、花火とは別件なんだけれど。あそこのお面屋の婆さん機嫌悪かっただろ? いつもそうなんだよ、場所だって出店の並んでいるところから少し外れた路地裏にあるし、接客態度は最悪だし。売る気あんのかって感じだよな。一昨年婆さんをかなり怒らせちゃってさそれから出入り禁止されてるんだよね。だから困ってたんだよ、助かった」

 僕は持ってきたお面を思い出す。だめだ、まったくもって狐じゃない。その時素直にお面屋を見つけられなくて買えなかったと伝えればよかったのだが、僕はガンジーが機嫌を損ねて花火を中止するかもしれないという不安に襲われ言い出せなかった。

「そんなに大事だったんだ、狐のお面」

 罪悪感からか何なのか、そんなことを聞いてしまう。

「肝心要といいますか、これがなかったら計画を変更しなければいけなかったからな」

 僕は急に逃げ出したくて堪らなくなり、お母さんに怒られるから今日はもう帰ると告げて走り出した。背後でガンジーが再度お礼を言っているのが聞こえ、再び中田さんに買ってもらったお面が思い出される。胸に釘を打たれるような痛みがした。



 西町中心部にある西町市役所のお隣、ハルの入院しているここ西町病院は国立でほどほどに規模が大きい。建てられてから間もないのか、それともただ単に清掃が行き届いているおかげなのか白を基調とした大変綺麗な病院である。そこの大きい正面玄関の前で僕は立ち尽くしている。現在日時、8月23日、午後5時。ガンジーは9時でも病院の玄関は開いていると言っていたが僕は信じられなかった。そこで面会時間が終わる前に病院に侵入し、ハルの病室で決行時刻まで身を潜めていようとしたのだが、案の定看護婦さんに見つかり追い出されてしまった。電源を切ってしまったのか扉に近づいても自動ドアは開かない。本当に9時になれば開くのだろうか。なんだか時間設定のあるロールプレイングゲームみたいだなとふと思う。特にやることもなかったので帰宅する前に河川敷へガンジーに会いに行ってみた。しかしガンジーは不在だった。特等席のお岩様の上には誰もいない。というより河川敷自体誰もいない。夕焼けがきれいで、風がない。あたりはまるで空気が止まっているようだ。嵐の前の静けさ。そんな言葉がふと思い浮かんだ。



 午後8時半。僕は夜の道を一人歩いていた。ポケットには取引材料の小説を入れている。花火を見せてもらったらすぐに渡せるように。ガンジーからの言いつけだ。両親に見つからないように家を抜け出すのには一苦労した。ハルを連れて屋上に出なければいけないことを考えるとけっこう時間ギリギリだった。早足にスピードを上げ、近道をするため裏路地に曲がったとき僕は出くわした。異様な光景だった。細い路地に10人程度がぎゅうずめになって喧々囂々喚きあっている。いや『人』とは数えられないのかもしれない。だって目の前にいたのはおぞましいというよりは気味の悪い生物だったからだ。

 たぶん妖怪だ。一目見てそう思った。すぐに引き返すべきだが足がすくんで動けない。驚きすぎて声が出なかったのは幸いだっただろう。しかし最後尾にいた毛むくじゃらの妖怪が振り向き僕を見つけた。ようやく僕は後ずさりすることができた、少しだけだったけれど。

「あ、待ってくれ、驚かないでくれ、怖がらないでくれ逃げないでくれ。怪しい者じゃないんだ。」

 明らかに妖しいものだろうと思ったけれど、けむくじゃら妖怪の声が見た目に似合わずすごく綺麗な澄んだ声だったため僕の警戒心は少し緩んでしまった。よく見ればそんなに怖そうな妖怪たちじゃないかも。

「道に迷ってしまったんだ。市役所に行きたいのだけれど、道しらないかな?」

「市役所ならこの道を少し戻って、大通りに出たら右、で一つ目の信号を右に曲がれば後は直線で行けますよ」

 僕はわかりやすいルートを教えてあげる。親切をしてあげたつもりだった。

「いやそれがダメなんだ。先輩からはこの道を使って市役所に行かなければいけないといわれているんだ。この道からはいけないのかな?」

 先輩とは。妖怪の世界にも上下関係があるのかと驚く。その場合上下は何で決めているのかな。年齢ではないだろう。やはり妖力とかか。

「それなら一緒に行きますか? 僕今からこの道を使って市役所の隣の病院まで行く途中なんです」

「いいのかい? それは助かるよ。このままでは遅刻してしまいそうだったんだ」

 僕たちは歩き出す。僕が先頭を行く形で。その際妖怪たち全員の姿を見ることができたのだが、その中に何とあのムカデ男らしき人物がいた。というかムカデ男本人だろう。髪が全てムカデだった。妖怪たちは聞いていたほど怖くはなかった。話している言葉も日本語でわけのわからない言語を使っているわけではなく、先輩の無茶振りも大概にしてほしい、警察に見つかったら間違いなく捕まるだろう、ムカデが気持ち悪いからこっち来ないで、とかいった話をしていた。愚痴を言っている割にはみんな何か楽しそうだ。

「君はこんな時間に病院へ何押しに行くんだい? 案内してもらっておいてなんだけれど、こんな時間いで歩いては危ないよ」

 毛むくじゃらが話しかけてくる。

「ごめんなさい。でも幼馴染との約束を果たさなきゃいけないんだ」

「ああ、違う違うごめんね、別に謝る必要はないんだ。でも、へえ。幼馴染って女の子かい?」

「うん、そうだけど。どうして?」

「いや、何でもない。約束を果たすのはとても良いことだ。頑張るんだよ」

 まあ僕が何かするわけでもないのだが説明が面倒だったためうなずいておく。逆に僕も今まで気になっていたことを質問する。

「あなた達は市役所へ何をしに行くんですか?」

「うーん。なんて言ったらいいのかな。僕たちは今戦いをしているのだけれど、その戦いを終わらせに来たんだ。僕たちの勝利という終わり方でね」

「敵は誰なんです?」

「憎き奴らさ」

 確かに後ろからついてくる妖怪たちは何か布で包まれた大砲のようなものを持っている。僕の町で妖怪大戦争が起きようとしているのか。いや起きているのか。物騒だな。

 話をしながら妖怪たちはいろいろな芸を見せてくれた。とても楽しかった。ハルに妖怪たちの話をしてあげようと思っていると別れ道に出た。

「ここを右に曲がれば市役所前に出ます。僕は左に行きますので」

「ありがとう。ではここでお別れだね」

 毛むくじゃらが握手を求めてきた。最初にそんなことをされたら僕は気味が悪くて握手をしなかっただろう。でももう今はそんな気持ちはない。とてもいい妖怪たちだ。

「敵さんに勝てるように祈ってます」

「うん。君も頑張りたまえ、少年」

 とてもモフモフな毛並みだった。



 病院の自動扉の前に到着した。5時の段階では開かなかった扉が果たして……開いた。すんなり、いつも通りに開いた。ガンジーの言った通りだった。9時まであと15分、ギリギリだ。急いでハルを屋上へ連れて行かなきゃ。僕は走り出す。日中は怒られるけれど今は誰もいないし大丈夫だろう。ナースステーションの前を通り過ぎる。電気はついていたが誰もいなかった。休憩中だろうか。ハルの病室入る。ハルはすでに準備を整えていた。パジャマの上に薄いカーディガンを羽織り、髪はポーニーテールにしている。僕が入ってきたことの気が付くと小さく笑った。

「遅い。約束忘れちゃったのかと思った」

「ごめん。途中でいろいろあってさ。後で話すよ。今は急いで屋上に行こう。さあ早く」

 僕はハルに手を差し伸べる。ハルがそれをつかむ。ハルは点滴をしているため早歩きが精一杯だ。廊下の明かりは消えていて暗いためいつも以上に注意が必要となる。会談はさらに一苦労だった。僕が点滴の棒を持ち、ハルとスピードを合わせて登る。意外とあの棒は重いことに気付いた。5階に到着。残る階段はあと一つ。廊下に座り込み少し休憩をとる。その時外から何やら騒ぎ声が聞こえた。なんだろうと思い窓の外を覗こうとすると、突然廊下の明かりがついた。しまった、看護婦さんに見つかってしまったのか、と振り返るとそこにはいつの間にかガンジーが立っていた。

「驚いた、なんだガンジーか」

「なんだとは何だ。まったく遅いから迎えに来てしまったぞ。さあ早く屋上へ行きな、9時まであと2分しかないぞ」

 どうしてガンジーはここに? いつからいたんだろうと思ったがそれは後回しにする。

「わかった。ハル、行こう」

 ハルを連れてまた階段を上り始める。ガンジーもついてくるのかと思っていたけれど、窓の外を見たまま動かない。後で来るのかな。

「あれがガンジーさん?」

「そう。エセ超能力者の」

「じゃあ後でちゃんとお礼言わなきゃね」

 階段を上りきると扉があった。当たり前といえば当たり前なのだが僕はこの存在を忘れていた。ノブを回しても開かない。カギがかかっているのだ。どうしよう。もう時間がない。するとガンジーが追い付いてきた。

「どうしようガンジー。カギがかかってるんだ」

「ああ、忘れてた。ちょっと待ってな」

 ガンジーがノブを回す、開かない。再度回す、開かない。また回す、開く。え、開いた?

「どうやったの?」

「ん? 企業秘密」

 そういってガンジーは笑う。僕たち3人は屋上へ出た。夏の夜のにおいがする。市役所側のフェンスに近づきガンジーは手招きをする。二人並んで近づくとガンジーは両手を広げしゃべりだす。

「さあ、今日は君たち二人だけの花火大会だ。思う存分楽しみたまえ。それではドカンと一発やってみよう」

 言い終わると同時に花火が打ちあがる。パン。打ちあがった、花火が。けれどそれはやはり予想していた通り普通にスーパーなどで売っているような打ち上げ花火だった。2発目、3発目と続く。そして花火が上がらなくなった。全部で8発だった。全てが市販のもの。はっきり言おう、しょぼかった。結局はこんなものか。そうだよな、ガンジーはエセ超能力者なんだから、しょうがないよな。でもこんなんじゃダメだ、こんなんじゃ言えない。悔しくてこぶしを握り締め目を閉じる。するとさっきまでとは明らかに違う、ひときわ大きな音が鳴る。独特な、笛を吹いているかのような音。驚いて目を開き見上げる。一筋の白い線が波打って漆黒の中を駆け上がる。ハルが僕の左手を握ってきた。僕も握り返す。それと同時に夜空に花が咲いた。とても大きな花が、咲いた。その大きさはお祭りのものと変わらない。お腹に響く「ドン」という大きな音が鳴る。

「綺麗だね」ハルが言う。

「ハル……あのね……」

 そこでようやく僕は彼女に伝えることができたのだった。



 それから僕はハルを病室まで送り、家路を急ぐ。ガンジーはというと気づいたときにはもういなくなっていた。本当に音もなく消えたのである。ハルの病室にガンジーかららしき書置きが置いてあり、明るい道を通って帰りな、と書いてあった。その時は二人して明るい道とはたぶん大通りという意味だろうと思っていたが違ったようだ。病院内は消灯しているはずなのになぜか明かりのついているところとついていないところが存在した。明かりのついている方へ辿っていくと外に出た。外も不思議なことに街灯のついている道と消えている道が存在した。つまりそういうことなのだろう。街灯に従って帰りなさいと。街灯に照らされた道を歩いていると不思議と夜なのに怖くはなかった。一度も通ったことのない道も通ったにもかかわらず。街灯は律儀にも僕の家の前までしっかりと続いていた。家にはすんなりと入れた。玄関に鍵がかかっていなかったのだ。普段戸締りにうるさい母さんにしては珍しく不用心だった。いや、違うのか。僕は玄関の鍵を閉め、自分の部屋へ行きパジャマに着替え眠りについた。


 その時はくたくたに疲れていたせいもあり気づかなかったのだが、翌朝脱ぎ散らかした服をたたんでいるとき気づいた。ポケットに入れていたガンジーに渡すはずの小説がなくなっていた。どこかで落としてしまったのかと慌てたけれど、その後のことを考えればそうではないのだろう。

 あの花火の日を最後にガンジーは僕の前から姿を消した。



「なんで教えてくれなかったんだよ」

「ごめんごめん。だってシュウがあまりにも真剣だったから。期待しちゃって」

 9月1日、始業式の帰り道。僕とハルは一緒に下校している。実はハルはあの花火を見せた次の日に退院が決まっていたそうだ。なぜ僕に教えなかったかというと教えると僕が計画を止めるかもしれないと思ったらしいのだ。なんという。教えてくれればガンジーに頼まず違うところの花火を見に行くということもできたというのに。

「でもロマンチックで素敵だったじゃない、私たちだけの花火。ガンジーさんにお礼言いたいのだけど」

 ちょうどそこで河川敷のお岩様を通りかかる。夏休みから必ずいた、パンツ一枚の自称超能力者の変態はもういなかった。何もおかしいところのない河川敷だ。

「お礼なんて言わなくていいんだよ。ガンジーとの契約では小説をあげるだけでいいんだから。報酬はもう払ったんだから」

「いいのかな? でもシュウは偽物って言っていたけど、ガンジーさん本当の超能力者だったんだね」

「どうだろう?」

「きっとそうだよ。だって鍵のかかった扉をかけたり街灯でシュウに安全な道を教えたり、不思議なことしてたじゃない」

 不思議なことはほかにもたくさんある。なぜガンジーは僕が常にカバンの中に文庫本を入れていることを知っていたのか、そしてその文庫本はどこへいったのか、なぜ回収に来ないのか、なぜ病院の玄関が開いていることを知っていたのか、僕の心の中を言い当てたのはどうやったのか、言い出したらきりがない。家に帰るときガンジーの指示通りの道を通っていると人ひとり見かけなかったのも不思議だ。警察に出くわさなかったことも。不審者騒動でパトロール強化をしている時期にもかかわらず。まあそんなことはすべて一言で説明できるのだけれど、僕が認めたくないだけなのだ。

 そういえばもう一つ気になることがあった。お面のことだ。渡した後病院であった時ガンジーは特に僕を怒らなかった。いったいガンジーの別件とやらはどうなったのだろう。狐のお面が必要不可欠だと言っていたけれど、謎だ。そんな疑問をハルに説明してやるとハルが首を傾げた。

「それでシュウが中田さんに買ってもらったお面ってどんなお面だったの?」

 僕が答えてやるとハルはお腹を抱えて笑った。うん、ごめんよ、ガンジー。


 でもきっと大丈夫だったのだろう。もう正直に認めよう。だってガンジーは超能力者なのだから。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ