表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナイン・ストーリーズ  作者: 鍋田 徹
1/3

バナナシェイクの売っているお店

初めて書いた作品です。サリンジャーの影響が出ているかもしれませんがパクリと言われないように気を付けました。感想をいただけたら嬉しいです。(つまらない、などでもお願いします)

 あいつは多分馬鹿だろう。そんな顔してる。勉強はできるかもしれないが生きるための知識が乏しいって感じ。私は本を読んでいる振りをする。あそこにいるカップルは論外。さっきから聞いていれば馬鹿な話しかしていない。あんなのを親に持って生まれてくる子供が不憫でならない。かわいそうに、大外れを引いたよ。高架下にいるホームレスとか、なんで生きてるの? 社会のごみでしかないくせに。昼間からビール飲んでんじゃねーよ。ああ、もうこの世界はバカばっかりだ。何なんだよ、もう。ちっ、こっち見てんじゃねーよ、おっさん。嫌いだ。みんな嫌い。なんでこんな人生なんだろう。どこで……。


「お姉ちゃん、寝ているの? まだ夕方だよ」

「少年、今私は人間を、世界を憂いているんだ。邪魔しないでおくれ」

「えー、何それよくわかんない。それよりお話ししようよ。お姉ちゃんは今日何していたの?」

「人間観察。いや観察じゃないな。人間査定かな」

「おもしろいの?」

「最高に」

ショウは私の隣に腰を下ろす。私は顔の上に広げていた文庫本をポケットにしま、体を起こす。河川敷の土手の斜面に私たちは座っている。春の河川敷は乾いた風が吹いていて心地がいい。夕日に輝く水面や右手に見えるさざれ鉄橋が綺麗だ。そう思う、心から。それに比べて人間とはなんて醜いのだろう。権利、欲、一つ行動するにも私利私欲。自分しか考えていない生き物だ。汚らしい。

「そんなこといったってそれが動物ってやつなんだと思うけどな。犬だって、猫だって、ライオンだって、象だって自分が生きることを第一に考えていると思うけど。そう考えたら人間の生き方だって自然じゃない?」

そんなことを前ショウに話したらこんな回答が返ってきた。こいつ確かまだ小学4年のはずだが、大人びてるな。

 ショウとは半年ほど前に出会った。そう、確か私が本格的に不登校になったころだ。学校へ行かず河川敷でぼけっとさざれ川を眺めているときに後ろからいきなり声をかけられたのだ。お姉ちゃん、何してるのって。こいつは苦手だ。やけに馴れ馴れしくて、けれど相手を下に見ているような馴れ馴れしさではないので余計に質が悪い。悪感情が持ちづらいのである。そしてこの目だ。ショウの目が私はとても怖い。言葉にできない、言い知れない怖さがある。見つめられると目をそらさずにはいられない。それがとても、悔しい。みじめに思う。その目で私を見ないでくれ、今の私を、観測しないでくれ。そう、思う。

「じゃあ僕の番だね。今日はね学校でバイキング給食があったんだ。すごいねバイキング。好きなもの好きなだけ食べていいなんて夢のようだね」

私の小学校でも同じ行事があったなと思い出す。思い出されるのは小学校6年のころ。仲の良かった4人グループで一緒に食べ物を選んでいるところ。

「学校なんてくだらない。みんな自分のことしか考えていない性根の腐った奴らの集まる場所だ。出る杭はみんなで徹底的にへし折る。一見協調性のいいことと思えなくもないがその裏は自分が出る杭にならないために、少しでも出てしまったものを出る杭に仕立て上げ総攻撃を仕掛ける。敵と戦っている間は簡単に味方が信頼できるし、自分が攻撃される心配もないからね。的はすぐそこにあるのだから、自分が的になる心配はない。それって私利私欲な考えだよね」

「お姉ちゃんの話は時々よくわからないな」

「そのうちわかるさ」

あんたがどちらになるのかはわからないけれど。的になるのか、銃になるのか。

 そのあともショウは今日学校であった出来事を話し続ける。私はショウが満足し早く帰るよう、何も言わず黙って聞き続ける。5時まであと10分。そろそろ帰るだろう。

「ねえ。さっきの話を聞いて思ったんだけど、お姉ちゃんは嫌いだから学校に行っていないの?」

急にそんなことを聞いてきた。ショウには私が不登校であることは言っていないはずだけど、まあ毎日下校途中で私を見ていれば学校へ行っていないことは丸解りか。

「そうだよ。学校なんて本当にくだらない。なんであんなところに行かなくちゃいけないのかわかんない。勉強なら家でもできるし、確かに教えてくれる人がいないのは不満だけど行くことに比べればどうってことない。あんな奴らと同じ空気を共有するなんて吐き気がする」

話し終わった時ちょうど5時の鐘が鳴った。お帰りの時間だよ、とっとと帰んな。しかしショウは動く気配を見せない。不思議に思ってショウを見つめる。ショウは川面をじっと見つめたまま微動だにしない。川面からの夕日の照り返しでショウの目がてらてらとオレンジ色に輝く。とてもきれいだ。

「どうしてお姉ちゃんは学校が嫌いなの? クラスメイトが嫌いなの?」

「お前に教える義理はないね」

「教えてよ」

急に振り返り私の目を見つめてくる。息がつまり目をそらそうとする。が、そらせない。どうしてだろう、目も首も、いや体全体動かない。さながら蛇に睨まれた蛙のようだ。

「何かきっかけがあったはずだよね。たぶん小学生の時じゃないかな。それはどんなことだったの?」

不登校になるきっかけ。自分でもよくわからない。でもそれはたぶん小学6年の出来事がきっかけだろう。だからショウの読みは当たっている。思い出すだけで手足が震える。多数決。人間が生み出した最悪の定理、ルール。正義は絶対的な定義があるわけではない。正義とは今の時代では多数決で決まる。そして多数決のルール上では、悪さえ正義たり得る。間違いさえ正解たり得る。そんな出来事。けれどこの話は人には話せない。話したくない。ましてやこの子には……。話したくないと突っぱねればよかったのだ。話さなければならない理由はなかったのだから。けれど私は話さなければならないという強迫観念に似たものを感じていた。

「さあ話してごらんよ」

私は話し出す。私の作り上げた物語。


 ある少女がいました。昔この町に引っ越してきたばかりのころ、少女は河川敷近くにあるお店で母親にバナナシェイクを買ってもらったことがあります。そのバナナシェイクはとてもおいしく少女の記憶に強く残りました。少女は小学3年での転校となりましたがすぐにたくさんの友人を持ちました。少女はいわゆるクラスのリーダー格となりました。6年生になったある日、友人たちとの会話の中でスイーツの話が持ち上がりました。どこそこのケーキがおいしい、町はずれのアイスクリーム屋がおいしいという自分の知る穴場スポットを自慢しあうような会話でした。少女はあの昔食べたおいしいバナナシェイクの話をしました。しかし友人たちは怪訝な顔をしながら彼女に言いました。そんなところにお店は一軒もないよ、と。そんなはずはないと彼女は反論します。けれども友人は全員同じことを言います。そこで少女は今からそのお店に行こうと提案します。あまりにも遠いところではないですし、少女がまったく譲らないため友人たちも行くことを了承しました。あの日以来少女は一度も訪れたことはありませんが、場所を忘れるはずがありませんでした。だって河川敷のすぐそばのとても目立つ場所にあったのですから。そのこともあり友人たちの主張がとても信じられません。しかし河川敷につき少女は驚愕します。そこに美味しいバナナシェイクのお店はありませんでした。再度探してもどこにもありません。そこで少女はあのお店はつぶれてしまったのだと思い、そのことを友人たちに言いました。しかしそれも否定されます。少女がお店のあった場所と主張する場所には写真館がありました。その写真館は創業60年を超える老舗らしくその場にいた友人全員が七五三の時に写真を撮ってもらっていたのです。3年前の引っ越してきたときに食べたという少女話は事実と矛盾することになるのです。

 その日から彼女と友人たちとの関係は少しずつ変化していきました。面と向かって何かされるわけではありません。けれどよくわからない壁を感じます。それから少しずつ彼女は孤立していきました。ある日彼女は決定的なことを聞きます。彼女が忘れ物を取りに教室へ入ろうとすると女の子たちの声が聞こえました。彼女のことを嘘つきと言って笑っていたのです。それから彼女は一人本を読んで過ごすようになりました。

 中学へ上がっても日常は変わりませんでした。当たり前です。彼女の小学校全員同じ中学校なのですから。こんな生活少女は望んでいませんでした。何が原因なのか。彼女は今でもバナナシェイクの記憶は嘘ではないと思っています。だってこんなにも鮮明な記憶なのですから。それならば悪いのはあの友人たち、いやあの少女たちなのでしょう。あの少女たちさえいなければ、こんな惨めな存在にならなくて済んだ。あの少女たちを今でも彼女は恨んでいます。


 語り終えると私を縛り付けていた何かが緩むがごとく動けるようになり、やっとショウから目をそらすことができた。何だったのだろう今の話は。思いつくままに、口が動くままに話し続けたけれど私はあれそのものを体験していない。バナナシェイクを飲んだことすらない。

 「その話はお姉ちゃんの言う出来事がもとになっているようだね。何となく何があったのか分かった気がするよ」

ショウはそんなことを言った。そうなのだろう。私も今のお話は私が体験した出来事をよく表していると思う。きっと話したくないという気持ちと話さなければという強迫観念のせめぎあいが生んだ物語だろう。根本的なところは私の体験そのものだ。だから私は嫌になる。腹が立つ。喋ってしまったことに。話している間に小学校、中学校に入学してから今現在に至るまでの記憶がよみがえってきた。もう何もかもがいやだ。何なのだろう私の人生は。もういいや。私は立ち上がる。ショウが何か喋ったようだが聞こえない。聞こえないのだから答えない。私は夕日に背を向け歩き出す。

 街中を歩く。人が大勢いる。帰宅途中のサラリーマンや下校帰りに寄り道をしようとしている高校生。子供と手を繋ぐ買い物帰りの主婦。みんな何かしらの目的をもって歩いている。それはそうだ。道とは目的地に着くために歩くものだ。そしてかく言う私にも目的がある。目的地に到着する。一階にカフェがある7階立ての古ぼけたビルだ。カフェの入り口の前には黒板が置いてあり『おいしいバナナシェイクあります』と書いてあった。

 「ここ、バナナシェイクなんて売っていたんだ。知らなかったな」

少し笑ってしまう。ビルの中に入り階段を昇る。屋上まで昇る。ここのビルは屋上に続く扉の鍵が壊れているため一人で読書がしたい時によく訪れていた。屋上に出ると日が沈む直前で夕日はもうオレンジ色とは呼べないほど赤くなっていた。私は屋上の縁に立つ。フェンスがないため常々危ないと思っていたが、今はそんなことは思わない。読書しながらというのも悪くない。私はポケットから本を取り出す。しかし足が震える。決心しよう。いややっぱり待った。足を引こうとしたその時、扉が勢いよく開き大きな音をたてる。驚いて振り返る。そして外に足を踏み外した。

 地面へ落ちながら見えたのは扉から出てくるショウの姿だった。スローモーションのような映像と共に、いやに大きくショウの声が聞こえる。

 「ごめんね、こうしなければいけなかったんだ。これで元通り、やっと物語が始まる。君はプロローグだったんだ。プロローグが何もせず続いていては何も始まらないからね。いや見方によってはこれはエンドロールなのかな。いずれにせよ君はプロローグとエンドロール両方を担う重傷な人物、人生だったってことさ。よかったね、君の人生は無意味ではなかったんだよ、紗理奈」

 そういってほほ笑むショウを見て、ショウの言葉を理解して救われた気分になる。ああ、そうなんだ。私は間違っていなかった。私の記憶は嘘なんかではなかった。その時強風が吹いた。手から離れ、本は風に乗って飛んで行ってしまう。本の表紙がこちらを向きタイトルが見えた。『ナイン・ストーリーズ』、そういえばタイトルも内容も知らなかったなと私は思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ