神の子育て
第3話です。
「お~い、修羅~、居る~」
俺の社兼家の玄関の前から聞き覚えのある気の抜けた女の声が聞こえる。
「居るぞ。何の用だ?」
「ちょっと聞いてよ!ナイヤの奴がまた飲みすぎて襲ってきたの!」
「フム、女同士でよくやる。」
「・・・もっと違う言葉はなかったの?」
「無いが。」
「・・・そ、それよりも~」
ガラガラという音を立て玄関が女の手によって開け放たれた。
「見てよ~ナイヤを蹴ったらまた貴方の作ってくれたジーンズ敗れちゃ・・・え゛」
数時分前、修羅は赤ん坊を連れようやく帰宅した。修羅の社は日本建築でいう長屋のような家である。基礎である大きな9つのオリハルコンの上に古代樹と呼ばれるこの世界で一番頑丈な木の柱を置き、それを中心に板を張り屋根を作り土壁を塗って最後に畳を敷き作られている。玄関は当然南の側に作られており、玄関の戸は軽く加工のしやすいルーム鉄を全体に使用。そして、人の胸付近から上は少し曇った水晶を板にしてはめている。戸の下部には丁寧にレールとコマも付けられ横引き戸になっている。
これらはこの世界のドワーフという種族が一族を挙げて作ったものだ。修羅にはこの世界で住むところがなかった為、この世界の最高神ミスラが気を使って作られたものだ。しかし完成するのに3年も掛かってしまった。ドワーフの頑固なところが出てしまった為である。遠くから見ると家全体質素だがちょっとやそっとの力では傷一つ付かず、それに冷暖房設備・自炊設備を整え風呂まである。見えない所や見えにくい所も手を抜かず小さな装飾も至る所に創った為膨大な時間が掛かった。
「さて、もう寝るか?」
「う~、うぅ。」
「フム、そう気に病むな。仕方ないことだ。」
赤子は漏らしてしまったらしい。俺は赤子のおしめと濡れた服を脱がせ新しいおしめを付けようとしたその時、
「男だと思っていたが、女だったとは。」
「お~い、修羅~、居る~」
ガラガラという音を立て玄関が女の手によって開け放たれ俺と彼女、『ミスラ』の視線が交差する。
「自分から何かをするのは喜ばしいことだけど・・・それはダメよ。」
「ん?なんのことだ?」
「あろうことか、赤ん坊をてごめにするなんて・・・」
「・・・?」
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「早く言ってよ!私勘違いしちゃったじゃない!!」
「知らん。お前が勝手に勘違いしただけだろう。」
「・・・そ、そうかも。あと、その子どうしたの?」
「お前から依頼があった『立会い』の後、魔王の伴侶と言う女に渡された。」
「・・・そう、じゃああの子達は・・」
「ああ、俺の目の前で殺されたぞ。」
「ッ!!・・・そう、良い子だったのに。でも貴方よくその子を守ったわね。貴方がどちらかに肩入れするなんて思わなかったわ。」
「いや、どちらにも肩入れしていない。強いて言うなら奇跡か。」
「ど、どういうこと!!」
「俺はいつも通り立会い、いつも通り誰にも悟られず帰ろうとした。が、どういうわけかその女には俺が見えて赤子を押し付けてきやがった。」
「そ、そんなことがあるわけ・・・」
「信じられんが起きたことだ。だから『奇跡』と言ったのだ。俺に赤子を押し付けたことによって、あの人間から女は赤子を守った訳だ。」
「・・・そう、あの子は余程この一人娘が大事だったのね。この世界を創った私でも予想できないことが起こる。人間達に『感情』を入れて造ったことは間違いではなかったわね。」
「そうか。」
「貴方これからこの子どうするつもり?」
「少し育てる。」
「ならその子は貴方に預けるわ。あと、その子の両親について聞かれても誰にも魔王と魔女の事は出さないで。」
「何故?」
「今後そのことで世界が荒れるからよ。」
「そうか。分かった。」
「あ、後~」
「何だ。他にも何かあるのか?」
「えっと~このジーンズ直してくれる?」
ミスラが履いているジーンズの膝に大きな穴が空いていた。
「フム、仕方ない。」
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「お~い修羅~いいパパさんやってるか~」
と気の抜けた女性の声が聞こえる。
「俺は、パパでは無い。」
すぐさま俺は反論する。
「シャオちゃんまた来たよ~。」
俺の反論を無視し玄関から入ってきたミスラは俺の腕に抱かれていたシャオに話しかけた。呼ぶ時困るので赤子に『紗織』という名前を付けた。今日のミスラの服装は簡単なもので、薄黄色のTシャツに空色のジーンズという格好だ。この服は俺の世界で作られていたのもで、数百年前彼女に話したら「欲しい」とせがまれ空間にある技術で数百着色違いのものを作ってやった。彼女は、その服をすごく気に入り外出する時はこの服をよく着ているらしい。俺が赤子を連れて帰ってからというもの俺の家に勝手に侵入したり、俺の留守中に侵入しシャオをあやしたりなど襲撃してくるようになった。いつもミスラが来る度シャオが喜ぶのでミスラも調子に乗ってほぼ毎日のように来ている。しかし、今までミスラが訪問することはあったが、日課になるまでは無かった。
「あれ~シャオちゃんもう眠いのかな~」
ミスラの声で腕に抱いていたシャオを見ると目を眠そうにパチパチしていた。
「ふぅ、寝かすか。悪い。」
「え、ええいいわよ。」
俺はミスラの返事を聞きシャオを布団に寝かしつけた。
「貴方、変わった?」
「いや、変わらんが。」
何を言い出すのだ彼女は?
「そう、じゃ。」と言ってミスラは帰っていった。・・・嵐のような奴だな。
俺は彼女の背中を見送りながらシャオの今後について考えていた。俺の最終目標は荒野で「生きていける」ようにする事。今は読み書きと知識に重点を置き、その後体力や力を付けていけばいい。幸い魔族のシャオは成長が早いそうだ。ミスラによると、魔族は濃い魔素のあるリュート大陸に多く住んでおり、周りでは様々な魔物が闊歩しているおり村や街を出た途端襲われる事が多そうだ。魔族は数ヶ月でヒューマンでいう5、6歳の大きさになり、知識を取り込み体を動かし遊び回る。「野生あふれる大自然で生き抜くため、生まれて直ぐ立ち上がる動物」のようなものである。ここで親が注意して見ておかないと誰かの魔物の標的となって死んでしまう。数年経てば10代20代の容姿になり、20~30歳から老いが緩やかに始まり数百年間同じ姿で過ごす。シャオも2年もすれば荒野で生きていけるようになるだろう。その後は好きに生きていけばいい。・・・そして、二度と俺には合わないだろう。
私ミスラは最近気になることがある。『武神修羅』の事だ。あれほどこの世界に一線を引いていた神が赤ん坊を連れて帰った。一瞬見てすぐ分かったけど何?あの異常な魔力量!彼は気付いて無いようだけど・・・まぁ、彼だから仕方ないわね。でも魔王と魔女の子か、あの子が彼をいい方向に変えてくれるといいのだけれど。
「むぅ。」
「ん?シャオまた飯か?」
「ぷ、ぷぁぷ。」
「ん゛?」
「ぱぱぁ、めぇ~し!」
「・・・」
やばい、俺をパパと呼んでいる。飯は出すが注意しないとな。
「俺はパパじゃない。それに飯はやるが、一人立ちできたら俺はお前とは決別するぞ。」
「む!パパ!!パパ!!」
(決別、ダメ絶対。パパは何処にもいかないの!!)
フム、たかが数日でここまで懐かれるとは・・・それに自我がもう育ち始めている。さすが魔族だけはある。シャオが俺の事をパパと言いだしたのはミスラのせいだろう。来る度に「パパさん」などと言いながら入ってくるのでおそらくシャオの中では『パパ(仮名)』という名前みたいなものだろう。
修羅は改めて赤ん坊のシャオを見て「距離を置き好意を持たれないようにしよう」と決意するのだった。
ありがとうございました。