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魔界からの迎え

九年前───魔界。

魔界の最深部、空気が凍りつく「極夜の間」。

かつてない規模で迫る連合軍との最終決戦を前に、魔王軍の最高幹部である四天王が集結していた。

「……これしか、方法はありませんわね」

金髪縦ロールのツインテールを揺らし、四位のルナが冷酷なまでに静かな声で告げた。その瞳には、主へのあまりに深い愛ゆえの決意が宿っている。

「致し方あるまい。我らが主の慈悲深さは、時として残酷なまでの自己犠牲を厭わぬ。このままでは陛下は我らを守るために、その尊き命を散らされるだろう」

二位の巨漢バルガスが、鋼の拳を震わせながら重く頷く。

「んー……。あんなにわっちらを守るために戦うって仰ってるんだもの。……裏切りになっちゃうけど、これしか方法はないよねえ」

茶髪ショートの三位ミラが、悲しげに目を伏せた。

「決まり……ですね。たとえ数年の別離になろうとも、主の御命おんいのちには代えられません。たとえ目覚めた時、陛下に我らへの憎しみしか残っていなくとも」

第一位、フェルディナンドが、手にした古の魔導書を閉じた。

九年前。このとき彼らは「主を救うための反逆」を決行した。

愛する主、魔王の記憶を封印し、戦争に参加させぬよう「人間界」へ隠すのだ。

主が魔王としての記憶を取り戻し、彼を護る為の魔法陣の効力が消えるのは十年後。それまでの間、彼らは主のいない魔界を死守し、いつかお迎えにあがることを誓ったのだ。

「この"どんな生き物でも避ける"魔法陣が消えるのは10年後、それまでに必ず闘いを終わらせ、お迎えにあがるのです。」

一筋の、稲妻のごとき光。

王の寝室で眠る幼き魔王は、愛する部下たちの悲痛な覚悟と共に、異界の空へと消えていった。




───九年後。東京・絶望の玄関口

「…………申し訳ありませんでしたッ!! 以後十分に、十分に気をつけます!」

東京都の西側、築45年の木造アパート。天馬紫人てんま しびとは、湿った空気の漂う玄関先で、腰が折れんばかりに身体を直角に曲げていた。

「あのね天馬さん、これで三回目よ? 深夜のバイトから帰ってくる時の足音、うるさいって何度言われれば……あれ、わざとなの?」

目の前で腕を組み、忌々しげに鼻を鳴らす大家の女。

紫人はボサボサの頭を下げたまま、ただひたすらに謝罪を繰り返す。

「いえ、決してそんなつもりは……本当に、すみません……」

「これだから親のいない子は困るのよ。本当、礼儀の『れ』の字も教わってないんだから。大体、『紫人しびと』なんて名前からして不吉なのよ。親に捨てられたのか、それとも死なれたのか知らないけど、流れている血が下品なのね。育ちの悪さは隠せないわよ」

床を見つめる紫人の視界が、悔しさで熱くなる。

拳を握りしめ、歯を食いしばる。言い返したかった。この名前を、顔も知らぬ両親を侮辱するなと。

けれど、月の手取り12万円のフリーターにとって、この安アパートを追われることは、東京という冷たい海で溺れ死ぬことを意味していた。

「ッッ……本当に、すみませんでした」

「フン、もう二度と面倒起こすんじゃないよ!」

大家が去った後、紫人はようやく顔を上げた。目に溜まった涙が見られないよう、最後まで頭を下げ続けていたのだ。

10歳の頃、施設に預けられる前の記憶が断片的にしかない彼にとって、「誰の邪魔もせず、風景の一部として生きる」ことだけが、唯一の防衛術だった。

(……はは。僕みたいな取り柄のない人間が、東京で生きていくのは、本当に大変だ……)

冷え切った部屋に戻り、スーパーの半額弁当をレンジに入れる。

600wで1分半。中でガタガタと回り続ける弁当を、紫人は空虚な瞳で見つめていた。

時折、自分でも説明のつかない感覚に陥ることがある。

道ゆく犬には吠えられ、野良猫には威嚇され、ハエすら寄ってこない孤独な人生。なのに、なぜか心の奥底に「自分は決して一人ではない」という、根拠のない温かな安心感が灯っているのだ。

(きっと、どこかでお父さんとお母さんが見守ってくれている……そうじゃないと、やってられないよな)

チン

そんな感傷に浸っているうちに、レンジが終わりを告げた。

たくあんまで温まった弁当を手に取る、その時だった。

コンコンコンコン

また大家か。もう、本当に勘弁してくれ。

居ることはバレていても、もう大家には会いたくなかった紫人は、居留守を決め込もうとする。

しかし、

コンコン…………ドガァン!!

「…………っ!?!?!?!?」

悲鳴すら出なかった。古びたアパート全体が震動し、物理的な限界を超えた破壊音が玄関で炸裂した。

強盗か、テロか。紫人が震える足で玄関へ向かうと──。

そこには、この場違いなアパートに現れるはずのない、圧倒的な威圧感を放つ四人の男女が立っていた。

「な……な……っ」

恐怖で顔から汗が噴き出す。

ヤバいやつら。逃げ場はない。二階の窓から飛び降りる勇気もない。

絶望に目を剥いたその時、先頭に立つグレーのスーツを着た糸目の男と目が合った。細身だが185はあるだろう。

男の細められた瞳の奥から、狂おしいほどの歓喜と熱情が漏れ出す。

このヤバい奴らのリーダーらしき男は、一切の躊躇なく、埃っぽい三和土たたきに膝を突いた。

「あぁ♡やっと……やっと、お逢いできました。──拝謁いたします。我が主、偉大なる魔王陛下」

「あ……え……?」

撮影か? コスプレか? 混乱する紫人をよそに、背後の三人も流れるような動作で跪く。

格闘家を思わせる巨漢、冷徹な美しさを湛えた女性、そして可憐な漫画でしか見ないようなドリルツインの少女。

「「「お待たせ致しました。我が主、魔王陛下」」」

彼らから放たれる濃密な忠誠心と魔力が、狭い1Kの空気を一変させた。

紫人の手から、温まったばかりの弁当が滑り落ち、床にぶつかって中身が散らばる。

「は、はァ!?」

その絶叫が、東京の夜空に虚しく響き渡った。


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