第98話「必ず取り戻すと誓い」
ヨシロウが源二とは反対の方向に連れ出され、安全な物陰に潜り込んだのを確認すると治安維持部隊の隊員はさっさと現場に戻っていった。
——とりあえずはこの場をなんとかしないと!
源二の安否は気になるが、まずこの場の戦闘を鎮めないと安否確認どころではない。仲間が犠牲になるのも嫌なのでヨシロウは先ほどつけたトラッカーを頼りに半グレチーム全員のBMSにアクセスする。
——やっぱこいつら同じローカルネットワーク使ってやがる。
普通、一般人がローカルネットワークを構築して連携をとるようなことはない。それを行うのはデータリンクを構築して統率の取れた動きをするような組織だったチームである。
先ほど覚えた違和感の正体に、ヨシロウの不安が大きくなる。
このローカルネットワークはどのサーバを拠点に組まれたものか。それに、半グレたちに絡まれた源二たちを守るように現れた治安維持部隊のタイミングも良すぎる。普通あれだけの兵士に囲まれれば逮捕を恐れて逃げるはずの半グレたちが発砲してきたのも常識的に考えてあり得ない。
そこまで考えてから、ヨシロウはこの遭遇自体が罠だったのでは、と考えた。
実は半グレと治安維持部隊の片方はグルである——と。
そのタイミングで半グレたちに構築されたローカルネットワークの大元が判明する。
なんの変哲もないネットワーク用のレンタルサーバ、この半グレが統率を取るために借りたとしても違和感はない。時間があれば借主なども徹底的に調べ上げるところだが、基本的に暴力で物事を進める半グレにレンタルサーバを借りるような知恵も技術もあるとは思えない。簡単な連携程度ならBMS間の近接通信で事足りる。しかし、ざっくりと利用状況を見るとこの半グレは半グレらしからず緻密に連絡を取り合って連携していた。
ヨシロウが物陰から身を乗り出し、現場の状況を確認する。
治安維持部隊によって半グレが制圧されつつあるように見える。だが、よく見れば銃火器所持者を容赦なく射殺するような企業軍のはずなのに、腕や足のみを狙って無力化していた——いや、二勢力ある治安維持部隊の片方が実弾を使用しているのに対し、もう片方は実弾ではなくゴム弾を使用している。明らかに非殺傷を狙う治安維持部隊に流石のヨシロウも半グレと治安維持部隊の片方がグルであることを確信した。
タモツたちは実弾で半グレを排除しようとしている。治安維持部隊もそれに追従しているように見えるが細かいところで半グレたちが重傷を負わないように誘導している風にも見える。
——ゲンジ……!
これは罠だ。襲撃とそれを鎮圧するように見せかけて源二と自分たちを分断するための作戦だ。気付くのが遅れた、反対側の建物に誘導された源二の姿はもう見えない。
まずい、とヨシロウがマップを起動する。源二とはGPSの位置情報を共有しているので今どこにいるかは確認できるはず。
——だが、源二の位置情報を呼び出そうにも【位置情報が見つかりません】という表示が出るだけでどこにいるのか把握できない。
「——クソッ!」
壁に拳を叩きつけ、ヨシロウが叫ぶ。
「お前ら逃げろ! 罠だ!」
身を乗り出してタモツたちに声をかける。
だが、その頃には治安維持部隊は半グレを全員無力化、拘束が完了していた。
タモツたちはぼんやりとそれを見送っているだけ。
「ぼさっとすんな! そいつら、偽物だ!」
咄嗟にヨシロウが連行されようとする半グレの一人にPASSを送りつけて昏倒させる。
それで立ち止まった治安維持部隊に体当たりし、ヨシロウは昏倒した半グレの襟首を掴んだ。
「手伝え!」
もう、自分が何をしているかも分かっていない。ただがむしゃらに、半グレの一人を拉致しようとしていた。
ヨシロウの剣幕にタモツも何かを察したか、即座に手を貸す。
「——こいつ!」
治安維持部隊がヨシロウとタモツを押さえようとするが、それをタモツの仲間と白鴉組、早房組が妨害してヨシロウたちを逃す。
その様子に、半グレを連行しようとした治安維持部隊の半分が反応した。
「お前ら、何やってんだ?」
「ただの与太話だ! 邪魔せず手伝え!」
この治安維持部隊はベジミール社とアジトモ社が展開している。ということは片方が不義理を働いていると知ればもう片方もそれに対して対応せざるを得ない。
二つの治安維持部隊が拘束した半グレを地面に放り出し銃を向け合う。
それを好機とばかりに用心棒たちも治安維持部隊に殴りかかった。
「ヨシロウ! 俺たちのことは気にすんな! タイショーを!」
用心棒たちも源二がいなくなったことに気づき、ヨシロウに声をかける。
「公務執行妨害で逮捕するぞ!」
「できるもんならやってみろ!」
揉み合う用心棒たちを尻目に、ヨシロウとタモツは連れ出した半グレを物陰に引き摺り込んだ。
恐らく源二がされたと同じように半グレのGPS情報をオフにして追跡を妨害し、そのまま店まで戻る。
「逃げられた奴は後で『げん』で合流だ! くれぐれも死ぬなよ!」
静まり返った店内に飛び込んでから強引に開いたグループ回線で全員に声をかけ、ヨシロウは泡を吹いている半グレに活を入れた。
「うぅ……」
咄嗟のことだったのでヨシロウが送りつけたPASSはそこそこの威力があったのか。一度活を入れただけでは半グレは回復しない。
「おい、起きろ!」
タモツがコップに汲んだ水を顔にかけ、ヨシロウが半グレの胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「何……しやがるんだ……」
「お前は俺の質問にだけ答えろ!」
半グレの胸ぐらを掴んだままヨシロウが叫んだ。
「お前ら——あの治安維持部隊とグルだな!」
その叫びに、半グレの意識もようやくはっきりと戻る。
「んなわけあるか!」
抵抗する半グレを、ヨシロウがさらに揺さぶる。
「嘘をつくな! 分かってるんだ、半グレごときがローカルネットワークでデータリンクなんか構築しねえ! しかもあいつら、わざとお前らを殺さず拘束しようとした! そもそも警察を嫌うお前らが逃げずに抵抗するはずがねえ!」
「くっ——」
ヨシロウの鋭い指摘に、半グレが呻く。
そうだ、普段なら警察組織が現れようものならよほどの馬鹿でもない限り逃げ出す半グレが逃げるどころか攻撃を仕掛けたということ自体があり得ない。さらに治安維持部隊がゴム弾を使用して非殺傷を図ったとなれば繋がりを否定することはできなかった。
「だったらどうなんだ!」
開き直る半グレ、だがヨシロウはそれに構わずもう一杯水を受け取って半グレにぶちまける。
「どこに雇われた! クソッ、ベジミールかアジトモかは分かってるんだが、どっちが非殺傷だったかは俺も確認できてねえ!」
「あ、それ多分ベジミールだぜ」
半グレに詰め寄るヨシロウの背後で、タモツがもう一杯水を汲みながら答える。
「なーんかおかしいと思ったんだよな。明らかに当たってんのに血が出ないんだぜ? すぐにゴム弾って分かったわ。まあ——あの乱戦で俺も断言はできないが多分ゴム弾使ってたのはベジミールだ」
「ベジミール……」
となると源二を連れ去ったのはベジミール社で確定だ。アジトモ社も源二を狙っていたし、あの場に現れはしたがベジミール社の方が一枚上手だったと考えられる。
「ああそうだよ、ベジミールが俺たちにあそこであんたらを足止めしろって言ってきた。まさかアジトモまで乱入してくるとは思わなかったが、とりあえず俺たちに言われたのはそれだけだ」
「企業が半グレを利用するだと……」
ヨシロウが歯軋りする。
確かにメガコープも完全なクリーンな組織ではない。裏でヤクザと繋がっているからヤクザと関わりのある人間が逮捕されたところで揉み消しもできる。ヤクザは裏で社会の治安を維持する必要悪として求められているから繋がりはあるが、完全に社会に害をなすだけの半グレとメガコープが手を組むことも絶対にないとは言い切れない。
ベジミール社は分かっていて半グレを利用したのだ。
「食事処 げん」が白鴉組の庇護下に入っていることは少し調べれば分かる。もう少し調べれば早房組も協力関係にあることを突き止められるはずだ。
そうなるとヤクザを利用して源二を確保することは不可能に近い。ベジミール社が半グレを利用するのは完全に想定できる範囲だった。
「どうするよ」
ヨシロウにコップの水を渡しながらタモツが尋ねる。
「ベジミールがやった、ってことはタイショーが連れて行かれたのは——」
「ああ、ベジミール本社だ。GPSを止められてもそれくらい分かる。多分、GPSを止めたのは俺たちが移動ルートを把握して妨害するのを阻止するためだ」
コップの水を飲むのではなく頭から被り、ヨシロウは半グレから手を離した。
治安維持部隊に拘束されていたところを拉致してきたため、手が自由に使えない半グレが床に転がる。
「タモツ、ゲンジを救出するぞ」
「どうやって」
ヨシロウの宣言にタモツが尋ねる。
「戦争だ。俺たちは——俺は、ベジミールに戦争を仕掛ける」
「んな無茶な」
相手は食品最大手だぞ、と言おうとしたタモツだが、その言葉をぐっと飲み込む。
そんなこと分かりきっている。分かっていてタモツはベジミール社に対するレジスタンス活動を行なっていた。それなのにヨシロウを止めるのは虫が良すぎる。
「ヨシロウ、」
一度大きく息を吸い込み、タモツは自分に気合を入れた。
「ベジミールに戦争を仕掛けるのはお前だけじゃない。俺も手を貸す」
「タモツ……」
「戦力は多い方がいいだろ? 『げん』の常連で戦闘能力持ってるのって俺たちレジスタンスとスミさんくらいじゃないか。頼れるもんは頼れよ」
そう言ってニッと笑うタモツ。
その笑顔に、張り詰めていたヨシロウの心がほんの少しだけほぐれる。
そうだ、俺は一人じゃない、とヨシロウは自分に言い聞かせた。
源二が紡いだ縁は源二だけのものではない。「食事処 げん」の従業員、常連全てのものだ。
源二を取り戻す。源二の理想の店を取り戻す。
そのために自分が犠牲になるとかそんな崇高な考えは持たない。意地汚く生きて源二と共に夢の先へ行く。
「分かった、力を貸してくれ」
「そうこなくちゃな!」
タモツの笑みが不敵なものへと変化する。
「俺たちレジスタンスにはレジスタンスなりのネットワークがあるってもんよ。兵隊集めなら任せろ!」
腕が鳴るぜ、と続け、タモツはヨシロウに拳を向けた。
「頼りにしてるぞ」
その拳に自分の拳をぶつけ、ヨシロウもにやりと笑った。




