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第97話「巧妙に仕組まれた罠」

 企業の襲撃を警戒し、白鴉組、早房組、タモツのチーム、そして傭兵のカスミが閉店まで待機していたものの、そういったことは一切なく、その日の営業も平和に終わった。

 

「……なんか拍子抜けするな」

 

 全員で後片付けと夕飯を済ませ、外に出た源二がぼやく。

 

「何事もなくてよかったじゃねえか。流石にペッパーフィッシュがやらかした直後に他の企業も手を出さねえってことか」

 

 街は時折企業の所有軍や警察組織が治安維持のために巡回している。騒ぎの後はそれに便乗した火事場泥棒が出現するのが世の常というものだろうか、いずれにせよ軍と警察組織が巡回しているならひとまずは安心できそうである。

 

「タイショー、大丈夫か? 家まで送ろうか?」

 

 白鴉組と早房組の面々を差し置いてタモツがそんなことを言ってくる。

 うーん、と少しだけ考え、源二はその言葉に甘えることにした。

 

「そうだな、今日くらいは用心して送ってもらったほうが良さそうだ」

 

 そういえばあの空爆騒ぎで避難してからアンノを見てないなあ、と思いつつ源二が答えると、タモツがよっしゃー! とガッツポーズをとる。

 

 タモツはベジミール社を目の敵にしているがゆえに知り合った仲だが、あの襲撃以来仲間を連れて食事をしにくるほどの常連となっている。他の常連の例に漏れず、源二のためなら手を貸すのは惜しまないというほどの熱狂ぶりに心強さと不安が半々だったが、普段から武装しているだけにこういった時の護衛の申し出はありがたい。

 

「じゃあ、全員で《《仲良く》》送り届けますかね」

「おやぁ? 白鴉組さんは自分たちだけでは不安なのですかぁ〜?」

 

 白鴉組の用心棒の発言に、早房組の用心棒が煽るように言う。

 

「はぁ? テメェらにも華を持たせてやるってんだよ!」

「そう言って、素直じゃねえんだから。いいぜ、一緒に見送ってやるよ」

「はいはい、ステイステイ」

 

 白鴉組と早房組の睨み合いも、源二にとっては慣れきった日常である。

 

『雑ゥ!』

 

 双方から不満の声が上がるが、源二ははいはいと先に立って歩き出した。

 

「こんな道ばたで喧嘩してるくらいなら帰ったほうが安全だ。まぁ家が襲撃されたらどうしようもないが、企業としてはあまりイメージダウンになるようなことはしたくないだろうし、さっさと帰ろう」

「だな。それこそ狙撃とかされたら守りきれない」

 

 ヨシロウの助け舟もあり、一同はぞろぞろと連れ立って歩き出した。

 

「……仲間、増えたなぁ……」

 

 タモツたちに囲まれながら、源二がしみじみ呟く。

 この時代に転がり込んだとき、源二は一人だった。

 それがヨシロウと出会い、白鴉組と関わり、多くの常連と出会ってきた。

 

 料理が多くの人間を繋いできた、と考えるととても感慨深いものがある。

 それにしても今日は何故か感傷的になってしまうな、やっぱりあの空爆で死を覚悟したからか——そんなことを源二が考えていると。

 

 突然、源二たちの周りを複数の男が取り囲んだ。

 

「テメェら、ぞろぞろ歩きやがって周りの迷惑ってもんを考えろよな!」

「ここを通りたかったら金を払うんだな! そうだな——その人数なら百万で通してやるよ!」

 

 口ぶりや服装から、相手が企業軍ではないことはすぐに分かった。思い思いの服装、統一感のない装備から周辺で悪さを働く半グレの集団だとヨシロウは即座に判断する。

 

「チッ、面倒な奴らに絡まれたな」

 

 恐らくトーキョー・ギンザ・シティの混乱に乗じて「自警団」気取りでいるのだろう。道ゆく人々から「通行料」をせしめて小遣いにしているのだ。

 

 とはいえ、相手の人数も多いがこちらの人数も多い。白鴉組、早房組、タモツの仲間とヨシロウ、そして源二でこちらも十人を超えた集団、しかも一部は武器持ちである。白鴉組と早房組も(ハジキ)くらいは持っているだろうし、実力行使に出られても負ける気はしない。

 

 しかし相手も二十人近い人数、しかも全員が銃火器を所持しているとなると互いに痛手を負うことは必至。なんとかして穏便に済ませたいが、向こうが臨戦体制に入っているところでクッキーを渡しても焼け石に水、いや、こんな美味しいものを作って売れるならさぞかし金を持っているだろう、二百万払えという展開にもなりかねない。

 

 ヨシロウが素早く後ろ手で指を動かし、半グレたちにPASSを送ろうとサーバの特定に入る。

 

——ん?

 

 手近な一人にトラッカー()をつけた瞬間によぎった違和感。

 だが、それを突き止めようとしたところでヨシロウは左右から複数の足音が響いたのを耳にした。

 

「な——」

「お前ら、何をやっている!」

 

 左右から駆けつけたのはベジミール社とアジトモ社の所有軍——が展開した治安維持部隊だった。

 

「チッ、面倒なのが来やがった!」

 

 半グレの一人が叫び、全員が双方に銃を向ける。

 

「トーキョー・ギンザ・シティをぶっ壊そうとした企業がイキってんじゃねえよ!」

 

 そう言うなり治安維持部隊に発砲、それに応じて治安維持部隊も発砲許可を出して応戦し始める。

 源二たちを取り囲むように始まった銃撃戦、半グレたちは源二たちも巻き添えにしようと発砲したためタモツや用心棒たちも反撃を始める。

 

「やっべ! 俺たちは丸腰だっての!」

 

 一応はタモツたちに囲まれていたとはいえ、丸腰で銃撃戦の真っ只中に放り込まれたヨシロウが慌てて周囲を見回す。

 何故か覚えた違和感はどんどん大きく膨らんでいく。

 それを考えている暇はないが、とりあえずどこか遮蔽物に身を隠さなければ怪我をしたでは済まないことになる。

 

 ——と、その源二とヨシロウの腕を掴む手があった。

 

「大丈夫ですか!」

 

 半グレの銃撃から庇うように立った治安維持部隊のメンバーが二人を混乱の中から引き摺り出す。

 

「とりあえずこちらへ!」

 

 治安維持部隊のメンバーが源二を誘導し、建物の影へと連れていく。

 

「ヨシロウ!」

 

 そのタイミングで、ヨシロウが自分と反対側の建物の影に連れて行かれたのを見て源二は叫んだ。

 

「こっちは大丈夫だ! お前はまず自分の安全を考えろ!」

 

 ヨシロウの声が遠く響き、源二は分かったと頷いた。

 反対側に連れて行かれたので、合流するにはもう一度銃撃戦の只中を突っ切らなければいけない。そう考えるとここは別々に避難して家で合流すればいい。

 

 銃弾が飛んでこない物陰に連れ込まれ、源二はほっと息をついた。

 タモツたちも心配だが、彼らはこういった荒事に慣れているはず。そう簡単にやられるはずがない。

 

「……助かりました」

「あの空爆騒ぎ以降、半グレの活動が活発化しています。お仲間は後で保護いたしますので、とりあえずご自宅までお送りしましょう」

「ありがとうございます」

 

 半グレが活発化しているならここで「一人で帰る」と言っても同じことに巻き込まれる可能性が高い。しかも今はヨシロウとも離れ離れになってしまい、完全に一人である。

 そうなると治安維持部隊の申し出は有り難かった。

 

 ——ほんの少し、嫌な予感も覚えはしたが。

 

——もしかして——。

 

 しかし、ここで一人で帰れるとも言えない状況なのは変わりなかった。

 それなら治安維持部隊の申し出に応じて送ってもらったほうがいい。

 

 それが罠だったとしてもこの治安維持部隊はベジミール社のもの、源二に貸しを作って取引に応じさせることはあれども危害を加えることはないはず。可能性は低いが本当に家まで送ってくれる可能性もある以上、源二は断ることができなかった。

 

 治安維持部隊に護衛されながら、源二は裏通りを抜けて大通りに出る。

 そこで待機していた装甲車に乗り込むと、源二を誘導した隊員は「後は任せた」と言って離れていく。

 現場に戻って半グレの鎮圧をするのか、と源二が思っているうちに装甲車は走り出す。

 

 その瞬間、源二ははっきりと認識した。

 予想通り、治安維持部隊は源二を家に送るつもりはない。車が走る方向が家とは真逆だ。もしかすると、治安維持部隊自体ダミーだったかもしれない。

 

「あー……やっぱり」

 

 源二が呟くと、その声を聞きつけた装甲車の運転手がはい、と頷いた。

 

「CEOより貴方様を本社にお連れするよう申し付かっておりましたので」

「もしかして、あの半グレもおたくさんの差金?」

「……」

 

 源二の質問に、運転手は答えない。

 それを肯定とみなし、源二ははぁ、とため息をついた。

 

「なーんかやな予感はしたんだよなぁ……。まんまとハマっちまった」

 

 あの状況ではどうしようもなかったとはいえ、ベジミール社の策にあっさりと引っかかってしまったことに源二は自分自身に呆れざるを得なかった。

 あれだけ警戒していたはずなのに、ベジミール社はその警戒を完全にすり抜けて手を出してきた。側から見ればトラブルに巻き込まれた源二を救出しただけなので悪評が立つこともない。

 

 とりあえずヨシロウに連絡を、と源二が電話帳を呼び出そうとするも、視界の隅に表示された「圏外」の文字にやられた、と悟る。

 

 この装甲車には電波妨害装置が備え付けられている。量子コンピュータを介した量子通信ならこのような妨害措置など意味がない。しかし量子通信搭載のBMSとなるとハイエンドモデルの中でもさらにハイエンドのものになるのでBMS導入時にミドルモデルを選択していた源二には当然ながらこの電波妨害装置を掻い潜ることはできなかった。

 

「……ここからは俺一人、か……」

 

 前回、ベジミール社のCEOであるケントと出会った時はヨシロウがそばにいた。もしかするとそれすら警戒して源二一人をうまく分断したのかもしれない。

 ケントの要求を一方的に呑むしかないのか、それともそれをかわす対抗策が思いつくのか。

 

 窓を流れる景色に、源二は不安を隠せなかった。

 

 ここからはただ一人。メガコープに捕えられたとなると誰の手助けも望めない。いくらヨシロウやタモツたちが抵抗しようにも、メガコープの力は圧倒的すぎる。

 

 そんな源二を乗せ、装甲車はベジミール社本社に向け走り続けていた。

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