第95話「一夜明けて」
BMSの緊急速報で、ペッパーフィッシュ社CEOの逮捕が報道され、安全が確保され次第避難解除も行う、といった連絡が広まってから一晩。
未来の避難所での避難を経験した源二は避難解除の報せを受け、シェルターの外に出た。
「あー、この辺は大した被害出てないな」
トーキョー・ギンザ・シティ上空が戦場になっただけでなく地上部隊も動員されたとは聞いていたが、周囲が戦場になった形跡もなく、源二はいささか拍子抜けした様子で街を歩いていた。
「思ったよりあっさり終わったな……」
「ふふん」
ヨシロウが、追加でもらったシオニギリを両手に上機嫌で歩いている。
ペッパーフィッシュ社のメインフレームに侵入し、全てのシステムをダウンさせた、という一仕事は確かに少し荷が重かったがその分完遂した達成感は大きい。
「スノウフォックス」が力を貸してくれたことも大きいが、自分の力で被害を最小限に済ませることができたのは破壊者も時には人を救えるのだという自信につながる。
メインフレームに侵入した際に、CEOがトーキョー・ギンザ・シティに核を撃ち込もうとしているのを察知したヨシロウは「止めなければ」と思ったが、その前に司令室側が完全にキレている状態にペッパーフィッシュ社がもう崩壊寸前であることを察した。
放置していても核発射は阻止されたかもしれないが、CEOが全権を強奪して暴走すれば最悪の事態も起こりかねない。当初の予定通り介入したことは間違っていなかった、と断言できる。
「あー、アリアケエリアは結構被害でか——あの施設被害受けてるー!!」
ヨシロウの隣で被害状況を確認していた源二が絶叫した。
「オタクの聖地……」
「何言ってるんだ、海沿いがメインで被害を受けたのなら復興は早いな。むしろ埋め立てが増えて施設が増えるかもしれんな」
感情的な源二と対照的に冷静なヨシロウ。
「なんだよ、あの逆三角の会議棟があるからこそなんだぞ! 見ろよこれ! 崩れてんじゃん!!」
源二が憤慨しながらヨシロウにニュース映像を転送する。
めんどくさそうに喜朗が確認すると、「食事処 げん」の始まりとなったフードプリンタ展示会の会場だった展示場、それの逆三角形の建物にペッパーフィッシュ社の戦闘機が突き刺さっている様子が見て取れた。
「あー……こりゃ派手に墜ちたな……」
「派手どころじゃないよ! ああ、オタクのシンボルが……」
今にもがっくりと膝をつきそうな源二の様子に、ヨシロウはやれやれと肩をすくめた。
「そういえばちょっと調べたんだが、そのコミケ? とかいうやつ? 旧時代からずっと続いてるイベントだったんだな。色んなコンテンツを愛するギークが思い思いに作った二次創作の祭典、俺は別に興味ねえが好きな奴は好きだってのは分かるし否定する気はない。まーその会場が被害を受けたならお前もショックか……」
「ああ……」
これ、自分の店が被害受けたよりもダメージでかいんじゃないかな、と思いつつ、ヨシロウは源二の肩を叩いた。
「ま、未来の復興技術なめんな。あれがオタクのシンボルってならきっと復活する。今までも何度も建て替えられて、それでも残ってたんだから今更消されねえよ」
「そうだな」
そう、源二も気を取り直したところで、目の前から何人かの集団がこちらに向かって駆けてくるのが見えた。
手に手にアサルトライフルやサブマシンガンなどを構え、安物の防弾スーツに身を包んだ彼らは——確か打倒ベジミールを謳うレジスタンスのタモツたちか。
「おー、タイショー無事だったか!」
嬉しそうに駆け寄ってくるタモツたちに、源二が片手を挙げて応じる。
「今回はペッパーフィッシュとベジミールがぶつかった、と聞いたが俺たちはペッパーフィッシュに一泡吹かせてやったぞ! 『げん』の敵は俺たちの敵だ!」
「それは心強い」
源二がいた時代に比べて治安が悪い、というより銃火器の持ち歩きが当たり前のように行われている時点で日本も自衛の時代になったのか、と思うことがあった源二。タモツがベジミール社CEOであるケントが「食事処 げん」に来ると聞きつけて襲撃してきた時から日本の治安の悪さを痛感していたが、今こうやってケントたちが当たり前のように銃火器を手にして街を歩いて、それを咎められないところを見ると嫌でも元の時代との違いを思い知らされてしまう。
「ペッパーフィッシュの奴ら、『げん』に向かって移動してたからな、そこを地の利を生かして後ろからずばーん! と」
「おい、ゲンジの前でそういう話はやめろ」
「あ、サーセン」
タモツ側からすればメガコープの所有軍と交戦して生き残った、というのは一つの武勇伝なのかもしれない。しかし源二の前で殺人関連の話題、それも自分たちが当事者というものは極力出したくないヨシロウはタモツを止める。
源二としては慣れるべきだしそれが日常、という思いはあった。綺麗ごとばかりではこの時代で生きていけないことは源二もよく分かっている。ヨシロウは手を汚すのは自分の役目だと言っているが、必要に迫られれば源二も調味用添加物を武器にする覚悟くらいは決めていた。
調味用添加物も禁忌の調合がある。化学物質の結合次第では毒にもなる。その調合レシピも頭の中にある。
ただ、それを使っていないのは「その必要がなかった」からだ。殺意を持って来ないのであれば敵ではないし、客として認める。
だが、それもそう気楽に構えていられないことを源二は痛感した。
今回のペッパーフィッシュ社の爆撃から始まる武力行使、源二が編み出した味覚投影オフ料理は完全に巨大複合企業の企業間紛争の火種となっていた。
今回、ビッグ・テック社、ベジミール社、アジトモ社が手を組んだのは源二という「資源」を失いたくないという利害が一致したからだ。その脅威が取り払われた今、この三社は確実に動く。
源二をタイムトラベラーとして認識しているビッグ・テック社、味覚投影オフ料理を独占して利益を倍増させようとしているベジミール社、同じく味覚投影オフ料理を独占し、富裕層のみの娯楽にしようとしているアジトモ社——。
次はどこが動く、と歩きながらも源二はピリピリしていた。
一応各社の所有軍、その空軍は帰還したが地上部隊はいまだに残っている。
通りのそこここで巡回している兵士一人一人に源二は注意を払う。
いつもならそういった兵士にも「お疲れ様です」とクッキーあたりを渡して労いたいという気持ちがあった。しかし、自分が火種となっている今、そのような行為が新たな火種になって炎上する危険性が先に脳裏をよぎる。
目を伏せ、早足で兵士たちの横を通り過ぎる。
しばらく歩いて「食事処 げん」に戻ってくると、何人もの常連が店の前で佇んでいるのが見えた。
「お、タイショー戻ってきた! 大丈夫か?」
常連の一人が嬉しそうな顔で駆け寄ると、抜け駆けは許さぬとばかりに他の常連も駆け寄ってくる。
「おお、みんな無事だったか」
「まあ、ちゃんとシェルターに逃げ込んでたら核でも撃ち込まれん限り大丈夫だろ」
「……その核が撃たれかけたんだがな」
気楽な常連の言葉にヨシロウがボソッと呟くが、誰もそれを気にしていない。
「まあ避難も終わったし、店の状況を確認して——だが、ビッグ・テックのディフレクターシールドのおかげで傷一つなさそうだな。略奪も起こってないし平和なもんだ」
実際、源二がシェルターから店に戻ってくる間も略奪行為や暴徒が暴れるということは一切なく、街のホロサイネージが半分くらいに減り、今回の戦闘に関するニュースが流れている以外いつもと変わりなかった。人々は何事もなかったかのように家に帰り、出勤のための準備を始めている。
これなら今日中に店も再開できるな、と源二が考えていると、別ルートから帰宅、あるいは別のシェルターにいた白鴉組、早房組の用心棒たちものそのそと姿を見せ始める。
「タイショー、今日はどうするんだ?」
用心棒の一人が尋ねると、源二はもちろん、と頷いた。
「もう普通に営業再開するよ! みんな、俺の飯食いたいだろ?」
『おー!』
源二の言葉に、その場に集まった常連や用心棒が声を合わせて拳を振り上げた。




