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PREFER-TATION RUNNERS -嗜好と思考のコンフリクト-  作者: 蒼井 刹那
第7章「てっぺんへの足掛かり」
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第88話「手札が尽きるまでは」

 ビッグ・テック社のメッセージはマイクロポストSNSを見ても特に言及されることなく、人々が当たり前のようにスルーしていったのだ、と源二は認識した。

 

 二十四時間垂れ流しにされているホロサイネージのコマーシャル映像、それがほんのわずかな間一斉に切り替わったとしても人々は特に気にしない、ということか。

 

 それくらい当たり前に生活に沁み込んでいることにいささかの驚きを感じ、源二は改めて自分がこの時代では異物であるということを思い知らされる。

 

「——ゲンジ、」

 

 ヨシロウがコーヒーの入ったマグカップを源二に差し出す。

 

「ありがと」

 

 マグカップを受け取り、源二が一口すする。

 本物の豆を挽いたものはこの時代で口にすることはできない。工場で大量生産される大豆を利用した代替コーヒー。いや、この時代ではこれが本物のコーヒーとして認識されている。

 

 大豆はタンパク質として優秀な素材だ。工場で大量生産する技術が確立されており、フードトナーのタンパク質の主な材料として使用されている。他にも代替コーヒーやお茶と言った飲料の材料にもなっており、昔と変わらず人間の大切な栄養源として機能している。

 

 この時代に来てから、何度も口にしたコーヒーをもう一口飲む。

 口に広がる苦み、渋みは元の時代に飲んだコーヒーに限りなく近いが、どことなく感じる豆腐感はやはり原材料が大豆だからだろうか。

 

 そういえば元の時代にも材料の一部を豆腐で代用したスイーツが流行ったし、源二も興味本位で作ったことがある。しかし、豆腐代用スイーツは源二の口に合わなかった。

 

 元より他人より味覚も嗅覚も鋭い源二、周囲の人間が「分からない」と言っても源二には豆腐独特の味がはっきりと分かってしまう。「そういうものだ」と思って食べれば食べられるが、何も言われずに差し出されたら一発で分かってげんなりしてしまうかもしれない。

 

 この時代のコーヒーも、初めて飲んだ時は口内にわずかに広がった豆腐の味に閉口したものだが、慣れた今では全く苦にならない。むしろ本物のコーヒーと違ってカフェインが入っていないのでカフェイン錠と併用しても中毒になりにくい。

 

 コーヒーを飲みながら、源二は街中で見せつけられたビッグ・テック社の映像をもう一度思い出した。

 

 夢物語が現実へ、歴史の実体験、時間を巡る冒険——。

 時計と機械仕掛けの鳥で演出された動画は時間の流れを視覚的イメージにしたものだろうか。

 

——ビッグ・テックはタイムマシンの開発に成功したのか?

 

 ふと浮かんだ疑問に、源二は隣でコーヒーを飲みながら何かを調べているヨシロウを見た。

 

「なあヨシロウ、」

 

 浮かんだ疑問をきちんと言語化したくて、源二はヨシロウを呼ぶ。

 

「どうした?」

 

 調べ物の手を止め、ヨシロウが源二を見る。

 

「ビッグ・テックってさ……本当にタイムマシンの開発に成功したと思うか?」

 

 源二がそう言った瞬間、ヨシロウが硬直し、それからゆっくりとした動作でマグカップをテーブルに置く。

 

「お前、何を——」

「いやおかしいだろ。開発が成功してるなら別に俺に構う必要なんてないだろ」

「——む」

 

 源二の言葉にヨシロウが唸る。

 それは確かに一理ある。タイムマシンの開発が完了しているなら源二にわざわざアピールする必要が感じられない。仮に源二がタイムトラベラーと把握していてもあんなパフォーマンスを見せずに「貴方を元の時代に戻せる」と接触してくるはず。それも、源二の立ち位置を考えれば極秘裏に。

 

 そう考えると、一つの可能性が浮上してきた。

 ビッグ・テック社はタイムマシン開発の目途は立ったがどこかの部分で行き詰っているのではないかという可能性。何かしらの壁を越えるために偶然とはいえ時間を渡った源二を調べ、特異点となる何かを掴もうとしている。

 

 それはそれで辻褄が合う。アンノを使って探りを入れたことも、わずかな壁を除いてタイムマシンの開発の目途が立ち、源二にメッセージを送ったことも。

 

 それでも極秘裏に接触してこればいいはずだが、何も知らせずに声をかければ「食事処 げん」の話になると思われる、と考えたのならまずタイムマシン開発を匂わせ、「お前を知っている」とアピールした方が話は早い。

 

 いずれにせよ、手の込んだ方法でビッグ・テック社は源二にアピールした。数少ない量子ハッカーを利用している時点で金も掛けている。

 

 流石巨大複合企業(メガコープ)、やる規模が違う、と思いながらヨシロウはふう、と大きく息をついた。

 

「確かに、開発が成功してるならお前に関わる必要なんてないよな」

「やっぱり俺を調べて完全に完成させたい、ってところなんだろうなあ」

 

 最後の一口を飲み干し、源二もテーブルにマグカップを置いた。

 

「俺の予想だが、物体の転移自体はもう成功してると思う」

「え」

「だが、最後の壁が越えられないんじゃないかなって」

「なんだよ、最後の壁って」

 

 源二が何を言っているのかいまいち理解できない。

 転移自体は成功しているとは、それならタイムマシンは完成していると断言してもいいのではないか、と考えたヨシロウだったが、すぐに「最後の壁」という言葉に行き当たる。

 

 転移はできるが、何かしら不具合があるということか。

 例えば——。

 

「転送した物体が、本当に《《その物体として》》存在できているのか、とか」

「な——」

 

 源二の言葉におぞましさを覚える。

 転送された物体が元の物体として存在できない——つまり、人間をはじめとする動物が転送されれば。

 

「俺の時代に流行ったタイムマシンもののコンテンツであったんだよなー。作中では最初タイムマシンだと分かってなかったが、電子レンジの中に入れたものが気味の悪い物体になってた、って展開。なんかそれを思い出してしまって」

「つまり、物体が時間を渡る技術はひとまずできたが元の姿を保てない可能性があるってことか」

 

 ああ、と源二が頷く。

 

「だとしたら生身で時間を渡って、なおかつ生存している俺を詳しく調べたいってのは当たり前だろ? なんなら実際にタイムマシンに乗せて転移させられる可能性も——」

「駄目だ!」

 

 突然、ヨシロウが大声を上げた。

 

「うわっ」

 

 ヨシロウの剣幕に源二が驚いて顔を見る。

 源二を見るヨシロウの目は真剣そのものだった。

 

「そんな危険な目にお前を遭わせるわけにはいかねえ!」

「ま、まぁ本当にそうだとは言ってないって」

 

 あくまでも可能性の話だ、と源二が続けるが、ヨシロウは首を振ってそれを否定する。

 

「確かにお前が推測通りだという証拠はどこにもない。だが、推測が外れているという証拠もどこにもない。だったら最悪の展開を考えて動いた方がいい」

「でも、どうやって」

 

 相手は量子ハッカーを抱えたメガコープだろ? と言う源二に、ヨシロウもそれはそうだが、と頷く。

 

「相手が量子ハッカーでも今まで通り焼くだけだ。源二を人体実験に使わせたりはしない」

「まあ、それをやめろと言った場合、死ぬのは俺の方だからな。今更やめろとは言わねえよ。俺だって死にたくない」

 

 てっぺんを取ると決めて、まだ何も成せていない。移転して店舗を拡大することはできたかもしれないが、まだ足がかりを一つ作っただけだ。

 それならヨシロウを信じて、ヨシロウに賭けて前に進むしかない。

 

 相手が複数のメガコープであっても、それに対するのがちっぽけな個人であっても、源二はもう諦めたくなかった。

 諦めるとすれば自分の手札もデッキも何もかも使い切って、勝ち筋が一つも見えなくなった時だ。

 

 今も勝ち筋が見えているかと言えば見えていないと言えるが、それでも手札もデッキも残っている。勝ち筋かどうかは分からないがぼんやりとした光は見えている。

 それなら戦う、自分の料理デッキで、と源二は拳を握った。

 

「——ヨシロウ」

 

 改まった声で源二がヨシロウを呼ぶ。

 

「何だ?」

「全ベットしていいか?」

「何に」

「お前に」

 

 源二の言葉に一瞬、呆気にとられたヨシロウだったが、すぐにああ、と力強く頷いた。

 

「だが、俺はその掛け金を白鴉組に賭けるぞ」

「それでいい、俺はお前の勘を信じる。もちろん、俺も自分の手札は切るが、お前をサブデッキとして使い倒す」

「ああ、思う存分使ってくれ」

 

 そう言い、ヨシロウは片手の拳を挙げた。

 源二も拳を上げ、ヨシロウの拳にぶつける。

 

「とりあえず、俺たちはできることをやろう」

「お前は自分の武器をもっと磨いとけ。ビッグ・テックの中身も人間だ、お前の飯で黙らせてやれ」

「土俵が違うんだけどなあ……」

 

 そんなことを言いながらも源二はマグカップを手に取り冷めたコーヒーを飲み始めたヨシロウを眺め——。

 

「俺の武器を磨け……か。あれだ、ワサビズシガトリングとかどうだろう」

「ぶっ!」

 

 あまりにもぶっ飛んだ発言をぶちかました源二に、ヨシロウがコーヒーを盛大に噴きだした。

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