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PREFER-TATION RUNNERS -嗜好と思考のコンフリクト-  作者: 蒼井 刹那
第7章「てっぺんへの足掛かり」
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第86話「昨日の敵は今日の友」

 「食事処 げん」にヤクザがカチコミをした、という話はあっという間に広まったが、それで危惧された客足の遠のきはほとんどなかった。

 

 巨大複合企業(メガコープ)が取り仕切る都市社会の裏には裏の世界を取り仕切るヤクザがいるということは一般市民の中では当たり前。確かに潔白な人間はヤクザの存在を汚らわしく思い、メガコープだけが街を支配すればいい、と考えたりするが、ほとんどの人間はきれいごとだけでは秩序を保てないことをよく理解していた。

 

 例えばメガコープ社員による不祥事。社員が社内で優秀な成績を収めていれば本社はその社員を何としても保護しようとする。それこそ、事件を簡単に揉み消すくらいする。

 それを、揉み消される前に《《清掃》》するのがヤクザの役割だった。

 

 いくら優秀な社員であっても、一般市民に対して益を成さないのであれば水面下で排除する、そんな都市社会の自浄機能を背負っているのがヤクザだった。

 

 だから懇意にしている店がヤクザの抗争に巻き込まれたとしても店主が犬に噛まれた程度の感情しか湧かない。ご愁傷さまで終わり、何事もなかったかのように通い続ける。

 

 「食事処 げん」もその例に洩れなかった。

 特に「食事処 げん」のバックについているのがトーキョー・ギンザ・シティを牛耳るヤクザの中でも最大手、白鴉組であるということは暗黙の了解である。そこに対抗組織の早房組がカチコミをかけたとなると常連は早房組に怒りをぶつけたくなる——ものだったが。

 

「はい、テリヤキ定食です」

 

 《《新しく雇われた》》男がぶっきらぼうに客に定食を乗せたトレイを差し出す。

 

「おう、あんがとな!」

 

 トレイを受け取った常連が笑顔で応えると、男は少々困惑した顔で一礼して厨房に戻る。

 

「タイショー……」

「どうした、元気ないな」

 

 困惑した顔の男に源二が声をかけると、厨房にいた別の男がなんだなんだと割り込んできた。

 

「おいおい、シャキッとしろよ。それとも早房組の皆さんは皆してビビりなのかぁ?」

「トミさん、ステイ!」

 

 困惑している男を煽りだした厨房の男を慌てて止めながら、源二がまあまあと二人をなだめる。

 

「店の中で喧嘩はご法度。もし店内で喧嘩したら?」

『ワサビズシ全部食うまで帰れません』

 

 源二の質問に、男たちが声を合わせる。

 その顔がわずかに引き攣っているのは気のせいではないだろう。

 

「分かってるなら大人しく働け。白鴉組だろうと早房組だろうとこの店でおイタをする奴は全員ワサビズシを食わせる」

「横暴だ……」

「あぁ? 何か言ったか?」

「いや、何も言ってません!」

 

 源二に凄まれ、男二人がすごすごと離れていく。

 それを見送り、源二は満足そうに頷いた。

 源二の要望通り、チハヤは早房組にも「食事処 げん」の用心棒を言いつけた。

 

 チハヤとしても早房組を傘下に引き入れるよりは泳がしておいた方が都合がよかったらしく、源二の要望はあっさりと通され、早房組もまた組が消滅しないのならと受け入れた。

 とはいえ、若い衆は早房組、白鴉組と共に働くことに拒否反応をしてしており、「食事処 げん」は一触即発の状態——にはならなかった。

 

 時々睨み合いはあったりするものの、店内でどのような規模であれ喧嘩を起こせば源二のワサビズシ(鉄拳制裁)が待っている。これは「食事処 げん」で働くことになった白鴉組、早房組の若い衆全員が小さいサイズのワサビズシを食べさせられ、その威力を思い知らされている。うまいことはうまいのだが、ワサビの量だけはどうしても受け入れられず、この店で働く用心棒たちは睨み合いはするものの喧嘩を起こすことなく店を回していた。

 

 もちろん、源二も鞭だけでこの二つの組を動かしていない。

 閉店時間を迎え、後片付けを終えた源二は、

 

「はい、お疲れさん。今日の賄いな」

『よっしゃー!』

 

 用心棒全員に賄いを出していた。

 店が大きくなった分やフードトナーの原価を考えると十数人に毎日賄いを出したところでそこまで大きな出費とならない。これだけで店員の士気が上がるのならいくらでも出す。

 

 それぞれが思い思いのメニューをがっつく様を眺めながら、源二は「運動部の高校生が押し寄せる食堂ってこんな感じなのかなあ……」と考えていた。

 

 元の時代で源二が通っていた蕎麦屋も値段の割に天ぷらのボリュームがあったので、時間帯によっては男子高校生が連れ立ってくるとは聞いていた。他にも老いた店主が採算度外視で営業している街角の定食屋もボリュームメニューが豊富で男子高校生が五百円玉を握りしめて食べに行くという話を聞いたことがある。

 

 イメージする「学生が押し寄せる定食屋」そのままの様子に、源二はふっと笑って次の大皿料理をテーブルの中央に置いた。

 

「ほら、唐揚げ!」

『やったー!』

 

 白鴉組も早房組も関係なく、全員が無邪気に唐揚げを取り分ける。

 

「ところでさ、タイショー」

 

 突然、用心棒の一人が唐揚げを口いっぱいに頬張りながら源二に尋ねた。

 

「何だ?」

「なんでタイショーはこんなによくしてくれるんだ?」

 

 思いもよらなかった質問に、源二がえっと言葉に詰まる。

 

——こいつら、もしかして——。

 

「俺らみたいなヤクザもんって、生まれた家がヤクザじゃなかったら大体親がロクデナシだったとかで道を外れた奴だからさ……。そういうのって大抵鼻つまみ者なんだよ。なのにタイショーは優しくしてくれるからさ」

「まぁ、喧嘩したらワサビズシとか出してくるけどさ、タイショーって誰にでも優しいだろ。飯もうまいし」

 

 源二の考えをよそに、両方の組の若い衆たちは口々に言葉を紡ぐ。

 

「もし、ガキの頃にタイショーに出会ってたら俺たち道を踏み外さなかったのかなあ、とか時々思うよ」

「ヤクザになったこと、後悔してるのか?」

 

 思わず、源二が質問する。

 すると、男たちは顔を見合わせ、うーんと考え込んだ。

 

「後悔してるかしてないかで言えば俺はしてないけど、もし違う道があったらどんな大人になってたかな、と思うことはあるな」

「なんだかんだ言って、俺たちはトーキョー・ギンザ・シティの縁の下の力持ちだしな」

 

 一応、ヤクザものとしての誇りくらいあらぁ、と応える男たちに、源二は頼もしさを覚えた。

 半グレとは違い、この時代のヤクザは責任と誇りを持ってトーキョー・ギンザ・シティの闇を支えている。

 

 光に照らされた煌びやかな世界の裏はどす黒い闇が渦巻く世界だが、白鴉組や早房組がいるから表の世界を汚さずに済む。

 褒められた人生ではないかもしれないが、それでもたくましくこの街を支える彼らのおかげで一般市民は平和に生きることができている。

 

 そんな彼らを貶すことは源二にはできなかった。

 

「なんだかんだ言いながらお前ら、トーキョー・ギンザ・シティを守ってくれてるからな。カラスもハヤブサも人々や都市の守護者だからな。俺は歓迎するよ」

「タイショー……」

 

 いつの間にか、唐揚げを貪る男たちの手が止まっていた。

 人々や都市の守護者、その一言に胸の奥が人と熱くなる。

 今まで、誰かに感謝されるということはほとんどなかった。人知れず手助けしても褒められるどころか自分たちのせいにして責められることが多かった。

 

 それを、源二は認めてくれるし人として敬意を表してくれる。

 そんな店主が経営する「食事処 げん」は何としても守らなければ、と男たちは決意を新たにする。

 

 ヤクザとしての仁義ではない。人として、源二を苦しめるものから守りたい。

 もちろん、おいしい賄いを腹いっぱい食べさせてくれるからという下心はある。だが、それ以上に源二に対する忠誠心というものも芽生えていた。

 

「タイショー、俺ら明日も頑張るから!」

「おう、期待してるぞ!」

 

 ほら、次はエビチリだ、と大皿をテーブルに置きながら源二が頷く。

 満足するまで賄いを堪能し、男たちはロッカーで身支度を整えて店の外に出た。

 

「——で」

 

 男たちが二手に分かれて向かい合う。

 

「早房組さんよォ、本当にタイショーを守れんのか?」

「あぁ? 白鴉組が腑抜けてる間にタイショーは早房組がいただくってものよ」

 

 店の中では仲良く、だが、一歩外に出ればそこは戦場。

 だが、店の前で乱闘して警察沙汰になれば源二に迷惑がかかるので殴り合いはしない。

 

「せいぜい頑張ってタイショーに媚び売っとくんだな」

「その慢心で伸びきった鼻っ柱、叩き折ってやるから覚悟しな!」

 

 そう互いに睨み合ってから、白鴉組と早房組の男たちは正反対の方向に歩き出した。

 

「……なんだかんだ、仲良くやってんなあ……」

 

 少し遅れて店を出た源二が、苦笑しながら道の左右——白鴉組と早房組の背を見送り、帰路に就いた。

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