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PREFER-TATION RUNNERS -嗜好と思考のコンフリクト-  作者: 蒼井 刹那
第7章「てっぺんへの足掛かり」
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第85話「隼を抜き去った鴉」

「おかわり!」

 

 白鴉組、早房組全員で店内を掃除、片付けた後は源二が大量に出力したトーストとビーフシチューで宴会が行われていた。

 早房組の一人がおかわりを要求し、源二がはい、とビーフシチューの入った器を差し出す。

 

「やっぱうめぇわ……」

「もしかしてオヤジがカチコミ指示したのって、この店が欲しかったんじゃ……」

 

 がつがつとトーストを貪る早房組の男たちを眺めながら、ヨシロウはちら、と源二を見た。

 

「いいのか? 食わせて」

「いいよいいよ、食わせた方が有利だ」

「有利……」

 

 言葉の意味を図りかねて、ヨシロウが首をかしげる。

 首をかしげながらもヨシロウはトーストを貪り、今後のことは白鴉組に任せる、といった体である。

 

「タイショー、本当に食わせてよかったのか……?」

 

 白鴉組の用心棒たちも困惑した目で早房組と源二を交互に眺めているが、源二は平然とした顔で「食え食え」とトーストとビーフシチューを勧めていた。

 

 

 

「ご馳走様」

 

 腹いっぱいトーストとビーフシチューを堪能した早房組の男たちが腹を叩きながら水を飲んでいる。

 

「さて、話を始めようか」

 

 ちょいとごめんよ、と用心棒の一人に席を代わってもらい、源二は早房組の男たちの真正面に腰掛けた。

 その途端、早房組の男たちが姿勢を正す。

 

「あんたら、うちにカチコミかけたのは白鴉組が腑抜けになったからって言ってたよな?」

 

 こくこくと頷く男たち。

 

「だが、それは嘘だったと分かったか?」

 

 再びこくこくと頷く男たち。

 

「だったらここはカチコミかけた落とし前付けてもらわないとな」

「うわこわ」

 

 源二の後ろでヨシロウが呟く。

 しかし、源二の言葉には凄みはあるものの怒りがあるわけではない、というのはなんとなく分かった。

 それどころか何か思惑があるようだ、と気づいたヨシロウはまさかな、と自分の考えを否定しようとした。

 

 源二は早房組も味方に付けようとしているのではないか。店に来て行儀よくするなら全員客で、横暴なふるまいをするなら叩き出すことも実際にある。

 

 ところが、今回早房組のカチコミを受けて叩き出すのではなく、拷問と称して飯を食わせた。

 これはもう源二が「早房組も使える」と判断している以外に考えられない。

 

(おい待てやめろ、面倒ごとを増やすんじゃない)

 

 ヨシロウが思わず心の中で叫ぶ。

 白鴉組と早房組が犬猿の中なのは源二も知っているはず。ここで早房組の戦力を取り込んだとしても早房組が白鴉組の指示に従うはずもなく、同時に白鴉組も早房組の指示に従うつもりはない。

 

 下手に取り込めば空中分解もあり得る話なのに、源二はそれを理解していないのか。

 

「落とし前……。何やったら手打ちになるんだ」

 

 早房組の男たちが顔を見合わせる。

 自分たちは組長(オヤジ)に言われてカチコミをかけた。こうなってしまうともう組同士の抗争になってしまうので組長同士の話し合いに発展してしまう。先に手を出したのは早房組の方だから早房組有責、金銭でカタが付くのか、それとも早房組が白鴉組傘下の下位組織として吸収されるのか、そう考えると自分たちの未来は明るくない、と考えてしまう。

 

 早房組は白鴉組に比べて新興の組ではあるが、社会の悪を斬る組としては白鴉組以上に獰猛だった。借金を返せないのなら容赦なく地下の労働施設に送り込むし反グレが一般市民を襲ったとなればそのチームを突き止め、皆殺しにする。白鴉組のように何らかの形で労働を斡旋するとか反グレチームを「改心」させるとかそんな生ぬるいことは一切しない。一度罪を犯した者は表には戻れない、をモットーに社会の汚れ役を務めている。

 

 社会には甘さなど不要、そんな早房組が白鴉組の傘下に入るなど——。

 顔を見合わせる早房組の男たちに、源二がうん、と頷いて見せる。

 

「お前ら、うちの用心棒を手伝え」

『えっ』

 

 その声は白鴉組、早房組双方から上がった。

 誰もが予想した展開ではあったが、まさかこんなあっさりと打診してくると思わず、全員の視線が源二に集中する。

 

「おいゲンジ、それは——」

「ああ、もちろん今この場で決めろとは言わない。まあ落としどころとしてはこの辺かなって思ってるって話だ」

「しかしタイショー、相手は早房組だぞ?」

 

 用心棒が反対だとばかりに声を上げるが、源二はいいや、と首を振る。

 

「ちょうどいいタイミングなんだよ。『げん』はもうちょっと人手が欲しいし、白鴉組も最近の早房組は目に余ってんだろ? だったらちょうどいいじゃないか」

「それはそうだが——」

 

 源二の言うことも一理ある。「食事処 げん」は人手不足だし白鴉組は早房組を目の上の瘤として悩んでいる。その両方を解決するのが早房組の取り込みで、今回の件がそれを実行するためのトリガーとなっていることも分かる。

 

 しかし、そううまくいくだろうか、とその場の誰もが思っていた。

 

「とりあえず双方のオヤジが来るのを待ちますかねえ……」

「え、呼んだのか」

 

 ヨシロウが声を上げる。

 

「ああ、今回の件、ハクア殿に映像付きで送ったよ。カチコミされたから早房組の組長にも連絡入れてくれって頼んで」

 

 源二の行動の速さには呆れる。確かにこいつ、一度決めたら即実行だったわ……などと思いつつ、ヨシロウはため息をついた。

 

「この件、日を置かずにさっさと片付けるつもりか」

「兵は拙速を尊ぶ、だよ。下手に時間をおいて拗らせるよりさっさと決めた方がいい」

「お前、それ——」

 

 うわあ、といった顔でヨシロウが唸る。

 それは詐欺師の常套手段だ。相手に考える間を与えずその場でメリットだけを誇張して説明して同意させる——源二も何度かその手を使われたが、今度は源二がそれを使う番になるとは。

 

 本気の源二は怖いな、と思いつつ、白鴉組の組長であるチハヤと早房組の組長を呼び寄せたのならもうあとはなるようになるしかない。

 そう思い、ヨシロウは「どうなっても知らんぞ」とぽつりと呟いた。

 

 

 

「これはこれはハヤトビ殿、よくいらっしゃいました」

 

 チハヤが先に「食事処 げん」に到着して遅れること数分、早房組の組長も到着して個室に通される。

 ハヤトビと呼ばれた強面の男——ハヤトビ・ツバサがチハヤの向かいに座った。

 

 個室とは言っているが、この部屋は富裕層の家族連れなどがゆっくり食べられるように用意された部屋、ワンルームマンションの一室くらいの広さの部屋の中央に大きめのテーブルが置かれた状態で、チハヤとツバサの周囲にはそれぞれの組のボディガードや腹心が控えている。

 

「ヤマノベ、余計なことをしてくれましたね」

 

 人差し指で眼鏡を押し上げながらミヤビが源二を睨む。

 

「いやぁ、ちょうどいいタイミングでしたからね」

 

 あ、後で寿司食べます? と続ける源二に「イナリズシなら」とだけ答え、ミヤビはテーブルに着いた二人を見た。

 

「早房組さん、今回は何があったんですか」

 

 チハヤが眼光鋭くツバサに問いかける。

 

「聞かなくとももう分かっているだろうに。『食事処 げん』をいただきに来た」

「念のための確認ですよ。しかし、どうして『げん』を」

 

 チハヤの質問には隙が無い。真っ当な一般市民ならその声だけで震えあがり、全てを話してしまうような、そんな勢いすらある。

 だが、ツバサはそれに臆することなくふん、と鼻で笑い飛ばした。

 

「『食事処 げん』の話は若い衆から聞いている。白鴉組だけにうまい汁は吸わせたくない」

「素直に食べに来ればいいんですよ。若い衆は時々食べに来てますよ」

「だからうちで管理しようと思ったんだ」

 

 悪いか、とツバサが開き直る。

 新興の組だけあってチハヤより若い分、血の気は多いようだな、と話し合いを見守っていたヨシロウはぼんやりと考えていた。

 

 源二は今この場にいない。一応当事者ではあるのだが、表向きは表社会の人間として通っている源二がヤクザの話し合いに首を突っ込む余地はない。

 組の話は組同士でするから部外者はすっこんでろ、と源二を追い払いはしたが、ヨシロウはなんとなく嫌な予感がしていた。

 

 あの源二だ。ここで放り出されて何をするかと言えば一つしかない。

 多分話し合いが終わったころを狙って飯持ってくるんだろうな……と考えているうちに話は進んでいく。

 

「で、カチコミかけてくれた落とし前はどう付けてくれるんですかね。ヤマノベさんは早房組も『食事処 げん』に引き込みたいようですが」

「それは早房組(うち)を白鴉組の配下にするということか? そんなこと——」

「おたくさんにはそれを拒否する権利はないんですけどねえ。どうしてもと言うのなら戦争してもいいんですよ、うちとしては。まぁ、腑抜けと言ってくれていたようですし、この際うちの実力を見せつけるのもやぶさかではないでしょう」

「くっ」

 

 自分たちが先に手を出したのは分かっているので強く出ることができないツバサ。

 さらに、目の前のチハヤは鴉どころか鷹のような鋭さでツバサを睨みつけている。

 

 同じ鳥であっても鴉と隼は飛翔速度だけで言えば圧倒的に隼の方が速い。しかし、狡猾さという意味では鴉は人間、それも個人を認識できるほどの頭脳を持ち、隼に負けていない。

 今回は早房組が勢いに任せてカチコミをかけたのが裏目に出た。白鴉組はその頭脳でカチコミをかわし、圧倒的有利な立場に立っている。

 

 ここでちゃぶ台返しをしてチハヤに一矢報いるか、と考えたものの、ツバサはそれが無理なことも分かっている。

 チハヤの周囲に控える腹心たち。ツバサの後ろにも腹心やカチコミを実行した若い衆が控えているが、彼らが役に立たないことにツバサは気づいていた。

 

 特に若い衆はもう《《懐柔されている》》。目を見れば分かる、なんとなく浮ついた感じ、あれはこの店の料理を食べさせてもらった後だ。

 仲間にも裏切られた状態、もはやツバサは条件を呑むしかなかった。

 

「……分かった。条件を呑もう。具体的には」

 

 屈辱を飲み込み、ツバサが苦々しく同意する。

 ここで反撃を試みてもいいが、それで組を潰すことになってしまえば自分を慕ってくれた若い衆に申し訳が立たない。自分にできるのは、なるべくいい条件で白鴉組の配下になること。

 だが。

 

「こちらとしても多くは求めませんよ。うちの若い衆と一緒に『食事処 げん』を盛り上げていただきたい」

「——は?」

 

 思わず変な声が出た。

 配下にするならまだしも、「食事処 げん」を盛り上げろ、だと? という思いがツバサを混乱させる。

 

「いやここは白鴉組の傘下に入れとか言うんじゃないのか」

「お望みならそうしますが? 早房組も一応は《《同業者》》、うちでは取り扱わないような案件もお任せしておりますし、できれば独立して活動したいのでは?」

「……それは」

 

 いくら組を残すため、と言っても他の組に与してしまうのでは苛立ちを隠せない組員も出てくるはず。

 そう考えると、白鴉組の申し出は早房組にとって最悪の提案ではない。

 

「……いいのか、あんたはそれで」

「うちに迷惑を掛けなければいいですよ。まぁ、うちに借りを作ったという事実さえあればこちらも動きやすいですからね」

「くそ……」

 

 ツバサが悔し気に呻くが、これ以上抵抗することは不可能。

 それにここで下手に反撃してより不利な条件を提示されるのだけは避けたい。

 

「——分かった、そちらがそれでいいならそれで手打ちに」

「では、そういうことで」

 

 話は終わった、とチハヤが堂々とした振る舞いで姿勢を正す。

 そのタイミングで個室のドアが開いた。

 

「話は終わりましたか? せっかくなんでご飯食べて行ってください」

「やっぱりお前はー!」

 

 大量に料理を乗せたドローンを引き連れた源二に、今まで黙っていたヨシロウが絶叫した。

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