第84話「皆さん、拷問の時間です」
「うぅ……」
PASSによる脳内ショックから立ち直りつつある早房組の男たちが呻き、身をよじらせる。
「おう、目が覚めたか」
白鴉組の用心棒をしている一人が屈みこんで声をかけると、早房組の男は鋭い目つきで睨み返した。
「てめえ、こんなことして——」
「先に手を出したのはおめえらだろうが。誰の差し金だ?」
早房組の男は凄んでくる用心棒を睨みつけるが、両手両足を縛られているため抵抗はできない。
「まぁ、別に暴力で訊いてもいいんだが、タイショーの目の前でそういうことは極力したくない。穏便に済ませたかったら大人しく吐くんだな」
「誰が!」
早房組の男がぺっと唾を吐く。
用心棒は男のこめかみに電磁メリケンサックを押し当てた。
「頭に一発食らっとくか?」
「やれるもんならやれよ! 俺は絶対に答えないぞ!」
「じゃあ、俺たちはこいつらに訊きますかね」
他の用心棒たちが早房組の別の男に歩み寄っていく。
それを無言で眺めていた源二がふーむ、と声を上げた。
「この状況なら、アレができるな」
「ん? 何ができるって?」
何かを思いついたらしい源二に、ヨシロウが首をかしげる。
その間にも源二はフードプリンタに歩み寄って何かを出力し始めていた。
「……まぁいいか」
今回も源二は料理で事態を収拾させるつもりだ。それはいつものことなので好きなようにさせる。
そう思っているうちに、キッチンにはえも言えぬいい香りが漂い始めた。
「……ん、」
この小麦粉が焼けたような匂いはトーストか。トーストにはバターを乗せるとうまいんだよなあ……と思っているともう一つ別の匂いも漂ってくる。
肉と赤ワイン、トマトを混ぜて加熱したような匂い——。
「ふむふむ」
源二の料理を誰よりも多く食べてきたヨシロウには分かる。これはビーフシチューだ。初めて食べた時は「ビーフシチューの匂い」と思っていたものが、今では牛肉を赤ワインやトマトなどで煮込んだ料理だとはっきり理解している。
ヨシロウもただ食べているわけではない。源二からかつてはどのような材料を使ってどのように調理されていたかを聞き、旧時代の料理について思いを馳せることはよくある。
そんな源二が作ったビーフシチューとトースト、これは。
「ゲンジ、食わせろ」
「はいはい後でね」
出力が終わったトーストを皿に乗せ、ビーフシチューを少しずつ器に小分けする。
盆にのせたそれを持ち、源二は早房組の男たちの前に移動した。
「タイショー、危ない」
用心棒が止めに入るものの、源二は臆することなく早房組の目の前で立ち止まり、トーストとビーフシチューの乗った盆を目の前に置いた。
「何だてめえ、そんなもので——」
「早房組の皆さん、《《拷問の時間です》》」
落ち着き払ってそう言い、源二はどこからともなく取り出した団扇で盆をパタパタと扇ぎだした。
その風が、早房組に届くように。
「何なめたことを——」
ふざけるな、と這ってでも源二に食いかかろうとした早房組の動きが止まる。
しんと静まり返った店内に、きゅるる、という小さな音が響く。
「ほら、お腹空いたでしょ? でもちゃんと話してくれないと《《食べさせてあげません》》よ?」
「くっ——!」
卑怯な、と呻く早房組。
風に乗って鼻腔に届いたトーストとビーフシチューの匂いはあまりにもおいしそうだった。
こんなもの、おいしいに決まっている。
それに、ヨシロウにPASSを送り込まれて昏倒、拘束されて既に数時間が経過している。時間としてはそろそろ空腹を覚える頃合い、そんなタイミングに目の前でおいしそうな料理をちらつかされれば。
だめだ、耐えろと早房組の男たちが目をぎゅっと閉じる。
しかし、いくら目を閉じても匂いは遮断できず、逆にその匂いが男たちの空腹を増幅させていく。
誰のものか分からない腹の虫がきゅるきゅると鳴り響き、それぞれが「その腹の虫を止めろ!」という状態になっていた。
いくら早房組と言っても、一部のメンバーは「食事処 げん」の評判にお忍びで食べに来たこともあるくらいである。おいしいかおいしくないかで言えば満場一致でおいしいと断言できる「食事処 げん」の料理、それを「拷問」に使うとは白鴉組はなんと卑怯な。
だが、こんな簡単に屈するわけにはいかない。
こちらも早房組としてのプライドはある。それを捨ててまでこの料理を食べるなど——。
「なるほど、頑張りますね。それなら——」
盆を仰ぐ手を止め、源二はトーストを一枚手に取った。
厚切りの食パンを模した出力物、ベジミール社のフードプリンタと、フードトナーと併用して使われる各種調整剤は優秀で、見た目にも触った感じも完全に食パンのそれである。
そんなトーストを、源二はゆっくりと縦に割いた。
パリパリという音を立て、焼き目を再現した部分が割かれていく。
同時に、トースト独自の焼けた小麦粉の匂いとアルコールのようなイーストの匂いが強くなる。
「うぐぅぅぅっ」
早房組の男の口の中が唾液で満たされる。
人間、おいしそうなものを目にしたら涎が出るとは言われているが、今まさにその状況だった。
食べたい。話したくないが、食べたい。話さなければ、食べられない。
「うぅ……」
食べたい、という欲求はその場にいた早房組全員が持っていた。
もういいだろ、オヤジはこの店で白鴉組が腑抜けになっているから今が攻め時だと言っていたけれどもそんなことは全然なかった。それに白鴉組にはヨシロウがいることを忘れていた。
もう完全にこちらの負けだ。白鴉組も一応は穏便に済ませたいと言っているのだからもう屈しても——。
源二が割いたトーストに小分けしたビーフシチューをたっぷりつけて口に入れる。
「うーん、やっぱこうやって食うのが一番だよなぁ……」
そんなことを言いながらチラッチラッと早房組を見る源二に、
「言います言います! だからそれ食べさせてください!」
早房組の一人が落ちた。
「あ、ずるいぞ! 俺も!」
「俺も言うからそれ食わせろ!!」
一人が落ちると連鎖するもので、一瞬にして早房組は陥落してしまった。
「よーし、じゃあ誰の差し金か教えてもらおうか」
電磁メリケンサックを外し、男たちを助け起こして座らせた用心棒が尋ねる。
「誰の差し金って言うよりも早房組がシマの拡大狙えそうだからってだけだ」
「そうそう、白鴉組はこの店にかまけすぎて腑抜けになってるから今なら落とせるってな」
早房組の男たちが口々に事情を話し出す。
説明を聞きながら、ヨシロウと白鴉組の用心棒たちはなるほど、と納得した。
「食事処 げん」がオープンして以来、白鴉組は暴力沙汰で物事を解決することが少なくなった。かといって早房組が言うような腑抜けになったわけではない。ただ、暴力以外で解決する方法があるのならなるべく穏便に済ませようとしているだけだ。
それを早房組が勝手に変な解釈をしただけだ。
口々に話す早房組の男たちを眺めながら、ヨシロウもキッチンを出て源二の隣に移動した。
「通常営業だな、お前。しかし『拷問』って……」
ヨシロウの言葉に、源二は満足そうに頷いて答える。
「いやー、昔読んだ漫画で、料理で姫様を拷問するストーリーのものがあってな。一度やってみたかったんだ」
「……はぁ」
ヨシロウの予想通りだった。
源二は妙にサブカルチャーに強い。旧時代の様々な娯楽の話を聞くし、この時代の娯楽にも興味を持って手を出している。
そんな源二だから、元の時代で読んだ漫画に影響されてそれを実践しましたと言われても驚かない。
それよりも目の前で繰り広げられているその漫画と同じ展開に呆れてしまう。
呆れてしまったが、それでも納得はできる。
この時代で当たり前となっていた味覚投影での食事が覆され、味覚投影オフの料理が食べられる。最近はベジミール社も同じく味覚投影オフの料理を発売したが、源二の料理とはおいしさのベクトルが違う。
ベジミール社の料理で味覚投影オフを知った人間が「食事処 げん」に訪れると決まって「また食べたい」と言い、魅了されていく。
そんな魅力が詰まった源二の料理を目の前でちらつかされ、さらに実際に食べる姿を見せつけられれば誰でも落ちる、というものだ。
源二が読んだ漫画の詳しい展開は知らないが、源二が試したということは同じように姫様とやらが目の前でおいしそうな料理をちらつかされたりしたのだろうか。
いずれにせよ、源二の《《拷問》》で事態は暴力沙汰にならずに沈静化した。
やっぱり源二はすげえなあ、と思いつつもヨシロウは隣の源二をじとーっとした目で見る。
「ん?」
「俺にも食わせろ」
「もちろん、後片付けが済んだらみんなで食べよう」
用心棒さんにもちゃんと特別ボーナス出さないといけないからね、と言いつつ、源二は用心棒と早房組の男たちのやり取りを眺めていた。




