第81話「ベジミール社からの挑戦状」
ベジミール社の発表から一か月、この間にヨシロウはベジミール社に対してあらゆる手を使ってこちらから攻撃する隙がないかを探していた。
ハッキングによるベジミール社の中央演算システムへの侵入はもちろん、メガコープ関係の噂話に強いアンノの力も借りた。白鴉組に協力している情報屋も動員し、「実はベジミール社が源二の特許を盗んだ」という証拠を集めようとした——が。
「……何も出てこねえ」
完全に空振りだった。
特許を取ることによるメリットは「発明した技術を独占的に使用できる権利を得られる」ところにある。二十年という制限はあるし、一定期間が経過すればその技術は公開されることになるが、公開された技術をそのまま使えば発明者に対して特許使用料を払う義務が発生する。つまり、ベジミール社が源二の調合添加物をそのまま真似れば特許権侵害になり、大規模スキャンダルとなってしまう。
今回、ベジミール社は味覚投影オフのレトルト食品を売り出したわけだが、その作製技術に関しては特許が出願されていない。つまり、原理を突き止めることができれば無断で真似し放題ではあるが、当然のことながらこれは企業秘密となっており、どのように味を再現したのかは不明。
源二の特許を無断で使用していたのなら原理を突き止められた時点で特許権侵害が発覚する。そのようなリスクを冒してまで企業秘密にするとは思えないのでベジミール社の新商品は源二とはまた違う方法で味を再現していると判断できる。
その確認のためにもヨシロウはベジミール社のメインフレームへの侵入を試みたし、実際のところ侵入自体には成功したが、得られたのは当たり障りのない公開情報ばかりで企業秘密に関するデータはどこにも保管されていなかった。メインフレームとは言ったが本社ビルと各支社の業務を円滑にするためのネットワークを構築するためだけのもので、本当に重要な情報は全てネットワーク未接続のコンピュータに保管されているのだろう。
これに関してはベジミール社の情報管理の適切さを賞賛せざるを得ない。いくら強固なセキュリティに守られたコンピュータであってもネットワークに接続されているのなら必ず突破される。クラッカーというものはほんのわずかな綻びを見つけ出すし、いくら完璧に構築されたと思われるシステムでもバグというものは必ず存在する。
どこで聞いた言葉だろうか——「バグのないプログラムは存在しないがデバックの不可能なプログラムもまた存在しない」、ハッカーたちの間でまことしやかに囁かれる合言葉、ヨシロウもハッキングの道に足を踏み入れてからその言葉を知り、その言葉を信じ、あらゆるセキュリティを潜り抜けてきた。
それほど、コンピュータというものは信用できない。信用できるのは耳と目を閉じ、口を噤み孤独に佇むスタンドアロンの端末と、それを機械的に守る生身の人間だけだ。
それを徹底したのがベジミール社、白鴉組の情報屋もハッキング以外のルートから情報を入手しようとしたがうまくいかず、逆に存在を気取られかけたため手を引いた。アンノも依頼人の伝手を使って探りを入れたが、ヨシロウの予想では背後についているのが他業種のビッグ・テック社なのでこれも空振りに終わった。
「まーじでベジミールは独自に味覚投影オフを開発したってことっすかねえ」
報告のためにヨシロウの部屋に来たアンノが、源二からもらった酢昆布をしゃぶりながらぼやく。
本物ではなく、フードプリンタで形を再現されたものなので、しっとりねっとりした食感は再現されているもののしゃぶっているうちにフードトナーが溶けてほぐれていくが、その際に舌の上に残る酸味とうまみは病みつきになる。噛まずに口の中に入れているだけで味が染み出してくるので集中して考え事をしたいときには重宝する。
ヨシロウも酢昆布を一切れ口に放り込み、「うーん」と唸った。
「ここまで調べて何も出ねえとベジミール本社にあるだろう保管サーバを直接攻めるしかねえが、流石に警備もヤバそうだから命が惜しい」
「食品最大手の巨大複合企業ですもんねえ……。私設の軍隊も持ってますし、本社に侵入するのは流石に無理っしょ」
「そういえばゲンジが遊んでたレトロゲームに『特殊部隊に占拠された核廃棄所に潜入して核発射を阻止する』というシナリオのやつがあったな。あの主人公クラスの侵入スキルいるんじゃねえか」
「イナバさん、詳しいっすね」
口の中で溶けた酢昆布を飲み込みながらアンノが言うと、ヨシロウはまあな、とだけ返してキーボードから手を離し、腕を組んだ。
「うーん、これだけやって何も出ないってことはベジミールはシロか……。もう実際に食ってみるしかねえな」
「タイショーなら分かるんじゃないっすか? あの人、味覚に対してすごく鋭いですし」
「それな」
今日はちょうど発売日、「食事処 げん」は定休日ではなかったので源二は普通に出勤している。
アルバイトをしているアンノがヨシロウの元にいるのは休みを取っていたからだ。
ヨシロウとアンノが同時にBMSで視界に映り込む時計を確認する。
時間としては「食事処 げん」が閉店して一時間後、いつもなら閉店前に店に行って夕飯を食べるのが日課のヨシロウも、今日は源二が「新商品食いたいから買って帰る」と言ったため自宅待機である。
尤も、ヨシロウとしてもぎりぎりまで情報収集したかったため、源二の申し出は願ったり叶ったりである。
「にしても、タイショー遅いっすね」
「あいつのことだ、最寄りの店が売り切れてたからはしごしてんじゃねえか?」
二人がそんなことを話していると、玄関の鍵が開けられる音がして源二が帰ってきた。
「ただいまー! 全種類買ってきた!」
いつになくハイテンションの源二が買い物袋を掲げて誇らしげにヨシロウの部屋に入ってくる。
「テンション高ぇなぁおい」
「いや、ベジミールの新商品だぞ? どれだけ味覚投影オフが再現できてるか気になるだろうが」
こんなハイテンションの源二を見ると、今まで苦労してベジミール社の不正を暴くべく動いていた自分たちが虚しくなる。結局、得られるものは何もなかったが、その無力感をさらに無にするような源二のテンションには流石のヨシロウも恨み言を言わずにはいられなかった。
「俺たちがどれほど苦労してたのかも知らずに……」
「あー、まだベジミール調べてたのか?」
袋から新商品の箱を取り出しながら源二が苦笑する。
「流石のベジミールもスキャンダルは出したくないから俺の調合方法を盗むとかないって。前に言った通り、俺がとった特許は調味用添加物の調合に関する技術だけ、しかも時期的にまだ公開されてないものだし、そう考えると模倣じゃなくて独自に開発したってのは分かるよ」
「そうは言うが」
あまりにも楽観的な源二に、ヨシロウはこの自信はどこから来ているのかと考える。
源二は調味用添加物の調合は自分にしかできないと確信している。しかし、現実にはベジミール社が味覚投影オフの商品を売り出した。
源二の言う通り、調味用添加物の調合以外の方法で商品を開発したと考えるのが妥当だが、それなら一体どのような方法を使ったというのか。
「ま、とりあえず食ってみようぜ。あ、アンノも食ってくよな?」
「はい、俺もタイショー以外の味覚投影オフ料理に興味があります!」
源二の呼びかけにアンノが勢いよく立ち上がる。
「ま、俺も気になるから食いますがね——っと」
ヨシロウも立ち上がり、三人は連れ立ってキッチンに入った。
「ヨシロウ、添加物なしでライス作ってくれ。俺はこれを準備する」
「あいよ」
源二に言われ、ヨシロウがフードプリンタを起動させる。
「あ、そうだ、全種類買ってきたけどお前ら何味食いたい?」
「俺はオヤコドン」
「俺、カレーが気になります」
ヨシロウとアンノの返事を受けて源二が指定された箱と、自分用に麻婆豆腐の箱を手にして残りを脇に避ける。
箱からレトルトパウチを取り出し、源二はパウチに記載された説明を見た。
「へー、このままレンジにかけれるのか。簡単だな」
そう呟きながら電子レンジにパウチを入れ、調理開始ボタンを押す。
高出力のマイクロ波に、パウチの中身があっという間に加熱され、源二はちら、とヨシロウに視線を投げた。
「ほい、できてるぞ」
ヨシロウが、皿に盛ったライスを源二に渡す。
「さて、見た目はどんな感じかな——っと」
浮ついた様子で源二がパウチの封を切り、中身をライスにかけていく。
見慣れた茶色のカレー、黄金色の親子丼、見た目に辛そうな麻婆豆腐がそれぞれの皿に盛られ、三人の目の前に置かれる。
「流石ベジミール、見た目は完璧だな」
元々食品業界最大手で、フードプリンタも上位機種であれば本来の料理と見間違えるような精細さの出力をするものを販売している企業だけあって、見た目は完全に源二の知る料理だった。
あとは味がどう再現されているのか。
席に着き、源二はスプーンを手に取り、期待に満ちた目で目の前の麻婆豆腐丼を見た。
「見せてもらいましょうかね、ベジミール社の実力とやらを」
そう呟き、源二は麻婆豆腐丼にスプーンを差し込んだ。




