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PREFER-TATION RUNNERS -嗜好と思考のコンフリクト-  作者: 蒼井 刹那
第7章「てっぺんへの足掛かり」
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第80話「落とされた爆弾」

 移転した「食事処 げん」の盛況ぶりは瞬く間にトーキョー・ギンザ・シティどころか周辺の都市にも噂として広がり、少し遠いけれども味覚投影オフを経験してみたい、という客が数多く訪れるようになった。

 

 白鴉組の協力や常連のアルバイトによって人手は増えたものの、忙しさは源二が一人で回していた頃よりほんの少し余裕ができた、という程度。

 

 あまりにも働きづめだと源二の体力が持たない、と心配する常連もいたが、源二は涼しげな顔で店を回し続けていた。

 

「ゲンジ、お前たまに休まないと倒れるぞ」

 

 閉店後、いつものように店で夕飯を摂りながらヨシロウが声をかける。

 

「んー、週一で定休日あるし、バイトのおかげで休憩時間もちゃんとあるし、俺はちゃんと休んでるけどなあ」

「だが、移転前はピークタイムとオフタイムがはっきり分かれていたからお前もしっかり休憩できただろうが、今は全体的に忙しいだろ。休憩があると言ってもあんまり休めてないんじゃ」

 

 ヨシロウの隣で、ニンベン屋もちゃっかりカレーを食べながら声をかけてくる。

 

「そうですよ。依頼人もタイショーが倒れたら元も子もないって言ってますよ。あ、賄いあざます」

 

 何故かアルバイトとして雇われた、推定ビッグ・テック社のスパイであるアンノも心配そうに言いながらラーメンをすすった。

 

「お前ら、俺の体力なめてんだろ。これでも元ブラック企業の社畜ぞ? 始発出勤終電退勤当たり前、最大一か月泊まり込みも経験してるんだ、この程度でへばるようなヤワな人間じゃねえよ」

「普段社畜言うなとか言ってる奴が社畜自慢してるぞ」

「っていうかどこですかその会社。労基真っ黒案件じゃないですか」

 

 事情を知っているヨシロウと知らないアンノ。

 ヨシロウは源二が元の時代でどのような生活を送っていたかはある程度推測が付いていたがそれを知らないアンノからすれば「そんなやばい企業存在するの?」といった状態である。

 

「なんで通報しなかったんですか——いや、通報して会社が取り潰されたからついでに脱サラして店を開いたんですか」

 

 アンノの言いっぷりに源二が「なんか好き勝手言ってるなあ」といった顔をする。

 だが、ここで「旧時代から来た」と言うわけにもいかず、源二はまあな、とはぐらかした。

 

《ゲンジ、くれぐれも口を滑らせるなよ》

(分かってる、ビッグ・テックに目を付けられたくない)

 

 ひそひそ通話(ウィスパー)でヨシロウとやり取りし、源二はコップの水を一息に飲んだ。

 

「まあ、ちょーっと誇張はしたが『げん』を開く前は結構大変な仕事をしてたから体力はあるってことだ」

「って言いますけど、人間三十過ぎると一気に老けるって言うじゃないですか。今は動けても急に動けなくなるとか普通ですよ。特にタイショーはフードトナーのボトルとか持ち上げたりするからぎっくり腰(魔女の一撃)とかやらないか怖くて怖くて」

 

 魔女の一撃とはよく言ったものだ。源二がいた時代からぎっくり腰のことを魔女の一撃と呼ぶ人間は一定数いたが、この時代でも言われているのかと思うと色々思うところはある。

 

 元々はドイツ語の直訳らしいが、この時代の閉鎖的な都市社会を考えると他国の用語が使われるというのは非常に珍しい。英語は世界的な公用語同然の扱いとなっているので英単語や英文は街中でもよく見かけるが、英語以外の外国語や外国世由来の言葉は意外と目にしない。

 

 それだけ、魔女の一撃も日本語として一般化したかあ、などとズレたことを考えつつ、源二は大丈夫だ、と頷いて見せた。

 

「重い荷物の持ち上げ方は心得てる。そう簡単にやったりしないよ」

「だといいんですがねえ……」

 

 それでもアンノとしては心配なのだろう、心配そうな顔でラーメンと共に出されたギョーザを貪り始めた。

 

「——おっと、もうこんな時間か」

 

 話が終わり、一瞬沈黙が下りかけたところで、ヨシロウがふいに声を上げた。

 

「ん? どうした?」

「いや、昨日の夜にベジミールがなんか新発表するとか見かけてな。それの時間がそろそろだなーとおもって」

「へえ、ベジミールが」

 

 ベジミールという言葉に源二が興味を示す。

 

「ついこの間味覚投影プラグインの新型を発表したばかりなのに、また発表——ふむ」

「なんだ、心当たりがあるのか?」

 

 源二の反応に、ニンベン屋が首をかしげる。

 

「いや、心当たりはないんだが——なんとなくの見当は付く」

「それは一体——」

「お、始まったぞ」

 

 「一体何だ」というニンベン屋の言葉を遮ってヨシロウが声を上げる。

 と同時に源二たちにも発表の映像を共有した。

 

『ベジミール社が日々の食卓を変える! 食事は生存のための手段だけではなくなる! 新たな食の体験を、未知の食事体験を貴方に!』

 

 映像から流れる音声に、ヨシロウの眉が寄る。

 

「まさか——」

『味覚投影をしなくても楽しめる新感覚レトルトフード、全五種展開で新発売!』

『な——!』

 

 まさか、とヨシロウが呟いた直後にニンベン屋とアンノも声を上げる。

 

「タイショー!」

 

 アンノが源二に視線を投げる。

 ヨシロウとニンベン屋も源二を見る。

 だが、源二だけは平然とベジミール社の世界初公開(ワールドプレミア)映像を眺めていた。

 

「おいゲンジ、どうすんだよこれ」

 

 慌てたようにニンベン屋が源二に声をかける。

 

「どうするって——別に何も」

「なんでそんな落ち着いていられるんですか、『食事処 げん』の専売特許をパクられてるんですよ!?」

 

 アンノも焦りを隠せずに訴えかけるが、それでも源二は落ち着いている。

 

「まぁ、そろそろ出るんじゃないかなーとは思ってたし」

「ってことは、特許のライセンス料を受け取ったってことか?」

 

 寝耳に水だ、とばかりにヨシロウが尋ねるが、源二は「いいや?」と首を振った。

 

「そういう話は来てないからベジミールは独自に調味用添加物を調合する方法を開発したんだろうな。確かに俺は特許を取ってるが、別に調味用添加物のレシピで特許を取ったんじゃなくて調合の手順に関してで取っただけだから、その方法さえ真似しなきゃ味覚投影オフの料理くらい開発できるよ」

「……法の抜け道を使った、ということか」

「物は言いようだな。時代が俺に追いついたんだよ」

 

 ふむ、発売日は来月か……と映像の続きを見ながら源二が空いた皿を手に取って立ち上がる。

 

「まずは丼シリーズにしたのか、なるほど」

「カレー、ハヤシライス、オヤコドン、テンシンハン、マーボードーフの五種……。別途出力したライスに掛けてもいいし、そのまま食べてもいい、という感じか」

 

 この場にいる誰もが馴染みとなっているラインナップに、ヨシロウが唸る。

 

「流石に調合した添加物を売るのではなく、レトルトパウチしたものを売るとは考えたな。レトルト食は離乳食や介護食で出回ってるから技術的には簡単に作れるし、ラインナップも介護食並みに柔らかいものばかりだ。これから色々増やしていくんだろうが、チョイスとしては流石大手企業、ってところか」

「そうだな。このラインナップは『げん』でも人気メニューだし、売れると判断したな」

 

 冷静さを取り戻し、分析を始めたヨシロウに源二も同意する。

 

「とりあえず、発売日に買ってみるか。ベジミールが再現した『げん』の味、お手並み拝見と行こう」

「そう言って、ただ食ってみたいだけだろうが」

 

 ヨシロウは気づいていた。源二の声のトーンがわずかに高くなっていることに。

 本人は冷静さを取り繕っているつもりだろうが、テンションはかなり高くなっているはず。

 

 スラム街で保護してからの付き合いであるヨシロウには完全にお見通しだった。

 

 源二は今の状況を楽しんでいる。レシピを盗まれたとかそんなことはどうでもよく、企業も味覚投影オフの料理を一般販売できるほどに波紋を広げたという事実に舞い上がっている。

 

 この後のことを考えると「食事処 げん」は茨の道に立たされたも同然なのだが、そんなことはお構いなく、より多くの人間が味覚投影オフの料理を楽しめるかもしれない、といった期待に心が躍っているのだろう。

 

 源二はそういう奴だ、と納得しつつ、ヨシロウは胃が痛むような錯覚を覚える。

 ベジミール社のこの発表が「食事処 げん」にどのような影響を与えるか——。

 

 考えられる可能性は二つ。

 一つはベジミール社が出した料理をきっかけに「食事処 げん」を知る人間が増えて客が増えること。

 

 もう一つはベジミール社が出した料理でいいや、と客が離れること。

 

 今の段階ではどちらに傾くのかは分からない。ここで下手に予測して二択を外すのが怖い。

 前者であれば、「食事処 げん」にとって大きなビジネスチャンスとなる。だが、後者となればベジミール社の圧力として窮地に立たされることになる。

 

「どう出るんだ、ホウライ・ケント——」

 

 ベジミール社のCEOの名を呟き、ヨシロウは思考を高速回転させた。

 発売日までに情報を集めなければいけない。ベジミール社の意図を探らなければいけない。

 

 「食事処 げん」移転直後の発表に、ヨシロウはベジミール社は自分たちに対する敵意を感じ取っていた。

 勝てるものなら勝ってみろというベジミール社の挑発にも等しい発表に、ヨシロウは、いや、ニンベン屋もアンノも「食事処 げん」が負けないことを祈るしかなかった。

 

 ——ただ一人、源二だけが楽しそうに食べ終わった食器を食洗器に入れて洗浄を始めていた。

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