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PREFER-TATION RUNNERS -嗜好と思考のコンフリクト-  作者: 蒼井 刹那
第7章「てっぺんへの足掛かり」
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第78話「移転を前に」

 移転の話はトントン拍子に進み、前回のような不動産屋トラブルも起こることなく契約を終えた源二はあとは移転を待つだけ、となっていた。

 

 移転に関しては持っていくものはフードプリンタと食器各種がメインで、椅子やテーブルの処分の必要もなく、搬出する荷物自体はそんなに多くなかった。

 それでも何も準備しなくていいわけではなく、源二とヨシロウ、ニンベン屋、あと数人の常連が細々としたものをコンテナに詰め込んでいた。

 

「今日から一週間『げん』の飯が食えないのか……」

 

 移転先の店に行く気満々の常連が詰め込み終わったコンテナをポンポンと叩きながらぼやいている。

 

「タイショー、こっちは終わった!」

「あいよ! 次はこっちのコンテナ頼む!」

 

 「食事処 げん」の食器は基本的にプラスチックをはじめとした合成素材なのでそう簡単に割れることはない。というよりもこの時代の食器は基本的に合成素材でできており、陶器やガラスといったものは量産品であっても高級品とされ、高級レストランで使われる程度である——先日のアジトモ社経営のレストランのように。

 

 源二としては木の温もりを感じられる漆塗りの食器やずしりとした重みを感じる陶器が懐かしく思えてしまう時もあるが、郷に入っては郷に従えでわざわざそんなものを取り寄せようとは思わない。第一、高級品なので万が一割ろうものなら損失が大きすぎる。

 

 そんなわけで、落としても割れにくく、軽くて扱いやすい合成素材の食器を使っているが、それを移転のために梱包するとなると多少は気を使わなければいけない。

 

 元の時代でも引っ越しで行う食器の梱包は新聞紙等で包む、からコンテナに詰められた緩衝材の隙間に食器を詰め込む、といった様々な手法がとられていたが、この時代も同じようなものである。ただ、元の時代の食器に比べて丈夫だし緩衝材も進化しているので食器間に薄いシートを挟んで隙間なく詰めていくだけという気楽さに、源二は常連に食器の梱包を任せていた。

 

「しかし、食器っていろんな形があるからある意味パズルだよなこれ」

 

 同じ形の皿を緩衝シートではさみながら常連の一人がぼやく。

 

「うまく詰めないと隙間だらけになるしさ」

「そういうもんだよ。ある意味落ちゲーみたいなものだから、頑張れ」

「落ちゲー? あぁ、テトラパニックみたいなやつか」

「なっ」

 

 常連の言葉に絶叫しかけて、源二が慌てて言葉を飲み込む。

 

——テトラパニックまだこの時代にもあるの!?

 

 四つの正方形を四つ、七つのパターンに並べられたブロックを隙間なく詰め込む、ペントミノパズルを簡略化したルールの落ちものゲーム。横一列に隙間なく並べれば消えるというこのゲームは一部ではPTSDの緩和に役立つなどとも言われており、ゲームでありながら心理療法にも利用されているものである。

 

 確かに、今回のように食器を整然と箱に詰め込むといった行為はテトラパニックに通じるものがある。

 

 テトラパニックを長時間プレイしていると「気づけば目の前のものをいかに隙間なく詰め込むか」頭の中でシミュレーションしてしまうといった現象も発生するが、特にこの時代の効率や整然としたものを好む人間は余計にそんな錯覚に陥ってしまうのだろう。

 

 それにしても、西暦の中でも源二が旧世代と思っていた時代のゲームがこの時代でも人気があると考えると感慨深い。源二もこの時代に来てもうそれなりの時間が経つし、ゲームの類はちょくちょくプレイしていたがテトラパニックがまだ残っていることは本当に驚きだった。

 

「テトラパニック、いいよな。きっちり詰められると気持ちいい」

「俺、きっちり詰めるの苦手だったけどテトラパニックで訓練したらある程度できるようになったんだよなー」

 

 ほら、どうよ、と常連がコンテナに詰め込まれた食器を源二に見せる。

 隙間なくみちみちに詰められた食器に、源二は満足そうに頷いた。

 

「やるな。その調子で頼むわ」

「任された!」

 

 気合一発、常連たちが鬨の声を上げてコンテナとの格闘を再開する。

 それもそうだ。最初はただの善意で「詰め込み手伝う」と言ったのに源二から「それじゃ申し訳が立たん、謝礼として無料オーダー券十枚綴りをプレゼントする」と言われたら否が応でもやる気は倍増する。

 

 たかが無料オーダー券、されど無料オーダー券。

 うまい飯がただで食えるなら食器の梱包など苦でもない。それがパズルゲームであったとしても完璧にこなす。

 

 せっせと食器を梱包する常連たちから視線を外し、源二はフードプリンタの梱包を行うヨシロウとニンベン屋を見た。

 

「そっちはどうだ?」

「こっちも問題ない。すぐに終わる」

 

 フードプリンタの出力エリアにビニール袋を入れたヨシロウが、その中に二種類の薬品を投入すると、混ざりあった薬品が一気に膨らんで出力エリアを満たしていく。

 

 発泡ウレタンを利用した壊れ物の輸送は元の時代にもあったが、この時代のそれは安全性も配慮された新素材で、A液とB液を混ぜることで発泡、隙間なく梱包し、C液を掛けると泡が消えて小さな固まりになるという特性を持っている。ビニール袋を使っているのは細かい塊がフードプリンタに残らないようにしているだけで、この梱包材自体はうっかり口に入っても無害な材質でできているらしい。

 

 この時代の引っ越し、ハイテクになったなあ……などと考えつつ、源二は一台だけ梱包せずに残しておいたフードプリンタに歩み寄った。

 

「お前ら、腹減っただろ。賄い出すぞ」

『よっしゃー!』

 

 賄いという言葉に、その場にいた全員がテンション高く声を上げる。

 

「俺オコノミヤキ!」

「俺はカレーで!」

 

 ヨシロウやニンベン屋、常連たちが次々と食べたいものの名前を口にする。

 

「あいよ!」

 

 じゃあ、飯食って少し休憩したら続き頑張るか、と続け、源二はフードプリンタを起動させた。

 

 

 

「疲れたー」

 

 最後の梱包を終え、全員がカウンターの椅子に腰かける。

 

「お疲れさん」

 

 源二が全員にペットボトルの水を配り、自分も同じように並んで一気に煽る。

 

「みんなのおかげで早く終わったよ。後は移転当日を待つだけだな」

 

 ある程度は引っ越し業者が梱包してくれるとはいえ、念のために数日を確保していた源二だったが、常連が手伝ってくれたおかげで梱包はあっという間に終わってしまった。

 

 片付けられてがらんとした店内を眺め、源二がしみじみと呟く。

 

「いやー、こうやって見るとこの店、結構広かったんだな」

「それでも手狭になったってんだから『食事処 げん』も大きくなったよな」

 

 ポーチから以前源二からもらっていたビーフジャーキーを取り出し、ニンベン屋が口に入れる。

 

「あー、うめえ。酒に合うわー」

「酒っても味覚投影だろうが。ってか、持ってきてたのかそれ」

 

 ニンベン屋がたくさん食べたい、と言うから源二は幾つかの料理を大量に作って渡していた。ただ、栄養成分がきちんと管理されたフードトナーが元なので「食べすぎるな」とはきつく言い渡している。また、一度使用したフードトナーの賞味期限を考えると元の保存食ほどの長期保存はできないため、源二は一週間のサブスクリプション形式でニンベン屋と契約している。

 

 毎週同じものでは飽きる、と考えていくつかの料理やお菓子をローテーションしていることを考えると、今週の初めに渡したビーフジャーキーが出てくるのは当然、とも言える。

 

「あー、俺にも寄越せよ」

 

 何人かがニンベン屋に手を伸ばす。

 

「やだよ! 俺がもらったものだぞ!」

 

 ニンベン屋はその手を振り払いながらビーフジャーキーをかじっている。

 

「人前でそんなもん食うから。ま、お前がそれ食ってるならこれは要らんか」

 

 苦笑しながら源二がチーズ鱈をちらつかせる。

 

「あー!! ずるい!」

「お前が持ち込みなんかするから。ほい」

「やったー!」

 

 源二が一人一人にチーズ鱈を包んだジッパー袋を手渡していく。

 当然のようにスルーされ、ニンベン屋はしゅん、とその場でしょげ返った。

 

「だって腹減るし……」

 

 持ってくるんじゃなかった、持ってきたせいでうまいものを食いそびれた、その後悔に押し潰されるニンベン屋の目の前に、

 

「ほい」

 

 ジッパー袋が差し出される。

 

「えっ」

 

 まさか、と思ってニンベン屋が袋を見ると、中には確かにチーズ鱈が入っている。

 

「ゲンジ、お前——」

「ま、手伝ってくれたのは事実だからな」

 

 スルーしたのはみんなに配らなかったから、と続ける源二に、ニンベン屋の目が見る見るうちに輝きだす。

 

「ありがと! やった!」

「ったく、現金な奴め」

 

 苦笑してチーズ鱈を口に入れるヨシロウと常連たち。

 そんなヨシロウ達に、ニンベン屋はポーチからさらにビーフジャーキーを取り出して配り始めた。

 

「え、いいのか?」

 

 食べ物に関しては絶対に譲らないニンベン屋がビーフジャーキーを配ったことで、常連たちが驚きの声を上げる。

 

「いいよいいよ、ゲンジが俺にもくれたのに俺がケチってたらよくないよな」

 

 やりい、と常連たちが歓声を上げる。

 その様子を、源二はにこにことしながら眺めていた。

 

「やっぱうまいものはみんなで食べるともっとうまくなるからな」

「そうそう、この店の飯もこうやてみんなで食うのがうまいんだよ」

 

 多くの常連が味覚投影オフの料理に導かれ、常連たちと共に食べることに魅入られた。

 新しい店ではそれができるんだろうか、と一瞬不安になった源二だが、すぐにいいや、と首を振る。

 

 できるかできないかではない、やるだけだ。

 新しい店で、もっと多くの常連と味覚投影オフの料理を楽しみたい。

 

 いつかはベジミールやアジトモにも負けないくらいの知名度で「食事処 げん」の名前を広めたい。

 その第一歩を前に、源二は改めて自分に気合を入れるのだった。

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