第77話「余計な心配」
源二によさげな物件を紹介し、内見の日取りも設定してからはヨシロウも忙しい日々が続いていた。
一応は周辺の飲食店をチェック、当然ながら源二の料理と競合する店はないので客の奪い合いに関してはアドバンテージがある、と判断する。
次いで、シンバシ駅周辺を縄張りとするヤクザについても確認する。
ちょうど幾つかの組織が縄張り争いをする境界付近ではあったが、店舗のある区画は幸いにも白鴉組のエリアで抗争を起こすことなく移転は可能。強いて言うなら早房組の縄張りがすぐ近くにあるので戦場になる可能性はゼロではないが、ここは白鴉組から用心棒を出してもらうことで対応は可能だろう。
——やっぱ、用心棒はいるよなー……。
ふと、そんな思考が脳裏をよぎり、ヨシロウは白鴉組が作成した周辺の勢力図を開いた。
いわゆる「大人のお店」と言われるような店では用心棒は当たり前の存在である。そうでなくてもある程度の人気店なら用心棒を雇っているところも少なくない。
「食事処 げん」も人気店になってきた、ということと移転により客層の変化が起こる可能性を考えるとごく少数でも用心棒を置いた方がいい。
誰にするか、と考え、ヨシロウはふと、手を止めた。
白鴉組に全面的なバックアップを頼んでいる「食事処 げん」だから、当然用心棒は白鴉組に頼むことになる。そこに源二も異論はないはずなのに、何故かそれでいいのか、と思ってしまう。
「白鴉組に任せたくねえな」
他の組に任せたい、ではない。裏社会に任せっきりにしたくない、のである。
以前、白鴉組に「食事処 げん」の守りを強めるよう直談判した。だが、それはヨシロウ個人の感情であって源二が頼んだわけではない。
しかし、用心棒を雇うとなると源二の口から正式に依頼を行う必要がある。
それを、源二にさせたくない。
裏で裏社会とつながっていたとしても、それを公式にしたくない。
「食事処 げん」と裏社会のつながりは可能な限り薄くしたい。
その感情が矛盾していることは承知の上だ。
ヨシロウは元から裏社会の人間だし白鴉組に「食事処 げん」を守ってくれと頼んだ。その時点で「食事処 げん」と白鴉組は切っても切れない関係にあるし、源二も「ヨシロウの伝手なら」と自分から白鴉組と交渉するに違いない。
店によってはそういった裏社会とのつながりを極端に嫌って傭兵を雇う店もある。その多くは巨大複合企業系列のチェーン店、というパターンで、個人経営の店となるとどうしてもヤクザがケツモチを申し出てくる上に断ると嫌がらせをしてくるから契約せざるを得ない。しかし、ヤクザも完全に店とズブズブというわけではなく、店主がはっきりした意図を持って傭兵を雇う、と言うのであれば地域に関わるもめ事を代理で請け負う程度にとどめ、厄介客に対する対応は店が雇った傭兵に任せる、というケースもある。源二の場合、源二自身がはっきりとした目標や夢を抱えているため、それを妨げるのであれば白鴉組も傭兵を雇え、という可能性は出てくる。
いずれにせよ、源二にはこれ以上裏社会と関わってもらいたくないな、とヨシロウが考えていると部屋のドアがノックされた。
「おう、どうした?」
ヨシロウが声をかけると、ドアが開いて皿にサンドイッチを乗せた源二が入ってくる。
「まだ作業してると思ってな。今夜も徹夜か?」
「あー……」
源二と、皿の上のサンドイッチを見比べてヨシロウが唸る。
「今日は早く寝ようと思ったが、夜食があるならもう少し起きててもいいかな」
「その可能性も考えて軽めにしてるよ」
サンドイッチは源二が良く作るカツサンドではなかった。ツナマヨペーストを挟んだツナサンドとと潰したゆで卵をマヨネーズで和えたタマゴサンドの二種類。
小腹が空いたときにはちょうどいいメニューで、あまり遅くまで起きるつもりがないときはこれで軽く腹を満たし、消化のために少しだけ夜更かしして寝る、という状態だった。
がっつり徹夜する気の日の源二は必ずカツサンドを作るので、今日は何となくそうではないと判断したんだな、と思いつつ源二の察しの良さには内心で舌を巻く。
「ん、新しい店の周辺を調べてたのか?」
ヨシロウのデスクに投影されたスクリーンを見て、源二が尋ねてくる。
ああ、とヨシロウが頷くと、源二は勢力図を見てなるほど、と呟いた。
「一応は白鴉組のエリアだから引き続きケツモチは頼めるな。何なら用心棒も——」
「ゲンジ、」
勢力図を見て当たり前のようにケツモチと用心棒の話題を口にした源二に、ヨシロウは思わず声を上げた。
それはちょうど今考えていたところだ。どうすれば「食事処 げん」と白鴉組のつながりを薄くするか、という。
源二は当然のように用心棒も白鴉組に頼むつもりで言い始めたが、ヨシロウはその考えを改めさせるかのように慌てて言葉を続ける。
「お前、用心棒も白鴉組に——」
「当たり前だろ、懇意にしてるし慣れた組に頼む方が信用できる」
「だが——」
ヨシロウがそう言ったことで、源二は怪訝そうな目を向けた。
「何だヨシロウ、俺が白鴉組に依頼するの、嫌なのか?」
「それは」
ストレートに言われて肯定も否定もできなくなる。
本音としては肯定したい。源二に「白鴉組とつるむな」と言いたい。
だが、源二の選択が決まっているのならそれを止める権利はヨシロウにはない。
沈黙するヨシロウに、源二は苦笑して皿をヨシロウのデスクに置き、壁際に置かれたベッドに腰を下ろした。
「お前の本音くらい分かるよ。何せ俺らは夫婦らしいしな」
「結婚してない!」
ヨシロウの全力の否定に「はは、冗談だ」と笑って返し、源二は真っすぐヨシロウを見る。
「俺が裏社会とズブズブになるのが嫌なんだろ」
「——ああ」
これは素直に肯定する。いくら源二が裏社会と通じていないと生きていけない人間であったとしても、つながりは必要最低限でいい。
バカだな、と源二が苦笑した。
「そんなにも真っ当になってもらいたいのか?」
「そりゃそうだろ。お前には汚れてもらいたくない」
「別に俺女じゃないぞ? 男なんて汚れてナンボだろ」
ほら、泥汚れは小学生男児の勲章だぞ、と冗談めかして言ってから、源二が続ける。
「俺さ、この時代のヤクザ、というか白鴉組が好きなんだよ」
「え」
思いもよらない源二の言葉にヨシロウが言葉に詰まる。
「なんつーかさ、俺の時代にあった法律でがんじがらめに縛られて、法律の抜け目を見つけ出してせこく動くしかできないヤクザと違ってさ、白鴉組は仁侠映画で見た古き良き時代のヤクザって感じがするんだよ。ヨシロウもそういうところが好きで協力してるんじゃないのか?」
古き良きヤクザ。その言葉にヨシロウは不思議な感覚を覚えた。
白鴉組が結成されたのは源二の時代から見ればずっと先のことなのに、源二は白鴉組を自分がいた時代より前のヤクザみたいだと言う。
時代が巡り、方針や活動が変わっていくうちに古い時代の流れへと先祖返りしたのか、と考え、ヨシロウは納得する。
ヨシロウが白鴉組と手を組んだのも白鴉組がヤクザでありながら社会の必要悪として人知れず活動するというモットーに惹かれたからだ。他の組は社会不適合者の集まりのようになり、ただ自分たちが快楽を得るために人々を苦しめる絶対悪のような存在だし、その組の中での取り決めすら守れないならず者は半グレとして活動している。その裏社会の中で、白鴉組だけが秩序を保ち、メガコープが管理しきれない部分の混沌を管理し、人々を守っている。だから少しでも裏社会に触れることになった人間は白鴉組を頼るし、白鴉組も秩序のためならそれを拒まない。
「なんかさ、白鴉組ってこの時代の守護者みたいなところあるよな。そもそも白いカラスって俺の時代でも神の使いとか言われてたんだぜ? もう今の世界を守るべく神が遣わした守護者だろ」
「神なんて、オカルトな」
「えー、でも一応宗教団体とかはあるわけだし、オカルトが完全に消えたってわけじゃないだろ、この世界」
冗談めかして笑う源二に、ヨシロウもつられて笑う。
同時に、白鴉組という組名にほんの少し、誇りを感じた。
まさか白鴉にそんな意味があったとは。
単純にチハヤの苗字を漢字で表記したのが「白鴉」だから白鴉組となったのだ、と思っていたが、神の使いと言われると苗字を使いました、だけよりも縁起がいい。それに今の社会に対する白鴉組の立ち位置を考えればまさに守護者だ。
そうか、と考え、ヨシロウは源二が本気で白鴉組を気に入っているのだと思い知った。
「白鴉組にはお世話になってるだけじゃない、本当にいろんな部分で助けてもらってる。元はお前からの縁かもしれないが、それでももし店の用心棒を頼むなら白鴉組に頼みたいってくらいには好きだぞ」
「白鴉組、愛されてんなあ……」
そう言いつつもヨシロウは念のために確認する。
「一応、傭兵を雇うって手もあるぞ? お前ならカスミとかいるだろ」
「ああ、スミさん」
カスミの名前を聞き、源二も頷く。
「でもスミさんはメガコープの依頼を受けて動く傭兵だから」
「むしろうち専属にした方が喜ぶぞ」
「そういうものかな」
「そういうものだ」
こいつ、カスミがどれだけ「食事処 げん」を愛してるか知らんだろ、と思いつつヨシロウが皿のサンドイッチを手に取る。
「とにかく、一応は白鴉組に頼らない方法もあるがお前は白鴉組に頼るんだな?」
「もちろん」
源二の即答に、それならとヨシロウも頷いた。
「ま、お前がそのつもりなら俺は何も言わねえよ。ったく、なんか心配して損した」
ツナサンドを頬張りながらヨシロウがぼやく。
元はといえばヨシロウが勝手に思い込んで勝手に気を揉んでいただけで、源二本人は全くそんな心配もなく自分の中で全て決定していた。
そこに寂しさがないとは言わないが、それでも何もかもを頼ってくるよりは何倍も心強い。
それじゃ、白鴉組に話を付けるお膳立てだけはしておきますかね、と考えつつ、ヨシロウはあっという間にツナサンドを完食し、タマゴサンドに手を伸ばした。




