第71話「反逆への意思」
「食事処 げん」と「ゴーストネオン」のコラボは双方の想定以上に好評だった。
「ゴーストネオン」の常連は「これ常設してくれよ〜」と要望したらしく、「どうしますこれ」とサキトから相談されたし、「食事処 げん」の常連も「こんな味の酒が飲めるのか」と興味津々で「ゴーストネオン」に足を運んだらしい。そこで「酒とつまみ」の相乗効果に病みつきになった、という話もちらほら上がる。
今までの常識だと酒は現実の味覚と味覚投影による脳のギャップを楽しむもの、だったがつまみの味を楽しみながら酒を飲む、という《《新たな》》体験に「ゴーストネオン」は「古さの中で新しさを楽しむ店」として一気に人気が高まったという。
「よかったな、大成功で」
「食事処 げん」の定休日を利用した源二とヨシロウが「ゴーストネオン」で祝杯を上げる。
「今夜は私もお供しますよ」
他の客がはけたタイミングでサキトは「貸切」の札をドアに下げ、自分の分のカクテルを作る。
「『ハネムーン』です。カクテル言葉は『幸せはいつもあなたと』」
「ぶっ!」
こと、とサキトが自分の前にカクテルを置いて解説した瞬間、ヨシロウが吹き出した。
酒が変なところに入ったのか、何度も咽せながらサキトを見る。
「いやなんかやべえの出て来たなぁおい」
「まぁ、なんか俺たち夫婦とか言われたりするもんな……」
相変わらずジントニックを飲みながら源二がサラッと流す。
「それだけ俺たちは持ちつ持たれつの関係ってことだ。楽しいことも辛いこともあれだけ共有してたら『ハネムーン』出されても今更驚かねえよ」
「お前、ほんと無頓着だな……」
「ま、お前が女性だったら、とか俺が女だったら違う結果になってたのかな、とかはたまに思うがな」
もし、自分たちが同性ではなく異性であれば。
そんなIFを考え、源二が苦笑する。
ヨシロウは助けてくれただろうか。助けてくれた上でここまで力を貸してくれただろうか。
そう考えて、源二は「いや、変わらんな」と思った。
きっとヨシロウは今までと同じように助けてくれたはず。もしかするとまた別の、ちゃんと名前のある関係になっていたかもしれないがビジネスパートナーという関係はきっとある。「食事処 げん」も今と変わらずある。
何故か、そう確信できた。
ヨシロウはそういう人間だ。ハッカーとして冷静、冷酷な面を持ちつつ首を突っ込んでしまったことに対しては最後まで責任を持つ。
そう考えて、源二は何故か安心してしまった。
元の時代では苦しいことばかり続いたが、この時代に来て様々な幸運が舞い込んできた。その始まりはヨシロウだ。ヨシロウが自分に手を差し伸べてくれたから、ここまで来ることができた。
もちろん、きっかけがヨシロウだっただけで、あとは自分の手で掴み取って来たという自覚はある。ただ座して幸運が転がり込むのを待っていたわけではない。
それでも、ヨシロウが隣にいて信じてくれたから自分も信じて歩き続けることができた。
だから、源二は周りに「夫婦」と茶化されても不快には感じなかった。
ヨシロウとしては恥ずかしいのかもしれないが、自分たちはただのビジネスパートナーという関係では済まされない。
「男と女だったら——か」
源二が呟いたIFに、ヨシロウも考え始める。
「まーお前が女でもスラムで倒れてたら危ないから連れ帰ってただろうな。これがその辺の女だったら通報案件だから普通はそんなことしないんだが、お前だったら話は違ってたかもな」
「お前らしいよ」
源二が笑う。
元の時代でも倒れた女性を保護するしないで議論も炎上もよく見かけた。
男性が女性に自動体外除細動器を使ったら痴漢で通報された話はどこまで真実かは分からないが、それでも「倒れた女性には近づくな」という風潮になり始めた頃だった。それがこの時代に残っていてもおかしくない。
実際のところ、そのあたりは法整備されていて、倒れている人間に対する救助の義務というものがこの時代の人間には課せられている。倒れている人を救助すれば企業から金一封が渡される。また、救助の状況は救助をする人間が要請した第三者による撮影義務もあり、救助者が要救助者を不当に扱わないよう監視する役割も果たしている。その映像は戸籍とともに警察組織に提出することになっており、二重三重の方法で救助者も要救助者も守られるようになっている。
——という法律があることを知った源二はヨシロウもその手順を踏んで助けてくれたのか、と尋ねたことがあるが、その時のヨシロウは視線を泳がせて「まぁな」と答えていた。
あれは絶対嘘だ。スラム街だし、綺麗事で固められた法律に従う人間もいるはずがない。ヨシロウは撮影義務を無視して源二を連れ帰ったのだ。
そんなところから始まった幸運がここまで大きな実を結ぶとは誰が想像しただろうか。
——ま、そんなもんか。
ジントニックを飲みながら源二がぼんやりと考える。
今はこの状況を純粋に喜べばいい。人生の幸運と不運は釣り合うようにできている、という人間がいるし、源二も確証はないがもっともだ、と思っている。
そうなるとこれからとんでもない事件に巻き込まれる可能性は十分にあるが、そんなことに怯えて目の前の幸運を手放す方がもったいない。
「マスター、おかわり」
隣でヨシロウがおかわりを要求している。
それを横目で眺めながら、源二はこの幸運がいつまで続くのだろう、と考えた。
種は蒔いた。この種に企業は必ず食いつく。
今までどの企業とも提携しなかった源二が別の店とコラボしたのだ、レシピを盗むべく動くか、「コラボしたのだからうちとも提携できるだろう」と詰め寄ってくるのか。
今までの交渉で巨大複合企業の動き方はなんとなく分かった。
基本的に目先の金で釣り上げて、釣り上げた魚を切り分けて売り捌く。
源二の場合はどちらかというと金の卵を産む鶏のようなものだが、メガコープは恐らく捌いて腹の中に残っている金の卵を取り出す行為に走る。
源二はこの時代における自分の価値を理解しているつもりだ。金の卵を産む鶏は適切に飼育すれば半永久的に金の卵を産み続ける。企業に買収されて捌かれるくらいならそれを拒んで金の卵を産み続けるだけ。
源二が求めているのはその「金の卵を産み続ける環境」を提供してくれる企業。環境を整えてくれる企業であればいくら報酬が安くても話は受ける。今はどの企業も目先の利益にとらわれて腹の中の金の卵を奪い合っているだけだ。
そういう点で、ヨシロウは金の卵を産み続ける環境を提供してくれるし、ヨシロウやサトル、白鴉組といった仲間のために金の卵を産む。
ちょっと頑固すぎるかな、と思いつつ、源二はいや、と考え直した。
これが今の企業至上主義に対する反逆心なのだ。
企業だけが成功していい世の中ではない。個人でも成功して企業と肩を並べてもいいじゃないか、と考えて源二は苦笑する。
まるでサイバーパンクだ。元の時代で見かけた、未来を夢見た絵空事。
企業や体制といったものに立ち向かうちっぽけな人間たちの物語を、今の源二は現実に行おうとしている。
「事実は小説よりも奇なり、ねえ……」
そう呟き、源二はグラスに残っていたジントニックを飲み干した。
「マスター、おかわり」
「承知しました」
サキトが手際良くおかわりのジントニックを抽出し、バタピーと共に源二に差し出す。
「しかし、今回のコラボ、企業はどう動きますかねえ……」
ハネムーンを飲みながらサキトが呟く。
考えていることは皆同じか、と思いつつ源二はそうですね、と口を開いた。
「近いうちに動きはあると思いますよ。今回のコラボはそれに対する種蒔きみたいなものですし」
「実際、いくつかの企業がうちにも接触してきましたからね。『ゴーストネオン』のメニューをもっと多くの店に広げてみないかって」
もちろん、断りましたけどははは、とサキトが笑う。
「私はヤマノベさんの意思を尊重しますよ。元はヤマノベさんが提案したことですから、ヤマノベさんが好きなようにすればいい」
「好きなように、ねえ……」
そう呟いて、源二は自分が何をしたいのか、と考える。
——ベジミールをあっと言わせる企業を、作ってみたいな。
「——あ、」
ふと浮かんだ「夢」に、源二は思わず声を上げた。
「どうした?」
声を上げた源二に、ヨシロウが首を傾げる。
「——そっか、なんか分かった気がする」
そう呟いて、源二はヨシロウとサキトの顔を交互に見た。
「俺、てっぺんに立ちたいのかもしれない」
『てっぺん——』
ヨシロウとサキトの声が重なる。
「ベジミールのホウライ氏に負けたくないんだ」
「お前、それは——」
まさか、と言いたげなヨシロウの声に、源二は大きく頷いた。
「個人からでもベジミールに負けない力を出せることを証明したいな、って」
その宣言はメガコープに戦争を仕掛ける、と同義だとその場にいた二人は思った。
そんなことをすれば物量と資金力に物を言わせたメガコープにあっという間に喰われる。
それなのに何故だろう、その宣言が心強く思えるのは。
あのレジスタンスのタモツが聞いたら喜ぶだろうなと思いつつ、ヨシロウはそれなら、と声を上げた。
「やってやろうじゃねえか、ベジミールに一泡吹かせたいのは俺も同じだ」
「ヨシロウ?」
「面白いじゃねえか、個人が企業を出し抜く。今の世の中を大きくひっくり返せるぞ」
もしかしたら俺も今の世の中に閉塞感を感じていたのかもしれないな、と思いつつもヨシロウが残った酒を一気に煽る。
「ゲンジの飯で世界をひっくり返そうぜ。それくらいの心意気でいる方が人生楽しいだろ」
「はは、そうですね」
サキトも同意してヨシロウにおかわりを渡す。
「やりましょう、ヤマノベさんの料理で」
「おー!」
「お前ら、酔いすぎ」
苦笑しながらも源二は心強さを覚えていた。
自分は一人ではない。頼もしい仲間が何人もいる。
企業の支配による閉じた世界をこじ開ける、そんな大きいことができるとは思っていないが、きっかけくらいは作れるかもしれない。
そう思うと俄然やる気が湧いてきた。
「じゃ、俺はもう少し頑張りますかね」
「やっちまえ、あのホウライをギャフンと言わせてやれ」
いつのまにか決起集会会場となった「ゴーストネオン」で三人はわいわいと酒を飲む。
あの王者の風格を漂わせたケントが顔を歪ませたらさぞかし気持ちいいだろうな、と話しつつ「ゴーストネオン」の夜は更けて行った。




