第70話「ほんの少しの嫉妬と」
数日、源二とサキトは通話でこまごまと打ち合わせを進め、「食事処 げん」と「ゴーストネオン」のコラボについて話を進めていた。
「……なるほど、その手がありましたか」
サキトの申し出に源二がふむふむと声を上げる。
《カクテルも結局はアルホリックを混ぜなければただのジュースなので、アルコール取り扱い許可証を発行してもらわなくても提供することは可能です。甘味、酸味、苦味、刺激、熱感、この五つのドリンクエッセンスの量によって味が決まります——と言ったところで私は調味用添加物のスクロースと塩ナトなどを少し混ぜてますけどね》
「道理で調味用添加物を常備していると思いました。確かに五つのエッセンスだけでは全ての再現は厳しいでしょうし、微妙な味わいは調味用添加物があると調整できる」
源二の言葉に、わずかに驚きが含まれていることにヨシロウは気が付いた。
自分以外に調味用添加物を使っている人間がいると知って驚いているのだろうが、ヨシロウは別に珍しくもなんともないので気にしない。
調味用添加物自体は当たり前にあるものである。源二のように「組み合わせて使う」ということを知らないから人々は好みの添加物だけを買ってたまの味変として使用する。一応はフードプリンタの添加物として売られているが飲み水のフレーバーとしては好む層もいる。
サキトもそうだ。カクテルの味に深みを持たせるために調味用添加物を使用しているが、使ってもほんのほんの数種類程度で、それも組み合わせているわけではない。
それでも源二にとっては調味用添加物を実際に使っている人間を初めて目にしたので驚いた、ということか。
《ええ、普段から調味用添加物を使っているヤマノベさんならうちのカクテルを再現したソフトドリンクを出せると思いまして》
「いいんですか? こちらはレシピ開示せずにバタピーを卸す、というだけですよ?」
サキトは相互のコラボとして「ゴーストネオン」の人気カクテルの調合を数種類提供すると言い出した。
源二としては自分がバタピーの調合レシピを門外不出にしているのに対等ではない、と思ってしまったようだが、サキトは特にそんなことを考えていないらしい。
《なあに、実際アルホリック以外の調合をお教えするだけですので酔いませんし、『食事処 げん』で味わって実際に酔ってみたいとなればうちに来ていただければいいですしね》
「なるほど」
そう説明されると源二も納得する。
源二はアルコール取り扱いの許可は得ていないから実際のカクテルを提供することはできない。それなら味だけで雰囲気を楽しんだ人間が実際に……と考えるのはよく分かる。
「ゴーストネオン」のドリンクは決して安いものではないが、それに関しても「食事処 げん」で体験した客にはクーポンを発行するからどうだろう、という提案がなされている。
「ゴーストネオン」の客はバタピーを経験することで味覚投影オフの料理を体験することができるし、もっと食べたいとなれば店に行けばいいのでお互いに悪い話ではない。
正式なバタピーの試食はもう済んでいる。源二が徹底的に再現した本来のバタピーを食べたサキトは最初に出力されたバタピーをはるかに上回るおいしさにテンションが上がりすぎて卒倒していたが。
「あ、バタピーはちゃんとお客さんに出してくださいよ。ジョウジマさんが食べてくれるのもいいですけどコラボがコラボじゃなくなってしまいます」
《うっ……。そ、それは、もちろん……》
サキトが言い淀んだのは恐らく「理性では分かっているが本能が求めてしまっている」というものだろう。それを見越して源二はサキトのおつまみ分も提供すると申し出てはいるが、サキトはそれだけでは物足りないのかもしれない。
「……依存症になってんじゃねーか」
一応はマネージャーとしての肩書があるので源二とサキトの会話に参加していたヨシロウがぼそりと呟く。
《大丈夫です! バタピーは金庫に入れて営業時間外は開けないようにしますので!》
「重症だなァおい」
いや、分かるんだがな、と苦笑しつつヨシロウは源二が試食用に出力したバタピーを口に放り込んだ。
まったりとした油分と塩味、甘みが絶妙に入り混じって手が止まらなくなるのは分かる。ここに酒が入れば病みつきになるのもよく分かった。
正直なところ、コラボが始まればヨシロウも「ゴーストネオン」に通い詰めたいと思ったほどである。
いつものごみごみとした安酒場もいいが、「ゴーストネオン」のような旧時代テイストの洒落たバーで一杯の酒を手にバタピーをつまむのも悪くない。
いい店を見つけたもんだ、と思いつつヨシロウは次々とバタピーを出力してはパッケージングする源二を見た。
こうやって、源二は縁を作っていくのだろうか。
源二のすぐ隣にいるはずなのになぜか遠くに感じ、ヨシロウはぞくりとした感覚を覚えた。
いつかは源二は自分の手の届かないところに行ってしまうのだろうか、と考えて即座にその考えを否定する。
源二はただのビジネスパートナーだ。なんだかんだで共同生活を送っている、というのもあるが、それ以外では源二が再現した新メニューを真っ先に試食し、「食事処 げん」の運営に少し口を出すだけの出資者の一人である。
「食事処 げん」のオープンのために出資したのはヨシロウとサトルだ。オープン後の人気によりヨシロウもサトルも少なからず恩恵は受けてきた。特にヨシロウは過密なハッキングスケジュールを立てずとも懐が温まる状況になり、「投資家ってこんな感じか……」などと思っているくらいである。
出資者としての恩恵は受け続けることになっても、ヨシロウは源二がいずれは自分と違う道を歩むのではないか、と不安に思っていた。いや、不安が半分、期待が半分と言った方が正しい。
源二にはもっと高みを目指してもらいたい、それこそ理想が重なるのならメガコープと提携して「食事処 げん」をもっと大規模にしてもらいたい、そう思うのは事実だ。
しかし、あの雨の日にスラム街で倒れていた源二を見つけた時に感じた「こいつは放っておけない」という思いは今も変わらない。放っておいたら源二は何をしでかすか分からない。
それこそ過去の時代から来た人間だと知られ、タイムマシンの研究をしているらしいビッグ・テック社に連れ去られ、実験材料にされたらと考えると苦しくなる。
源二は自由に味覚投影オフの料理を再現してもらいたい。この、味気なかった世界に味という娯楽をもっと手広く取り戻していってほしい。そのための努力は惜しまないしハッキングのスキルも出し惜しみしない。
そんなことをしなくても源二は一人で羽ばたいていってしまいそうだから寂しいと思ってしまうのかもしれない。妬ましいと思っているのかもしれない。自分が持っていないものをたくさん持っている源二の才能に嫉妬しているのかもしれない。
実は源二が独り立ちするのが嫌で足を引っ張ろうとしていないか、という思考に到達し、ヨシロウはまさか、と呟いた。
源二が「ん?」とこちらを見るが、それを「なんでもない」という言葉でごまかし、考える。
もしかして、源二は自分のためにメガコープとの提携を拒否しているのかもしれない、と考えて、馬鹿馬鹿しい、と考え直す。
源二は他人の機嫌を窺うような男ではない。メガコープを前に一歩も引かないのはただ自分の理想を貫こうとしているだけだ。それに自分の機嫌を窺ってそんなことをされたら逆に腹が立つ。
源二の才能に嫉妬はするが、他人のためにその才能をどぶに捨てるようなことは嫉妬を上書きするレベルで腹が立つ。
そう考えて、ヨシロウはなんだ、と声を上げた。
「どうした?」
源二がヨシロウに声をかける。
いつの間にか通話は終わっていたようで、ヨシロウの視覚にも【Disconnect】の文字が浮かんでいる。
「いーや、なんでもない。ないものねだりしただけだ」
「?」
不思議そうな源二の顔。
それを見て、ヨシロウはふっと笑う。
「お前はお前を貫けよ。誰かのために自分を曲げるとかしたら俺が許さない」
「どういうことだよ」
源二の疑問をスルーし、ヨシロウは立ち上がった。
「言ったまんまだよ。俺はお前がお前らしく生きてるから応援したいと思っただけだ」
「何だよ急に、気持ち悪いな」
「気持ち悪くて悪かったな。じゃ、俺はそろそろ寝るわ。お前もほどほどで寝ろよ」
そう言い、ヨシロウが自室へと消えていく。
それを見送り、源二は首をかしげるが、すぐに首を戻して苦笑した。
「……何か正直じゃない奴」
俺は俺で場合によっては自分を投げ打てるお前が羨ましいんだけどな、と呟き、源二は最後のバタピーを袋に詰めた。




