第69話「源二の思惑」
「あ、そういえば」
サキトが「お近づきの印に」と代金はいらないと申し出るのを「いや今回客として来ただけなのでまずは払います!」と頑として断った源二を尻目にヨシロウが声を上げる。
「どうしました?」
サキトが首を傾げると、ヨシロウはああ、と頷いて疑問を口にした。
「俺たちがオーダーした時とかマスターが自分の分出した時とかリアクションしてたけどさ、あれなんだ? やっぱ頼んだ酒でプロファイリングとかできるのか?」
この店に来てすぐに感じた疑問。
源二がジントニックを頼んだ時は「真っ直ぐな自分を持っている」、ヨシロウがジョンコリンズを頼んだ時も「連れを大切に思っている」とコメントしていた。
確かに源二はどこまでも真っ直ぐな人間だし、ヨシロウが源二を大切に思っているのも事実だ。気の置けない大切な友人で、ビジネスパートナーでもある。
それを、たった一杯のカクテルで見抜いたというのか。
ヨシロウの質問に、サキトが軽く笑って否定する。
「プロファイリングなんて大それたものはできませんよ。ただ、カクテルには『カクテル言葉』というものがありましてね——何故かその時の気分に合ったものを皆さん頼まれるんですよ」
「へぇ」
サキトの説明に、源二も面白そうに声を上げる。
「そういえばカクテル言葉ってのは聞いたことあるな。花言葉みたいなやつだっけ」
「花言葉? なんだそれ」
ヨシロウが首を傾げる。
そのリアクションで、源二はこの時代は花言葉がなくなっているか下火になっていることを悟った。
そういえばトーキョー・ギンザ・シティで生花、いや、本物の観葉植物を見た記憶はない。「食事処 げん」をオープンした時も花輪を飾ったわけではなく、ホロサイネージの看板がいくつも掲げられただけである。確かにゴミは出ないし後片付けの手間もいらないので楽だったが、今こうやって考えると本物の緑がないのはいかにも未来の街らしい、という印象を受ける。
しかし、花言葉が廃れているのと同じようにカクテル言葉も廃れているのでは、という考えが源二にはあった。
この店でオーダーする際、ヨシロウは「見たことがないカクテル」と言っていた。そう考えるとこの時代の酒、あるいはカクテルは源二の時代のものと全く違うはず。源二は店の雰囲気だけでつい馴染みのカクテルを注文してしまったが、これは店によっては「お前は何を言っているんだ?」案件だったかもしれない。
ええ、とサキトが頷く。
「旧時代のカクテルには『カクテル言葉』というものがありまして、それぞれのカクテルに意味やメッセージが込められているんですよ。意中の女性に想いを伝えたり、自分を励ますために選んだり」
「へえ、面白いな」
納得したようにヨシロウが頷く。
「だから注文したカクテル言葉に合わせたリアクションをした、ってわけか——」
「ちなみにジントニックのカクテル言葉は『強い意志』、ジョンコリンズのカクテル言葉は『親友』ですよ」
「なっ」
サキトに言われて、ヨシロウが硬直した。
完全に図星だった。
カクテル言葉なるものはここまで正確にその人間の感情を言い当てるのかと思い、何のオカルトだと考えてしまう。
源二の「強い意志」もそうだ。あらゆる状況でも折れることのない強い心はジントニックのカクテル言葉にふさわしい。
「ちなみに、ダイキリのカクテル言葉は『希望』、私が最初に自分で飲んだウォッカマティーニは『選択』というカクテル言葉がありますよ」
「うわあああああああああああああ」
あまりにもその場その場に合ったカクテルのチョイスに、ヨシロウが唸り声をあげて頭を抱えた。
「オカルトやべえ」
「ははは、オカルトなんて。昔の文献で見かけて面白いなーと採用しただけですよ」
サキトが笑う。
ヨシロウの反応は見ていて面白い。源二のひたむきさに好感を覚えるし、ヨシロウのいい兄貴感は安心を覚える。
この二人、いいバディなんだろうなあ、と思いつつサキトはこほん、と咳ばらいを一つした。
「とりあえず、私はこの旧世代のカクテルにあるカクテル言葉に惹かれてこの店を立ち上げました。一見さんからはよく『懐古厨が』とか言われたりしますが、それでも私はこの店が好きなので」
「そのマスターの人柄に惹かれたんですよ、私は」
そう言いながらも、源二は内心「懐古厨が残ってる……」などと思考を巡らせる。
店に入った時の第一印象通り、サキトはいい人のようだった。
これならバタピーを託してもいい、と改めて確信し、源二はヨシロウに「帰るぞ」と声をかける。
「それでは、詳しい話は改めて詰めていくことにしましょう。なるべく早く皆さんに召し上がっていただきたいので準備は進めておきますね」
「お願いします。楽しみにしてますよ」
サキトの言葉を聞きながら、二人が店を出る。
ほろ酔い気分でぶらぶらと駅に向かって歩き、店から十分離れたところでヨシロウは源二を見た。
「おい、いいのか? あんなことして」
「え、何が」
何が、とは訊いたが源二もヨシロウが何を言わんとしているかは分かっている。
あれだけ他企業との提携を拒んでいた源二がふらっと入った店でいきなりコラボしようと言ったのだ、それに対して思うところは色々あるはず。
その源二の考え通り、ヨシロウはこの件に関しての懸念点を口にし始めた。
「お前、コラボって分かってんのか? バタピーを提供したらそこから成分分析されてコピーされるぞ?」
「それは承知の上だよ」
「やっぱり」
そうだ、こいつこういう奴だった、とヨシロウが再び唸る。
「それにバタピーがコピーされたところで他の料理の再現には行きつきにくいよ。料理それぞれにこまごました調合があるわけだし、バタピー一つで全て再現できるはずがない」
「どこから来るんだよその自信」
源二の自信が逆に気になる。
それとも何か隠し玉があるのか、とヨシロウが源二を見ると、源二は得意げな顔でちょうど到着した駅の改札を通り抜けた。
「本気で調味用添加物を分析するつもりならとうの昔にうちの料理をうまいこと持ち帰ってやってるよ。向こうもそこまで手間暇かけて分析する気はない、手っ取り早く俺のレシピをかすめ取りたいって考えてるんじゃないかな」
「お前、本気でそう思ってる?」
源二がそこまで楽観的だとは思っていない。大胆に攻める時もあるが基本は慎重だ。そうでなければさっさとどこかの企業と提携していてもおかしくない。
そう考えると源二がこんな不用心な発言をするのには違和感がある。それとも、何らかの確信があるのか。
うーん、と唸りつつ源二が口を開く。
「今までの企業の動きとか見てると、実は成分分析って結構大変じゃないかなって思ってな。うちは別にお残し持ち帰り禁止とかしてないし、何ならパック渡してるけどもう結構な時間が経つのにコピー品とか全然出てこないからさ。そう考えると企業はまだしばらくコピー品を出せない、だったらコピー品が出たタイミングで本物を一般流通させれば——な。まぁ実は明日に発売とかもあり得ない話じゃないが、それでもこっちはいざという時白鴉組やワタベ氏の会社の力を借りて対抗することができる……と思ってる」
「なるほど」
源二の考えには一理あった。
食べ残しの持ち帰りを禁じていない「食事処 げん」で実際に持ち帰りは何度もあった。企業が成分分析を終えているならとうの昔にコピー品が出回っていてもおかしくない。
それなら、とヨシロウもひとまず安心することにした。
これでバタピーを「ゴーストネオン」に卸したところで企業はすぐに動けない。それなら源二はまだ味覚投影オフを独占することができる。
「あー、酒飲んだらラーメン食いたくなってきた。ゲンジ、帰ったら夜食にラーメン頼む」
「太るぞ」
ヨシロウのリクエストに源二が苦笑しながら警告する。
「ま、酒の後のラーメンはテッパンだからな。俺も食うぜ」
「打ち上げの二次会も悪くねえな。よし、今日は朝まで飲むぞ」
「俺は明日も店あるの!」
そんな会話を展開しつつ、二人はホームに入ってきた電車に乗り込んだ。




