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PREFER-TATION RUNNERS -嗜好と思考のコンフリクト-  作者: 蒼井 刹那
第1章「山野辺源二という男」
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第6話「必要最低限の装備」

 ヨシロウに続いて源二がビルの中に入る。

 薄暗いビルの内部は管理が行き届いていないのかゴミや埃が落ちており、人が住んでいるのかも怪しまれるほど。

 しかし、そこはまるで小規模な商店街であるかのように賑わっていた。

 共用スペースであるはずの通路にネオンやホロサイネージの看板がこれでもかと立ち並び、来訪者を誘う。

 

 ふと、気になって源二が近くの看板を見ると「BS大量入荷! 三千円~」といった文字が見えた。

 BS? と源二が首をかしげると、ヨシロウが慌てて源二の首根っこを掴む。

 

「はいはい、BMS童貞はこんなけしからんものに興味を持ってはいけません!」

「なんだよ」

 

 ヨシロウの、まるで子供をあやすかのような言葉に源二が思わず抗議する。

 それに怯むことなくヨシロウはだめだだめだと繰り返す。

 

「この手の店のBSはどれも裏モノだ。うっかりハマれば戻ってこれなくなる」

「……はぁ」

 

 説明らしい説明ではなかったが、源二はそれで理解してしまった。

 BSが何の略かは分からないが、裏モノという言葉を聞く限り元の場所にもあった「無修正AV」の類なのだろう、と判断する。

 どうやらこの世界にもそういった違法なものがはびこっているのか、と納得し、源二はそろり、とその店から離れた。

 

「そういえば、B・ドックとやらはこんな危険な場所にあるのか?」

 

 周りの店もそういう違法な店なのだろうか、と警戒しながら源二が確認する。

 人々の生活に密着するほどのものならこんな危険な場所に店を構えなくともいいはずだ。それとも——と言いかけて、源二はさらに納得した。

 

 源二はこの世界の人間ではない。当然、戸籍もまだないし社会的な支援を受けられる立場にはない。そうなるとどうしても正規のB・ドックを利用することができず、裏社会の闇医者のように開業する闇B・ドックを利用するしかないのだ、と。

 闇医者ならどのような訳アリ患者であっても治療してくれる。少なくとも、源二が目にしたことのある裏社会ものの創作物ではそうだった。まさか自分がそんな裏の世界に踏み込むことになるとは思っていなかったが、今の自分の立場を考えるとそれも仕方がない。

 

 そう思いながらも、源二は突如訪れた非日常な日常にほんの少しだけ興味がわいていた。

 今までのような社畜生活とは違って、スリリングな日常を送ることができるかもしれない、と。

 

 ヨシロウは「生活の基盤が整ったら自立しろ」と言うかもしれないが、ハッキングのサポートができればと期待してしまう。社畜時代は一応IT企業にいたのだ。コンピュータの基礎くらいは心得ているし、不正アクセスに対応させられたこともあるので何かしらの役には立てるかもしれない。

 でも、ヨシロウのことだから「俺みたいな汚れ仕事なんてお前がするもんじゃない」とか言うんだろうな、と思いつつ、源二はヨシロウが扉の一つを開けて中に入っていくのを目撃した。

 源二も慌てて後を追い、中に入る。

 

「なんだイナバか。防御ウィルスでも喰らったのか?」

 

 中にいた老人が、ヨシロウを見てめんどくさそうに声を上げた。

 

「いや、ちょっとBMSを入れてほしい奴がいてな」

 

 そう言って、ヨシロウが後ろに立つ源二を引き寄せる。

 おどおどしながら源二が周りを見ると、そこには雑然としながらも丁寧にメンテナンスされた機械式のベッドと頭だけスキャンできるMRIといった感じの機械などが置かれていた。

 部屋の中を見る源二を老人が舐めるように眺め、ほう、と声を上げる。

 

「この歳までBMS入れてないとかどんな野生児なんだ」

「だろ? まぁちょっと訳アリでな。爺さんにしか頼めない」

 

 ヨシロウがそう説明すると、老人は分かった、頷いて源二を呼び寄せた。

 

「なんか見た感じBMSのことも何も分かってない、という様子だな。端末とかはお前さんが選ぶんか?」

「ああ、一応はこいつにも説明するからカタログは出してくれ」

 

 あいよ、と老人が二人の目の前にホログラムディスプレイを展開し、BMSのメイン基板となる端末の一覧を見せてくる。当然、源二にはどれがいいのか全く分からないのでヨシロウに一任しようと思う——が、一応は自分のものになるので少しでも理解しようと目を通す。

 

「まぁ、安いモデルだとセキュリティのカスタムとか面倒だからな……。ミドルモデルくらいでいいか……?」

 

 カタログを見ながら、ヨシロウがちら、と興味深そうにカタログを眺める源二を見る。

 一応は自分のことだから完全に他人任せにせず、分からないながらも理解しようしているのか、と判断、それならと源二に声をかける。

 

「見て分かるのか? 機能とか気になるなら訊いてくれ」

「ああ、全然分からないんだが、最低限セキュリティだけはしっかりしたものがいいと思ってる」

「ほほう」

 

 面白そうにヨシロウが声を上げる。どのような機能があるか分からずとも、セキュリティだけはと言える時点で信頼ができる。

 元は情報を扱うような仕事をしていたのだろうか、と思いつつもそれなら、とヨシロウがカタログの中からいくつかピックアップする。

 

「セキュリティをウリにしているのはこいつらだな。まぁ俺が補強してやるからよほどのことがない限りデータを盗まれるとかはないと思うが」

 

 ふむふむ、と源二がピックアップされたものに目を通す。

 

「流石にこれ以上は分からないからあんたに任せた方がいいかな、この辺はプロなんだろ?」

「まぁな。じゃあこの中での俺のおすすめはこれだ。ミドルモデルながらセキュリティ周りのカスタムに強くて、情報を扱う人間なら最低でもこれは入れとけって奴だ。まぁ、あくまでもお前がBMSよりPCを使うのがメインというならという前提だからBMSをがっつり使いたいならこっちのハイエンドモデルをおすすめする」

 

 ヨシロウの説明に、源二がえっ、と声を上げた。

 

「なんで、俺がIT系の仕事してたって分かったんだ?」

「IT? 古臭い言葉だが、まぁお前がデータを扱う仕事をしてたのは『セキュリティ優先』にした時点で分かったよ。今時、セキュリティを特に気にするのはハッカーとテクノロジー関係の仕事をしている奴だけだ」

 

 なるほど、と源二が納得する。それから、自分の中で考えをまとめてみる。

 ヨシロウは源二がPCを使うか使わないかでミドルモデルかハイエンドモデルかという選択肢を提示した。ということはこの世界にも普通に「パーソナルコンピュータ」と呼ばれるものは存在するわけで、それを使った仕事もある、ということ。

 

 その上で、源二はどうする、と考えた。

 今後自分がどのような仕事に就けるかは分からない。いくら元IT企業の社員であったとしてもテクノロジーは源二の常識をはるかに上回るものだろうし、それに適応できるかどうかも分からない。

 そう考えると最悪の場合職に就けない可能性も、就けたとしても最低賃金でこき使われる肉体労働職もあり得る。必ずしもハイエンドモデルが正解にはならない。

 

 だが、ハイエンドモデルにすればもしかするとヨシロウの手伝いができるかもしれない。ヨシロウは「まっとうな職に就け」と言うかもしれないが、源二としてはここまで裏社会のお世話になっていて表社会に出られるとは考えにくかった。そんな欲が、ほんの少しだけ混ざってしまう。

 

 とはいえ、このBMS導入費用はヨシロウが立て替えてくれるもの、今は安価な方のミドルモデルにして、安定した収入が得られるようになってからハイエンドモデルにした方がいいだろう。

 そう考え、源二は「こっちでいい」とミドルモデルを選択した。

 

「あいよ、じゃあ導入するからここにうつ伏せで寝てくれ」

 

 BMSの基板端末を選択した源二を老人が誘導する。

 

「BMSはうなじ部分にポートを埋め込んで脳にナノマシンを注入、固定させるからな。おいイナバ、お前も手伝え」

 

 どうせセキュリティをカスタムするなら導入時に一緒にやった方が早いだろう、と老人がヨシロウに声をかけると、ヨシロウもああ、と頷いてベッドにうつ伏せになった源二の隣に立つ。

 

「ゲンジ、簡単な手術があるから麻酔かけるぞ。すぐ終わるが、終わってからビビるなよ?」

 

 そんな言葉と共にうなじのあたりに麻酔がかけられ、源二が暴れないようにと鎮静剤も打ち込まれる。

 BMSが導入されたらいったい何が見えるんだろう、と期待しながらも、源二の意識はすっと沈んでいった。

 

 

「ん……」

 

 源二が目を開けると、天井から下げられた手術灯が視界に入ってきた。

 

「お、目を覚ましたか。じゃあ起動するぞ」

 

 目を覚ました源二に即座に気づいた老人がベッド横の端末に指を走らせ、コマンドを実行する。

 次の瞬間、源二の視界に透明なウィンドウが展開し、OSの起動シーケンスがスクロールしていく。

 それが終わると、源二の視界に時計やいくつかのウィジェットが邪魔にならないように配置されていく。他にも手術前には見えなかった、各機械に展開されていたウィンドウなどが表示され、視界の中は少し賑やかになっていた。

 

「お……おお……」

 

 自分の視界に、目で見たもの以外のものが映り込んでいることに感動して源二が思わず声を上げる。

 

「ゲンジ、通話は分かるか? 電話のアイコンをタップしてみろ」

 

 ヨシロウに言われ、源二が視界の中を確認すると、見慣れた電話のアイコンが浮かんでいることに気づく。

 この世界でも電話はこのアイコンなんだ、と感動を覚えつつも源二が恐る恐る空中に浮かぶそれをタップすると連絡先一覧のウィンドウが眼前に開き、「イナバ・ヨシロウ」という名前が表示される。

 

 ちら、と隣のヨシロウを見ると押せとばかりに頷かれ、源二はその名前をタップした。

 聴覚に、スマートフォンで電話をかけていた時と同じように呼び出しのコール音が響き、すぐに通話状態へとステータスが変化する。

 

《お、通話は問題なくできるようだな》

 

 ヨシロウの声が脳内で響く。

 声が鼓膜を震わせないことを考えると、脳内で念じれば会話ができる、という仕組みなのだろう。

 なるほど、と思いながら源二が脳内でヨシロウに返答する。

 

(こんな感じでいいのか?)

《ああ、問題ない。お前、意外と適応力高いな》

 

 通話がそこで途切れ、ヨシロウが意外そうな顔で源二を見る。

 

「とまあ、これがBMSだ。習うより慣れろ、どうしても分からなかったら俺に訊け」

 

 これで、とりあえずこの街で生きていく最低限の準備はできたな、と呟き、ヨシロウは「気分が悪くないなら出るぞ」と言葉を続けた。

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