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PREFER-TATION RUNNERS -嗜好と思考のコンフリクト-  作者: 蒼井 刹那
第6章「戦いの幕開け」
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第66話「酒の席で」

 二人が入ったバーはしっとりとした雰囲気の店だった。

 大衆向けの酒場はネオンやホロサイネージがギラつくサイケデリックな雰囲気のものが多く、「視覚的にも」酔わせるものが多いが、この店はどちらかというと源二がいた時代のバーのような、古めかしいカウンターや酒の瓶——の、ホログラム映像が並ぶ、懐かしさを感じるものだった。

 

「へえ、いい店だな」

 

 店内を見回したヨシロウが興味深そうに呟いているが、その心のうちは「やべ、ここ高いんじゃ……」だった。

 確かにここは一等地にある高級商店街のバーである。場所代だけで相当なものになるのは目に見えている。

 これはチャージ料金とかかかるやつ、だが入ってしまったのでやっぱ帰りますもできず、ヨシロウは内心ヒヤヒヤしながら源二の動向を見守っていた。

 

「おー、有名どころのウィスキーとか並んでるなー。旧時代のテイストで酒を楽しむ、というコンセプトか、いいね」

 

 トーキョー・ギンザ・シティに馴染んだとはいえ、やはり元の時代が恋しいことはある。

 たまにはホームシックを感じることもある源二だが、この店はそのホームシックを和らげるのに一役買ったらしい。

 

 源二が「あー、あの幻のやつ!」とホログラム投影された瓶の一つを見て目を輝かせる。実際にそんなものが飲めるとは思っていないのでただ懐かしさを感じるスパイスとしてしか機能していないが、それでも元の時代で見かけたものをホログラムという形で目にするのは真新しくもあり、懐かしくもあった。

 

「いらっしゃいませ」

 

 顎髭をたたえた細身で長身のマスターが静かに、それでいてにこやかに声をかけてくる。

 

「初めてなんですけど、大丈夫ですか?」

 

 どことなく日和っているヨシロウを置いて源二が尋ねると、マスターはもちろん、と笑顔で頷いた。

 

「どのような方でも大歓迎ですよ——支払いさえしてくれれば」

 

 なぜかひやりとする言葉に、源二は一瞬怯みつつもヨシロウのジャケットの裾を引っ張ってカウンター席に向かった。

 

「何にいたしますか?」

 

 席についた二人に、マスターが注文を訊いてくる。

 初めての店なのでヨシロウがメニューを開く。

 

「見たことねえカクテルばっかりだな……。ゲンジ、分かるか?」

 

 そうぼやくヨシロウの隣で源二がメニューを開くことなく、

 

「ジントニック、いけます?」

 

 そう、オーダーしていた。

 その瞬間、マスターがほう、と声を上げる。

 

「真っ直ぐな自分を持っている人だ。もちろん、できますよ」

 

 お連れの方は? とマスターがヨシロウを見ると、ヨシロウもメニューを閉じてオーダーを口にする。

 

「ジョンコリンズを頼む」

「お連れ様を大切に思っていらっしゃるようで。かしこまりました」

 

 オーダーに対するマスターのリアクションが気になるが、オーダーしたカクテルによってプロファイリングでもできるのか? と二人がマスターの動きを見守る。

 

 マスターはグラスを手に取り、氷を入れるとカウンターの奥にあるドリンクバーのような機械に歩み寄った。

 グラスをセット、手際よく機械に備え付けられたスイッチを押すと液体が注がれていく。

 

「ヨシロウ、あれは何やってんだ?」

 

 源二がヨシロウの脇を小突いて尋ねる。

 

「あー? カクテル作ってんだよ。五つのフレーバーの組み合わせと合成アルコールのアルホリックの量で色んなカクテルができるってわけだ」

「へえ」

 

 ヨシロウがカクテルの説明をした途端、源二の目の色が変わった。

 この時代、料理は味覚投影で味わうし、飲み物の多くも味覚投影で気分だけ味わうことが多い。それでも飲料に関しては数少ない嗜好品として合成物のフレーバーが存在することは源二も分かっていた。ヨシロウは合成コーヒーをよく飲むし、そうでなくても水にフレーバーリキッドで香りをつけて楽しむことが多い。

 

 アルコールに関してはこの時代に来てから一口も飲んでいなかったが、味覚投影だけでなく実際にアルコールを楽しむことができる、とはヨシロウや常連の話で知ってはいた。

 それが今回、実際に飲めるとなって源二は浮ついていた。

 

 アルコールは営業許可を受けた酒場でないと提供されない。源二がいた時代のようにコンビニで気軽に買える物ではない。ヨシロウの話によるとアルコール依存症にならないように店では提供量が決められているしハシゴをしてもBMSのデータタグからその日どれだけ飲んでいるのか把握することも可能らしい。とはいえ、持ち帰りが禁止されているわけではないので源二もヨシロウが買ってきたビールを飲んでいるのを見たことは何度もある。それに自宅に保有できるアルコール量もBMSを通してサーバで管理されているので飲みすぎることはない。

 

 そのため、源二が道を歩いていてもアルコール依存症で路頭に迷っているような人間は見たことがなかった。その代わり、闇BSチップによるBS依存症の人間は何人も見てきたが。

 

 グラスに注がれた液体をマスターが軽くかき混ぜ(ステア)する。

 

「お待たせしました」

 

 差し出されたグラスには時々気泡が浮かび上がる無色透明な液体が満たされており、見た目には源二のよく知るジントニックそのものだった。小洒落たバーならそこにライムも添えられたりするが、本物のライムが手に入らない今の時代でそんなものを求める気はない。ただ、ほのかに香るアルコールの匂いに源二はふっと懐かしそうな笑みをこぼした。

 

「いいな。本物みたいだ」

「あー、お前は本物飲んだことがあるんか……」

 

 いいなあ、という感じにぼやいたヨシロウの前にもやや黄色みがかかったグラスが差し出される。

 こちらにはレモンとチェリーを模したピックが添えられており、見た目にもさわやかさが演出されている。

 無言で二人はグラスを手に取り、目の高さに掲げた。

 

『乾杯』

 

 二人の声が重なり、グラスも軽くぶつけられる。

 

「今日はお疲れさん。うまくいってよかったな」

「ああ、ヨシロウのおかげだよ」

 

 そんなことを言いながら、二人がそれぞれグラスを口にする。

 ピリッとした辛みと炭酸の刺激が喉を通り過ぎ、フレーバーで付けられたライムの香りが鼻を抜けていく。

 

「うーん! やっぱ酒はいいな! 味覚投影じゃここまでの刺激は味わえないもんな」

 

 久々に飲む酒はアルコール臭というよりも薬品臭が強かったが、それでも少しずつ全身にアルコールが回ってくる感覚はやはり気持ちよかった。

 元からそこまで酒に強いわけではない。飲みすぎればすぐに寝てしまうのも分かってしまうので量は控えめにしているが、今日だけは少し羽目を外したい、そんな気分に駆られる。

 

 懐かしい雰囲気のバー、懐かしい酒の味に源二はちら、とヨシロウを見た。

 ヨシロウはヨシロウでちびちびとジョンコリンズを飲みながらつまみで出された出力品のバタピーをつまんでいる。

 

「あー、つまみも味覚投影オフで食べられたらいいんだがなあ……」

 

 酒は味覚投影オフ、つまみは味覚投影オンという食い違いが今となっては煩わしい、とヨシロウもちら、と源二に視線を投げる。

 

「おいゲンジ、」

「つまみも作れって?」

 

 ヨシロウが言うよりも早く、源二が言いたいことを口にする。

 

「いいなおつまみ。確かに味覚投影の酒と俺が作ったビーフジャーキーの組み合わせは悪くないが脳が混乱する。まぁそういう酔い方もあるんだろうが、こんないい店のおつまみが味気ないともったいない」

 

 そう呟きながら源二がバタピーを一粒口に入れる。

 味覚投影なしでは味らしい味がしない「無」だが、もしこれが塩味がほんのりついたピーナッツの味になれば。

 そう思った瞬間、源二はマスターに視線を投げた。

 

「? いかがいたしましたか?」

「コラボしてみませんか? 『食事処 げん』と」

 

 源二の真っすぐな視線がマスターを射抜く。

 

「コラボ……? 『食事処 げん』……?」

 

 怪訝そうな顔をしたマスターだったが、すぐにあっと声を上げて源二を凝視した。

 

「『食事処 げん』って、シンバシエリアの……?」

「おや、ご存じでしたか」

 

 マスターの反応に、源二が意外そうな顔をする。

 同時に「『げん』も有名になったんだなあ」という考えが胸をよぎるが、今はマスターの答えが聞きたい。

 「食事処 げん」を知っているなら好都合だ。結果がどのように転がるにせよ、話はしやすくなる。

 

「確か、味覚投影オフでも料理が食べられる、という店でしたよね。それが急に」

 

 マスターの困惑はもっともだ。いくら知っている店がコラボしようと声をかけてきても警戒するのは当たり前だ。

 怪訝そうな顔をしたマスターに、源二は笑みを絶やさず説明を続ける。

 

「このお店の雰囲気やお酒の味がすごくいいなと思いまして。でも、突き出しのバタピー——これはマスターも何とかしたいと思っているのでは?」

「よく分かりましたね」

 

 源二の言葉に、マスターは即座に頷いた。

 マスターとしても旧世代のバーを再現したこの店の雰囲気は気に入っていたし、出すのも大衆酒場のようなケミカルドリンクではなく旧世代のカクテルを模したものを独自に研究したものだ。そんなこだわりの店で、たった一つ不満があるとすれば飲み物に添えるおつまみがプリントフードということ。

 

 できれば合成アルコールと味覚投影という脳の認識ギャップを利用した酔いではなく、純粋にアルコールで酔ってもらいたいマスターとしてはこのバタピーさえなんとかできれば、というところだった。

 

 しかし、本物のバタピーを口にしたことはなく、味覚投影で味を知っている程度。調味用添加物を使えば出力物に味を付けられることは分かっていても思った味にならず、諦めていた。

 そんなところでふと耳にしたのが味覚投影オフで食べられるという「食事処 げん」の話である。

 

 そんなに多いとは言えない常連が「面白い店がある」と話してくれたことで知り、一度は行ってみたいと思ったもののシンバシエリアと言えばそこまで高級なエリアではなく、マスターとしては行きそびれていた。ここ、ニホンバシエリアは比較的高級店が並ぶエリアなのでプライドが邪魔をしてしまった、というのもある。

 

 いずれにせよ、ここで噂の店の、恐らくは店主が声をかけてきたのはマスターとしても幸いだった。

 なぜニホンバシエリアに足を伸ばしたのかは分からないが、話を聞くだけの価値はある、とマスターは考える。

 

「……お話、聞かせていただきますか?」

 

 真剣な目つきになり、マスターは源二の目を真っすぐ見据えた。

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