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PREFER-TATION RUNNERS -嗜好と思考のコンフリクト-  作者: 蒼井 刹那
第6章「戦いの幕開け」
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第63話「特別感、というもの」

 ホールからは生演奏のBGMや参加者が談笑する声が聞こえてくる。

 時計を見ればメインディッシュを出力する時間が迫っており、源二は持ち込んだケースからカプセルを取り出した。

 

「ヨシロウ、任せられるか?」

「おうよ、任せとけ」

 

 ヨシロウが慣れた手つきでカプセルを受け取り、フードプリンタに投入していく。

 伊達にヨシロウも源二のそばにいたわけではない。「食事処 げん」が忙しい時に手伝ったこともあり、源二の調理方法は心得ている。

 

 これがツナマヨオニギリなどの「複数の料理を組み合わせて作る」ものだったらヨシロウも手伝うのは躊躇ったが今回は通常レシピのみなので心置きなく手伝える。

 何台も並んだフードプリンタが動き出し、料理を出力し始めた。

 

「いやー、壮観だな」

 

 料理を出力するフードプリンタを眺めながらヨシロウが呟く。

 

「しかし、高級レストランっつても厨房は『げん』と変わり映えしないんだな。設備がちょっといい程度で他は同じようなもんか……」

「そりゃそうだろ。フードプリンタで料理を作ってる以上必要なのはプリンタと食洗機と棚くらいだと思うぞ」

 

 ヨシロウは高級レストランなんだから厨房もさぞかし大層なものだろうと予想していたのか、いささか拍子抜けしている。

 むしろ源二の方が慣れた場所だと言わんばかりの様子で出力が終わった料理に仕上げを施し、配膳担当に指示を出している。

 源二から教わった通りにヨシロウも仕上げを手伝う。

 

「……料理って、面白いな」

 

 ふと、そんな言葉がヨシロウから漏れる。

 

「お、ヨシロウも料理の楽しさに気がついたか?」

「んなっ」

 

 知らず、言葉にしていたことに気づいてヨシロウが慌てる。

 

「まー、毎日となると飽きてくるかもだがたまにやってみると楽しいもんだろ?」

「……ま、まぁ」

 

 源二に聞かれてしまったのなら認めざるを得ない。

 照れ臭さ隠しにヨシロウが頷くと、源二は皿に付け合わせのソテーを盛り付けながら苦笑した。

 

「俺みたいな料理人は料理してないと死ぬ、みたいなマグロだがそうでない人はたまにでもこういう手間暇を楽しんで貰いたいって思うことはあるよ。もしかしたら——こういうレストランの需要ってそういうところにあるかもな」

「どういうことだよ」

 

 源二の言葉の意味が分からず、ヨシロウが尋ねる。

 

「ただ出力されたもの、じゃなくて『自分のためだけに手間暇かけられたもの』に特別感を感じたいのかなって。確かにここでもやってることは変わらないが手順は見えないしメニュー自体も手の凝ったものが多い。それだけで人間って特別感を得られるんだろうなって」

「なるほど」

 

 よく分からない話だが、なんとなく分かったような気がした。

 実際のところ、今出力している料理はステーキを出力する、別に出力した付け合わせを乗せる、そしてソースをかける、という手間がかかっている。普通ならステーキを出力してはいおしまい、という流れなので確かに普通の食事に比べて手順が多い。

 その手間を富裕層は楽しんでいる、ということかとヨシロウは考えた。

 

 自分のために他人が手間暇かけてくれている、だと実感は湧かないが自分のために誰かが動く、と考えればそれは理解できる。

 ヨシロウもニンベン屋や白鴉組に助けられたことは何度もある。自分一人で全て切り抜けられるとは思っていない。

 ささやかではあるが確かに感じる特別感。それを料理として味わえるのがこの店なのか、と理解する。

 

 同時に気づく。

 もしかして、アジトモの理念は源二と同じところにあるのでは、と。

 源二は「味覚投影オフという昔なら当たり前の料理を楽しんで欲しい」と思っている。実際に源二の料理はそういう意味で手間暇かけられているし特別感が強い。

 

 対するアジトモ社の高級レストランは特別な雰囲気、手間のかかる料理、そういったもので特別感を演出し、来る人を楽しませる。

 

 この二つに大きな差を見つけることができず、ヨシロウは「別にアジトモと提携してもいいんじゃ」と一瞬だが考えた。

 だが、すぐにダメだ、と首を振ってその考えを否定する。

 確かに源二とアジトモ社の「表面的」な理念は同じかもしれない。

 

 しかしその奥底、根底部分は全く違う。

 アジトモ社は「最大限の利益を得る」手法としてほんの少し手間暇かければいい、と理解している。源二は「この時代の人間が人間らしく生きる」方法として味覚投影オフ料理を提供している。この差は大きいし覆せるものではない。

 重要なところを履き違えかけた、と思いつつヨシロウは最後のステーキにソースをかける。

 

「ゲンジ、できたぞ」

「ありがとう。あとは向こうの出方だな」

 

 最後の一皿がホールに運ばれるのを見届け、源二は緊張した面持ちでホールにつながる出入り口を見た。

 

 

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 

 『それでは本日のメインディッシュ、「食事処 げん」とのコラボレーションによるシャトーブリアンとなります』

 

 司会の言葉と共に目の前に置かれた皿に、パーティーの招待客たちは目を見張った。

 シャトーブリアンといえばプリントフードが主流になる前の時代では牛肉の希少部位として人気も価格も高いものだった、と高級レストランに通うレベルの美食家の中では常識である。プリントフードとしての材料は他のものと変わらないため現在の価値は下がった、とも言えるが「味覚投影によって希少部位が手軽に食べられるようになった」ではなく「希少部位だからこそその価値を残し続ける」ということでメニューとしての価格は高め。

 

 とはいえ、美食家たちは軒並み富裕層でありプリントフードとはいえシャトーブリアンは食べ慣れたもの、今更特別感など感じない——はずだった。

 

 それなのに、目の前のシャトーブリアンはなんだ。

 見た目は普段この店に来て食べるものと大差ない。それなのに料理が輝いているように見えるし、見ているだけで口の中に唾液が溢れてくる。

 いつものシャトーブリアンのはずなのに、と考えていた招待客だったが、すぐにその違和感に気がついた。

 

 ほんのりと香る焼いた肉とソースの香り。匂うほどではなく、ほんのりと立ち上るだけの香りに招待客たちは完全に目の前のシャトーブリアンに吸い込まれていた。

 

『「食事処 げん」の料理は、なんと味覚投影をせずとも楽しめるという特別なものです。今回は特別にご協力いただき、シャトーブリアンを味覚投影オフで楽しめるよう調整していただきました。是非とも味覚投影オフでご賞味ください』

 

 そんなアナウンスにホール内がざわざわとざわめく。

 

「味覚投影オフ?」

「そんな、味覚投影しなければただのフードトナーの味なのでは」

 

 そんな声が多いが、中には

 

「あー、そういえば前の展示会で味覚投影しなくても食べられる、を売りにした試食があったな」

「あれ、展示会終わってから挨拶に行った時クッキーをもらったんだけど本当に味覚投影なしで食べられたな」

 

 そんな声もちらほら聞こえてくる。

 

「味覚投影しなくても食べられるとかすごいと思ってたけど、シャトーブリアンでそれするとかやばいな。あ、やば、よだれ出てきた」

 

 やはり、富裕層の大多数は「食事処 げん」を知らなかった。

 ただ、幸いにもあのフードプリンタの展示会に関わった人間が数人いたために彼らがファーストペンギンとなってシャトーブリアンにナイフを入れていく。

 

 フードプリンタで完璧に再現された柔らかい肉がナイフで切り分けられ、招待客の口に運ばれる。

 ほんのわずかな沈黙。

 

「んー!!」

 

 心底幸せそうな声で、シャトーブリアンを口にした招待客が声を上げた。

 

「ああ、味覚投影で感じた味がマジで口の中に広がってく! 味覚投影オフだとこんな感じで広がってくのか、すごいな」

「そんなに!?」

 

 このようなドレスコード必須とも言えるレストランでこんな声を上げるのはマナー違反かもしれない。

 だが、思わずマナー違反してしまうほど味覚投影オフのシャトーブリアンは食べた人間を魅了してしまった。

 

 うまいうまいとシャトーブリアンを貪る招待客に、周りの客も半信半疑で自分のシャトーブリアンを口に運ぶ。

 

「……!?」

 

 口の中いっぱいに広がるミディアムレアの肉の味。精密に再現された肉は噛み締めるたびに肉汁を迸らせるが、ここに肉汁の旨みが混ざり込んで口の中を支配していく。

 味覚投影であれば口に広がる食感を楽しみつつ脳が味を認識するが、このシャトーブリアンはまず舌が肉とそこに絡んだソースを認識し、口の中がビリビリと痺れるような錯覚をもたらしてきた。

 

 味覚投影オフなんて、という疑いに満ちていたホールの空気は完全に一変していた。

 初めて舌が味わう料理の味に魅了され、最初は驚きの声に満ちていたホールが徐々に静まり返っていく。

 

 話している時間が惜しい。少しでもじっくりと自分だけの世界で味を楽しみたい。

 そんな空気を、源二は出入り口からほんの少しだけ頭のぞかせて満足そうに見ていた。

 

 初めて味覚投影オフを楽しむ人間の反応からしか得られない栄養素がある、といった顔でホールを眺める源二の隣でヨシロウが苦笑する。

 

「ほんっと、お前って料理が好きなんだな」

「ああ、食べてる人間の幸せそうな顔を見るのが好きなんだ」

 

 無言で料理を楽しむ招待客に、源二は今回のパーティーの成功を確信した。

 あとはアジトモ社がどう出るかだ。

 それは気になるが、今はただ招待客の反応だけを楽しみたい。

 そう思いながら、源二は皿洗いの準備のために厨房へと戻っていった。

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