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PREFER-TATION RUNNERS -嗜好と思考のコンフリクト-  作者: 蒼井 刹那
第6章「戦いの幕開け」
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第60話「反撃への足掛かり」

 そのメールが届いたのは季節も変わりかけ、少しひんやりとした風が吹き始めた頃だった。

 メールの受信自体は暫くに通知が来ていたので分かっていたが、ピークタイムだったため、開封は客足が落ち着いてからにする。

 

 普段はメールの管理をヨシロウに任せていたが、ここ数日はたまたまヨシロウに依頼が来ており、忙しそうだったので源二は一人で受信メールを開封していた。

 

 差出人はワタミヤ・アビコと記載されている。メールアドレスには電子署名も埋め込まれており、適当な企業の名を借りた偽物ではない。

 

 ——といったところで源二は、

 

「アジトモぉ!?」

 

 思わず叫んでいた。

 

《どうした!?》

 

 メールの内容については一応マネージャーとしてサポートしてくれるヨシロウに確認を入れているため、回線が繋がっている状態。

 源二の叫び声に、ヨシロウが何があったか、と即座に反応する。

 

(邪魔してすまん)

《何があった? アジトモとか聞こえたが》

 

 源二がアジトモ社の名を口にして叫ぶとは穏やかではない。

 ハッキングに失敗したアジトモ社も正攻法で源二の獲得に動き出したか、と判断したヨシロウは源二に話の続きを促した。

 ヨシロウの言葉を受けて、源二がこほん、と咳払いする。

 

(アジトモの社員からメールが来た。電子署名が入ってるからアジトモ社を騙った輩ではないな)

《アジトモぉ!?》

 

 先ほどの源二と全く同じ言葉がヨシロウから飛んでくる。

 

《は? アジトモからメール!? いやちょっと待って、うん、アジトモも正攻法で動き出すとは予測してたが、え、マジ、本気で言ってるか?》

 

 これが予測可能回避不可能ってことか、と思いつつ源二は小さく頷いた。

 

《ちょっと待ってくれ。仕事どころじゃないから中断する》

 

 どこかの企業のサーバに侵入中のはずなのにヨシロウがハッキングを中断し、店に駆けつけてくる。

 息せき切って飛び込んできたため、源二から水を受け取りながらヨシロウはそれを一気に煽った。

 

「アジトモからメールって、姑息な手段取ってた奴が真正面から突撃してくるとはな」

 

 そんなことを言うヨシロウにメールを共有し、源二が本文に目を通し始めた。

 

「あー……提携したいとかそういう話じゃなさそうだな」

 

 ざっくりと本文を読んだ源二がほっとしたように呟く。

 

「今度開催するアジトモの社員表彰パーティーでサプライズしたいから料理出してくれってか……」

 

 あまり気乗りしなさそうな声で呟く源二、それとは対照的にヨシロウは真剣な目でメールを読んでいる。

 

「前のハッキングのことを考えると、うまいこと言って俺に料理を作らせて、そこに含まれる添加物の成分を分析して再現したいってのが見え見えなんだよなあ……」

 

 一度感じた恨みは決して忘れない。ハッキングが失敗したから正攻法、は印象悪すぎるんだよなあ……とぼやきながら源二はどうしよう、と考え始めた。

 

 ハッキングの件があるのでこの話も裏があると考えるのが妥当。アジトモは源二が持つ調合添加物のレシピを狙っているのだから実際に料理を作らせて成分分析させる、と考えるのは当然だった。

 

 そうなると迷うことなく断るのが最善手ではあるが、源二はすぐに断る旨のメールを打とうとはしなかった。

 

 ヨシロウがいつになく真面目な顔でメールを読んでいるのが気にかかる。こういうメールが来たときは一応ヨシロウの意見も聞くことにしているが、即座に「断れ」と言うこともなく読み込んでいるのはヨシロウなりに何か考えがあるというのか。

 

 ヨシロウが読み込んでいる間に源二はもう一度メールに目を通すことにした。

 ざっくりと、もう一度メールの内容を読み直す。

 

「社員表彰パーティーで社員にサプライズしたいから料理を作ってほしい、アジトモ社は高級外食産業最大手だから来賓もVIP級ばかり、そこで『食事処 げん』の唯一無二の料理をアピールできるからビジネスチャンスとしては大きいものになると思う、ねえ……」

 

 概要を改めて口にしてみたものの、何故か心が躍らない。

 確かにアジトモの高級レストランに足を踏み込める、どんな場所か実際に見ることができるというメリットはある。「食事処 げん」の内装を変える気はないがもしかすると「あの高級レストランで出された料理」と銘打って客を楽しませることができるかもしれない。そう考えると自分の経験のためにこの話を受けるべきではあるが、やはりネックは「アジトモがデータを盗もうとしているかもしれない」というところである。アジトモ社はVIP級の大物にアピールするチャンスだと言うが、その部分に関して源二は全くと言っていいほど興味がない。別に有名人に食べてもらいたいわけではなく、食事を楽しみたい人に楽しんでもらいたいだけなのだ。

 

 その点では高級レストランの内部は気になる。どんな料理が出るかも気になる。

 

 「食事処 げん」は基本的に大衆料理がラインナップに多く含まれるが高級レストランは高級というだけあってさぞかし高級料理が出るんだろうなあ、シャトーブリアンとかトリュフとかを模したものだったりするのかなあ……と思ってしまう。

 

 高級レストランであってもその中でも特に選りすぐりの最高級レストランでなければ供されるのはプリントフードだ。それは市場調査のためにアジトモ社が運営するレストランを調べたから分かっている。それなら街角の食堂と変わりないのだが、高級レストランの売りは何と言っても「最上級の食事体験」である。高級な調度品に囲まれて、緻密に出力された旧世代の高級料理を食べる、それだけで普段の食事では味わえない優越感を得ることができる。そういった店舗で働くウェイターやウェイトレスといった人間はエリートの一員であり、容姿がいい男女なら多くが憧れる職でもあった。

 

 上流階級の娯楽とはそういうものだ。リゾート地に邸宅を構え、高級な店で訓練された店員にかしずかれる、そういった体験に大金を費やすのがステータスなのである。

 その娯楽を源二は否定する気はない。金のある人間はそうやって楽しめばいいし、金のない人間は金がないなりに楽しめばいい。

 

 その金のない人間から娯楽を奪う行為が源二にとって許せないだけだ。だから金持ちは自分の料理を食うなとは言わない。ただ、庶民にも娯楽を享受する権利があると主張するだけだ。

 

「……どうしたものやら」

 

 はっきり言って断りたい。疑似的に高級レストランの体験を提供することは源二もできるが、リスクを冒してまでその土台を盗む必要性が見えてこない。

 だが、断る前にヨシロウの意見は聞いておきたい。もしかするとヨシロウは何かを見つけたうえでメールを熟読しているかもしれない。

 

「……ゲンジ、」

 

 何度もメールを読み返したヨシロウが口を開く。

 

「断るのは一旦保留にしてくれないか」

「なんで」

 

 ヨシロウの言葉に、源二が真意を問う。

 ふう、と一つ息をつき、ヨシロウは真意を口にした。

 

「断るのは簡単だが、はっきり言って今の俺たちはアジトモに対して後手に回っている。このまま向こうが何かしてきてそれに対応する、という流れだといつかは喉笛を食いちぎられる。今回のオファーはこちらから攻め込むいいチャンスだ。うまくいけば勝ち筋が見えるかもしれない」

「なるほど」

 

 ヨシロウの言う通りだ。今まで、どの企業に対しても源二は後手に回っている。

 だが、今回のオファーを受けることでこちらからアジトモ社を探り、攻略の糸口を見つけることができるかもしれない。

 

 今の源二たちに必要なのは各企業に対する情報だった。何を求めているのか、何を妥協点にすればいいのか、どうすれば自分たちが有利に立ち回ることができるのか、それを探るためにも情報が欲しい。

 

 分かった、と源二が頷いた。

 

「じゃあ、このオファーは受ける方向で考えよう。ただ、こっちの料理が成分分析されるリスクを下げられるだけ下げておきたい」

「そうだな、その落としどころが見つけられなければ断るのもやむなしだ」

 

 肉を切らせて骨を断つ、とは言うが切られる肉は少ない方がいい。

 

「しかし、味覚センサー使われたら一発だろこれ。義体お断りで受けるしか……」

「いや、義体だから食べさせないという差別はしたくない。となると味覚センサーの仕様が分かればいいんだが……」

 

 義体のカタログ見るか? と源二が唸る。

 各種センサーを搭載した舌の義体はそれなりに需要があるが、そのセンサーの詳細を調べるとなるとそれなりに時間がかかるような気がする。細かい部分に関しては企業秘密ということで伏せられていた場合、味覚センサーがどのように分析するか、正確な情報は得られないかもしれない。

 

「うーん、カタログ見て俺が理解できるかって話だし、そもそも味覚センサーの詳細なんて書いてあるんか?」

「いや、そもそも味覚センサーなんて需要あるんか?」

 

 うーん、と源二とヨシロウが同時に唸る。

 そもそも普段の食事は味覚投影によって味わうものだから義体に味覚センサーなど不要と言えば不要。もちろん食事以外の分野で味の認識をする必要性は無きにしも非ずなので味覚センサー搭載の義体はあるだろうが一般的な需要はほぼないと考えてもいいはず。

 

 二人がそう悩んでいたところで店の入り口に一つの影が立ち止まる。

 

「タイショー、遅くなったが牛丼くれ」

 

 入ってきたのは全身を義体にしている常連ことカスミ。

 カスミを見た瞬間、源二とヨシロウは顔を見合わせた。

 そういえばいた。都合のいいことに味覚センサーを使って食事をしている客が。

 

 二人が思わずカスミを指さす。

 

『ちょうどいいところにいたー!!!!』

「おい、お前ら客を指さすな」

 

 自分を指さし絶叫する二人に、カスミは事態が全く飲み込めず、首を傾げるしかできなかった。

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