第59話「本当の力になるものは」
源二がBMSハッキングされたことによる臨時休業騒ぎから数日、「食事処 げん」はいつもの落ち着きを取り戻していた。
源二とヨシロウの間には元から何もなかったかのような熟年夫婦感が漂い、ニンベン屋だけでなく毎日顔を出すレベルの常連は心の奥で安堵の息をついていた。
だが、こういった常連は源二に「何かあったのか?」とは訊かない。
気にはなるが訊いたところで源二の負担になるし話したくないことだった場合土足で踏み込むことになる。
ただでさえ多忙の源二の手を煩わせたくなく、常連たちは「終わったことならもういいや」とばかりにいつも通りの注文をして常連同士で語り合っていた。
——が。
「そういやタイショー、この間、午後臨時休業してたけどなんかあったのか?」
無粋な人間はいるもので、常連の一人が無神経にも源二に質問してしまう。
「あ、こら余計なこと訊くな!」
「タイショーだって色々あるんだよ!」
逆に周囲の常連が大慌てで質問した常連仲間を叱咤する。
和気藹々としたその雰囲気に、源二が思わず苦笑する。
この店も愛されてるなあ、と思っていると質問した常連はむすー、とした顔で周囲に言い訳を始めた。
「えーでも忙しくて大変だとかいうなら俺だってバイトくらいするぞ!」
「バイトできるっつても皿洗いくらいだろうが!」
「なにをう、皿洗いって特殊スキルなんだぞ! 素人がやってみろ、皿が行き場をなくして雪崩れるんだぞ!」
「だからお前も素人だろが!」
ぽかり、と言い出しっぺを小突く常連、その常連の皿からこっそりエビフライをくすねる別の常連、店内は明るく賑やかな空気を漂わせている。
「あー! 誰だ俺のエビフライ食ったの!」
「ふふん」
「お前かー!!!!」
いつもと変わらぬ「食事処 げん」。
そんな空気に当てられて、源二も仕方ないなあとばかりに常連たちに何があったのかを説明することにした。
「いくつかの企業からオファーもらってんだよ。提携しないかって」
『なんだってー!?』
源二の説明に重なる常連たちの声。
「え、一個人の店に企業が声かけるだって!?」
「やべえ、『げん』がチェーン化するのか!?」
「そうなったら自慢しようぜ、『俺たち最古参』って!」
勝手に騒ぎ出す常連たち、そんな常連たちに源二は再度苦笑する。
常連からすれば「食事処 げん」はもっと広まって然るべき、というものだろうか。
やっぱり愛されてるなあ、と思った源二だが、オファーの詳細を理解しているだけに常連たちには説明しづらい。
ベジミール社もアジトモ社も源二の味を上流階級だけのものにしようとしている。その点で言えばペッパーフィッシュ社は一般市民から源二の味を奪うような提案はしなかったが悪どい手段で利益を貪ろうとしている。そう考えると最初の提案も嘘だったかもしれない。
食品大手の上位三社がオファーを持ちかけてきた、というところは伏せて源二は話を続ける。
「まー俺の条件に合わなかったから断ってんだけどな」
「えっ、もったいない」
一般人からすれば企業からのオファーは喉から手が出るほど欲しい。高収入は約束されるし、メガコープと繋がっているというだけである程度の地位は担保される。うまくいけば今と同じ労働量で生活レベルは数倍にも跳ね上がるのだ。
それを断ったとなると常連からすれば「もったいない」という言葉しか出てこない。
一体どういう神経してるんだ、と思いつつも源二が変わり者であることを知っている常連たちは「これはきっと何か意図がある」と判断して源二の話の続きを待った。
「まあ、ほら時期尚早っつか、もうちょっと利益独占したいっていうか」
『あー……』
納得したような常連たちの声。
源二はそういう男だ。確かに企業と提携すれば利益は増えるかもしれないが、それよりも「唯一無二」を楽しみたいのだと納得できてしまう。
「タイショーらしいわ……」
一人がぽつりと呟き、周囲の常連たちもそうだそうだと頷く。
だが、その店内でたった一人だけ異を唱える常連がいた。
「——危険だな」
賑やかな店内に響いたその声が、一瞬あたりを静かにする。
全員が声の方向に視線を投げると、そこには全身義体の男がいた。
「スミさん、危険って」
常連の一人が不思議そうに全身義体の男に声をかける。
スミさん、と声をかけられた全身義体の男——カスミがうむ、と頷き、手にしていたカツサンドを頬張った。
「ほら、俺は一応企業を渡り歩く傭兵だからな、その辺の情報はちょいちょい入ってくんだよ」
「そういやスミさん傭兵だったな。ここしばらく見ないと思ってたが遠征でもあったのか?」
義体でも「食事処 げん」の料理を食べていいのかとおどおどしながら来店して以来すっかり常連となったカスミは毎日は無理でも来れる時は、と比較的頻繁に来店している。そんなカスミがここ数週間顔を見せなかったのだから源二が「遠征?」と思うのも無理はない。
いや、と源二の問いかけを否定し、カスミが言葉を続ける。
「遠征というか、ベジミールとペッパーフィッシュがガチで抗争しやがってな。ベジミールに雇われて制圧しに行ってたんだよ」
「ペッパーフィッシュ、踏んだり蹴ったりだなぁ……」
つい先日不正会計で告発されていたのにその裏ではさらにベジミールと殴り合ってたのか、と源二が心の中で「南無」と呟く。
「傭兵は下っ端だからな、大した情報は与えられないがちらっと聞いたのは『ベジミールを出し抜こうとしているからお灸を据える』だ。タイショー、オファーってベジミールとペッパーフィッシュ、どっちから来た?」
「どっちからって、そりゃ、両方……」
『はぁ!?』
一斉に上がる驚愕の声。
「『食事処 げん』が企業間紛争の真っ只中にあったー!」
「ってか火種だー!」
別にカスミは「『食事処 げん』がどっちつかずの対応をしているから企業が奪い合いを始めた」とは言っていない。
だが、「ベジミールとペッパーフィッシュ、どちらから来た」と尋ねただけで常連たちは察してしまった。
これはカスミも推測でしかものを言っていないが食品大手が殴り合った、ペッパーフィッシュがベジミールを出し抜こうとした、もうそれだけでこの二つの企業が「食事処 げん」を狙ったと確定してしまってもいいくらいの判断材料を常連たちに与えていた。
「ベジミールとペッパーフィッシュかぁ……」
常連の一人がしみじみと呟く。
「ってことはアジトモも絶対オファーかけてるだろ。まじで奪い合いだな」
それだけ味覚投影オフ料理は金のなる木なのか、と呟きつつも常連たちは尊敬の眼差しで源二を見た。
上位三社が取り合うくらいだから味覚投影オフの魅力は本物だ。同時に、上位三社が取り合うということは源二が提携を決断すれば「食事処 げん」で当たり前のように食べられる味覚投影オフ料理が食べられなくなるということに気がついていた。
この三社は確かに一般市民の食事インフラを支えている企業ではあるが、それとは別に富裕層向けの高級レストランも展開している。高級レストランの最上位はアジトモ社が独占しているが、噂によると一般に流通しているフードトナーの総売り上げと高級レストランの総売り上げは匹敵しているらしい。
つまり、流通数は少なくても莫大な売り上げを生み出すのが高級外食産業。「特別」を演出する高級レストランが源二の味を求めるのは当然のことである。ましてやアジトモ社以外が買収に成功すれば高級外食産業でアジトモ社を上回ることも可能かもしれない。
そんなことになれば一般市民が源二の料理を楽しむことができなくなるのは必然。金のなる木をわざわざ下々の人間に分け与えるほどメガコープは優しくなかった。
そこまで考えて、常連たちはそうか、と気がついた。
源二は自分たちに楽しんで欲しいからオファーを断っているのだ。
高級レストランに一般市民が立ち入ることはできないが、富裕層が街角の食堂に立ち入ることは可能。誰でも分け隔てなく味覚投影オフを楽しめるように、源二はオファーを断り続けているのだ、と気がついて常連たちは源二の懐の広さに驚いた。
自分が源二だったらオファーが来たら二つ返事で提携しただろう。味覚投影オフを楽しむ客層なんてどうでもいい、莫大な利益さえ得られればそれでいい。
だが、源二は利益ではなく客を取った。
時代に逆行する考えだが、それでもより多くの人間が楽しめるように、と食を誰でも楽しめるエンターテイメントに昇華させている。
それなら、と考えた常連たちの気持ちは同じだった。
「なあ、タイショー」
常連の一人が口を開く。
「もし、タイショーがこの店を守りたいっていうなら俺も力を貸すぞ」
「あ! 抜け駆けせっこー!」
「それは俺のセリフだ!」
常連たちが俺も俺もと手を上げて源二を見る。
「やっぱ俺たちは『食事処 げん』が好きだしタイショーも好きだからさ!」
「俺たちのために企業と戦うなら俺たちも戦うぞ!」
「お前ら素人が束になっても企業には敵わんだろうが」
戦うと言い出した常連たちにカスミが苦笑しながら指摘する。
「ここにプロの傭兵がいるだろうが。お前らはタイショーが俺を雇えるようにカンパするのが仕事だ」
「えー、金取るのかよ!」
「当たり前だ! 俺は傭兵だぞ! 金がないと動かんわ!」
傭兵がロハで動いたらただのチンピラだ、と続けるカスミに、常連たちも「あ、そうか」と納得する。
「とにかく、俺たちはスミさんを雇う金出すからスミさんもタイショーをきっちり守れよ!」
「任せろ! 企業軍が来ても自慢の対人カノン砲でぶっ飛ばしてやるわ!」
「ま、まぁ穏便に……」
物騒な話に展開し、それを宥めながら源二も内心では理解していた。
メガコープがいつまでも穏便な手段で買収を求めてくるとは思えない。
いつか、実力行使された時は白鴉組やカスミといった傭兵の力を借りなければいけないかもしれない。
白鴉組は契約である程度は守ってくれるだろうが、常連たちが力を貸すと言ってくれるのは心強かった。
実際に前線に立たせる気はない。いくら店が大切でもそれで常連を傷つけることはしたくない。
それでも、常連たちの「力を貸したい」という気持ちだけで源二は踏みとどまれる。
絶対に店を守り切って、メガコープにだけ利益を貪らせない。
そう誓い、源二はふっと笑みを口にこぼした。
「じゃあ今日は特別に焼きそばの試食出してやる! しっかり食え!」
『やったー!』
歓声を上げる常連たちに、いつの間にか店に来ていたヨシロウは「ほんと、ゲンジは愛されてるな」としみじみ噛み締めた。




