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PREFER-TATION RUNNERS -嗜好と思考のコンフリクト-  作者: 蒼井 刹那
第5章「向けられた牙」
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第57話「信頼の行き着く先」

「はー……アジトモが、ねえ……」


 カレーライスを貪りながらニンベン屋がぼやく。


「昨日、飯食いに来たら臨時休業でビビり散らかしたぞ。そんなことがあったのになんで連絡くれないんだよー」


 いけずー、と言いながらカレーのおかわりを要求するニンベン屋に、源二もヨシロウも苦笑した

「連絡するどころの騒ぎじゃなかったんだよ。それにニンベン屋なら今日来ると思ったし」

「おじちゃんは寂しいです」


 源二の返答に冗談で返しながら、ニンベン屋はヨシロウに視線を投げた。


「——で、殺ったんだろ」

「ゲンジの前であまりそういう話はしたくないが、まあきっちり落とし前は付けてもらった」


 当たり前のように交わされる会話に、聞いている源二の胸がちり、と痛むが元々はヨシロウが源二のために行ったこと、それを棚に上げて感傷に浸る権利はない。

 それにヨシロウとは共犯者になる、と言ったばかり。いちいち気にしていたらあっという間に神経をすり減らす。


 極力気にしていない体で、源二はカレーのおかわりをニンベン屋に差し出した。


「確かにヨシロウが、と思うところはあるにはあるぞ? だが気にしてたらこの街では生きていけない。郷に入っては郷に従え、だ」


 そう言った源二は既に開き直っていた。

 確かにヨシロウが人を殺したという事実は心に引っかかるが、考えすぎても仕方ないと気持ちを入れ替えている。

 ほい、とヨシロウに水を渡しつつ、源二は自分もカレーを口に運んだ。


「んなわけでそんなに気を遣わなくていい。いざという時は俺だって——」

「それは俺が許さん。ゲンジに凶器は持たせない」


 汚れ仕事は俺がやるって言っただろ、と水を飲みながら言うヨシロウにニンベン屋は一瞬呆気にとられたが、すぐにぷっと噴き出した。


「なんだこの安定の夫婦感」

『ふっ』


 ニンベン屋の言葉に源二とヨシロウの声が重なり、二人が思わず顔を見合わせる。


「俺と……お前が」

「夫婦……?」

「おう、安定の熟年夫婦感、いいねえ」


 ニヤニヤしながらニンベン屋が二人を見ると、二人は全く同じ動作でニンベン屋を睨みつけた。


『俺にそんな趣味はない!』

「おーおー息ぴったり」


 茶化すニンベン屋、必死で否定する源二とヨシロウ。

 夫婦はないだろ、言えてビジネスパートナーだろと反論するヨシロウに、源二はふむ、と考えた。


 夫婦と言うには同性だし恋愛感情があるわけではない。ただヨシロウに対する信頼と安心感があるだけだ。ヨシロウは「食事処 げん」の経営のこまごましたところでサポートしてくれるし源二の身が危ないとなれば自分の手を汚してでも助けてくれる。トーキョー・ギンザ・シティに迷い込んだ時に助けてくれたのがヨシロウでなければ今頃生きていたかも怪しい。

 その点ではヨシロウに対しての全幅の信頼があったが、だからと言って依存する気はない。


 あくまでも生きていく上でのパートナーとして、親友として同じ道を歩きたいと思っていた。


——ってのが夫婦なんかねえ。


 自分で考えをまとめて気が付いてしまった。

 恋愛感情を除けば自分たちの関係は夫婦も同然ではないのか、と。


 源二もヨシロウも結婚した経験がないから伴侶を持つということがどういうものなのかが分からない。だが、ただの恋愛感情だけで寄り添えるものではないと理解している。

 夫婦の間柄に必要なのはパートナーなら助けてくれるという信頼と傍にいてもいいという安心感。


 そのどちらもが二人の間にはしっかり存在している、と気が付くと夫婦と呼ばれるのもまんざらではないか……などと源二はふと思ってしまった。


——いや、別に俺は妻じゃないぞ。


 そんなことを考えながら源二がヨシロウを見る。


「仮に夫婦だとしても俺は嫁じゃないぞ」


 ヨシロウも源二と同じことを言葉にする。


「だからその息ぴったりなところが熟年夫婦なんだよ! お前ら出会って一年も経ってないだろ、馴染みすぎだろ」


 ニンベン屋からすればこの二人、結婚して数年は経過した、新婚の初々しさはどこへやらの完全に慣れ切った熟年夫婦である。それだけ深く信頼関係が結べていることにいささかの嫉妬心が無きにしも非ずだが、これだけ阿吽の呼吸で動けるのならこの先何があっても切り抜けられるだろう、と確信する。


 ま、何かあったら俺も協力しますけどね——などと思いつつ、ニンベン屋は脱線した話を元の軌道に戻すことにした。


「お前らがそれだけ信頼し合ってるなら俺は言うことねえな。ってところで話を戻すがゲンジのBMSをハッキングするよう指示を出したのがアジトモってことか」

「ああ、多分な」


 ニンベン屋が話を戻したことで真顔に戻り、ヨシロウが頷く。


「あれでアジトモに責任を擦り付けたなら俺の追跡をごまかしたってことで向こうも大したものだよ。まあ、それはほぼ考えられないしアジトモにはゲンジのBMSをハッキングする理由がある」

「調合添加物のレシピ、か」

「レシピさえ盗めればあとは料理を再現し放題だからな。アジトモからすりゃレシピは喉から手が出るほど欲しいだろうさ」


 そう言ったヨシロウがちら、と源二を見る。

 源二はと言うと食べ終わった皿を回収して食洗器に入れているところだった。

 が、すぐにヨシロウの視線に気づいて食洗器を稼働させ、向き直る。


「レシピってほど大層なものは作ってない、ほとんどメモみたいなものだし、それも多分俺じゃないと読めないとは思うんだがAIに解析されたらそのうち解読されるだろうしなあ」

「お前じゃないと読めない、って、どんな書き方してんだよ」


 源二がレシピを盗まれることを見越して書いたのかどうかは分からないが、源二のレシピがどのようなものか興味が湧いた。今までは源二の好きにさせていたし見たところで分からない、万一何かしらの手段で盗聴されたらレシピが拡散する、という不安があったから敢えて見せてもらおうとは思っていなかったがアジトモにレシピを狙われたとなるとそれを保護するためにもある程度の情報は共有しておいた方がいい。


 ヨシロウがダメ元で訊いてみると、源二は苦笑して空中に指を走らせた。


「しゃーねーな、特別に見せてやるよ」


 レシピはいくつものファイルにして分けてある、と言いながら源二がレシピの一つを呼び出しヨシロウとニンベン屋の視界に共有する。

 二人の目の前に、一枚の画像が浮かび上がった。


「おま、アナログ入力(手書き)かよ!」


 二人の前に浮かび上がった画像にはびっしりと《《手書き》》でメモが書かれている。

 一部はキーボード入力らしき文字も見えるが、それでも手書きの文字の方が多い。しかも、かなり癖のある文字で、一目見ただけではすぐに解読できそうになかった。


「あれ、ゲンジってこんなに字が下手だっけ」


 ヨシロウと同じようにレシピを見たニンベン屋が不思議そうに声を上げる。

 BMSの音声入力やキーボード入力が主流になっているが、それでも文字を手書きする場面がなくなったわけではない。源二が元いた時代でよく使われていた印鑑が容易に偽造可能ということで直筆のサインによる本人確認が主流になっているしちょっとしたメモの場合は音声入力より手書きの方が手軽なこともある。


 そのため、ヨシロウもニンベン屋も源二の肉筆は何度か目にしていたが、メモに書かれている文字は源二の癖はあるものの非常に読みづらいものだった。走り書きとは違う、明らかにわざと可読性を落として書かれたメモにヨシロウも怪訝な顔で源二を見る。


「一応は俺だって対策してるよ。まぁ、テキストデータだと簡単に読まれるから手書きの画像データにしてるし、文字認識(OCR)に掛けても文字が判定しにくいように書いてる。あとは気休めだがAI学習対策フィルターも掛けてるからAIOCRでも多分読めないんじゃないかな」


 ——ヨシロウもニンベン屋も驚きの対策が施されていた。


 確かに、AI学習対策フィルターを掛けてしまえばAIの画像認識は高確率で阻害できる。機密性の高い書類などはテキストデータにせずAI学習対策フィルターを設定した上で画像化する、というのは企業の中でも鉄則である。そうなるとどうしても人間の目で確認せざるを得ないわけで、ここで可読性の悪い手書き文字が出てきたら解読に時間がかかる、という次第である。しかも一見、何がどの調味用添加物を指しているのかも分からないのでレシピを見ただけで同じ味が再現できるということはない。


 感嘆のため息をつき、ヨシロウは表示された画像を閉じた。


「お前、ほんっと抜け目ないな」

「俺だって守れる部分は自分で守るよ。ヨシロウを信じてないわけじゃない、向こうの狙いが俺の脳内にあるデータなら俺自身が『最後の砦』だからな」


 だから、簡単にレシピは盗ませたりしない、と源二はきっぱりと言い切った。

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