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PREFER-TATION RUNNERS -嗜好と思考のコンフリクト-  作者: 蒼井 刹那
第5章「向けられた牙」
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第56話「共犯者になる覚悟」

 家に帰るまでの間、二人はずっと無言だった。

 いつもなら今日はどうだった、とかこういうものを再現しようと思うがどうだ、とかそういった話題が尽きないが、今はどちらも話したくない、とばかりに無言で歩みを進めている。

 それが自分に原因がある、ということはヨシロウもしっかり認識しているところだった。


 源二がいた時代の法律がどのようなものかは分からないが、殺人は当然重罪だろう。

 それはC.E.(企業歴)という現在でも同じことで、逮捕されれば厳しく処罰される。


 尤も、司法を掌握しているのは巨大複合企業(メガコープ)であり、逮捕した警察組織を抱えている企業とのコネがあれば抜け道がある、という程度である。


 そう考えれば昔と比べて社会的に地位のある人間の無罪放免率は非常に高く、逆に社会に何の基盤もない人間が逮捕されれば即座に人生が詰む、という厳しさはある。


 ヨシロウにはトーキョー・ギンザ・シティ最大手のヤクザ、白鴉組の後ろ盾がある。白鴉組とつながりのある企業の警察組織に逮捕されれば無罪放免それどころか揉み消してもらえる可能性は高い。


 それだけ、ヨシロウが白鴉組にとって《《有益な》》人間であるとみなされているからだが、だからと言って源二がヨシロウを許すのはまた別の話だ。


 源二にははっきりとは言わなかったが、あの時ヨシロウはハッカーのBMSに脳内ナノマシンを暴走させるウィルスを送り込んだ。

 暴走したナノマシンは脳細胞を傷つける。いや、バッテリーに過負荷をかけて発火させるから完全に不可逆のダメージを脳に与える。


 脳神経系の医療技術が発達した今、傷ついた脳細胞の再生は可能になったが、そこに脳内のデータは担保されていない。事故等で脳が損傷しても日常生活が送れる程度には回復できるがそれまでに培った技術や記憶は全て失われる。

 だが、ナノマシンの暴走等で脳が物理的に焼かれた場合はその限りではない。四肢が切断されてその応急処置で傷口を焼いて止血した場合、接合が不可能になるように熱で変異した脳細胞は再生することができないのだ。


 だから、あのハッカーも恐らくは助からない。一命を取り留めたとしても生命維持に必要な器官が不可逆に破壊されたのだから当たり前の日常を送ることができなくなる。

 それを分かっていて、ヨシロウはウィルスを送り込んだ。そこに明らかな殺意があったのは認める。


 こうでもしなければ相手も報復に出るのは分かり切っているし、生半可なことをすれば今度は源二にも被害が及ぶ。

 向こうが先に手を出してきた以上、見せしめの報復を行わないと相手がさらなる攻撃を仕掛ける、それが|トーキョー・ギンザ・シティ《この街》のお約束だった。


「……ヨシロウ、」


 家に帰り、靴を脱いだところで源二がぽつりと呟く。


「……殺さずには、すまなかったのか?」


 家に着いてからそう言ったのは他の誰かに聞かれないようにするためか、それとも道中ずっとこのことを考えていたからなのか。


「……ああ」


 ヨシロウが低い声で肯定する。


「ああいう手合いには徹底的にやっておかないと『この程度』と舐められて今後さらに攻撃が激しくなる。相手がやってきた内容以上のことで報復する、この街のルールだよ」


 いじめとか、反撃しないからエスカレートする。二度とやられたくなければそれ以上の暴力でやり返すのが一番だ、と言うヨシロウに、源二も納得せざるを得なかった。

 自分が子供の頃から変わっていない。いじめっ子は反撃できない相手を狙って攻撃するし、いじめられっ子が予期せぬ反撃をすればそれ以上手出しをしなくなるといった話もちらほらあった。


 それは大人の世界も未来の世界も同じだ。むしろ子供のいじめに比べて「反撃が明確に効果を出す」くらいだろう。

 暴力に暴力で返すのはナンセンスだ、と言うのは簡単だ。もっと別の方法でやり返せると言ってしまえばいい。


 そういう報復は大抵証拠を集めて相手に知られる前に司法に訴える、というものだが、源二は自分がこの手を使えないことをよく分かっていた。それに、相手が裏社会の人間なら正規の手段で復讐しても効果は薄い。


 ヨシロウの選択は正しい。それが自分のためだったということも分かっている。

 それでも、どこかで「殺さずにすむ方法はなかったのか」と思ってしまう。


「……分かってんだけどな」


 自分に言い聞かせるように源二が呟く。


「あのハッカーを殺すことで俺にこれ以上危害が加えられないように見せしめにしたってのは分かってんだ。だが——やっぱり、信じてる奴がそういうことすると、メンタルに来る」

「ゲンジ……」


 「甘い」とは言えなかった。

 甘さで言えばヨシロウも大して変わらない。下心があったにせよスラムで倒れていた源二を保護したのは、ましてや「面倒を見る」と言ったのは甘さ以外の何物ではない。

 ただ、源二に比べてトーキョー・ギンザ・シティの闇に慣れているだけだ。

 この闇に源二も慣れてほしいかというとそこは複雑な気持ちになる。


 こういうことは日常茶飯事だから慣れてほしい、という気持ちといつかは元の時代に帰れるかもしれないからその時代の感覚でいてほしい、という気持ち。


 いや、それだけではない。たとえ戻れなかったとして、トーキョー・ギンザ・シティに骨を埋めることになっても源二は源二の純粋さを失わないでほしい、ヨシロウはそう思ってしまった。


 「食事処 げん」のあの味があるのは源二が純粋だからだ。

 もういい年した大人なのに、調味用添加物を調合している間は子供みたいに目を輝かせているし、時折息抜きに行くBS屋での源二のはしゃぎようはまるで小学生だ。

 そんな源二がトーキョー・ギンザ・シティの闇に揉まれて曇っていく姿は見たくない、とヨシロウは何となくだが思う。


「お前はお前のままでいろ。汚れ仕事は俺だけで十分だ。俺はもう何人も殺してるしそうしないと殺されるのは俺の方だ。そんな俺が嫌ならお前は俺と手を切るという選択肢もあるわけだが——」

「バカ! そんなことするわけないだろ!」


 源二の口から突然発せられた大声に、ヨシロウは思わず身を強張らせた。


「俺だって分かってるよ、そうしないと俺もヨシロウも後で大変なことになるってことくらい。俺が慣れなきゃいけないだけだし俺が甘ちゃんだってことくらいよく分かってる。だが——それでも、初めてヨシロウが人を殺したかもしれない、ってなって、こう……うん、ちょっとびっくりしただけだ」


 元の時代でも殺人事件は絶えなかったが、それでも身近な人間が気軽に殺人に走るといったことはなかった。だからヨシロウが躊躇いなく人を殺したことに驚きも戸惑いもしたが、源二とて部外者でい続けるわけにはいかない。


「ヨシロウ、俺はお前が人殺しだからって見捨てたりしないよ。なんなら——共犯者に巻き込め」

「ゲンジ、それは——」

「まぁ、ここまで来て俺も何もせずにこの道を歩けるとは思ってねえよ。だったら旅は道連れ世は情け、一緒に行けるところまで行けばいいだろ」


 源二が帰路でずっと考えていたことを口にする。

 「食事処 げん」の存続にヨシロウや他の面々の力は必要不可欠だ。完全にクリーンな立場で営業していれば巨大複合企業(メガコープ)に喰われる。

 それなら自分の手を汚してでも店を守るべきだ、と源二は腹を括っていた。

 必ず、店を守り切って、この時代に大きな石を投じる、と。


 源二の言葉にヨシロウがはぁ、と息をつく。


「お前、本当に胆据わってんな。普通なら『人殺しとは一緒にいられません!』だろ」

「俺は普通じゃねえんだよ。この街の異物が普通であってたまるか」

「ははは、確かにお前はそういう奴だ」


 そう言ってヨシロウが源二の背中を叩く。


「まぁ、共犯者にはするがお前は絶対に手を汚すな。さっきも言ったが汚れ仕事は俺とかニンベン屋とか白鴉組に任せろ。お前が手を汚せば、その手で作られた飯を食った奴が悲しむ」

「ヨシロウ……」

「俺の仕事はお前が何の心配なく『食事処 げん』を経営できるようサポートすることだ。そこに殺しが混ざっても構やしねえ。絶対守ってやるから、お前も思う存分料理を作れ」


 というわけで、とヨシロウは台所を親指で指した。


「腹減ったから夕飯作ってくれ。今日はシンプルにオニギリ尽くしがいい」

「……あいよ!」


 ハッキング騒ぎのドタバタでいつものルーティンである店での夕飯は食べそびれていた。

 だったらおいしいおにぎりをたくさん作りますかね、と源二はジャケットを脱ぎ捨て、台所に入っていった。

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